『むかしMattoの町があった』は、イタリア内の精神病院を廃止する精神保健法(180号法)が成立するまでの格闘を描いた映画です。Mattoはイタリア語で狂人という意味です。

日本では2012年から自主上映会が始まり、以来、上映は4年間で180回を超え、総視聴者約17000人となりました。これを記念して、トリエステ精神保健改革の生き証人、マリア・グラツィア・ジャンニケッダ(写真)が記念講演を行います。講演は東京と大阪の2回です(イタリア語から日本語への通訳つき)。

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■マリア・グラツィア・ジャンニケッダ略歴
フランカ&フランコ・バザーリア財団理事長、昨年までサッサリ大学教授(専門は政治現象の社会学)。 180号法の権威。 1970年代のカオス状態のトリエステ・サンジョヴァンニ病院で、バザーリアの改革チームに加わり精神病院の廃止に貢献。バザーリア亡き後、フェミニストであり、上院議員に当選した妻フランカ・オンガロ・バザーリアと共に家族会運動で活躍。 Stop! OPG(「司法精神病院廃止!」運動)の主力メンバーで、新聞をにぎわす論客。 映画「むかしMattoの町があった」制作に協力。 フェミニスト。

■東京 2016年9月22日(木・祝)
■プログラム
<第一部> 09時30分-13時00分  映画「むかしMattoの町があった」
<第二部>
14時00分-15時00分  
“日本のMattoの町”について言いたい放題! 出演:大熊一夫、伊藤順一郎、参加者
15時15分-18時00分  
講演会「イタリア精神保健革命の顛末 ~カリスマ・バザーリア、180号法誕生、 逆風下の家族会運動とフランカ・オンガロ・バザーリア~」 講師:マリア・グラツィア・ジャンニケッダ
■料金 第一部:映画の資料代1000円  第二部:無料
■場所 東京大学駒場Ⅰキャンパス900番講堂(東京都目黒区駒場3-8-1)
■アクセス 井の頭線「駒場東大前駅」 下車すぐ
■定員650名(先着順)
■申込方法 以下のサイトからお申込みください。★申込み〆切:9月18日(日)★
<イベント概要ページ>
http://kokucheese.com/event/index/409520/
<お申込み用ページ>
https://ssl.kokucheese.com/event/entry/409520/


■大阪 2016年9月24日(土)
■プログラム
13時30分~16時30分 
講演会「法を変え、社会を変える―イタリア精神保健55年の蓄積に学ぶ」 講師:マリア・グラツィア・ジャンニケッダ
■場所 大阪弁護士会館2階ホール  (大阪市北区西天満1-12-5)
■アクセス
・京阪中之島線「なにわ橋駅」下車 出口1から徒歩約5分
・地下鉄・京阪本線「淀屋橋駅」下車 1号出口から徒歩約10分
・地下鉄・京阪本線「北浜駅」下車 26号階段から徒歩約7分
・JR東西線「北新地駅」下車 徒歩約15分
■定員400名(先着順)
■料金 無料
■申込方法 以下のサイトからお申込みください。★申込み〆切:9月18日(日)★
<イベント概要ページ>
http://kokucheese.com/event/index/416195/
<お申込み用ページ>
https://ssl.kokucheese.com/event/entry/416195/

主催は、バザーリア映画を自主上映する180 人のMattoの会(東京、大阪)、東京大学大学院総合文化研究科・石原孝二研究室(東京)、大阪弁護士会(大阪)、認定NPO大阪精神医療人権センター(大阪)

障害者問題の原点 ナチス安楽死計画 (大熊一夫)
日本の身体拘束(大熊一夫)
イタリア精神病院解体の裏にある女性パワー
「むかしMattoの町があった」と金子準二精神科医
映画「むかしMattoの町があった」
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by bekokuma321 | 2016-08-24 21:03 | ヨーロッパ

