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128日、「今どき男だけをうたう市民の歌でいいの?」 が、富山県高岡市から山下清子さんを迎えて催された。八王子市の男女共同参画センターにて。


山下さんは、「シャキット富山35」の世話人。同会は、8月、女性がうたわれていない高岡市民の歌について、男女平等の観点から問題だと市の男女平等問題苦情処理委員会に申し出た


高岡市民の歌(作詞林真理子)には、「御車山を曳いてくる 男たちのりりしさ あなたの父も兄もいる」とうたわれている。一方、「女たち」も「母」も「姉」もいない。合併10周年を記念して2015年に制定された。記念行事にはウン千万円、歌には500万円の公費が支払われたという。


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1031日、高岡市の男女平等問題苦情処理委員会はーー 「『ふるさと高岡』の歌詞に偏った表現が多いとか、男性だけを強調・賛美しているとは認められない」として、申し出を退けた。その結論に対して、「シャキット富山35」は、1114日、再調査・再回答を求めたものの、門前払いに


当の高岡市の男女平等問題苦情処理委員会だが、なぜか委員名はホームページに公開されていない。「シャッキット富山35」によれば、男女平等問題苦情処理委員会委員は、入江祐典弁護士、神川康子富山大副学長、吉川佳子人権擁護委員の3人。


講師の山下清子さんは、10代で母親を亡くし、実姉も若くして死亡した。「我慢の人生だった母や姉のような女たちの苦労を後世に残したくない」と、「個人的なことは政治的なこと、という言葉があるが、私たちの異議申し立ては、それです」と強調した。


今回、八王子市に山下さんを迎えたのは理由がある。「八王子市歌を考える会」の秋山映子代表や、井上睦子元市議、遠藤真子さん(八王子手をつなぐ女の会)、陣内泰子市議らから報告があった。


八王子市歌(1936年制定)には、1番から3番まで「奮え 多摩のますらを」とうたわれている。その一方、女性はどこにもうたわれていない。八王子手をつなぐ女の会は、かねてから批判してきた。2016年、小中学校への市歌指導依頼やCD化の動きを察知した同会らは、小中学校長や音楽担当に、問題点を指摘した。また、八王子市歌を考える会は、石森孝志市長に「市や学校の行事などで歌わせないでほしい」「歴史的資料とすべきだ」などと要望書を提出した。


こうした市民運動もあってか、現在、八王子市内の学校でこどもたちに広めることはなくなった。しかし、成人式や市の記念行事などの式典では歌い続けられている。市長は「大切に守っていくべきもの」などとして、女たちの要望を尊重する意向は見せていない。


高岡市の場合、男女平等問題苦情処理委員会は第3者機関として存在しているものの、行政側の追認機関となっているようだ。頼みの綱と訴えたのだが、その期待は無残にも打ち砕かれた。しかし、それでも「私ら市民が、あきらめずに物を言い続けなくは変わらない。とくに若い人たちに男女平等に関心のない人が多く、伝えていかなくては」と山下さんは力説した。


山下さんの報告によるとーー「申し出をして1か月経って、シャキット富山35の代表が高岡市民でなかったことから、出し直しを要求されて、山下名で再提出した」「男女平等問題苦情処理委員会への申し出は過去、書類上は一件もなかった」「市民から申し出があっても、窓口で書類には書ないようにと指導されていたようだ」「今回、申し出を退けられた後、男女平等問題苦情処理委員会の話し合いを知るため会議録を情報公開したが、要旨だけだった」「その要旨によると、会議は10189時半から1010分まで40分の1回のみ」「男女平等苦情処理委員会の結論はおかしいと考えて、再調査と再回答を求めたが、行政から『少数派の意見は認めない』などと言われた」


FEM-NEWSの三井マリ子(元八王子市民)は、福井県武生市(現越前市)の男女平等オンブッド(男女平等苦情処理委員会のこと)だった経験から、日本の行政の第3者機関の実態と問題点を話した。また、女性の体の一部を富士山にダブらせた千葉県市川市の市歌には、一同のけぞった。ほかにもとんでもない市歌があるだろうが、子どもたちのためにも改善していかねば、と話し合いは続いた。



