『ノルウェーを変えた髭のノラ』を読んで

c0166264_2228698.jpg ニュース「旧優生保護法下の強制的不妊手術 被害者提訴」に接して、日本の民主主義の未熟さを考えさせられた。私たちの国は、遺伝子に優劣をつけ、その個人の尊厳を省みることなどなかった(注1)。

日本がこの「優生思想」を放置してきたほぼ同じ時代の長い年月、かの地、ノルウェーでは、女性たちはどのように民主主義をひらいてきたか。『ノルウェーを変えた髭のノラ 男女平等社会はこうしてできた』(三井マリ子著、明石書店)を、とても眩しい気持で読み終えた。

選挙マルシェで講演を聞いて
昨秋、ノルウェーの国政選挙を見てきたことを報告するという三井マリ子さんの講演会に参加した(2017年11月11日、第2回選挙マルシェ)。

ノルウェーは子どもたちが政治を語り合う文化を持っていること、議会のクオータ制(注2)は定着していて、多くの女性議員がいることなど、マリ子さんのテンポの良い話に惹き込まれた私は、彼女の著書を読みたくなった。

それで『ノルウェーを変えた髭のノラ』を図書館で借りて、2週間を4週間に延長して完読した。途中、「緑の党グリーンズジャパン」の年一回の総会も挟んで少しずつ読み進むひとときは、女性たちのつながりの中に心地よく溶け込むようで、心の健康にとても良かった(緑の党はクオータ制を採用している)。

クオータ制をどう実行していったか
クオータ制を政党の規則に定めざるを得なくさせた、そのプロセスで活躍した女性たち。とにかくしぶとくて、決して芯を曲げず、それぞれの柔らかい対応力と、ユニークな個性、おかれた環境の中でベストを尽くしている様が、生き生きと描かれている。

一方、男性たちも負けてなくて、男性にとってもその方が良いことを理解し、女性たちの助っ人に回り、属する政党のバックボーンに関わらず、懸命に働いて両性で獲得した、誇るべき成果につながったことがわかる。

本の前半は、クオータ制のキーパーソンについて書かれている。マリ子さんが「この人に会いたい!」と思うと、数行先には「迎えてくれた」となって、その語らいからトピックスが記されていく。数々の金髪の女性たちの写真と、とてもではないけど書き留められないほどの数のカタカナ名の連続だ。

旅行している気分に
マリ子さんの筆の運びは、講演会の話しぶりとよく似ている。リズムがあって、描写は暖かく、人の心を描き出しながらも、とてもタイト。時代や場所をどんどん駆け巡って、読んでいる方は、旅行している気分になる。限られたページという舞台の上で、ありったけのスペースを使って、時空を駆けながらの展開に、読者は後半へと誘われる。

本のタイトルの髭のノラは、イプセンの『人形の家』のノラのこと。「あのノラはそれから…」ということなのだが、ノラは、そもそも文学というアートシーンの女性だ。私たちは生きている間しか実体験できないが、時代から時代へ人々が引き継いで来てくれた作品を通して、別の時代の別の地域の別の文化に触れられる。

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ノルウェーの人たちも、元は男女差別の社会にいた。どのような男女差別があって、どこをどう変えながら今に至ったかが、あちこちに掲載された作品(写真)を通して、読者は一目で理解できる。そこも見事だった。

髭をつけて格差に怒る
そう、この本の表紙の女性には髭がついている。この髭の女性の写真は、男女賃金格差をなくそうというムーブメントに使われたポスターだそうだ。「髭をつける(=男になる)だけで、賃金格差を減らせます」と言っている。この女性だけでなく、何人もの女性の顔に一筆書きの髭をつけたポスターをつくって、それをあちこちに貼りめぐらせたのだという。

ノルウェーの省庁の中に「子ども・家族省」というところがある。男女平等と子育て・教育は一緒に考えられていて、男女平等の観点から、子育ての施策が行われていることが、詳しく紹介されている。

