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スロヴァキアに女性の大統領が誕生した。環境派の運動家だという。


ヨーロッパ発の報道によると、ズザナ・チャプトバ(Zuzana Caputova)は45歳。弁護士。離婚した前夫との間に2人の子どもを持つ。政党はリベラル派の「スロヴァキア進歩党」。


この、彼女の政党の議員は、国会150議席にだれもいない。選挙制度は比例代表制である。国会には9政党から議員が出ている。なぜ彼女の政党はゼロなのだろう。それは201711月に政党登録をしたばかりの新党だからだった。


とはいえ、ズザナ・チャプトバはぽっと出ではない。故郷ペジノック(Pezninok)に廃棄物投棄問題が持ち上がった。土や空気や水が汚染される。不法投棄だと住民が動いた。彼女は、その市民運動の先頭に立って闘い始めた。なんと14年間の法廷闘争を経て、最高裁で勝利。この勝訴は、2016年の「ゴールドマン・環境賞」受賞につながった。


ズザナ・チャプトバの当選には、もうひとつ理由がある。それは、20182月、調査報道ジャーナリストと彼のパートナーが何者かに殺害された事件に端を発する。その当時、ジャーナリストが調査していたのは有力政治家と犯罪組織とのむすびつきだった。市民は、政治家の汚職に対する憤りと、表現の自由、報道の自由を踏みにじる暴挙に対する怒りをあらわにした。


2人の理不尽な死を悼む市民のデモは、2018年3月、6万5000人。ついに、首相は辞任に追い込まれた。


さらに現政権に対する憤りは、殺害から1年たった20192月(つい一ヶ月前)の大規模反政府デモとなって、広場と道路を埋め尽くした。その数、3万人。長年の共産党による一党独裁を倒した198911月のビロード革命以来の反政府デモだった。


今回の大統領選で、ズザナ・チャプトバの対抗馬だったのは現大統領だ。彼は辞任した首相が党首だった与党「SMER-社会民主党」所属だ。そう、限りなくグレイだった。


ズザナは選挙キャンペーンに、「悪に立ち向かえ! 一緒なら勝てる」と掲げた。市民は彼女の呼びかけに応えた。


おめでとう!ズザナ。


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▲プラハにあるビロード革命の記念碑。チェコスロヴァキアだった1989年、市民の非暴力抵抗で共産党一党独裁政権から脱出した。90年代になってスロヴァキアはチェコから独立した。

【写真:上はGoldman Environmental Prizeより。下はFEM-NEWS】
【更新 2019.4.3】


# by bekokuma321 | 2019-03-31 22:54 | ヨーロッパ

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「ポーランドに行くならアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所に」と友人たちから言われていたが、無理だった(注)。


そんな私に、クラクフ女性センター・エフカeFKa所長スワヴォーミラ・ヴァルチェフスカは、「アウシュビッツに行けなかったあなたをクラコフ市の強制収容所跡に案内します」と車を出した。しばらく走ると、左方の遠くに巨大な石の像が見えてきた。


「あのあたりが、プラショウ(Płaszów)強制収容所です。アウシュビッツと違って、ありのままを残したいという声もあって、一見、何もない原っぱです。通り過ぎてしまうかもしれないほどです。でも、第2次大戦中、あそこにクラコフ中のユダヤ人というユダヤ人が連行され収容されたのです。最後はみなアウシュビッツに「死の行進」をさせられたのですが、それまで岩石運びなど重労働に従事させられ、多くは過労や栄養失調で死亡しました。ささいなことで銃殺もされた。あの、何もない原っぱに累々たる数の死者が眠っているのです」


巨大なオブジェは、ここで死んだ無数の人たちの慰霊碑だった。


有名な映画「シンドラーのリスト」の舞台となった強制収容所はここだという。映画にも描かれているように、敗戦が色濃くなると、ナチスは虐殺の証拠隠滅作業にはいる。殺戮して埋めた無数の死体を掘り起こして燃やさなくてはならない。その作業をさせられたのもユダヤ人だ。


「ここで命を落とした人の数は何万人なのかまだわかっていません。ダイアナ・ライター(Diana Reiter)もその一人です。建築家です。当時、女性の建築家はとても珍しかった。クラクフ初の女性建築家のひとりと言われています。彼女の建築は賞をとってもいます」


映画「シンドラーのリスト」の一場面で、ダイアナ・ライターはこんなふうに描かれている。バラックの建設現場監督を命じられていたユダヤ女性が、「このままでは建物が崩れてしまいます」とナチス親衛隊トップに伝えに来た。すると「君は工学専門家かね」「はい、ミラノ大学の土木工学出です」「インテリ・ユダヤか」・・・。彼は、そばにいた部下に「この女を殺せ」と命じる。彼女は、「私は仕事をしているだけです」と最後に叫ぶ。


親衛隊トップは、すかさずーー「俺も仕事をしているだけだよ」


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JewishWomen in the Kraków Ghetto