イタリアは、精神病院をなくした。では、心の病を持っているひとはどうしているか。地域の多様な人たちによるサポートの力でケアするシステムをつくった。

先日、そのイタリアの実践と哲学を学ぶ機会があった。

「精神病院は、トータルな人間を“患者”というレッテルをはって、その役割に閉じ込めてしまう。精神病院があるから、ドアがあり、カギがあり、規則があり、管理がある」

「精神科医は、さまざまな職種の人やボランティアで行う共同作業チームのマネージャーであり、チームリーダー。スタッフに権限移譲をするが、リスクは背負う」

「基本は、その人の疾患を治すことではない、その人の人生を取り戻すことをサポートすること」

「サービス利用者は、一般市民であり、権利を持つ主体者である。職員はそれを尊重する」

これは、イタリアのトリエステ精神保健局長のロベルト・メッツィ―ナ医師の言葉である。通訳は松嶋健広島大学準教授。

ロベルト・メッツィ―ナは、イタリアのトリエステ精神保健局長。10月31日、11月1日の2日間、東大駒場キャンパスで、「地域派の精神科医を育てるセミナー『トリエステ精神保健局長と日本の精神科医との対話』」で基調講演をした。テーマは精神病棟を使わずにクライシスに対峙する道をどう見つけるか。

彼は2009年からWHO調査研修協働センター長として、世界中の「精神病院の脱施設化」と「精神病院に代わる地域密着型サービスの発展」を支援している。

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初日は「トリエステの“隔離・拘束”をしない地域精神保健システム」。2日目は「地域派の精神科医の育成方法」。どちらも、フランコ・バザーリアの思想と実践を引きついだトリエステ精神保健の経験に基づいての話だった。心ふるえる中身だった。

「精神病のクライシスは危機。管理しなくては、治さなくては」から、「クライシスは好機。循環型の、らせん運動のはじまり」。精神保健局の使命は、「偏見、差別、排除の撤廃に向けて、利用者の問題に対応する」。利用者が「~病」であるか否かは関係ない。その人のかかえている問題に対応し、社会から切り離されずに生きていけるよう支援をすること。

ピッツア・カウンセリング(注)あり、配管工をまきこむことあり、裁縫が得意な職員による繕い手助けあり、教区の神父の出番あり、市長や警察との対話あり・・・。地域に存在する多様なリソースを最大限使って、信頼できる関係性を築いていくことの重要性が伝えられた。

後半は、日本の精神科医やコメディカルスタッフからの発言を受けて、メッツィ―ナとの対話形式で進められた。

浜松の新居昭紀医師の発言は、すごい実践に基づいていた。おそらくトリエステに流れる精神もこうではないかと思った。

「保護室で、人ではない物を見てしまった。精神科医をやめたいと思った」。「閉じた箱ものに入れたら、そこに必ず管理が出てくる。精神病院は不要だ」「ゴミ巣窟に煙草くゆらす主婦は、発病5年。ゴミ掃除にひんぱんに行った。盗っ人と何度も言われたが、それでも続けた。彼女は治った」

新居医師の「盗っ人被害発言」に、メッツィ―ナは「実際、精神科医は盗っ人です。人間の主体性を盗んできた。利子をつけて返さなければいけない」とコメントしていた。新居医師の人となりや精神保健に関する考え方に関しては、大熊一夫との対談「精神病院依存主義からの脱却」に詳しい。

日本各地から参加した精神科医とコメディカルスタッフから女性医師2人の発言を紹介する。

福岡から参加した渡辺真理医師からは、精神病院勤務医だった頃の閉鎖病棟でのショック、患者さんからひっぱたかれた経験・・・。その後、精神病院を辞め、ちはやACTクリニックを開設。そこで訪問支援活動するようになって、調理を通じて心の支援を続けながら利用者の心に近づいてきた体験が語られた。

また札幌から参加した長谷川直美医師は、刑務所での精神科診療と、街で営む「ほっとステーション 大通公園メンタルクリニック」の2つの異なる実体験からの衝撃的な話だった。殺人や暴行をした「危険人物」というラベルを貼られた人が、関わり方が変わることで、別の人間性が現れて、別の人生を歩むこともできる。それを証明するかのような話だった。

