2023年 02月 02日
NRK報道から考える「ノルウェーの性産業の実態」
ノルウェーは、スウェーデンに次いで世界で2番目に「買春処罰法」を施行した。
「セックスを買う側(多くは男)を処罰し、買われる側の人々(多くは女)の罪を問わず、そこから抜け出すための支援をする」という法だ。
スウェーデンを皮切りに、ノルウェー、アイスランド、カナダ、北アイルランド、フランス、アイルランド共和国、イスラエルが施行。EUは立法を促す議決をした。イギリスでは「北欧モデルを今こそ」という運動が活発だ。
しかしノルウェーでは今、その是非をめぐって論争が起きている。昨年、法務省の刑法審議会から買春処罰を緩和する提言がなされたのだ。
審議会の報告書には、「すべての性交は自由意志によるべきである。よって、もしも売春が自由意思によるものならば買春は違法ではない」とする提言が書かれているという。
買春処罰法をなくすべきだとする代表格はアムネスティ・インターナショナルだ。この提案に賛成の立場から、こう言う。
「買春処罰法によって、売る側が苦しみを背負わされている」「法があるため、警察に助けを求めにくくなっている。警察に情報がわたる結果、顧客を失うことになるからだ」「生きていくためには稼がなければならない。セックスワークは最高の機会だと考える人がノルウェーにはいる」
かたや、処罰を厳しくすべきであり、緩和などもってのほか、とする代表格は、女性運動団体Women’s FrontとOttarだ。団体のサイトは、次のように見解を明らかにしている。
Women’s Frontは言う。
「売買春市場は人間を売買するものだ。売買春と人身売買とを分けることなどできない。これは自由意志による売買春、あれは自由意志によらない売買春だと区別はできない」
「アムネスティは、人々の自由な選択を尊重すべきだという。しかし、悪事のなかでの選択であり、悪事ではない選択肢があることを知らせるべきだ。売買春に入らなくてもいい選択こそ大事だ」
Ottarは言う。
「刑法審議会が買春処罰法の改悪を提案したことはショックだ。すべての性交は同意によるべきである、と言いながら、その一方で、同意はカネで買えると言っている。まったく矛盾している。同意にカネが介したとたん、その同意は自身ものではなくなる。カネによる売買春に真の同意などありえない。自己決定は、めぐまれた特権階級のものであり、これではノルウェー男性の自己決定権を売春婦の自己決定権より上に置くことになる」
報道界はどうか。NRK(ノルウェー公共放送)は、2年間にわたる涙ぐましい調査・取材によって、タイ・マッサージ店を隠れ蓑にした組織的な売買春業の実態にせまった。昨年12月、そのドキュメンタリー記事が公開された。
(続きは左下Moreを)
「ノルウェー全土で80のマッサージパーラーがあり、300 人の女性たちが、オスロ、ベルゲン、トロムソ・・・と頻繁に移動して働いている。多くはノルウェー人男性と結婚して、移住し、その後、離婚している」
家主、家を借りてパーラーを開いているオーナー、マッサージ師の3者がいる。オーナーとマッサージ師が同一人物の場合もある。ほとんどがタイからの移民で、タイ・マッサージというと「売買春」と思うノルウェー人が多いという。
オーナーは、高額を支払ってエスコート会社のネット広告(裸に近い女性が陳列されている)をする。客は、それを見て、電話をかけて予約する。ベルゲンが最も多かった。「若い子がいる店はあるか」「あそこがいい」などと情報交換できる、フェイスブックサイトもある(会員のみの)。
NRK記者は、隠しカメラ・オーディオ機器をつけて、ベルゲンの店に潜入した。「マッサージ以上のことをやってもらいたいが、いくらか」と交渉。マッサージだけだと、客が支払う1時間約700クローネのうち、400がオーナーに行き、200か300しかマッサージ師はもらえない。ところが「フルコース」と称するセックスをすると3000クローネに跳ね上がり、この全額が彼女に入る。他の店もほぼ同じ条件だ。
警察官(私服の女性)が定期的にタイ・マッサージ店を見回り、「怖い客や、心配があったら連絡してほしい」と言って回るが、マッサージ師は「そんな客はいない」と安心安全を強調する。驚くべきは、娘にマッサージ師という名の売春行為をさせている母親も珍しくないことだ。
2人のタイ女性の話を、NRKのドキュメンタリー動画から紹介する。
1人は、スウェーデンからノルウェーのトロムソに連れてこられて、マッサージ店で、2年間、働いたタイ女性。精神を病み、帰国を目前にしている(そういう人でなければ本音を話さない)。彼女は、嗚咽しながら告白する。もらい泣きしたところで解決につながらないのだが、涙がとまらなかった。
店の一室が彼女の全世界。ベッドのそばのソファーで寝起きし、起きたらベッドを掃除して客を迎え、24時間、365日。マッサージ以上のことが多かった。男性客の性器をマッサージさせられた。全裸になるよう命じられた。身体をさわりまくられた。さわるのは身体の外側だけでなかった。男性客の射精した証拠が、壁、ベッド、ベッド横のタオル置き棚に残る。「生きて故郷に帰れない、私はここで死んでしまいたい」「私の苦しみはあまりに大きく、どうしていいかわからない。何かをつかもうと空をさまようが何もない」
もう1人の女性は、真面目にマッサージ業を営み、自分の仕事に誇りをもっている。彼女は、実名で、顔を出して取材に応じていた。
店で、恐怖におののいたことがある、と話す。新しく来た男性客に「マッサージ以外はしません」と言ったら、承諾した。しかし、入室後すぐ、彼は性器を露出してセックスを要求した。彼女は、「帰ってくれ」と断った。すると彼は、激怒した。ベッド横のバスタオル入れに排尿をした。店にいたもう一人の従業員にクレディットカード読み取り機を投げつけた。2人で彼を店から追い出した。その後、つきまとわれた。1人で仕事をする夜もあり、恐怖に震えた。ある日、彼の写真撮影をして警察に届けた。彼は弁護士を通じて「そんなことをした覚えはない」と言い張った。
最初の女性の致命的な弱さは、多くのタイ・マッサージ師にもあてはまる、とNRK報道はいう。言葉ができず、知人がいないため、ノルウェーの社会的サービスをまったく知らない。地獄から這い出ようにもどうしていいかわからないのだ。たどりつく先は、同じ境遇のタイ・コミュニティだ。
2人目の女性は、真正のタイ・マッサージ師だ。「タイ・マッサージ=セックス」という先入観の虜になっているノルウェー男性は、プロの仕事師であるタイ女性を、まるで虫けらのように扱った。
どちらも、買春処罰法を持つノルウェーでは、客は、買春行為をした犯罪者であり、逮捕される。
法がなくなったら、どうなるのか。他国はどうなのか。そしてわが日本は。
■案内 2/11「北欧モデルって何?」by 中里見博&キャロライン・ノーマ : FEM-NEWS (exblog.jp)