カテゴリ:ノルウェー( 637 )


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ノルウェー放送協会(NRK)によると、10月22日、月曜日、ノルウェーの刑務所で働く公務員4400人がストライキにはいった。


筆者は、ノルウェーで、ホテル従業員のストや、消防職員のストに出会って、驚いたことがある。でも刑務所のストは見たことも聞いたことがない。ニュースによると、前代未聞のことだという。要旨をまとめる。


刑務所職員のストライキの目的は、政府の刑務所予算案に対して反対の意思を示すことだという。政府予算案が通ると、7つの刑務所が閉鎖され、162人の雇用が奪われることになり、これでは受刑者に十分なケアができなくなる、と主張する。


250の刑務所はキャパを超えている。NFFは、政府予算への我々の態度を示し、組合の2700人の組合員のために、2時間のストライキを実行に移す」と、スト決行にあたって、労働組合委員長は語っている。


NFFは、ノルウェー刑務所と自由キャリア協会(The Norwegian Association of Norwegian Prisons and Freedom Careers)をさし、刑務所で働く人たちの組合だ。ちなみに刑務所職員の約40%は女性


ノルウェーは、さまざまな権利団体が組織化されているが、犯罪者協会という受刑者の組織もあるようだ。同協会は、刑務所職員が政府予算案に反対して政治ストライキを実行したことを支持すると次のように発表した。


「私たち、刑務所の受刑者も、予算減に影響を受けることがわかります。刑務所職員の利益向上に共感します」


権利は、こうして組織し、連帯し、闘って、守っていくものーー教えられた。




人間味あふれるノルウェーの刑務所

再犯率の最も少ない国の刑務所 追記

最も再犯率の少ない国ノルウェーで今

禁固21年判決とノルウェーの犯罪制度

再犯率の最も少ない国の刑務所

未来への提言「世界一囚人の少ない国からの報告」



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by bekokuma321 | 2018-10-22 23:58 | ノルウェー


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ノルウェの首相エルナソルベルグは、1017日、水曜日、戦後、「ドイツの女の子」と汚名をきせられて復讐された女性たちに、として正式に謝罪をした。


70年前の、女性に対する国ぐるみの蛮行に、正式謝罪をしたのだ。男女平等の先進国にしては遅いと思うが、 It is never too late to mend.


首相は、連人宣言70周年を記念する行事において、文化大臣、防衛移民副大臣とともに、政府として、謝罪のスピをした。


ノルウェは、1940年から5年間、ナチスドイツに占領されて、何十万人ものドイツ兵がノルウェーに駐留した。当然ながら彼らと親密な関係を結んだノルウェー女性が多数いた。後の19454月、何万人もの女性が、法的根も裁判もなく、「ドイツの女の子」と呼ばれて、仕事を奪われ、逮捕され、何カ月間にわたる獄中生活を余儀なくされた。また、追放にあった。19458月には、ノルウェは市民法を改正して、19404月以降にドイツ男性と結婚した女性を外追放できるとした。


ノルウェ公共放送NRKによると、第二次世界大時、ドイツ兵の父とノルウェ人の母の間に生まれたライダー・ガブレルReidar Gablerは、NRK(ノルウェー放送協会)にこう語っている。


「謝罪は大きな意味を持っています。すぎましたが」

「ドイツに渡っても、自分の過去を思い辛い日々を送りました。なのは、ドイツからノルウェに移住した私の幼い息子にまで及んだのです。彼はナチスドイツといじめられたのです」

「罰せられたのは、『ドイツの女の子』である母だけではありません。家族やそのまた子どもたちも、なのです」


イダー・ガブレル母親は22のとき、仕事に就くためにテレマクに引っ越してきた。その地で、知人を通じて25のエリッヒガブラを紹介されて、彼とに落ちた。問題は彼がドイツ兵だったことだ。2人にラが生まれた。


ホロコストマイノリティセンタグリイエルトネス(Guri Hjeltnes)は、政府の正式謝罪を、こう語る。


「謝罪は大きな力となりえます。現政が、時起きたことに責任があったとはいえなくても、しかるべき正な謝罪は、名とアイデンティティを取りすことを可能にします

「ドイツ兵と結婚したノルウェ女性が、ナチス・ドイツに協力したという証はありません。しかしながら、女性たちは、戦争でぼろ儲けをした人たちよりもずっとしく罰せられたのです」

