c0166264_21114726.jpg

新宿から中央線特急で10分ちょっとの三鷹市。28人の議席に女性はわずか3人。しかし2007年4月、「女性が3人なんて、おかしい!」と大声で主張して当選した女性がいます。野村羊子さんです(写真)。

絵本の店「プーの森」に働きながら、自治体の女性センターで相談員をしています。7年間自閉症児と暮らしたり、福祉施設職員としても働いたりしてきました。こうした仕事から見えてきたのは、「子育て中の母親が楽になる街づくりになっていない」という現実でした。


もっと読むには
三鷹市議選:「女性議員を増やせ」と訴え 当選 4人目の議員に
http://janjan.voicejapan.org/election/0704/0704244399/1.php
[PR]
# by bekokuma321 | 2007-05-03 21:13 | アジア・アフリカ

2007年4月8日の44道府県議選で、女性当選者が190人と、過去最多を記録した。全議員に占める割合は7.47%にすぎないものの、男の牙城は少しずつだが確実に崩れてきた。

女性議員の割合が日本一高くなったのは長野県で、19.0%。それは「女性議員を増やすネットワーク『しなの』」の長年の運動の成果だった。

長野県議会の定数は58で、15人の女性が挑戦した。結果、現職7人、元職1人、新人3人の計11人が当選した。改選前は8人だった。今回、改選がなかった東京都議会は補選で女性が当選して127人中22人となったものの17.3%で、長野県には及ばなかった。
 
女性県議の躍進を促した「女性議員を増やすネットワーク『しなの』」、略して「ネットワークしなの」は、1996年創立された市民組織だ。目的はひとつ、女性議員を増やすこと。会長は下諏訪町議を4期務めた樽川通子さん(77歳)だった。組織は会員800人にまで成長したが、昨年、10年の節目迎えて解散してしまった。

その後の動向が気になってしかたがなかった。「女性議員率、日本一」と新聞が報道したその日、下諏訪町に樽川通子さんを訪ねてみた。

樽川さんは、やはり、眠ってはいなかった。地域に密着した新しい運動の拠点として、だれもが気軽に集える場所『サロンしもすわ』を4月15日にオープンさせるべく、準備中だった。JR下諏訪駅にほど近い古びた空き店舗を安く借りて改装し、昼間は軽食堂兼お惣菜屋、夜は居酒屋となる。しかし、二階には大きな和室もあって、誰もが気軽に集まれる場所にするという。

店を守るのは、主に「ネットワークしなの」の残党の女性たちで、手弁当ないし準・手弁当で働くことになる。こうして、多少とも利潤のあがる店にして、改装費用の償却も目論んでいる。

樽川さんは言う。「女性議員率日本一にすることができました。やっとです。ここまでには、10年間の『ネットワークしなの』の運動、いや、その前からの運動があったからです」。女性県議当選者11人中9人までが、「ネットワークしなの」の会員だった。

「ネットワークしなの」は、「女性が議員になりやすい土壌と支援体制づくり」を目指して1996年、産声をあげた。女性の地位の向上を掲げた学習組織「長野婦人問題研究会」が土台だった。樽川さんのような現職議員、元議員、立候補したが落選した人、立候補擁立に苦労してきた人など30人の女性たちが呼びかけ人になった。

樽川さん自身、1983年に初めて立候補し、「おぞましい選挙の掟を味わった」。地域推薦を受けた候補に対する応援の強要、応援しない場合の制裁。そうした土地の因習とは異なった手法を選んだ樽川さんは、嫌がらせや誹謗中傷を浴びた。女性だけの選対をつくり、下諏訪の女衆(おんなんしゅう)中心の応援を受け、嫌がらせなどものともせず闘いぬいて、上位当選を果たした。

そして議会。巨額の予算が男性だけの話し合いで決まり、執行されていくのを目の当たりにしてショックだった。わが町の女性たちは、自分も含めて「なぜ、この不条理に気づかなかったのか」と慙愧の気持ちが体中を走った。

「質の高い女性を大勢議会に送りだせば、政治を変えることができるのでは……」と考えるようになった。そんな思いが、「ネットワークしなの」誕生への誘い水となった。

当時の長野県の女性議員数は、県議2、市町村議員82の3.9%で、全国12位。トップの東京の4分の1にすぎなかった(市川房枝記念会調査)。

樽川さんは「もう学習の時ではない。行動の時だ」、と考えた。女性議員を増やし、長野県選出の女性国会議員を出し、長野から初の女性首相を出す……そのためには、女性たちが実践力をつける組織が必要、と仲間を叱咤激励した。