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     ▲市川市讃歌  (作詞 宋左近)


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by bekokuma321 | 2018-12-09 14:16 | その他

急なお知らせですが、ご参加ください。

市の歌は、市がオーソライズした市民のための歌です。子どもからお年寄りまで歌います。教育的効果をねらった重要な道具です。税金も投じています。

ことは高岡市と八王子市だけの問題ではありません、日本の多くの自治体にあてはまる大きなテーマです。


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by bekokuma321 | 2018-12-06 00:00 | その他

「叫ぶ芸術:ポスターに見る世界の女たち」 をネットで見る機会があり、感じたままを述べさせていただきます。


私がこれまで周りで見たポスターといえば、選挙ポスターをはじめ、日本語で書かれた日本人向けのお知らせです。コンサート・演劇・講演会など興行内容に興味を引かせるために作られたものがほとんどです。


ところがこのポスターの数々は、言語も文化も異なる国でつくられたものです。目的も、立候補者や興行への関心を引くためではなく、男女平等のためです。


ポスターに添えられている解説を読みながら、ポスターを見ると、「なるほど、このポスターにはそういう思いがこめられていたのか」「そうか、こういう時代背景があったのか」とわかってきます。


特に注目したのは、「64回 彼の暴力より怖い『その暴力の告発』(オランダ)」です。モノクロ写真が、暴力を受けた一人の女性の悩みの深さを表しているようです。


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暴力被害を訴えることで、その後に起きるであろういわれなき批判。考えても考えても悪いことばかりが浮かんできて、不安で真っ暗闇状態の心情が、私にまで伝わってきます。


夫婦間の暴力・職場内のパワハラはとくに訴えることが難しい暴力にあたります。でも、苦しくても声を上げ続けないと現状は繰り返され、暴力は維持されます。


ところが、「強姦されたことが家族に知れると、一家の名誉を汚す淫らな行為をしたとして『名誉殺人』の名で被害者が殺される」と解説にあります。これには、非常にショックを受けました。


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また、「44回 反トランプ480万人のデモ(アメリカ)」、「55回 セクハラやめろ!(スウェーデン)」のポスターを見て、一昨年、ハリウッドの大物プロデューサーによるセクハラをきっかけに、被害を受けた多くのハリウッドスターたちが声を上げたニュースや、トランプ大統領が女性に対して行った性暴力に対して声をあげた女性たちのニュースを思い出しました。#me too(私も)と、ヨーロッパの女性たち、次に日本の女性たちが声を上げました。


ポスターの意味が日本語で詳しく解き明かされることで、訴えているのは、各国に存在する女性にかかわる問題であり、それはその国にとどまらず世界に共通する問題だということがわかってきました。


使うことがほとんどなくなってカラカラと音をたてている私の頭ですが、勉強になりました。


大倉 由紀子(さみどりの会





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by bekokuma321 | 2018-12-01 11:09 | その他

1125日は女性への暴力撤廃デー。女性への暴力撤廃は、年1回でなく、年から年中キャンペーンをしなくてはと思う。でも、年に1回でもやらないよりはましだ。メディアがとりあげるからだ。

2017年、世界の他殺被害女性の半数以上は、夫、恋人など親しい間柄にある人によって殺された」

BBCは、11月25日、こう大見出しで訴えた。わかりやすいグラフつきだ。殺人事件被害女性の58%は、親しい間柄の人物が加害者である。だが男性の場合、20%でしかない、と報じている。

女たちは、気をゆるしている身近な相手から殺されているのである。世界中で。

さらに、女性への暴力は、戦争において、もっとも極端かつ残酷なかたちであらわれる。今年のノーベル平和賞が、その戦時下の性暴力と闘う2人に授与されることになったが、そのことで、あらためて戦時下の性暴力を考えさせられた。


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この戦時下の性暴力についての本を、先月、偶然、読んだ。

『1945年・ベルリン解放の真実――戦争・強姦・子ども』 。ヘルケ・ザンダー&バーバラ・ヨール編著。翻訳したのは寺崎あき子・伊藤明子。1996年、パンドラ発行、現代書館発売。