「ドイツ女性と結婚したノルウェ男性は28人いましたが、誰ひとり、追放されたり、市民をはく奪されたりしていません」


いかにジェンダーによって対応が歪められてきたか。彼女の指摘は鋭い。


首相は「ノルウェー当は、法の支配という基本原則を破ったのです。裁判によって以外、何人たりとも罰せられないとする原則です」と語った。文化大臣は「史を書き直すことはできませんし、女性たちにして行った不正をないことにはできません。しかし、再びこのようなことを犯さないようにすることは可能です」と語った。


政府の公式謝罪のきっかけとなったのは、アフテンポステンの記者ヘッレ・オネス(Helle Aarnesの手になる著書『ドイツの女の子(Tyskerjentene):知られざる』のようだ。彼女2008年に「ベルゲンティデネBergens Tidende」に連載し、それをもとに2009年に出版。それまで知られてなかった史的事を暴いた。上の写真は、その本の表紙。


彼女によると、「ドイツの女の子」はをそぎ落とされた。路上で、衣服をはがされ裸にされて、屈辱をられた。は、ナチス・ドイツにする報復として行われた。女性への虐待を、警官、察、判事、新聞は、見逃しただけでなく、後押しする側に回った。ノルウェは、「ドイツの女の子」に対して国ぐるみで組織的に報復措置を行った、とされる。


あらゆる歴史は、女たちの目による徹底した見直しを必要としている。



Jeg er takknemlig for unnskyldningen (NRK)

NHK、慰安婦問題への言及禁止か

国連、「慰安婦」に関して日本に勧告

米政府、橋下市長「慰安婦必要」は言語道断

大阪市長、慰安婦問題を矮小・歪曲




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by bekokuma321 | 2018-10-19 00:43 | ノルウェー


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20161月、ノルウェー放送NRKNHKにあたる)は、ナディア・ムラードのインタビュー を放送していた。ナディアの親しい友人であるイラク系ノルウェー女性が通訳だった。2年以上も前だ。


10分ほどの出演時間だった。5分ほどして、それまで冷静に話していたナディアが涙ぐんだ。すぐ涙がとまらなくなった。言葉にならなくなった。NRKのインタビューアーは、泣き崩れたナディアに近づいて、彼女の左手を握りしめた。インタビューアーは、唇をギュッとかみ、必死に涙をこらえていた。


NRKスタジオにはヤジデイ族の女性たちの大きなパネルが掲げられていた。ナディアは泣きじゃくりながら、語った。


「その写真を見ると、その女性が母親ととても似ているのです」

「母は、何千人もの母親たちと同様、年老いているので、性的虐待ができないから、虐殺されてしまったのです」

「私の人生でもっとも辛いできごとでした」

「私はアメリカやエジプトやクウエートに行ったことがありますが、こんな地獄は見たことがありません」


イラクのナディア・ムラードが、コンゴの医師とともに、今年のノーベル平和賞に選ばれたとの速報 を流したが、ナディア・ムラードについてあまりにも知らなすぎたため、報道にあたってみた。そして見つけたのが、この、NRKの秀逸なTV番組である。


ヤジデイ族であるナディア・ムラードは、北イラクのコジョー(Kocho)という小さな村で、母親と兄弟姉妹9人で平和に暮らしていた。20148月、そこをISが急襲。6人の兄弟は殺害された。彼女は、モスル(Mosul)に連行された。およそ150人の若い女性たちがいっしょだった。そこに巨大な男性が(モンスターと彼女は言った)やってきた。次にやや小柄な男性がやってきた。毎日、何度も虐待と強姦をされた。


3か月間続いた。やっとそこを逃れた彼女は、難民としてドイツに住むことができた。


その後、性奴隷の境遇を脱出したナディアは、重い口を開いて、地獄の体験を語り始めた。そして国連親善大使を務めることになった。国連の安全保障理事会に招かれて、戦争・紛争下の性暴力について、世界の代表たちにスピーチをした。手に汗握る逃亡・闘いについては、彼女が書いた「最後の少女」という本に描写されているという(写真は本の表紙)。