イタリアとそん色ない取り組みが日本でも行われている。素人の私は、ついうれしくなった。しかしながら、全体としては、まだまだ少数。参加した医師の中にも、精神病院は必要だと考えている人がいたことには驚かされた。

日本は、「身体拘束が90%増えたという、この実態をどう変えるかが問われている」(有我譲慶)。

一方、イタリアの精神病院廃絶の立役者バザーリアを日本に紹介して、日本の精神病院をなくそうとがんばる大熊一夫から、誰の発言かとは言わずに、こんなイタリア批判が読み上げられた。

「欧米の脱施設化は、精神科医療に対する国の財政的困窮の結果といった側面と、イタリアに見られるような政治運動の一環として行われたという両面性を持っています。イタリアにおける脱施設化は30年かけて完了しましたが、現在、総合病院で15床程度の病室では十分な急性期対応ができず、入院を拒否されたり、デポ剤による過鎮静にして在宅で看させられるために、家族の負担は増大しています。」

メッツィ―ナは笑いながら、「イタリアには、『嘘は足が短い』‐‐‐英語ではLies have short legs‐‐‐ということわざがあります。虚言はすぐにばれるということです」とかわした。

イタリアの精神保健を憎々しげに言った人物は、「日本精神科病院協会」の代表。安倍首相のお友だちだ。

この2日間のレポートは、みわよしこさんのレポートを参照してください。みわさん、グラッツェ・タント! みわよしこライブレポート

(注)ピア・カウンシリングのミスではない。ピッツアリアに皆で食べに行って、熱々のピッツアを食べながらわいわいやることをさしているようだった。縛ったり、薬を与えたりという方法ではなく、日常生活と切り離さないすごしかたのひとつとして挙げたもの。ピッツア・セラピーとも言える。

映画「むかしMattoの町があった」
180 人のMatto の会(地域派の精神科医を育てるセミナー『トリエステ精神保健局長と日本の精神科医との対話』の主催者)
メッツィーナ医師 / 病棟転換型居住系施設を批判 Roberto Mezzina
精神病院をやめたイタリアから・続き@横浜
マニコミオ(精神病院)をやめたイタリアから日本へのメッセージ
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by bekokuma321 | 2015-11-02 20:25 | ヨーロッパ

c0166264_15221355.jpg「ここには、愛情、家族の信頼があるの」と、女性が話す。

「前の病院施設は・・・こことは違っていました」

彼女は、心の病をかかえているいわゆる“深刻な精神病患者”だ。しかし、彼女は拘束もされず、薬も飲まない。スウェーデンのホストファミリーに迎えられて、ごく普通の暮らしをすごしている。

この素晴らしい現実があると教えてくれたのは、アメリカ人ダニエル・マックラ―(Daniel Mackler)が作ったドキュメンタリー映画「癒しの家(Healing homes)」だ。

映画は、心の病への家族によるケアを、スウェーデン農家のカップルの会話から描写する。

作者ダニエルは、アメリカのセラピストだ。彼は精神病院の実態や、心の病を持つ人たちへのアメリカ式治療を身を持って体験している。

そんな彼は、スウェーデンの家族の試みに、激しく感動する。カメラを回しながら、「涙が出てきます。感動しているんです」と、言う。見ているこちらも胸が熱くなる。

ホストファミリ―には、牛がいて、犬がいるごく一般的な農家で、自分の子どもたちと同じように、“患者”を家族の一員として育てている。

Love(愛情), Solidarity(連帯), Togetherness(一緒)ーーという言葉を使っていたようだ。

心の病を持った家族も、他の家族と同じように毎朝、牛の世話や、掃除や、日々の決まり切った普通の仕事をする。けんかもするし、怒ったり、笑ったりもする。時をともに過ごすのだーー精神的な病を抱えている人たちにもっともよくないのは、隔絶され孤独にされることだと言う。