20年前に読んだと思ったが、途中でやめたらしい。今でも、この重い内容を読むのは楽ではなかった。どこに行くときも分厚い本を持ち歩いて、2週間かけて読了した。目をそむけたくなるような表現が多く、パタンと本を閉じてしまったこともある。FEM-NEWS1110日にアップした引用文から厳選して再掲する。


「非常に多くの若い女の子が強姦された。当時、134歳で、自分に何が起こったのかまったく理解できなかった多くの女たちと、わたしは話をした。大半は、その後二度と男と寝ることができなかったり、『性行為というもの自体に対する嫌悪感』を強めることになった。たいていの場合、女の子たちは強姦されたことについて誰とも話すことができなかった。自殺したり、自殺に追いこまれた者も多かった。


「多くの女たちは何度も強姦されて重傷を負い、不治の障害が残った。無月経のため、妊娠に気づくのが遅すぎて、子どもを産まざるをえなかった女たち、彼女たちは今日もなお差別と結びついている、シングル・マザーとしての将来が待っていた。結婚している場合は、『私生児』を連れて夫のもとに帰ることは許されなかった。子どもが欲しいと思った場合でも、こういった理由から養子に出したり、病院にそのまま置き去りにしたりすることがよくあった。子どもを産んだ女たちは、トラウマのために、子どもとの関係が非常に歪んでいることがしばしばだった。これはそのような子どもたちの話からわかったことである。子どもが常にあの暴力行為を思い出させるからだった」


「強姦の次に待っていたのは苦痛に満ちた性病と婦人科の手術であった。会陰が肛門まで裂けていた10歳から16歳までの少女たちは、病院で縫合しなければならなかった。その後、何年たっても女たちは強姦のもたらした結果に苦しんだ。『個人的な恥』への不安、絶望、そして夫や婚約者の態度――強姦された女性を置き去りにすることもしばしばであった――は、暴力行為を受けたあとで多くの女性を自殺へと駆り立てた」



この力作を日本に紹介した最大の功労者は、ドイツ翻訳家の寺崎あき子さんだ。彼女は、先月末、永眠した。最期は苦しむことがなくとても安らかだった、と看取った友人が話してくれた。



GLOBALSTUDY ON HOMICIDE Gender-related killing of women and girls 2018

■詩織さんが訴える「告発することの怖さ」

北欧DVシェルターは24時間365日オープン





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by bekokuma321 | 2018-11-27 11:50 | その他


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1116日(金)ウイングス京都で行われた「国会・地方議会の男女候補者50/50 をめざす京都フォーラム」 に参加した。


基調講演の大山礼子さん(政治学者、Qの会)は、「人口減少・少子高齢化」「消滅危機にある農山村地域の自治体」「長時間労働と低い労働生産性」など、山積する問題の数々をあげた。それらは、女性議員があまりに少ないことによる「政策のゆがみ」に起因すると指摘した。そして、地方議員や地方議員をめざす女たちに、「議員内閣制で運営される国会議員の真似をしないように。政党や所属会派にとらわれずに発言して活動するように」と呼びかけた。


石毛鍈子さん(Qの会、元衆議)、山田智子さん(草津市議)、 森かれんさん(京都市議)、戸田靖子さん(大阪府島本町議)、森屋裕子さん(NPO法人フィフティネット)、リボアル菜巳乃さん(翻訳家)、矢澤江美子さん(埼玉県八潮市議)などが次々に、議会をこんな風に変えていきたい、と希望を語った。


記憶に残った発言をメモ的にあげる。

―会派はあったほうがいいが会派で議決拘束はしないでほしい

―議会の委員会などのポストは会派人数に応じて決めるが比例代表制選挙での割り振りのような「ドント方式」がいい

―会派のない議会では全員協議会となってしまい、さらに大変だ

―議会は政党や会派に所属する数の力が物をいうため無所属議員は議会で一般質問をできない

―無所属議員は、政党のしばりがないだけ、政策を自由に出していける


女性議員を増やす方策という大テーマに移ると、大山さんは、1946年の総選挙で実行された複数候補者に投票する「制限連記制選挙」をあげた。育児中の議員からは、選挙以前に、「議会中の搾乳タイムの確保や視察先への家族・シッターの同伴」など、”おかあちゃん環境”を向上することの必要性が提起された。


