2012年 03月 31日
ノルウェー地方選レポート1:「女のクーデター」 再び
今年(2011 年)9月の統一地方選挙が終わった直後の晴れた日、私は、オスロの平等・反差別オンブッド事務所を訪ねた。オンブッドのスンニーヴァ・ウルスタヴィック (Sunniva Ørstavik)は、折れ線グラフを指さしてそう言った。グラフには、60年代からの女性議員の割合が示されていた。
平等・反差別オンブッド(Equality and Anti-discrimination Ombud)は、かつては男女平等オンブッドと呼ばれ、女性の地位をあげるために働く国の苦情処理機関だった。2006年、女性の人権確立だけでなく、移民や同性愛者などに対する排外主義的動きを撤廃するという新しい役割が加わって守備範囲が広がり、呼称が変わった。任期は6年、2期までで、子ども・平等・社会省が管轄しているものの、独立した機関だ。
オンブッドは、差別を受けた、と感じた市民から苦情を受けつけると調査に乗り出す。差別があったと判断された機関や企業主には是正勧告を下す。強い権限を持ち、差別撤廃に威力を発揮してきた。オンブッドという名称は機関と、その中心人物の両方をさす。
「男女平等とは、物事を決める場に男女が50%いる、ということです。今、ノルウェーは国会も地方議会も約40%が女性議員です。この40%を50%にあげなくてはなりませんが、これが難しい! いま、最大の難関にさしかかっています。国民の多くは、『もうノルウェーでは女性の地位は十分上がった』と思いこんでいます。これこそがノルウェー最大の障壁になっているのです」
オンブッドによると、今日のノルウェー社会は、女性も男性も子育てを楽しみながら仕事を続けられるように社会変革をし行った結果、他国に比べ男女平等推進政策は、一定の成果をあげたといえる。しかし、政治的決定の場、すなわち政治権力はまだ白人男性の手に握られており、そこをいかに平等化するかが問われている、というのだ。
では、いったいどのような戦略があるのか。私の疑問に対するオンブッドの回答が“女のクーデター”だった。
「もう一度“女のクーデター”が必要なのです。これは選挙期間中に、私が新聞に投稿した文章です。ここで、私は40年前に女性たちが行った運動を紹介しました」
彼女が見せたのは9月11日・12日の投票日を目前にした2011年9月1日付けダーグブラーデ紙(Dagbladet)。見出しは、ずばり「女のクーデター Kvinnekupp」だった。女性議員たちがオスロ市庁舎に乗り込もうとしている昔の白黒写真が添えられていた。
「女のクーデター」は、1971年の地方選挙結果を報道したマスコミがつけた言葉だ。女性議員が少なすぎることに怒った女性たちが、女性の当選者を増やすため超党派で仕掛けた「男を消せ!運動」のことをいう。
それは、公職選挙法にある候補者リストの変更権を使っての運動だった。当時、当選確実とされた上位の候補者のほとんどが男性だった。そこで女性たちは、候補者リストにある男性名を消して女性候補者を当選させる作戦に出た。全国各地で、選挙前に女性たちが夜な夜な集まっては策を練った。
結果は見事だった。多くの市で女性が大量に当選した。オスロ(Oslo)、トロンハイム(Trondheim)、アスケル(Asker)の3市では女性議員が男性議員を上回った。(この歴史的運動について、私は提唱者ベリット・オースに取材して『男を消せ!--ノルウェーを変えた女のクーデター』(毎日新聞社)を書いた。)
当時の選挙法では、政党の候補者リストにある候補者名を何人変えてもよかったので、男性の名をことごとく消して女性に変えるという戦術を実行できた。だが、その後、選挙法が変わった。現在は、「名前を消す」やり方がなくなり、候補者名の左側に設けられた空欄にバツ印をつけてその候補者に1票を加算する方法と、用紙の空欄に他党の候補者名を書き足す方法の2種類が設けられている。これによって、女性や障がい者など、まだ議会に少ないグループの候補者にバツ印をつけると、その候補を上位に押し上げて当選させる可能性が高まるのだ。
ところが、オンブッドによると、前回の地方議会議員選挙があった2007年、バツ印をつけて票を増やしたのは男性候補者だった。
「70年代と違って、ほとんどの政党は、女性を40%以上にして候補者リストを作るようになりました。男が1番目なら女は2番目というように男女交互にリストをつくる政党が多いため、女性候補は少なくとも50%には達しています。しかし、です。2007年の地方議会議員選挙では、男性にバツ印をつける人が多く、その結果、多くの女性候補を落選させてしまった。その数、なんと500人です!」
2011年の結果は、まだ全国統計が出てないため、女性議員の割合がどのくらいにとどまったのかは確かではない。しかし、女性の市長は前回より増えなかった。オンブッドは大きなジェスチャーで嘆いた。
「責任は政党ではなくて、有権者にあります。候補者リストの変更権をもっとうまく使うべきです。候補者リストの女性名の左欄にバツ印をつけたら、それだけで女性の当選者は増えるというのに、ね。もっと女性が政治権力を握れるチャンスがあるのに、みすみす逃している。まったくもって残念です」
地方議会議員選挙において、候補者リストを変更するという行為はややわかりにくい。そのため、政府は国費を投じて変更の方法をイラスト入りで大々的に広報してきた。
選挙を統括する自治・地方開発省は、梯子を登ろうとする女性政治家が男性政治家に蹴落とされそうになっているイラストを表紙にしたパンフレットを発行して、全市役所に配布した。名簿変更権を使えば女性当選者を増やせます、という啓発運動だった。政府のホームページでも、わかりやすい絵で知らせてきた。もちろん、女性団体も「女性にバツ印を」とキャンペーンを張った。それでも、女性は思ったほど増えなかったのだ。
ノルウェーのように男女平等推進のための専門の国の機関オンブッドが頑張っても、40%から50%に増やすための道は険しいのだ。オンブッドは最後にこういった。
「閣僚に女性が半分、政党の党首は7人中5人が女性など、シンボリックなところでは男女が半々になりました。それはそれで素晴らしいのですが、最後に、地方政治権力の男女格差を縮める闘いが残りました。これは非常に難しい。でも、やりますよ」
(出典:ノルウェー王国大使館 三井マリ子連載・ノルウェー地方選挙レポート2011 【1】 : 24/11/2011 )