陰でサポートするのは、ヨ―テボリにある家族ケア財団(The Family Care Foundation)だ。1980年代からの長い歴史と経験がある。何人ものセラピィ―の専門スタッフがいて、定期的にホストファミリーを訪問する。グループ会議を持つ。ホストファミリーに何か困ったことが起きると電話を受けてただちに対応する。

「食べるもの、住むところ、ちょっとした運動、好きな人、この4つがあれば、たいていの問題に対応できるようになります」ーーー財団スタッフの言葉だ。

財団理事でセラピストのカリーナ・ホ―カンソン(Carina Håkansson)は、「これまで全く治る見込みなどない、絶望的だと言われていましたが、それは違う、治るのです」と語る。なんという希望!

先日、ノルウェーの刑務所を紹介した。ノルウェーの刑務所も、スウェーデンの家族ケアも、「同じ人間だ。かならず治ってここを出ていく」と信じているところが、すごい。

いいドキュメンタリーだった。

FAMILY CARE FOUNDATION
Healing homes: full documentary film here (alternative healing for “serious mental illness”)(ドキュメンタリー映画「癒しの家」)
In Gothenburg, Ordinary Homes Serve as Havens for Healing
OPEN DIALOGUE
Carina Håkansson - Healing Psychosis - February 27, 2014
Open approach to mental healthcare
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by bekokuma321 | 2015-04-05 15:28 | 北欧

バザーリアの闘い

c0166264_2025075.jpg11月16日、東大駒場のホールで、イタリアの講演会があった。

タイトル「鍵をかけない! 拘束しない! トリエステ型地域精神保健サービスを世界へ」。講師ロベルト・メッツィ―ナ医師(写真右)。トリエステ精神保健局長であり、WHOメンタルヘルス調査研修コラボセンター長でもある。

イタリアには精神病院がない。20年前そう聞いた私は「嘘でしょ」と思った。でも、大熊一夫のトリエステ視察団に同行して、この目で精神病院がない社会を見てきた私は、もうそんなアホなことは絶対言わない。

「精神病院のない社会」――この夢のような改革はイタリア北部の都市トリエステでスタートした。

1970年代、手足の拘束、薬漬け、電気ショック…が当たり前だったトリエステのサン・ジョヴァンニ精神病院。そこに1人の医師フランコ・バザーリアが赴任した。

バザーリアは、「精神病院こそ、人間を無力化、無価値化させるものだ」という信念を持っていた。彼は、仲間たちと病院の脱施設化に、命をかけた(写真下)。
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彼と仲間たちの闘いによって、精神病院に閉じ込められていた患者は、精神保健サービスセンターでサービスを受けるゲスト(客)へと変貌をとげた。さらに、バザーリアは、トリエステの変革をイタリア全土に広めるための法律「180号法」成立へ、政治家を動かした。

バザーリアは1980年死亡。その後、彼の志を引き継いだ人たちの手でトリエステ型サービスは続けられた。その1人が、初来日したロベルト・メッツィ―ナ医師だ。

トリエステ型サービスとは、精神の病の治療ではなく、食べること、寝ること、着ること、遊ぶこと、働くこと、恋することなど、人間が生活をしていく上でのありとあらゆる場面で、ゲスト(客)に必要な手助けをするといった意味を持つ。

たとえば、女性の「ゲスト お客」なら、地域にある女性団体のイベントに参加して、女性たちと一緒に交流し行動する(写真下)。

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講演内容は、本シンポジウムを主催した「バザーリア映画を自主上映する180人のMattoの会」HPにアップされる予定だ。お楽しみに。私は、写真撮影に忙しくメモもとれなかったが、ひとつだけ気にかかったことばがある。

