2010年 08月 13日
性的押しつけとメディアの責任(ノルウェー紙「アフテンポステン」より)
「砂時計の子どもたち」と題された記事を要約すると…。
親や、保育園、学校は、子どもたちにとって男女平等は大切であり、どのような外見であろうと子どもたちを愛することが必要である。しかし、現実には性による分断がある。
長靴下のピッピや、ミス・ピギィ(80年代人気があった豚の人形)よりも、今は、アメリカのブラッツ(おもちゃ産業が売り出した女の子キャラクタ―)、日本のマンガ、バービィ人形などが、幅をきかせている。そこでの女の子は砂時計の形をした(腰がくびれて胸と腰が大きい)体をし、厚い唇をし、美しくなければならない。従来の性役割にがんじがらめにされているのは、男の子もだが、とりわけ女の子はオブジェクト(物)として作られている。
大人の価値観、宗教、保育園や学校は、子どもたちの自尊心形成に大きな影響がある。なかでもメディアは、巨大な力で、どうすればこの社会で受け入れられやすいかについて子どもたちを誘導する。従属的な女性のあり方、典型的性役割、理想的な体形はこうだ・・・。そんな中で、女の子は痩せてきれいでなければならないという観念にとらわれやすく、自分の体を嫌う。
これが社会の反映だと見過ごすだけではいけない。こういう性役割のおしつけで誰が儲かっているか、誰がこういうイデオロギーを押しつけようとしているのか。こうした背景を見なくてはいけないのではないか――こうアフテンポステン紙は読者に問題を投げかける。
ノルウェーでは太った子、痩せた子、肌の色の異なるさまざま子たちの元気な姿を見ることが多い。私が考えるに、日本のほうがはるかにメディアによる美少女強制が強く、やせ願望少女が多い。しかし、それはともかく、ノルウェー社会とて日本もかかえる事象と無縁ではない。
日本はメディアがこうした傾向を憂いて警鐘をならすことがないだけに、事は非常に深刻ではないか(ノルウェーは日本の性的マンガに辟易している)。この記事では、赤毛でそばかすだらけの「長靴下のピッピ」の写真(左上)が効果的に使われ、砂時計体形に対抗している。ちなみにNRK(日本のNHKにあたる)は、現在も長靴下のピッピ番組をどんどん放送する。
http://www.aftenposten.no/meninger/debatt/article3765432.ece
http://www.bratz.com/
http://muppet.wikia.com/wiki/Miss_Piggy