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2月6日はサーミ国民の日

26日は、ノルウェーの先住民サーミ国民の日。1992年から正式にノルウェー国民の祝祭日となった。今日、さまざまなイベントがノルウェー各地で行われているだろう。


サーミは、想像を絶する長い闘争の末、権利を獲得して、現在、国会にはサーミの議員がいるし、フィンマルク県カラショークにはサーミのためのサーミによる「サーミ議会」がある。全国7つの選挙区から選ばれた39人の議員で構成される(2011年訪問時)。


一方、日本では、先住民族アイヌ出の国会議員は誰もいない。アイヌの権利や文化が政治課題になることはない。それどころか、財務大臣麻生太郎は、「2000年にわたり、一つの国で、一つの民族、一つの王朝が続く国は日本だけ」と暴言をはいた。批判はされたが、大臣の座に居座り続けている。


特別なサーミ国民の日となった2年前の26日の記事を写真の下に再掲して、サーミの人たちの闘いを讃えたい。


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         ▲キルケネスの公立図書館入口にあるカラフルなサーミの本



1917
年のこの日、エルサ・ラウラ・レンベルグは、初の北欧サーミ大会を開いた。ノルウェー全土でサーミ文化祭が繰り広げられ、スウェーデン、フィンランド、ロシアも歩調を合わせる。


2017年は例年とは比べものにならないほど盛大のようだ。というのも、初の北欧サーミ大会があった1917年からちょうど100年になる。

ホームページによると、26日を含む1週間はサーミ国民の週、今年いっぱいはサーミ国民の年として、フィンマルク県各地で音楽、映画祭、文化祭、講演会をはじめ、多彩な行事が続く。


さて、100年前、サーミの権利を掲げて初の北欧サーミ大会を開いたエルサ・ラウラ・レンベルグは、ノルウェーの女性史資料によると、1877年、スウェーデンと国境を接するヌールラン県の森林地帯で生まれた。


トナカイ放牧で暮らしていた両親は、彼女に高等教育を受けさせた。きわめて珍しいことだった。彼女はストックホルムに留学して産婆教育を受け、政治集会にも参加。1904年、ストックホルムで世界初のサーミ協会を創設して代表に就任。同時に、『死か生か:ラップ人の現状についての真実の言葉』と題する小冊子を出版。サーミ女性初の出版物だとされている。


この小冊子で、彼女は、サーミ民族の貧困、男性のアルコール問題、土地の収奪、子どもたちの教育を論じる。「スウェーデンの選挙権にはノルウェーにはない収入制限があるためサーミの選挙権が制限されている」と、スウェーデンの選挙制度をやっつけている。


その後、結婚して再びノルウェーのヌールラン県に住み、サーミ族の権利擁護を主張。女性に選挙権がなかった時代に、女性がその権利擁護運動の先頭に立つべきだと講演をして回った。1910年には初のサーミ女性解放運動団体「サーミ女性協会」を立ち上げた。


さらに191726日、トロンハイムで、初の北欧サーミ大会を主催。エルサは開会演説をした。当時、サーミ文化や言語は消滅の危機に瀕していた。彼女は、サーミの権利擁護には「土地」と「教育」と「選挙権」が不可欠で、そのためには国境を超えた連帯が必要だと訴える。スウェーデン代表も参加した、この大会は、サーミ政治史の偉大な1ページとなった。


100年後の201726日、500万人を越える非サーミ人と、4万人サーミ人は、サーミ国民の日を祝った。トロンハイムの記念式典には国王や首相も参加と報道されている。しかし、そんなサーミの英雄(注)エルサを、20世紀初めの新聞は「キチガイ」を表すノルウェー語Sinnsykと言った記事もあったという。(2017年2月6日記


【注】正確には「英雌」だろうが、日本には女性の英雄を表す的確な漢字がない。



2月6日はサーミ国民の日




by bekokuma321 | 2020-02-06 22:50 | ノルウェー