ナディアのノーベル平和賞受賞を決めたノルウェーノーベル委員会に心から賛辞をおくりたい。そこに至るまで、ナディアの地獄の体験に耳を傾けてきた、ドイツ政府、国連、ノルウェーの報道関係者、そして通訳者たち(説得力ある通訳をする人がいたに違いない)にも・・・。戦争の戦利品とされる女性に対する、彼女たちの怒りのリレーがなかったら、受賞までたどりつかなかっただろう。


ところで、戦時下の性暴力(従軍慰安婦)に知らんぷりを続ける日本政府は、ナディアの受賞をどう考えているだろう。


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by bekokuma321 | 2018-10-10 03:23 | ノルウェー

ノルウェーのノーベル委員会は、2018年のノーベル平和賞がコンゴのデニス・ムクウェーゲと、イラクのナディア・ムラードに決まったと発表した。

2人は、戦争・紛争下の性暴力撤廃にむけて、命がけで運動してきた。そのたぐいまれなる勇気と努力が高く評価された。

デニス・ムクウェーゲは医師。内戦が続くコンゴで、長年にわたって、強姦や性的虐待にあった人びとを、助けるとともに、治療にあたってきた。「正義は万人のなすべきこと」が彼の信条で、10年前からノーベル平和賞候補にあがっていたと言われる。

ナディア・ムラードは、彼女自身が戦時下の性暴力被害者。ISに略奪支配された北イラクの村で、度重なる強姦や虐待を受けた。逃亡後、彼女は「女はおとなしく黙っていろ」を打ち破り、自らの性的虐待を告発することを選んだ。

詳しくは


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by bekokuma321 | 2018-10-05 19:26 | ノルウェー

国連安全保障理事会の非常任理事国メンバーは選挙で選ばれる。次期メンバーにノルウェーが立候補した。当選をめざして、皇太子が、この夏、ニューヨークまで出かけて選挙演説をしたという。


皇太子の選挙演説とはどんなものか。スピーチを読んでみた。


皇太子は、国連に貢献をした代表的ノルウェー人をあげて、ノルウェーのメンバー入りに賛同を呼びかけた。国連初の事務総長だったトリグブ・リーに言及するのは当然だろう。しかしリー事務総長よりも先にあげた名は、フリーダ・ダーレン(Frieda Dalen)という教員そして抵抗運動家だった。


皇太子は、彼女をこう紹介した。


「フリーダは、国連総会で演説した初の女性です。彼女は、第二次世界大戦中、レジスタンス運動に身を投じた人でもあります。彼女は、平和構築に女性を含めることの大切さを力説しました。彼女のこのメッセージは、72年後の今も依然として重要です」


オスロにある「抵抗の歴史博物館」(Norges Hjemmefront Museum)を訪問したことがある。そこには、ナチス・ドイツに占領された5年間のレジスタンス運動の証が展示されている。レジスタンス運動をけん引した団体のひとつが、教員組合だったこともそこで知らされた。高校教員だったころ組合の活動家だった私は、身近に感じると同時に、死の恐怖と闘いながらの地下運動に心から尊敬の念を抱いた(注)。その1人が、戦中、教員をしていたフリーダ・ダーレンだったのだ。


皇太子のスピーチは続く。


「フリーダが国連総会で演説したのは1946年でした。まだノルウェーは焼け野原でした。その後、数十年かけて、ノルウェーはゆっくりと包摂的福祉と民主主義の国になっていきました。強く独立した機関をかねそなえた国。持てる資源を持続可能な方法ですべての人々の利益のために使おうとする国。フリーダが生きた時代の人たちは、強固な国際機関なしには何事もなしえなかったでしょう。実際、その通りでした」


フリーダは、教員たちの秘密組織の活動家だっただけでなく、KKと呼ばれたノルウェー全土のレジスタンス運動の司令塔ともなる組織にもコミットしていた。彼女は、こうした違法行為によって、逮捕されてオスロ刑務所に投獄された。