クラクフと女性「女性センターエフカ」

クラクフと女性「コペルニクスは女性だった」

クラクフと女性「環境、男女平等」

(注)私のポーランド訪問のそもそもは、『叫ぶ芸術ーーポスターに見る世界の女たち』 をネットで見たクラクフ女性センター所長スワヴォ―ミラから、「なんてすばらしい! 日本語はよくわかりませんが、女たちをとりまく問題はよくわかります。女たちの怒りは世界共通ですね」という感想が寄せられたことだ。「クラクフ女性センターで、ポスターを見ながら話し合う会を持てたら」、「クラクフには日本文化を紹介する会館があるが、渡航の支援してくれるだろう」・・・。そんな対話から、人生初の中欧への旅となった。



# by bekokuma321 | 2019-03-30 03:17 | ヨーロッパ

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100年前に、働くシングル・ウーマン専用の共同住宅を建てた女性がいます。1914年、女性労働者たちが、お金を出し合って生協を立ち上げて、建設されました。いまだに、その住宅は利用されています。実は私が、そこの一室に住んでいるのです」

ポーランドのクラクフ女性センター・エフカ(eFKa)所長スワヴォーミラ・ヴァルチェフスカは、その歴史香る居宅に招いてくれた。

ドイツからの友人とともにピエロギ(ポーランド風餃子;写真最下)とハンガリーワインをいただきながら、アパート創設の歴史に話がはずんだ。

1870年代、ポーランドはーーオーストリアに支配されていたのですがーー、郵便局や鉄道に女性労働者を雇うようになりました。19世紀末、電報郵便局で働く女性労働者たちは、男性よりも極端に低賃金でした。つましい生活さえやっというほどでした。そのうえ結婚したらクビ。そこで一人の女性が解決に立ち上がりました」

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ヴワディスワヴァ・ハビヒト(Władysława Habicht)という郵便局員の女性です。ハビヒトは、女性郵便局員たちの説得に奔走して生協の組織化に成功したのです」

「第一次大戦前ですよ。女性の苦労は今とはくらべものにならなかった。そんな時代に、大勢の女たちが、なけなしのお金を出しあって、当局にかけあい、この共同住宅の誕生までもっていった。私も、今、これぞと思う企画をしても女たちはあまり集まらない、いったいクラクフの女たちは何をしているんだ、と落ち込むこともありますが、ヴワディスワヴァ・ハビヒトの情熱を思うと…」

現在、ここへの居住希望者は多く、長い順番待ちだという。「働く女性たちの歴史がつまってるここに住むことができて、私は本当にラッキーです」と、歴史学博士でもあるスワヴォーミラは微笑んだ。

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Women Vote Peace

Krakow women's trail

RazemMałopolska同フェイスブックによるとヴワディスワヴァは働く独身女性の共同住宅を創設しただけでない。女性解放運動、労働組合運動のパイオニアだった)


ラクフと女性「女性センターエフカ」

クラクフと女性「コペルニクスは女性だった」

クラクフと女性「環境、男女平等」

クラクフと女性「スタラ・シナゴーグ」
ラクフと女性「ヤギェウォ大学」



【2019.3.28 クラコフをクラクフに更新。新聞協会によればクラクフが呼び名として定着していると知ったからだ。クラコフも間違いとはいえないようだがFEM-NEWSは今後クラクフを使用します】

【2019.4.2更新




# by bekokuma321 | 2019-03-26 22:45 | ヨーロッパ


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「ザードラは、『とげ』という意味です。小さくても、とげがささると、痛くて、気になるでしょ。この雑誌はそうありたいのです」


雑誌『ザードZadra)を手に持って、クラクフ女性センターeFKa所長のスワヴォーミラ・ヴァルチェフスカは言った(注)。


「創刊は1999年。もう20年たちました。一般に売られているフェミニスト雑誌で、ヨーロッパではドイツの『エンマ』に次いで長いはず」


ポーランドのクラクフ女性センターは、雑誌『ザードラ』 編集発行に加え、女性たちの意識を高める話し合いや演劇活動、性暴力から自分を守るセルフ・ディフェンス講座など、活発に動いてきた。同時に、ポーランド議会や政治家に妊娠中絶の完全自由化を求めるロビー活動、さらにはEU委員会の男女平等政策をポーランド政府に守らせる運動…。


「ポーランドは1989年まで共産党独裁でした。女性団体はあっても上から作られたもので自主的ではなかったのです。自由主義社会となった後、政党や市民団体が誕生しました。政治に期待を抱き、私自身『緑の党』から立候補したこともあります。でも政治から少し離れました」


―なぜ?


「男性たちの“椅子とりごっこ”のような、権力争いに嫌気がさしたのです。それと、フェミニストたちに理解があった女性の国会議員が、若くて死んでしまったこともあります。彼女の死を知って、何日も泣き続けました」


―死因は?