「病院にあたるホスピタルと、歓待にあたるホスピタリティ。語源は同じです」と言ったロベルト・メッツィ―ナ医師のことばだ。

調べてみたら、病院ホスピタルの語源はラテン語のホスぺスhospesで、「見知らぬ人」または「お客」という意味だ。ホスぺスの発音からpがとれて、ホスト、ホテルという英語にもつながっていったという。

一方、英語のホスピタリティ(歓待、おもてなし)は、ラテン語でホスピティウムhospitium。そもそもの意味がおもしろい。ホスピティウムは、歓待という概念と、病院・宿という両方の意味を持っているのだ。

古くは、「ゲスト お客」は歓待を受けることが権利だったのだという。対する「迎える人」は歓待するのが義務だったのだという。ホーマーの時代は、すべてのお客は、1人の例外もなく、ゼウスの保護下にあり、歓待を受ける権利があるとされていたという。

考えてみれば、今日でも、「ゲスト お客」を迎える人は、さあ、ここに来たら、5時夕食、8時消灯、あれしちゃダメ、これもダメと言ったりしない。「お客」のニーズにできるだけあわせる。これが当たり前だ。

「お客」が最も望まない姿、究極の“反ホスピタリティ”が、今の精神病院だ。それを取り壊して、「お客」が望むような本来の姿に変える、それがトリエステ型なのだ。こんふうに素人の私は考えた。

トリエステでは、患者を患者と呼ばず、「ゲスト お客」と呼んでいたが、そこには歴史的な哲学的な背景があったのだ。

11月22日は大阪のクレオ大阪西でも、同じ講演会がある。二度と聞けない講演かもしれない。時間を見つけて、ぜひ参加をおすすめしたい。詳しくはこちらから
http://180matto.jp/event.php

ロベルト・メッツィ―ナの師フランコ・バザーリアと仲間たちの連帯あふれる闘いは、映画「むかし、Mattoの町があった」に詳しい。この名画を観てない方は、ぜひぜひ観てほしい。

案内「トリエステ型地域精神保健サービスを世界に」
180人のMattoの会
日本縦断トリエステ精神保健講演会
精神障がいとジェンダー
精神病院をなくした国イタリアから
■赤松英知(きょうされん常務理事)のルポ「精神病院をなくした町イタリア・トリエステ:”入院大国”日本と大違い」(しんぶん赤旗 2014.11.17。残念ながらNetでは見られない)
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by bekokuma321 | 2014-11-18 20:29 | ヨーロッパ

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■むかしMattoの町があった 予告編・日本語字幕
http://youtu.be/KFzVyTlK5Fc

「自主上映の成功を祈って!」 と、大阪の友人・有我譲慶(ありが・じょうけい)さんが、イタリア映画予告編を​自主制作して下さいました。クリックしてごらんください。

制作はクラウディア​・モ―リという女性プロジューサー。脚本も男性2人、女性2人で​書いています。精神病院廃絶にむけて医師や患者たちが連帯して闘​ったノンフィクション映画ですが、ジェンダーの視点から精神の病​いを見つめることができます。

自主上映する180人のMattoの会のHPから、あらましを紹介します。

●●●
「むかしMattoの町があった 」C'era una volta la città dei matti
この夏、イタリア精神保健改革の最初の20年を描いた素敵なイタリア映画が日本で上映されます。

題名はC'era una volta la città dei matti。邦題「むかしMattoの町があった」。イタリア語のmattoは狂気をもつ人、そうです、「Mattoの町」は精神病院を意味します。

イタリア国営放送RAIと映画会社Ciao Ragazzi!が作ったこの3時間の大作は、2010年2月7日と8日、1時間半づつ二夜連続で放映されました。なんと、21%以上の高視聴率でした。

今、ヨーロッパ各­地で、南米のブラジルやアルゼンチンで、トルコで、イランで、自主上映運動が展開されています。日本では、「バザーリア映画を自主上映する180人のMattoの会」が上­映をします。

【第一部】
主役は3人。イタリア精神保健改革の父、フランコ・バザーリア。アメリカ進駐軍に凌辱された女性から生まれたマルゲリータ。旧ユーゴでファシストとナチスに蹂躙されて家も肉親も失ったボリス。