そして地方自治体の章も重要。住んでいる所の政策を決めるのはその自治体。自治体の議会には各政党の議員代表でつくる執行部があり、そこで、福祉や保育、学校教育などの政策が決められる。地方自治体が自由に使える予算も充実していて、日本に比べて、地方自治体の比重が重いように思えた。

「これ、いいな!」と思った
昨秋の三井さんの講演会で学んだことで、「これ、いいな!」と思ったのは、ノルウェーでは、選挙が「比例代表制」であることと、「選挙区=自治体単位」であることだ。

ノルウェーでは、東京18区は武蔵野市と府中市と小金井市、なんて分かれてなくて、1市区で1選挙区となっているのだ。ノルウェーには19の県があるというが、国政選挙の選挙区はその19県そのものなのだという。地方選挙は市町村単位だから、普通の市民にとてもわかりやすい。

選挙運動期間も長いというか、選挙期間がないのだという。政党名と候補者名を選挙カーががなりたてる選挙活動はない。街中のマルシェ(市場)の一角に、政党ごとの選挙テントがあって、誰にでも開かれていて、皆が買い物途中にそこに立ち寄っては政策談議に花が咲くというわけだ。

本に戻る。ノルウェーでも、1970年代の選挙の争点はやっぱり保育園だったと書いている。その後、保育園問題が解決したので、次の選挙の争点は高齢者福祉、介護/ケアに移っていった。生活の具体的な課題を選挙で解決して次に進めるって素晴らしい。政治が暮らしに近いのだ。

南極点を単独踏破
次はスポーツ! なんと南極点までたった一人(犬ぞりも使わず)単独踏破した女性がいた。その女性はノルウェーの人だった。彼女にもマリ子さんは会いに行く。スリムで小柄な彼女は、旅費のスポンサーを探すことの方が南極への一人旅よりもはるかに大変だったと笑った。

「南極に女一人で?!女のすることじゃない」の一蹴をどれだけ繰り返されたか・・・。でも最後には理解あるスポンサーを得て完遂した。男ならもっと簡単だよねと。女性差別はこんなところでも、大きな高い厚い壁となって女性たちを拒絶している。

企業へもクオータ制
次の「企業」の章も素晴らしい。身を乗り出して読む感じだった。財界に女性進出を促すために政治が動いたのだ。

ノルウェーでは「取締役のクオータ制」があるという。その法律で決まるまでの厳しい道のり。今ではどの一部上場企業も取締役の4割から半数は女性。そのための努力を男性たちも、企業も政治も国ぐるみで展開していった。

「女性を取締役に採用しようにも、人材がいない」と言っていた企業が当初は多かった。しかし、能力のある女性を埋れさせておくのは勿体無い、女性だからといって男性に劣るとは現場感覚としては言えない…などなど賛否両論。ついに、経団連(大企業の集まり)が、女性取締役を養成する訓練を始めたのだ。新聞社の取締役になりたいという大学職員の女性をマリ子さんは取材。女性の能力を引き出す試みにノルウェーの人々が熱中する様が随所に描かれている。

候補者名簿は男女交互
そして選挙。ノルウェーの選挙は比例代表制だ。日本と違って、各政党が前もって決めた候補者リストの紙が選挙ブースに置いてあって、その中から、自分が良いと思う政党のリストを選んで、それを投票箱に入れる。

政党は、候補者リストを決めるとき、1番から順番に候補者名を並べるのだが、男女が交互の順番になっているのだという。マリ子さんのもう一つの代表作に『男を消せ!―ノルウェーを変えた女のクーデター』(毎日新聞社)がある。そのタイトルは、その昔、男ばかりだったリストから、議会に女性議員を増やすために男性の名前を消して、女性名を書き込むという過激とも言える歴史的女性運動からとったのだそうだ。その「男を消せ」運動については、本書の所々に引用されている。これも読みたい。