強制収容所に連行されて亡くなった同志も多い中、生き延びて、国連で演説をすることになった女性教師フリーダ・ダーレン。それにしても、フリーダのような経歴の女性を初の国連代表に任命したノルウェー政府。その姿勢に脱帽してしまう。


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▲オスロのメインストリート。左側が国会議事堂。正面が王宮


博物館が明らかにするノルウェー国鉄 戦中の行い


【注】 「抵抗の歴史博物館」資料にもあるが、今ではネットで教員たちのレジスタンスの歴史が語り継がれている。それによると、ナチス・ドイツの傀儡政府は、ファシスト信奉を子どもたちに植え付けるため学校教育を変えようとした。まず教員組合をつぶすため傀儡教員組合をつくって、入会を強要した。しかし、教員の多くは入会拒否の署名をして応じた。怒った傀儡政府は、1000人以上の教員を逮捕。半数は北極圏にある強制労働所に送還した。学校はすべて閉鎖された。逮捕されずにすんだ教員たちは秘密裏に生徒に自主学習をした。親たちも傀儡政権に協力せずレジスタンスに協力的だった。Norwegian teachers prevent Nazi takeover of education, 1942





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by bekokuma321 | 2018-09-20 23:59 | ノルウェー

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93日(月)、ノルウェーのソニア王妃(写真)が、少数民族の人たちを王宮に招いて、お茶会を催した。女性の社会進出や性差別撤廃に尽力をしてきた女性ばかり15人。


女性たちの祖国は、エリトリア、ソマリア、リべリア、パキスタン、マレーシア、イラン、インド、グアテマラ、シリア、アフガニスタンの10カ国にのぼる。


ソニア王妃がマイノリティの女性たちを王宮に招いて、彼女たちからノルウェーでの苦労や挑戦話を聞くお茶会をしたのは、これで3回目だという。


王室の公式ページには、多彩な民族衣装に身を包んだ肌の色の異なるゲストを歓待する王妃の写真や、女性ばかりで大きなテーブルを囲んでいる写真が掲載されている。

王宮のお茶会をのぞいてみたいかたは、Invitertepå te


ノルウェー国王のスピーチ録画、277万回再生される

子どもたちがはぐくむ平等と包括教育

ノルウェーのブルキニ論争

難民受け入れと政治

ノルウェーの難民・移民政策

移民女性のための移民女性による選挙キャンペーン

イラク女性、ノルウェー式ヒジャブの商品化





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by bekokuma321 | 2018-09-04 20:59 | ノルウェー


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ノルウェーは、国会も地方議会も女性議員がほぼ4割だ。

国際比較のデータは国会レベルだ。日本の国会(一院)における女性割合は、世界158番目とわかる。ところが、地方政治の国際比較は自分の足で調べなくてはならず、比較は不可能に近い。

というわけで、少し前のデータだが、ご容赦願いたい。

2枚の写真は、上がノルウェーの最北県フィンマルクの県会議員のポスター、下が同じフィンマルク県の男女平等白書だ。

2011年、最北の町フィンマルク県ヴァドソー市に取材に出かけた。ポスターは、県庁の副知事室の壁に掲げられていた。冊子は、副知事(女性)が「わが県の男女平等に関するすべては、これでわかります」と渡された。

県会議員のポスターを見ると、35人中15人が女性議員である。女性が42.9%を占める。男女が限りなく人口比に近いだけではなない。35人は、9つの異なった政党から出ている。女性の声や、さまざまな政党を支持する人たちの声が、県議会にナチュラルに反映される、そんな環境だ。

冊子の表紙を飾る男女は、県が主催した男女平等賞の優勝チームだ。男性がビキニを着て、女性が髭をはやして、ジェンダーの垣根を超えるパフォーマンスをしている。この男女平等賞の授賞式は県議会で行われ、この写真は、そのとき撮影された、という。

日本の議会は、国会ばかりではなく地方議会も、男性偏重かつ自民党偏重だ。

県会議員の女性割合は、10%でしかない(政府による2017年調査)。こんな偏った政治を変えようと、今年、「候補者男女均等法」が全会一致で成立した。

その「候補者男女均等法」施行後はじめての統一地方選挙が、半年後にやってくる。それなのに、今、話題になっている政党党首選において、「候補者男女均等法」をどう実行するかや、有権者の半数以上である女性の代表をどう増やすかは、まったく語られない。