1961年、ゴリツィア県立精神病院長に赴任したバザーリアは、小さな檻に閉じ込められていたマルゲリータに顔を近づけたとたん、唾を吐きかけられる。独房のベッドに15­年も縛り付けられているというボリスを回診すると、屈強な看護師たちに取り押さえられた立ち姿のボリスの汚れた股間に、ホースの水が無遠慮に掛けられていた。

バザーリアは、ゴリツィア病院の収容所臭さをなくすことに、心血を注いだ。こんなバザーリアに、マルゲリータやボリスの頑なな心も、少しづつ緩んでいく。しかしゴリツィア県の行政当局は、病院外に精神保健センターを造ることにも、職員を増員することにも反対した。

そこに、外泊した男性が妻を殺める事件が重なって、バザーリア院長は病院を追われてしまった。1969年、こうして映画の前半が終わる。映画第一部の舞台は旧ゴリツィア県立病院。いまはバザーリア公園になっている。

【第二部】
1971年、トリエステ県代表(日本の県知事に当たる人物)のミケーレ・ザネッティが、県立サンジョヴァンニ病院長になってほしいとバザーリアを口説いた。バザーリアは、­「白紙委任状」(つまりカネを出しても口は出さないということ)を条件に、院長を引き受けた。

マルゲリータもボリスも、サンジョヴァンニ病院の入院者として、後半でも登場。これはフィクションですが、ゴリツィア県とトリエステ県は自治体として近隣同士なので、不自­然ではない。やがて病院は縮小されて、代わりに24時間オープンの町なかの精神保健センターに機能が移される。

1978年、イタリア中のマニコミオ(精神病院)を廃止する新しい精神保健法(180号法)が、国会ほぼ全会一致で成立。

マルゲリータもボリスも、紆余曲折を経て人間として復権を果たした。しかしバザーリアは、脳腫瘍で死の床についた。

バザーリア映画を自主上映する180 人のMatto の会
オフィシャルサイト:http://180matto.jp/
設立:2012年7月
代表者:大熊一夫
主催:バザーリア映画を自主上映する 180 人のMatto の会
後援:イタリア大使館
協力:RAI フィクション / Ciao Ragazzi ! / フランカ & フランコ・バザーリア記念財団 / トリエステ精神保健局 / 大阪ドーナッツクラブ
お問合せ:「バザーリア映画を自主上映する180人のMattoの会」事務局
E-mail:180matto@gmail.com


参考
◆バザーリア賞授賞記念スピーチ(大熊一夫 日本語)
http://lykkelig.exblog.jp/12134649/
◆バザリア賞第1回受賞者に大熊一夫
http://lykkelig.exblog.jp/8912610/
http://lykkelig.exblog.jp/10100032/
◆C'era una volta la città dei matti 昔、昔、あるところにキチガイがいた
http://lykkelig.exblog.jp/13272383/
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by bekokuma321 | 2012-08-20 10:39 | ヨーロッパ

ノルウェーのオスロで、昨夏77人を殺害した襲撃犯ブレイビク容疑者の公判が続いている。もし、彼が、精神的病だと結論づけられた場合、どうなるか? 

ノルウェーにある司法精神病院に入れられて、法にのっとって人間の尊厳を守られながら治療を受けることになる。

しかし、1970年代末までのノルウェーは今のようではなかった。患者は、拘束され、監禁され、見張られていた。非人間的な扱いが当たり前に行われていた。

ブレイビク裁判をきっかけに、ノルウェーでは、精神病院のありかたについて議論が起きている。

ところで、日本は、まだノルウェーの1980年代までのような拘束状態から抜け出ていない、と言われている。

■Lå fastbundet i dagevis på Reitgjerdet
http://nrk.no/227/dag-for-dag/slik-var-livet-pa-reitgjerdet-1.8036039
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by bekokuma321 | 2012-04-30 15:30 | ノルウェー

