2023年 08月 31日
トイレから教会へと続いた静かなる女性パワー@ノルウェー・オーモット市


2023年8月27日、ノルウェー・オーモット市のオーセン教会は、荘厳な賛美歌につつまれた。教会設立100周年を記念する特別な日曜日だった。
教会には縁のない私がなぜ礼拝に? アンネ・ブリット・リリホルムAnne Britt Lilleholm(写真左下)と再会したからだ。まったくの偶然だった。
スーパーマーケットのトイレ前で、一人の女性とすれ違った。なんとなく見覚えのあるように感じた私は、「ずいぶん前、オスロの外国人プレスセンターで働いてませんでしたか?」と声をかけた。すると「オー、なんという運命的出会いでしょう」と私を強く抱きしめた。 運命(skjebneシェーブナ)という強い言葉が出たのも、無理はない。実に20年ぶりだった。
アンネ・ブリット・リリホルムは、オスロの外国人プレスセンターで働く外務省職員だった。そこに初めて出入りを許された私は、右も左もわからないことだらけ。どれだけ彼女に助けられたことだろう。
アンネ・ブリットは、定年退職。数年前、オスロのアパートを売りはらって故郷オーセンに戻った。故郷のために自分の財産を生かしたいと考えた彼女は、教区の評議会委員長に相談した。話し合いの結果、歴史あるオーセン教会の改修費に充てることに決まったという。
地方紙によると、寄付金額は、400万ノルウェークローネ。日本円にして約5500万円! 改修はこれからだ。
というわけで、なつかしいアンネ・ブリットに誘われるままに、私は初めてオーセン教会内に足を踏み入れた。
8月27日、その特別な礼拝をつかさどった牧師は、男女2人。うちメインの演説は、女性の牧師だった。その女性はスーヌヴェ・サクラ・ヘッゲムSynnøve Sakura Heggem。最近、増えてきた女性牧師だが、彼女はその先駆者のひとりだ。自らもシングルマザーとして苦労したからか、教会に同性婚を認可させる運動にも尽力した。生協の生みの親「賀川豊彦」の研究者でもあり、たびたび日本を訪れている。
次に演説をしたのは、教区評議会の委員長ヘーゲ・ヴァングリHege Vangli。彼女こそ、アンネ・ブリットが「自分の財産を故郷に役立てる方法はないか」と相談した相手だ。外務省職員として働き続けたアンネ・ブリットの長いキャリア。悔しい思いもあっただろう。その労働の対価の使い道を一緒に考えてくれた女性だという。
ノルウェーの教会は、日本のお寺とは異なって、それぞれの教会やその周りの広い土地を所有してはいない。所有者は教区である。教区の決定機関は評議会。ここが、洗礼、結婚、葬儀、教育、土地の問題など、教会に関わるさまざまなことを話し合う場であり、決める場だ。教会評議会委員は、前もって提出された候補者から、地方選の日に、地方選と同じ投票所で、投票によって民主的に選ばれる。
この教会評議会という決定機関の存在が、アンネ・ブリットの思いの受け止め先となった。
評議会委員長ヘーゲの27日の演説から、ひとつだけ紹介したい。
教会100年と関連づけてだと思われるが、こんな話をした。
「ご存じグッドルン・ニーモーエン Gudrun Nymoen (注)は、104歳だったとき、『以前より体を動かすことが難しくなった』と私に言ったんです。それで『以前って、いつですか』と聞いたら、『100歳のときね』と」
グッドルンは、100歳までオーセンで一人暮らしをして、その後、高齢者センターに移ったのだという。高齢者センターでケアワーカーとして働いていたヘーゲだからこそのユーモアあふれる話に、参列者たちの顔がほころんだ。
教会の祭壇に掲げられた絵画「受胎告知」も注目にあたいする。彫刻家で画家マリア・ヴィ―ゲラン、弱冠18歳の時の作品だという。彼女はオスロのフログネル公園の彫刻群をつくったグスタフ・ヴィーゲランの姪にあたる。当時、ノルウェー教会の祭壇の絵のほとんどはキリストだったらしい。その慣行を打ち破って、母マリアを描いた。
アンネ・ブリット・リリホルム、スーヌヴェ・サクラ・ヘッゲム、ヘーゲ・ヴァングリ、グッドルン・ニーモーエン、マリア・ヴィ―ゲラン。女性の影が薄いと考えていた教会という世界で、私は並々ならぬ女性パワーを感じた。その世界にいざなってくれた20年前の知人との「運命の力」に感謝!

【注:Gudrun Nymoenは2021年、110歳で天寿をまっとうした。こちらでの一人暮らしとは、一人で雪かき、薪運びなどの労働をこなすことを意味する。100歳の女性がそれを成し遂げたことは驚嘆に値する。彼女の支持政党は労働党。最も長生きしたノルウェー人だそうだ】
【更新 20230902 ミスを訂正し脚注を加えた】


