福島県いわき市の三重苦

5月31日午後、いわき市にたどりついた。ここも地震、津波、原発の三重苦にあえいでいる所だ。

今回の大震災によっていわき市で亡くなった人は300人を超え、行方不明はまだ50人もいる。橋、道路、住宅、施設など、市内全域にわたって被害にあった。余震が続き、とりわけ4月11日の余震はさらに追い打ちをかけた。

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6月1日午前8時ごろのいわき駅。登校・出勤の市民たち。マスクしている人は多くない


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いわき市の沿岸部。地震、津波による火災で、見るも無残な…


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いわき市の沿岸部にあった久之浜第一幼稚園。


いわき市議の佐藤和良は、原発問題に取り組んできた。彼は、「御用政治家、御用学者、御用マスコミ」が、この惨事を招いたと言う。「このあたり(いわき市平)では、マスコミ各支局と東電の飲み会がしょっちゅうあります」とも。

「いわき市の漁民は何も魚をとれなくなり、農民は種まきができなくなります。来年1,2月に収束するなどという東電の計画をマスコミが流しているが、ぜったいにありえません。風評被害ではなく、実害なのです」

幼いころ東京にいたという年配の女性は、こう言った。

「私が今、生きているのは集団疎開をしたからです。戦時中、私は東京から長野に疎開して生き延びました。いわき市で、雨の中、遊んでいる子どもたちを見たり、赤子連れでスーパーに買い物に来ているお母さんを見ます」

「強制的に子どもだけでも疎開させるべきです」と彼女は力説する。

東京出張から戻った人は、驚愕の体験を語った。

「先日、東京で赤十字の献血車を見て、献血したいと申し出ました。でも福島から来たと言ったら、できませんといわれました。理由は遺伝子レベルで血液が傷ついている可能性があるからということでした。今、自分の子どもが事故にあっても、福島県の親は献血できないという恐ろしい事態になっているのです」

知人の斉藤潤一(元教師)は、今、いわき市に起こっている苦しみをこう一言であらわした。

「家族崩壊です」

いわき市では、次男は東電に務め、長男は畑を耕しているーーこういう家族が多くあるからだという。

(敬称略)
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by bekokuma321 | 2011-06-06 10:11 | 紛争・大災害

c0166264_2240432.jpg5月30日、福島県議会で補正予算案をめぐる部長説明会があった。その後、議員控え室で、宮川えみ子議員(共産)の話を聞いた。

宮川議員は、「事故後、福島県からどっと子どもがいなくなりました。放射能汚染を心配した親たちが脱出したんです。でも、原発は麻薬と同じなんです」と私に言った。地震津波で壊滅的被害を受けた、いわき市選出だ。あの日以来、視察、調査、救援、申し入れと休むことがなかった。それでも、ニコニコ、疲れを見せない。

実は、宮川議員は、あの日のちょうど1週間前の3月4日、議会で、原発の定期検査期間延長は危険だと指摘したばかりだった。

そして、あの日から3カ月前、宮川議員は、原発の不安について議会で同様の質問している。定期検査中の6号機と運転中の5号機のケーブル取り違え、第1原発5号機で自動停止、原子力圧力容器の最低使用温度計算での誤り発表…など事故の例をあげ、引き続く原発不安にどう対処するかと質問した。さらにプルサーマル導入による不安の増大、その上、原発の増設の不安に言及した。

彼女は、「地震の活動期に入っている日本列島の中で、不安の延長は許されません」と言い切った。3.11の3か月前である。

しかし、佐藤雄平知事は彼女の質問に答えなかった。担当部長はといえば、「県民の安全・安心を最優先に慎重に対応してまいるとともに、将来を見据えた個性的で活力に満ちた電源立地地域の実現に取り組んでまいりたい」と、空念仏を唱えるだけだ。

その半年前にも、彼女は、プルサーマルの強引な推について知事を批判した。しかし、知事は、プルサーマル受け入れは耐震安全性が満たされたからだ、などと危機感のない言葉を繰り返すだけだった。

