ノーベル平和賞ナディアの2年前のインタビュー


c0166264_02574803.jpg


20161月、ノルウェー放送NRKNHKにあたる)は、ナディア・ムラードのインタビュー を放送していた。ナディアの親しい友人であるイラク系ノルウェー女性が通訳だった。2年以上も前だ。


10分ほどの出演時間だった。5分ほどして、それまで冷静に話していたナディアが涙ぐんだ。すぐ涙がとまらなくなった。言葉にならなくなった。NRKのインタビューアーは、泣き崩れたナディアに近づいて、彼女の左手を握りしめた。インタビューアーは、唇をギュッとかみ、必死に涙をこらえていた。


NRKスタジオにはヤジデイ族の女性たちの大きなパネルが掲げられていた。ナディアは泣きじゃくりながら、語った。


「その写真を見ると、その女性が母親ととても似ているのです」

「母は、何千人もの母親たちと同様、年老いているので、性的虐待ができないから、虐殺されてしまったのです」

「私の人生でもっとも辛いできごとでした」

「私はアメリカやエジプトやクウエートに行ったことがありますが、こんな地獄は見たことがありません」


イラクのナディア・ムラードが、コンゴの医師とともに、今年のノーベル平和賞に選ばれたとの速報 を流したが、ナディア・ムラードについてあまりにも知らなすぎたため、報道にあたってみた。そして見つけたのが、この、NRKの秀逸なTV番組である。


ヤジデイ族であるナディア・ムラードは、北イラクのコジョー(Kocho)という小さな村で、母親と兄弟姉妹9人で平和に暮らしていた。20148月、そこをISが急襲。6人の兄弟は殺害された。彼女は、モスル(Mosul)に連行された。およそ150人の若い女性たちがいっしょだった。そこに巨大な男性が(モンスターと彼女は言った)やってきた。次にやや小柄な男性がやってきた。毎日、何度も虐待と強姦をされた。


3か月間続いた。やっとそこを逃れた彼女は、難民としてドイツに住むことができた。


その後、性奴隷の境遇を脱出したナディアは、重い口を開いて、地獄の体験を語り始めた。そして国連親善大使を務めることになった。国連の安全保障理事会に招かれて、戦争・紛争下の性暴力について、世界の代表たちにスピーチをした。手に汗握る逃亡・闘いについては、彼女が書いた「最後の少女」という本に描写されているという(写真は本の表紙)。


ナディアのノーベル平和賞受賞を決めたノルウェーノーベル委員会に心から賛辞をおくりたい。そこに至るまで、ナディアの地獄の体験に耳を傾けてきた、ドイツ政府、国連、ノルウェーの報道関係者、そして通訳者たち(説得力ある通訳をする人がいたに違いない)にも・・・。戦争の戦利品とされる女性に対する、彼女たちの怒りのリレーがなかったら、受賞までたどりつかなかっただろう。


ところで、戦時下の性暴力(従軍慰安婦)に知らんぷりを続ける日本政府は、ナディアの受賞をどう考えているだろう。


[PR]
by bekokuma321 | 2018-10-10 03:23 | ノルウェー