2024年 09月 03日
人工妊娠中絶をめぐる政治:アメリカ、北欧、日本
「1年間に17万1000人以上の女性が、自分の住んでいる州から別の州に旅をしなければなりませんでした」
アメリカの市民団体「すべての人にリプロの自由をReproductive Freedom for All」から、こんなニュースが、先日、流れてきた。
アメリカは、州によって、人工妊娠中絶を禁止していたり、中絶しにくくしたりしている。その州に住んでいて、意に反して妊娠した女性は、中絶が合法化されている州に移動せざるをえない。移動には経費がかかる。やむなく、闇で妊娠中絶をする女性も出ているという。もっとも痛手を受けるのは、強姦で妊娠してしまった女性。とくに貧しい女性、有色人種の女性たちであることは明白だ。
背景には、アメリカの連邦最高裁の判断がある。2022年、連邦最高裁は、人工妊娠中絶権を長年合憲だとしてきた1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆したのだ。
思い出すのは、1983年のアメリカ。「選択の自由」「女の身体は女が決める」ーーニューヨークのブロードウェイに女たちの声が響いた。当時、コロンビア大学に留学していた私もデモに加わった。「ロー対ウェイド判決」の10年を記念するイベントだった。「個人的なことは政治的なこと」に私は大きく動かされた。アメリカは1973年に妊娠中絶は合法であると最高裁が判断した国であること、妊娠中絶合法化反対のレーガン大統領(当時)の匙加減でそれが覆されるおそれがあること、を私は学んだ。
しかし、レーガン大統領時代の1980年代には、1973年の「ロー対ウェイド判決」が覆されることはなかった。ところが2022年、連邦最高裁の判示を、同じ連邦最高裁が破棄したのだ。いったいなぜか。
元凶はトランプ元大統領の人事だ。トランプは、在任時、最高裁判事に、計3人の保守派を次々に指名した。それで、就任時には、リベラル派と保守派が半々だったが、トランプの離任時には保守派6人、リベラル派3人になってしまった。
「すべての人にリプロの自由をReproductive Freedom for All」のスポークス・パーソンは、アメリカの深刻な事態をこう強調する。
「現代の女性たちや少女たちの権利は、祖母や母の時代よりも狭められているのです。2022年最高裁が『ロー対ウェイド判決』を破棄してからというもの、わずか2年間で、全米の半数の州が、妊娠中絶禁止か、実際に妊娠中絶をしにくくする州法を持つようになりました」
同じころ、北欧ノルウェーから、「人工妊娠中絶の権利と自由を18週までに広げる新法案が国会に提出」というニュースが届いた。ノルウェーには、妊娠12 週目まで中絶を受ける権利があり、12 週目以降に中絶したい場合は、医療評価委員会に申請してその結果を得る必要があった。この法律が、この秋、抜本的に改正される。ちなみにスウェーデンはすでに18週まで女性の自己決定による妊娠中絶が可能だ。
ノルウェー女性公衆衛生協会Norwegian Women's Public Health Association (Norske KvinnersSanitetsforening)は、「やっとです!私たちの運動のたまものです」と喜んでいる。
北欧では、妊娠中絶にかかる費用は、他の医療費同様、何百万円かかってもすべて無料だ。人工妊娠中絶に限らず、北欧諸国は、経済的に苦しい人、身体の弱い人にとってやさしい医療・福祉を堅持してきた。その反対側に位置するのが、アメリカ政治のように思える。なにしろ、公的健康保険すら基本的に存在しないのである。とくにトランプ元大統領は、どう見ても、反フェミニズム、反移民だ。
では、わが日本はどうか。実は明治にできた刑法にまだ「堕胎罪」が残る、とんでもない国だ。その条文の改正がないまま、「母体保護法」によって、「配偶者の同意」があれば、中絶手術を行うことができるに変わった。夫の許しを得たら中絶できますよ、というわけだ。
私は、70年から80年代、ウーマン・リブ運動に身を投じていた。「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」と「私たちの雇用平等法をつくる会」が主なグループだった。樋口恵子さん、中島通子さんの薫陶を受けて、高木澄子さん、中嶋里美さん、駒野陽子さんたちと教育・雇用問題の性差別撤廃に動いた。
リプロダクティブ・ライツのために闘う女性グループと事務所を共有していたので、「優生保護法改悪」「経済条項削除」「生長の家」となどという言葉が毎日のように飛び交った。
優生保護という名前に嫌悪感があったが、日本女性の妊娠中絶を可能にしていた「経済条項」が削除されると知って、危機感が募った。宗教法人「生長の家」とかかわる村上正邦参議院議員が、改悪の推進役だった。女性たちの猛反対運動の結果、「経済条項」は残った。こうして私は、ウーマン・リブ運動を通じて、女性問題と政治の結びつきを認識するようになった。
結論は、刑法から堕胎罪をなくし、母体保護法から配偶者同意をなくさない限り、日本女性のリプロダクティブ・ライツはないと思う。二大政党のトップを決める選挙がもうじきらしいが、この重要テーマの賛否どころか、掲げる人すらいない。メディアも話題にしない。だから何としても、女性議員とくにフェミニスト議員を増やすことが急務だ。ああ、その道のりはまだ長い。
■Center for Reproductive Rights
■残酷かつ悲劇的な米国の最高裁判決:保守派判事増えて妊娠中絶権破棄される : FEM-NEWS (exblog.jp)
■第112回 からだは自由だ!(フランス) (ionnanoshinbun.blogspot.com)
■Principles for a new abortion legislation — The Women's Front (kvinnefronten.no)
■UK SAMBA~イギリスのお産事情~ 第1回「堕胎罪を廃止せよ! ある女性への判決から」(前編) by おざわじゅんこ|LOVE PIECE CLUB(ラブピースクラブ)
【更新 202409/08 イギリスのお産事情サイトを末尾にのせた】