矢澤さんは、全国フェミニスト議員連盟で訪問した「長野県川上村」の女性排除的慣行「まけ」 を紹介した。川上村同様、まだ残る「女性ゼロ議会」にはこうした慣習があり、しばりとなっている。それを変えるきっかけとなるのが、「候補者男女均等法」 だと私は思った。矢澤さんの発議で、議会基本条例のなかに、議会は「議会活動と育児・介護等が両立できる環境整備等に努め、多様な立場の市民の声が反映できるようにしなければならない」が盛り込まれることになった、とのうれしい報告もあった。


女性議員が半数を占める島本町議会議員は、「激論を交わすのは女性議員同士だ。政策差は、性差よりも会派差によることが多いです」と言った。女性議員が増えたらこうなるという未来像を見せられたようで、とても印象深かった。


岡田 ふさ子(全国フェミニスト議員連盟、さみどりの会)


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【写真はすべて矢澤江美子議員提供】


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by bekokuma321 | 2018-11-23 15:03 | その他

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ドキュメンタリ映画『たたかいつづける女たち~均等法前夜から明日へのバトンをつなぐ』の上映会&三井マリ子さんトークライブが、「怒れる女子会@越谷」主催で開催された。


映画は、1985年男女雇用機会均等法が作られた時のお話。政府が出した案では本当の意味での女性の労働権の確立につながらないと、自分たちで男女平等法をつくり労働省へ提出する女性たちの戦い。歴史の教科書に載らない物語を山上千恵子監督が21世紀に蘇らせてくれた。


三井さんは、映画のハイライトである抗議デモ「イブ・リブ・リレー」の発案者である。リレーの萌芽は北欧にあった。北欧のデモに参加したイギリス人が帰国後、英国で似たような抗議をした。その英国のデモに参加したアメリカの友人が、留学中だった三井さんに話してくれた。その体を張った表現方法に心打たれた三井さんは、帰国後、仲間に紹介したら、「いいじゃない!」と。バトンの中にみんなで作った「男女平等法」を丸めて入れ、想いをリレーでつなぎ、労働省に提出した。


結局は国会の勢力図により平等法は実現しなかった。法案の立役者赤松良子さんの「ホントはもっといいものが作りたかった」「国会の場に女性がたくさんいたら判断は変わっていたかも」から悔しい思いが伝わってきた。


では、女性議員がたくさんいたら変わるのだろうか。わが吉川市を見ると疑問も残る。吉川市の議会は、20人中735%が女性だ。選挙後はかなり注目をあびた。

昨年、文部科学省の男女共同参画学習課が男女共同参画室に格下げ案が出された。当時、私は議会で「存続と拡充、組織的位置づけの強化を求める意見書」を出した。男女平等を訴え続けた歴史の重み、しかも男女平等はまだまだ道半ばであり、課から男女共同参画という言葉を無くすことはできない、と力説した。意見書は可決され、吉川市議会より文科省に提出された。


実は、この意見書に女性議員3人が反対したのである。“女性の敵は女性”という常とう句をぬぐい去れなかった一幕であった。


一方、114日の「怒れる女子会@越谷」には多くの男性の参加があった。理解と応援の姿勢を示す男性は今も昔もいる。問題は男であるか女であるかよりも、ジェンダーバイアス(性による偏見)がかかった考え方にあるのではないか。女性議員の比率を半分にすることは当然だが、偏見をいかに取り除いていくかの努力が必要だと私は思う。


闘ってきた女性たちがいたからこそ今がある。荒野を切り開いてきた先輩女性たちから受け継いだバトンを、私たちはブルドーザーで地ならしをし、次に渡していかなくてはならない。


岩田 京子(埼玉県吉川市議会議員)


我慢から交渉へ 臨時職員の闘い(怒れる女子会@越谷)

女たちのバトンは続いてる(怒れる女子会@越谷)