具体的には、①選挙体験者による選挙ノウハウを提供する ②候補者を擁立支援する ③選挙を支援する ④政治について学習する ⑤「女性と政治キャンペーン」を張る ⑥情報誌を発行する、などの行動にうってでた。

こうした運動の成果は目に見えて現れた。

1999年の統一地方選挙で、女性の県議が2人から4人に増えた。女性の市町村議員が29人増の79人当選した。さらに4年後の2003年の統一地方選挙では、県議が8人、市町村議員は186人に増えた。
日本一の長野に到るまでには、日本一の女衆の運動があったのだ。

(三井マリ子)

c0166264_2358956.jpg

[PR]
# by bekokuma321 | 2007-04-12 23:47 | その他

c0166264_13252120.jpg
4月8日に投票が行われた44道府県議選。立候補者3770余人が2544議席をめぐって戦った。うち女性は367人で、全候補者の1割にも届かなかった。

保育園はまったく足りない。学童保育も待機児童が列をなしている。介護に苦しむ家族を助ける施設やホームヘルパーは不十分。しかも介護職の報酬はきわめて低い。働く女性が抱えるこうした問題は無数にある。女性の立場を考えた政策がほしい。しかし、女性が選挙権を獲得して60年以上もたったというのに、女性都道府県議は、日本全土をおしなべてわずかに5%程度。これでは大きな社会変革は望めない。

この後を読むには
■道険し、女性の政界進出~県議選候補者の1割に満たずhttp://janjan.voicejapan.org/election/0704/0704083362/1.php

写真は山梨県甲府市の県会議員選挙ポスター
[PR]
# by bekokuma321 | 2007-04-11 23:14 | その他

ノルウェーの結婚式

c0166264_9491926.jpg


2005年7月16日、ノルウェーの親友一家から結婚式に招待されました。日本から連合いと二人で参加したその結婚式は、ノルウェーの農家で行われた若者の手作り大イベントでした。

結婚したカップルの新妻は、左から9人目、新夫は右から4人目。妻側の家族8人が妻の左にならび、夫側の家族3人が夫の右にならんでいます。なぜ、こんなに家族の数が違うのでしょう?

左から、新婦の母の夫の連れ子、新婦の母の夫、新婦の母、新婦の父の妻、新婦の兄、新婦の父、新婦の父の妻の間の子2人、新婦、新郎、新郎の母、新郎の姉、新郎の父。

ノルウェーは、キリスト教が国教です。そんな国で、人道主義結婚という新しい方式を選んだカップル。人道主義結婚とは何? なぜ、二人は人道主義結婚を選んだのでしょう? 

答は「ノルウェーの結婚式ルポ」を。
http://www009.upp.so-net.ne.jp/mariko-m/nor_wedding.html
http://www009.upp.so-net.ne.jp/mariko-m/nor_Christ.html
http://www009.upp.so-net.ne.jp/mariko-m/nor_PayGap.html
[PR]
# by bekokuma321 | 2005-08-17 09:48 | ノルウェー

ノルウェーには、男女平等法がちゃんと守られているかどうかを監視する国家機関がある。男女平等オンブッドと呼ばれる。

オンブッドは、オンブズマンのことを指す。創設時、他はともかく女性の地位向上と男女平等にとりくむ機関は、オンブズマンより、性に中立なオンブッドがいいのではという議論が国会であり、こうなったらしい。第3代目男女平等オンブッド・アンネ・リーセ・リーエルさんが教えてくれた。

2003年11月、大阪豊中市の女性センター「すてっぷ」に、ノルウェーから現職の男女平等オンブッドがやってきた。4代目のクリスティン・ミーレさんだ。豊中市と福井県武生市で、ノルウェーの男女平等法やその推進策について講演し、多くの日本人をひきつけた。

中国新聞の編集委員・山内雅弥さんが、豊中市の「すてっぷ」の講演に参加し、すばらしい記事にしてくれた。Webでも読める。http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/interview/In03110201.html

男女平等オンブッドについては、「男女平等オンブッド―国際シンポジウム『男尊女尊の国からオンブッドを向かえて』報告集」が詳しい。1996年の第3代目男女平等オンブッド来日講演録に加え、その歴史、機能が日本人向けに詳述されている。「男女平等オンブッド」編集委員会が1997年に発行。http://www009.upp.so-net.ne.jp/mariko-m/profile_book.html
[PR]
# by bekokuma321 | 2004-12-31 09:04 | ノルウェー