「飛行機の墜落です。知ってますか、第2次大戦中の1940年、カチンの森でソ連によってポーランド将校、警官、公務員数万人が虐殺されました。ソ連はドイツの仕業だと言い続けたものの、1990年、やっと非を認めました。2010年、『虐殺70周年追悼式』に出席するため、ポーランド大統領や議員が飛行機で向かったのですが、その飛行機が墜落したのです。国のかじ取り役たちが皆死亡。私たちが頼りにしていた女性国会議員も死亡。当時の政府は革新とはいえなかったのですが、それ以降、さらに右よりとなりました」


―でも、あなたはロビー活動は続けているし、EUの男女平等政策にならえと、政府の女性政策を厳しく批判していますよね


「ええ。でも、自分が議員に立候補するとか女性議員を増やそうというよりも、もっと女性の内的解放を求めるほうを大切にしています。ポーランドの女性たちは、常に、今も昔も『第二の性』です。男性が主であり基本。女性のことは二の次。教育も社会も家庭も男女で求めることが違うのです。しかし、そうではない。私たちは同じ権利をもっている自由な存在でしょ」


―ポーランドの歴史は抑圧と支配の歴史です。ポーランドの男性は被抑圧者(つまり女性)の苦悩がわかるのではないか、と?


「歴史は歴史です。問題は、男性たちは、家庭や自分の気持など私的なことと仕事など公的なことをわける傾向にある。私的なことに価値を置かないようにしてきたことに、女性差別の大きな要因があると考えています」


大国に挟まれた小国の歴史、ナチスドイツによる大虐殺の歴史。「(ずっと耐えて)最後まで愚痴を言わないのは、ポーランド人」という言葉があるという。耐えに耐えた国だからこそ、ポーランド女性たちの闘いは一層困難を極めているように思った。


(話は尽きなかった。またの機会に)


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(注)私のポーランド訪問のそもそもは、『叫ぶ芸術ーーポスターに見る世界の女たち』 をネットで見たスワヴォ―ミラから、「なんてすばらしい! 日本語の解説はよくわかりませんが、女性たちをとりまく問題はよくわかります。女性たちの怒りは共通ですね」というメッセージが寄せられたことだ。「クラクフ女性センターで、ポスターを見ながら話し合う会を持ちたい」、「クラクフには日本文化を紹介する会館がある。そこがポーランド渡航の支援してくれるだろう」・・・。そんな対話から、人生初の東欧訪問となった。ところで、私が東欧と口にすると「わたしたちは、もう東欧とは言いません、中欧と言います」。スワヴォ―ミラからの小さな「とげ」が私にささった。


【2019.3.28 クラコフをクラクフに更新。新聞協会によればクラクフが呼び名として定着していると知ったからだ。クラコフも間違いとはいえないようだがFEM-NEWSは今後クラクフを使用します】










# by bekokuma321 | 2019-03-19 04:39 | ヨーロッパ

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ラクフは、16世紀ワルシャワに遷都されるまでポーランドの首都だった。古い町並みはユネスコの世界遺産第1号だという。


そんなクラクフに溶け込むように「クラクフは女性だ」と書いたメスマーク付きポスターが掲げられている。5枚シリーズだ(上)。


女性の権利のために闘い、女性の地位向上に貢献したクラクフの歴史上の女性たちが、写真入りで解説されているのだ。5枚目には、クラクフで学んだコペルニクスを登場させて、「その昔、コペルニクスは女性だった」(写真最下)。エーッ、な、なんだって。すると、続いて、「有名なSF映画『セックスミッション』ではコペルニクスは女性だったのですから、クラクフも女性だと考えられるでしょ」と。そのキャッチィさに思わず笑った。


クラクフ市役所に行って担当したという市職員Justyna(女性)に取材した。


「あなたのような反応があると、作成した意義を感じます。うれしいです。女性は、このように特別にとりあげないと、歴史にうずもれてしまいます。ポスターが展示されている場所は、さまざまなテーマのお知らせをする場です。『クラクフは女性だ』の展示期間は今年の1月から4月までです。もとはといえば、昨年、ポーランドは女性参政権100周年を迎えたのですが、それがきっかけです。企画したのは、ここで働く市長担当の女性2人なんですよ」


サイズはかなり大きく、大人の目の高さに展示されている。市の観光案内オフィスと、市役所前の広場なので、これなら通行人、市役所に用事のある人たち、すぐそばにある公共の乗り物を待つ人たちの目にとまる。英訳付きだから、国内だけでなく世界中からやってくる大勢の観光客も、足をとめる。


日本の地方自治体も、少しは考えたらどうだろう。故郷に貢献した女性は数えきれないほどいるはずだが、多くは忘れ去られている・・・。


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【写真 最上:市庁舎(右側の黄色の建物)に向かう道路に並ぶ女性のポスター。中央:2枚ともポスターの接写。最下:中央広場にある旧市庁舎時計台。クラクフのシンボルとして今も使われている】

【2019.3.28 クラコフをクラクフに更新。新聞協会によればクラクフが呼び名として定着していると知ったからだ。クラコフも間違いとはいえないようだがFEM-NEWSは今後クラクフを使用します】

# by bekokuma321 | 2019-03-18 14:55 | ヨーロッパ