2026年 03月 05日
奥むめおと主婦連の運動
奥むめおは、明治、大正、昭和、平成にわたる人生を女性運動に捧げた女性だ。
3月4日、四ツ谷駅前の主婦会館で「アイスランドの女性の休日・・・」の講演をする前、3階の展示室に立ち寄って、奥むめおの足跡を駆け足でたどった。

奥むめおと言えば主婦連。主婦連と言えば、割烹着姿にしゃもじを持つ主婦たち。そういうイメージが強かったが、展示室のチラシや写真などで、女性の参政権運動や、働く女性の労働条件改革など縦横無尽の働きをした女性であることを知った。
1919年(大正8年)には、平塚らいてふ、市川房枝と一緒に「新婦人協会」を設立し理事に就任して、治安警察法第5条の改正に尽力した。また戦後、初の参議院議員選挙に立候補して当選し、3期務めた。モットーは「台所と政治の直結」。1960年代、アメリカの女性運動で叫ばれたPersonal is Politicalを、そのウン十年前に叫んでいたわけだ。
当時のチラシに、マッチを持つ主婦が描かれている。戦後直後、1日4本しかマッチは配給されず、しかも不良品が多かったため、女性たちはみな困っていた。そこで「不良マッチ退治」を掲げて全国運動を展開したのだという。

NHKのアーカイブで、奥むめおは「ずいぶん派手にやった」と、不良マッチ運動の勝利をふりかえっている。アイスランドの女性の休日の仕掛け人は、70年代の「赤い靴下 red stockings」だが、彼女たちは、見えなかった女性の問題を可視化するために、度肝を抜くようなアイデアを実行に移した。時代も国も違うけど、奥むめおの手法とつながってる、と思った。
また奥むめおは、「女の涙、女のつらさ、女の訴えを知らせたい」のだと、長い女性運動の動機を語ってもいる。ジーンとくるではないか。
主婦会館の一角で、国際女性週間の3月4日、日本の消費者行政の礎を築いた女性に出会えたことは、何よりの喜びだった。願わくば、主婦会館に出入りする多くの人の目にとまるようなディスプレイであってほしい。

【写真は、主婦会館3階の展示室にある展示品を接写したもの】