イタリアからお見舞いのメールが届いた。返事を書いていたら、イタリアが、今後1年間原発建設を凍結すると決定したニュースがはいってきた。3月24日のニュースだ。明らかに福島原発事故の影響だろう。

しかし、ちょっと変だと思った。イタリアには原発がないと聞いていたからだ。

調べてみると、イタリアは、1987年、国民投票で「脱原子力法」を国民投票で決めたらしい。その後、1990年に最終原子炉が廃棄され、1基も建設していない。nuclear phase-out legislation、直訳すると「原子力段階的廃止法」だ。それなのに、なぜ原発建設が動き出していたのか。

理由は、ベルスコー二首相が率いる右派政権となり、国のエネルギー政策を原発推進に変えたからだ。その原発推進路線が、福島原発の大事故で凍結となったのだ。

福島原発事故を知るにつけ、この地震大国と原発は相いれないと思う。ところが、巨大な原子力発電所を見せつけられると、廃棄も不可能に近いのではと思ったりもする。しかし、イタリアは、原発がなかったのではなく、あった全原子炉を廃棄したことを知り、希望を抱いた。

イタリアが精神病院を全廃したのは知っていた。そのイタリアが原発まで全廃したとは!


■福島原発事故と精神病院の関連ニュース
日刊現代に載った「福島で20人以上の死者を出した、精神科病院、双葉病院」
日刊現代記事.pdf  http://bit.ly/eHKNQr

■精神病院全廃したイタリアの関連記事
http://frihet.exblog.jp/15568509/
http://frihet.exblog.jp/15492663/
http://frihet.exblog.jp/15488401/
http://frihet.exblog.jp/15488229/
http://frihet.exblog.jp/15479537/
http://frihet.exblog.jp/15467986/
http://frihet.exblog.jp/15444163/
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by bekokuma321 | 2011-03-25 18:49 | 紛争・大災害

「日本縦断トリエステ精神保健講演会」
~マニコミオをやめたイタリアからのメッセージ~

第4 弾は長崎県諫早市。約450人が諫早市民センターに集い、イタリアの闘いと改革に耳を傾けた。午前10時半から午後4時半までの6時間の長丁場だったが、昼休みを除き席を立つ人はほとんどいなかった。準備運営は社会福祉法人南高愛隣会など。

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photo by Mariko Mitsui

講演者はジゼッラ・トリンカス、トッマ―ゾ・ロザーヴィオ、マリアグラッツア・ジャンニケッダのイタリア人3人に、大熊一夫の4人。内容は11月16日の東京11月17日の横浜市とほぼ同じ。印象に残った質疑応答部分に絞って簡単に報告する。

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by bekokuma321 | 2010-11-21 22:52 | ヨーロッパ

「日本縦断トリエステ精神保健講演会」
~マニコミオをやめたイタリアからのメッセージ~

第3弾は、11月20日(土)、大阪市中央区民センターホールで行われた。500人席がほぼ満員。主催のNPO大阪精神医療人権センターの闘いの強さと広がりを感じさせられた。

今回はNPO大阪精神医療人権センター25周年記念行事の一貫。同センター代表理事の弁護士里見和夫さんは、「精神病院に風穴を開けよう」というスローガンを掲げて、精神病院面会をしつづけてきた。あの「大和川病院事件」追及を通じて、大阪府行政までまきこみ精神障がい者の差別撤廃・権利擁護を進めてきた方だ。

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トッマーゾの使用したスライド。「精神病院は完全に閉鎖しなければならない。なぜなら・・・」(photo by Mariko Mitsui)

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by bekokuma321 | 2010-11-21 02:32 | ヨーロッパ

鍵のかかった3畳ほどの部屋。年の頃20歳くらいだろうか、細面の若い女性がふとんに横たわっていた。無表情だった。ここが彼女の住む世界かと思うと、胸がしめつけられた。