当人たちが語ろうとしないなら、メディアの出番だ。記者たちよ、党首候補や支持者に対して女性議員増や女性政策について切り込んでほしい。


ルポ「世界で最も住みやすい町」(月刊『自治研』PDF)

「むかし魔女、いま大臣」を読みエイラを思う (ふじみつこ)

やるもんだね、ヴァドソー

NRKとNHK--報道における女性




















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by bekokuma321 | 2018-09-04 17:15 | ノルウェー

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ノルウェーの運輸・通信大臣が、先週、大臣を辞任した。報道によると、妻のキャリアを優先したためだという。


彼の名はヒェーティル・ソールヴィーク=オルセンKetil Solvik-Olsen15歳から進歩党青年部で活躍してきた政治家だ。


ノルウェーでは2013年、2017年と国政選挙があったが、候補者リストの当選圏内への登載を望まなかったことから、彼は、国会議員ではない。国会に議席を持つことを優先しなかったのは、医師である妻との間で交わした「仕事と暮らし(2人の子がいる)の両立」を考えてだったと報道されている。


国会に議席はないが、彼は、大臣であり、かつ進歩党副党首の重責にある。進歩党は、保守党よりさらに右寄りの政策をとる。メディアに「極右政党」と形容されることも多いが、この一件からすると、ずいぶん革新的だ。


ソールヴィーク=オルセン大臣は、「1年間、世界でもっとも素敵な仕事につけて、幸運でした。次は妻の番。彼女のキャリアを優先したい」。彼の妻は医師。アメリカのアラバマ州にある子ども病院から招へいされて1年間滞米することになったらしい。「2019年の国政選挙には帰国します」と党のホームページに語っている(写真)比例代表制選挙ならでは、だろう。


でも、大騒ぎするほどのことではない。私が知っているだけでも、ノルウェーでは1990年代、子ども家族省のマッツ・サンマン大臣(労働党)が大臣を辞任した。彼の辞任理由は、「家族とすごす時間が少なすぎます。もっと子どもと一緒にいられるようにしたい」だった。当時の首相グロ・H・ブルントラントは「残念です。でも、このことは、今日的優先課題のひとつの表れと見るべきです」とコメントした(三井著『桃色の権力』三省堂、p37)。


労働党で1990年代に表れた、大臣より家族を優先する男性政治家が、4半世紀かかって、進歩党にも出現したと見るべきかもしれない。

日本に、このような男性政治家が表れるのはいつだろう。



Solvik-Olsen går av som statsråd
NorwayTransport Minister Quits Post to Support His Wife’s Career

男性大臣2人の育休







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by bekokuma321 | 2018-09-02 19:41 | ノルウェー

ノルウェーの夏。輝く太陽のもとイベントが続く。とりわけ、野外音楽祭の多いこと。全国津々浦々、大勢の老若男女が酔いしれる。

今夏、ノルウェー訪問のかなわなかった私は、ノルウェーから届くニュースを楽しんだ。そのなかに「音楽祭にジェンダー・クオータを」という見出しを見つけた。ジェンダー・クオータはノルウェー語でkjønnskvotere。日本のNHKにあたるNRKの記事だった。

クオータ制は、政界や経済界などに女性を進出しやすくするために考え出された。ノルウェーの政党は、70年代から自主的に導入した。男女平等法で「公的委員会等の構成員の40%を一方の性に」と定めたのは、80年代だ。90年代にはいると、家事育児の父親参加を促すためのパパ・クオータが始まった。2000年代には、企業の取締役の少なくとも40%を女性にする法律ができた。

音楽祭のクオータ制とは何だろう。記事を読んでみよう。

「新しい年に新しいスコア」。だが、変わらないのは「ノルウェーの音楽祭のアーテストのほとんどは男性である」という現実だと書く。

記事のポイントは、その男性偏重の音楽界を変えようとしている2人の女性の主張だ。ヘイリー・シーHaley Sheaカヤ・グヌフシェンKaja Gunnufsen。なぜ彼女たちは変えたいと考えているのか、どう変えたらいいのか。NRKはまとめている。