さて、投票日に開票が済んだ後、選挙区ごとに、政党の票の獲得率に比例して、議員数が決まっていく。そのとき、相当の票をとったにもかかわらず、1人も議員を出せなかった政党がある場合、その政党の候補1人は必ず当選できるような仕組みにしているのだという。この方法は複雑すぎて書けないが、マリ子さんはこの最後の弱者を救う仕組みに、ノルウェーの人々の平等の理念を見ている。とても優しい仕組みだな。ブービー賞だ。

スクール・エレクション
政治がタブー視されていない教育にも、多くのページが割かれている。子どもたちのスクール・エレクション。学校での選挙投票のことで、模擬投票だけれども、その結果をメディアや大人社会も注目し、大いに参考にする。

子どもは、大人の目の届かない所を熟知して意見を持っているが、ノルウェーでは、それを表現する場が確保されている。キッズ・ワールド、恐るべし!と言わんばかり。小さな頃から自分の意見を言い、それによって身近な不都合を「変える」経験を持てたら、自分と社会のつながりをしっかり自覚して、政治に参画する市民になるだろうと思う。ノルウェーでは、スクール・エレクションという仕組みを国の予算が支援している。すごいことだ。

移民・難民
そして移民。これがまた大テーマだ。歴史的にも移民はいて、さらに最近の事情から難民の受け入れが多くなり、多言語国になっているらしい。選挙公報は、なんと15もの言語で発行されているという。外国人も、3年住んでいたら地方議会の選挙権と被選挙権があり、日本と比べたら雲泥の差の開かれようである。他の民族との親和性を大事にしている有様は、小学生の使う言語の種類を調べたら110種類(!)にものぼることからもわかる。

ここまで、ノルウェーの、女性はもちろん、地方自治、子どもの尊重や少数者の権利保障と、駆け上がるようにして読み、目から鱗の連続だった。

民主主義社会
女性が政治に参加しながら変えてきた暮らしやすい国、ピークはここだ。マリ子さんは「民主主義社会とは、老若男女すべての人が政治に目覚めていること」だと書く。目覚めさせまいとする社会と、ノルウェーのように目覚めさせようとする社会。「だからノルウェーが好き」とマリ子さんは言う。目覚めるために、私には何ができるのだろう。

最後の章、三井マリ子さんが都議会議員になった経緯と、その議員経験。ここで私は一気に奈落の底に落とされる羽目に・・・。

奈落の底に突き落とされた最終章
ひどいものだ。全くもって許せない。マリ子さん自身が実際に受けたセクハラ・パワハラの数々が例として描かれる。その汚い言葉や、あり得ない風習にはうんざりする。その中で、決して怒りだけに留まらずに、マリ子さんは、女性問題解決のために、政治のなかでできることをなしとげて、先鞭をつけた。東京都「セクハラ相談窓口」の創設はそのひとつだ。

ベリット・オース「5つの抑圧テクニック」
マリ子さんの本は返却してしまったが、私が、抜き書きしたメモがここにある。それはクオータ制の生みの親、ベリット・オースの「5つの抑圧テクニック」。女性を抑圧する支配者たちの手口のことだ。こうした抑圧を感じたら、『髭のノラ』を思い出して「エイ!」っと撥ね退けよう!! きっと日本のノラたちも、続々とあらゆる社会に登場していくことになるだろう。

1 無視する
2 からかう
3 情報を与えない
4 どっちに転んでもダメ (何かをしても非難され、かといってしなくても非難される様)
5  罪をきせ、恥をかかせる

星川 まり(緑の党グリーンズジャパン運営委員、社会運動部)

【注1】http://greens.gr.jp/seimei/21950/
【注2】https://ja.wikipedia.org/wiki/クオータ制
【追記】Facebookに投稿した感想文を整理したうえ、一部訂正した文章です(星川まり)


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日本&ノルウェー 政治環境の違いを超えて(選挙マルシェ)日向美砂子
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市民に優しい選挙制度(ノルウェー)(東京新聞)
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by bekokuma321 | 2018-03-05 14:18 | ノルウェー