京都は洛北にある岩倉病院の急性期治療病棟の1室だ。岩倉病院は全国に先駆けて開放病棟に取り組んできた。質の高い治療とケアをしている精神病院だと評判の病院だ。

崔院長の厚意で、精神病院を廃絶したイタリアからの視察を受け入れていただいた。急性治療病棟をはじめ、認知症治療病棟、アルコール治療専門病棟、精神療養病棟などほぼ全館を見た。私は、イタリア一行のコーディネイター役として同行。1時間ほど院内を見て回ったイタリア人たちの感想はこうだった。


■「きれいな精神病院はまゆのようなもの」

トッマーゾ・ロザーヴィオ(精神科医)

日本の清潔さ、美しさに感銘を受けました。その清潔さは日本の精神病院の中にも見られました。しかし美しい精神病院は、まゆのようなものです。とりわけそこで働く職員にとっては、まゆで守られていて、外の真実が見えなくなる危険性があります。

精神病院は町の一部ではありません。それに精神病院と言う体制が、精神疾患を慢性化させ、職員の努力を無にしてしまうのです。私は、精神病院で長く働いていましたから、精神病院で働くことの難しさを知っているつもりです。でも、精神病院の外で出て、地域保健センターで働いてみて、自分には思いもよらない能力があることを発見できました。

ここの雰囲気はとてもいいのですが、そのよさが病院の中でだけで完結してはいけません。ここの外での仕事を可能にする力をこの病院は持っているはずです。これからの財源の使い方としては、病棟などを新しくすることなどへの投資はやめて、病院の外、すなわち地域保健サービスに財源を使ってほしいと思います。

岩倉病院のデイケアは、病院の下のほう階に押しつぶされるように設えてありました。病院の外に、一般の人が見えるようなところにあるべきです。


■「悲しみと諦めの入り混じった表情」

ジゼッラ・トリンカス(イタリア家族会連合会長)

私は、世界のいろいろな国々の精神病院を見てきましたが、日本の岩倉病院は、きれいで清潔で、その限りでは良い印象を受けました。

でも、しかし、強調したいのは、そこにいる人間についてです。私の見た入院者の皆さんのまなざしは、他のどの国の精神病院で見たものとも同じで、悲しみと諦めが入り混じった、ブエノスアイレスで見た最悪の精神病院での人たちの表情と同じだと感じられました。

日本の、精神保健問題での解決方法は間違っています。経営者も含めて、精神病院とは違ったやり方が有ることを知ってほしい、と思いました。


■「膨大な財源と能力の高い人手を地域保健に」

マリアグラツィア・ジャンニケッダ(バザーリア財団理事長)

京都府250万人の住民に対して3500ベッドがあることに、ショックを受けました。私は、この3500から予算の大きさを想像してしまいます。

この3500ベッドを維持する人手と金にかける予算を、まったく違うやり方に使えば、もっとはるかにましな、いろいろなことができるはずです。私が言い方は、今の日本で精神保健に携わる人たちを侮辱しているように聞こえるかもしれません。プロとしての能力をないがしろにしているかもしれません。

岩倉病院に働く若い職員のみなさんを見て、モチベーションや能力の高さが備わっていることが、よくわかりました。この人的資源を、精神病院ではなく地域に出て働いていただいたら、もっと大きなことができるはずです。これは精神科医が、世界中で言っていることであり、本もたくさん出ています。

病院経営者もいらっしゃるし、中から抵抗するのは困難だとは思います。でも、日本には、精神病院をなくしたいと思っている医師も、看護師も、PSWも、家族会もいます。政治家を説得して、変革することは不可能ではありません。

■参考サイト
岩倉病院http://www.toumonkai.net/
京都新聞「折れない葦」
http://www.kyoto-np.co.jp/info/special/orenaiashi/060529_4_5.html
日本縦断トリエステ精神保健講演会
http://trieste.jp/index.php
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by bekokuma321 | 2010-11-21 01:18 | ヨーロッパ