福島県議会共産党議員は宮川議員を含め3人。みな女性だ。神山悦子議員は、1999年当選以来3期目のベテラン。彼女を先頭に、2007年、耐震安全性について東電に書面で申し入れをした。その書面には、「チリ級津波が発生した際は、冷却海水の取水ができなくなる。崩壊熱を除去するには、冷却系が働かなければ過酷事故に至る」と明記されている。今回の事故をきちんと予測しているではないか。

c0166264_22532813.jpg福島県議会は、共産党を除く全党が知事与党だという。知事佐藤雄平は、民主・社民が推薦している。女性3人が、唯一の野党議員として執行部案を批判する構造ーーそれが福島県議会だ。

今、東電は、空前の大事故の対応に追われている。しかし、原発への安全対策をとるよう何度も指摘してきた3人の声に耳を傾けていたら、少しは違っていたはずだ。福島県はなんと10基も原発を誘致しながら、安全策を訴える議員の声を無視してきた。

福島県議会の過去の質疑から、当局は女性や少数政党の声を圧殺してきたことがはっきりと読み取れる。

一方、プルサーマルの後は7号、8号機増設だと、原発推進路線をひた走ってきたのは自民党県議団など与党だ。谷垣党首は、まず自らの頭のハエを追い払ったほうがいい。

 
【写真:上は電話相談を受ける宮川えみ子議員。下は女性3人対男性約30人の説明風景。5月30日、福島県議会】

■関連記事
女性記者の質問に答えない東電
http://frihet.exblog.jp/16111360/
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by bekokuma321 | 2011-06-03 22:31 | 紛争・大災害

東電会長 1~4号機は廃炉へ 3月30日 15時24分
東京電力の勝俣恒久会長は、福島第一原子力発電所の事故のあと、3月30日、初めて記者会見した。福島第一原発の1号機から4号機については廃炉にせざるをえないと言った。
(NHK、BBCなど)

http://allthingsnuclear.org/tagged/Japan_nuclear
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by bekokuma321 | 2011-03-30 16:48 | 紛争・大災害

福島一原発は、1971年3月26日に営業運転を開始した。3月26日は40周年を迎える記念すべき日だった。

東京都千代田区内幸町の東京電力本店で記者会見があった。そこで女性記者が2つ質問をした。

①電源が失われた場合を想定しなかったのはなぜか  
②現状で最悪の場合をどう想定しているか。

それに東電は答えなかった。それを別の男性記者がフォローした。何度も同じことが繰り返された。Asahi Judiciaryから最も印象的な箇所を引用する

■最後に、しんぶん赤旗の女性記者が質問する。質問は二つに分かれている。
「津波に関しては想定外であったと繰り返し述べておられますが、電源がすべて失われた場合にどうするのかというのが国会で質問されています。それを想定しなかったのはなぜなのか?ということが一つ」
 
「現状、最悪の場合をどのように想定されて、どのような対策を講じていらっしゃるのか、そのあたりのことをお聞きしたいんですが」
 
これに対して、武藤副社長は、津波に関するこれまでの答弁を繰り返す。

「津波につきましては当然、設計のときに考慮しております。福島第一原子力発電所は昭和40年代の設計なわけですが、その時点で、それまで経験した災害の潮位を考慮して設計しております。さらにその後、津波の解析技術の進展がいろいろあったわけでして、そういうものが学会で知見としてとりまとめられて、その評価のやり方が公表されておりますので、それに基づいて、我々は最新の知見を踏まえて安全性について評価してきたと思っております」

広報部の吉田部長がここで「最後の質問」と別の記者を指名しようとすると、赤旗の記者が口を差しはさむ。

「私が聞いたのは『津波が想定外だったかどうか』ではなくて、電源が失われる可能性について想定しなかったのはなぜなのか?ということをお聞きしたんですが」

武藤副社長がそれに応えてマイクを握る。
 
「今回の津波で、所内の電源は地震でもってなくなったわけですが、そのときに、ディーゼル発電機はしっかり起動しているわけです。したがいまして、地震によっては電源はなくなっていないわけです。が、そのあとの津波が発電所を襲ったところで発電所の電源を喪失しているということで、津波が今回の電源をなくした原因だというふうに言えようかと思います」

広報部の吉田部長が「あと、おひとかた」と言うと、別の男性記者が声を上げる。

「二つ目の質問に答えてない。こういうやり方で議事を進めるのなら、ちゃんと質問に答えてください。二つ目の質問に答えてない。最悪の事態にどう対処するのかという2つ目の質問に答えていない」

[つづきはMoreを]

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by bekokuma321 | 2011-03-28 02:57 | 紛争・大災害