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   ▲三井講師(左)と、「バトンを受け取って走ります」とランニング姿の松田典子議員



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▲司会の檜垣貴津子さん(左)と「怒れる女子会@越谷」で奮闘する山田裕子議員




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by bekokuma321 | 2018-11-08 09:56 | その他

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小松サキ子さんは、80年代から23年間、越谷病院の臨時職員だった。非正規がどんな働き方を強いられていたか、どう闘ったのかーーー貴重な経験を話してくれた。

114日、ほっと越谷で開催された「たたかいつづける女たち」上映会&トークに先約のため参加できなかったという、小松さん。今76歳だ。


小松さんが、越谷病院の臨時職員に採用されたのは40代のころ。栄養課に配属になった。「ピーマンを洗ったり、玉ねぎの皮をむいたり…」。


1
年で手術室に移動になった。手術室勤務の正規の看護職が、保育のほうに移動しなければならなくなったからだ。それまで正規職員がしていた仕事を臨時で埋めたのである。


「今でも覚えていますよ。面接をした課長は、『食器洗いも、オペ室の機械洗浄も同じだ』と言ったんです」


臨時職員は3ケ月更新だった。小松さんは更新を続けて、手術室に看護助手として13年間、その後、診療材料倉庫に10年間務めた。


感染症患者の手術も多かった。「オペ後の片づけ、器具の洗浄や消毒が主な仕事でした。放射線のフィルムの出し入れを担当する臨時職員の話も聞き、『私たちのからだは、いったいどうなるの?』と、心配がつのりました」。


健康への影響という基本的問題だった。それに対して、病院の院長は、「どうせ、あんたたちが癌になるっていったって、60過ぎてなるんだから心配ない」と言った。婦長は「あなたたち、仕事があるだけありがたいと思ったほうがいい」と言った。「今ならパワハラでしょうが、何を言われても我慢するのが臨時職員だ」と思っていた。


しかし、越谷市には「臨時職員の組合」ができていた。その臨時職員の場から代表2人が、市職員組合の役員会議に出席できた。小松さんは、4時に勤務を終えて、いったん帰宅。子どもたちの夕食を済ませて、6時過ぎに戻って組合の会議に参加した。正規職員は、年休も夏休みもボーナスもあったが、「わたしたちは、そのたびに交渉しなければもらえなかった」


「正規の職員よりちょっと勤務時間を短くされているだけで、仕事はほぼ同じ。何年だったか、今頃の寒いとき。ボーナスをめぐって当局と話し合いをしました。交渉が決裂して、何度も話し合いを設けました。子どもたちに夕食を作らなければならないのに、ほおって、夜まで居座りました」


「そんなほしがるなら、首を切っちゃえ」のセリフは忘れられない。暴言をはいたのは越谷市市長(当時)だった。


臨時職の要求を市につきつける闘いは、労働組合がなければ不可能だった。「執行部の檜垣貴津子さんはもとより、委員長だった佐々木浩さんや山下弘之さんが耳を傾けてくれた」と、小松さんは言う。


女たち(=臨時職員)の我慢を、当局との交渉課題にした越谷市の労働組合。その先駆性は、もっと知られていい。

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▲映画上映後に語る山田裕子市議、三井マリ子元都議、松田典子市議(ほっと越谷)



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by bekokuma321 | 2018-11-07 14:08 | その他


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11月4日(日)、越谷市で、ドキュメンタリ映画『たたかいつづける女たち~均等法前夜から明日へバトンをつなぐ』を見て話し合う会があった。


男女雇用機会均等法は、1985年、国会で成立した。働く女たちの声は国会に届いたのか。世界をゆるがしたウーマンリブ運動の風を受けて、日本の女性運動、組合運動の中で、女たちはどう動いたのか。未公開の貴重な映像、現在進行形で裁判闘争をする女たちへのインタビューをもとにフェミニスト山上千恵子監督21世紀によみがえらせた。