「でも、みんな音楽祭で楽しい時をすごしているんだから、なんでジェンダーなの?」

ヘイリー・シーは答える。

「ジェンダー・クオータは大切です。なぜなら聴衆は女性と男性で構成されています。音楽を通して表現される物語は両方の性を代表することが重要です。女性から女性にだけでもなく、女性から男性にも。女性は男性と異なった視点を持ち、男性とは異なった表現をします。音楽祭はそうした多様性を必要としています」

カヤ・グヌフシェンは、今夏、ロフォーテン諸島のヘニングスヴァ―ルで行われた夏祭Trevarefestに出演した。

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「男性が20人で女性は1人でした。とても驚きました。ポップありロックありの音楽祭でした。そこに女性のア―ティストを探せないはずはありません。意識的に女性を出さなかったとは思えませんが、女性を増やそうという意識がなかったのでは」


さらに続けて

「フェミニストとして、クオータ制に疑問を持っていましたが、変革の時にはクオータ制が必要だという結論に達しました」

2人は、音楽祭に女性を増やすには、「バンドで演奏したい女性の力をつけること」「主催者にジェンダー平等の確信を持ってもらうこと」の2つが必要だと言う。

2人は、そのための組織AKKSを立ち上げた。なんという実行力。「AKKSはジェンダーによるバランスとジェンダーの平等を進めて行く理想的な団体だ」。ヘイリー・シーはAKKSの代表をつとめ、カヤ・グヌフシェンは主任教員。女性だけの学校らしい。

「男の子を差別しているのではありません。男の子はバスやドラムを演奏し、女の子は歌をうたったりピアノを弾くというジェンダーによるお決まりコースをさけるための場を創ったのです。AKKSは、バンドを演奏する女の子をより見つけやすくし、バンドをする女の子によりやる気を起こさせます。数年たったら、音楽生活における男性優位を変えていくでしょう」

NRKは、2人の考えを補強するように、人気ロックシンガー、ソンドレ・ユスタSondre Justadから、こんな言葉を引き出している。

「悲しい現実に驚いてはいません。社会を反映しているのです。僕たちは、ジェンダー平等の目標に達していません。音楽界には、この分野ですべきことが多い。僕たちは、前に進むべきですし、このことを真剣にとらえなければなりません。5050というクオータ制がいいとは思いませんが、音楽業界の男性は、女性を前に出す特別の責任を持っていると思います。意識の問題です」

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▲ノルウェーの山間で催された夏祭


Musikkfestivalenebør kjønnskvotere
ついに映画産業にクオータ制
●連載● クオータ制は平等社会への一里塚 第2

ノルウェーの大学、クオータ制再び提案

大学のクオータ制

ノルウェー地方議会改革論争ヒートアップ

人気歌手が語る音楽界のジェンダー














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by bekokuma321 | 2018-09-01 16:35 | ノルウェー

ノルウェーには国立の女性博物館がある。夏はとりわけ充実したイベントで人気がある。

でも、いったいどんな経緯で国立女性博物館なるものができたのか。詳しくは「叫ぶ芸術 ポスターに見る世界の女たち 第61回 夏だ、女性博物館に行こう」を。

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             ▲記念すべき1993年のポスター

1993年、「女性博物館 第1回企画:ヘードマルク女性たちの作品」
1995年、ソニア王妃を迎えて、プレ・イベントのオープニング
1998年、国立博物館として認定
2000年、企画展「カミラ・コレットの笑い」
2013年、女性参政権獲得100周年イベント「当時の声、今の声」
2018年、夏の特別展「行間を読め」。世界を揺り動かした#MeToo運動がテーマ。セクハラ根絶を願うポスターや芸術作品が、9月1日まで部屋いっぱいに展示されている。


ノルウェー労働党党首セクハラを語る
ブルントラント元首相 セクハラ被害を語る
ノルウェーDV予算をめぐる攻防
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by bekokuma321 | 2018-08-15 15:23 | ノルウェー