越谷市では、怒れる女子会の山田裕子議員と松田典子議員、映画制作に協力した三井マリ子の3人で現状や今後について話し合った。

ここでは、司会をした檜垣貴津子さんの話をかいつまんで報告する(注)。


檜垣貴津子さんは、「映画で、闘っている女たちを見て、70年代後半に、越谷市立病院の臨時職員として雇われた看護助手たちが、組合結成に立ちあがった闘いを思い出しました」と、やや興奮気味に言った。


檜垣さんは看護師で市立越谷病院の正規職員、かつ越谷市職員労働組合の役員だった。当時、看護婦(女性だけだった)たちは、人手不足のため「バタバタ倒れる人が出た」。1978年、檜垣さんたちは「増員闘争って呼んでいたのですが、ストライキで、53人の増員を勝ち取ったのです」。その闘いの様子はNHKでも報道されたという。


並行して臨時職員も増えてきた。とりわけ、病院では、正規と同じ仕事をして、正規職の半分か3分の1の給料だった看護助手たちの不満がくすぶりはじめていた。労働組合に「余りにひどい。どうにかならないか」と窮状を訴えたのは、そういう女たちだった。


その1人が、お連れ合いの介護の合間をぬって参加し、会場から発言をして下さった。


1976年(昭和51)病院の看護助手募集に応募して採用されました。朝8時から午後4時半まで8時間労働でした。しばらくして、同じ仕事をしても、給料は正規の半分以下だと分かったんです」


医療事務の人や、検査技師など、臨時職員は増える一方で、100人以上になった。看護助手の女たちが火付け役となって「臨時職員協議会」が結成された。自治労傘下にはいって、当局と賃金や労働条件などを交渉する権利を勝ち取った。


檜垣さんは、最後にこう語った。


「『ああ、私たちは、ちょっと早目にやったんだな』と思いました。映画の女たち以前に私たちの闘いがあったのです。考えてみれば、そういう私たちだって、淡路島の病院の看護婦の闘争から学んだんです。実質的に、女たちの闘いのバトンは続いているような気がします」



【注】檜垣貴津子さんの話は、集会や2次会に加えて、電話取材による(FEM-NEWS編集部)。


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▲集会終了後に「たたかいつづけよう!」2018.11.4 ほっと越谷 (写真提供・山田裕子)




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by bekokuma321 | 2018-11-05 22:56 | その他

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11月は、DVやセクハラなど性暴力根絶月間だ。

ジャーナリスト伊藤詩織さんの告訴に刺激を受けて、シリーズ「叫ぶ芸術」(「I 女のしんぶん」)に、オランダの90年代の性暴力根絶キャンペーンを紹介した。

オランダは、80年代から、女性運動の声を受けて、政府が情報収集に力を入れ出した。

時が過ぎ、いまや、国連も性暴力根絶に力を入れている。日本政府も、重い腰をあげた。それでは、と、今年、性暴力根絶に向けて内閣府がつくったポスターを見た。こりゃダメだ(↓)。

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第21回全国シェルターシンポジウム2018 in 札幌

平成30年度 女性に対する暴力をなくす運動(内閣府男女共同参画局)

EU to join international convention combating violenceagainst women

Violence against women: the EU's potentialaccession to the Istanbul Convention

詩織さんを応援します

詩織さんの告発





 

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by bekokuma321 | 2018-11-03 12:59 | その他

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セクハラ・マタハラがまん延する職場、再就職しようにも非正規ばかり、同じ仕事なのに男女で賃金差、大学入試でさえ男性優遇―――もう、我慢できない! 私たちは怒ったぞ!


と き:2018.11.4 (日) 13:30 ~

フェミニスト山上千恵子監督がつくったドキュメンタリ映画は、女たちの怒りと疑問を、その背景となる社会問題に乗せて描く。1980年代から現在まで、こ30年、日本のどこが変わり、どこが変らないままなのか。貴重な闘いの記録が、女たちによびかけるものは・・・。


トークは怒れる3人。80年代、職場の男女平等運動をしていた三井さん、子育て経験を政治に生かすため議会でがんばる松田さん、山田さん。それに会場のあなたも、#MeToo! どなたも自由にどうぞ!




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by bekokuma321 | 2018-11-01 21:34 | その他