秋田魁新報が、127日、秋田県内の女性議員について特集していた(下)。


秋田県の和崎ハルがトップ当選した衆院選(1946年)は、初めて女性が参政権を行使した選挙だった。当選した女性は39人だった。70年以上経て、現在44人だから、5人しか増えていない。


1947年、衆院選と同じく女性が初の参政権を行使して、統一地方選が行われた。秋田魁新報によると、女性は、この県会議員選で4人、市町村議会選で15人当選した。当選者に占める女性の比率は県議会が8.3%、市町村議会は0.4%、だったという。


この初の統一地方選からちょうど今年は70年。2017126日現在で「(秋田県内の)議員総数に占める女性比率は、県議会14.3%、市議会8.0%、町村議会7.2%」と報道している。70年もの時が経っても、女性議員の割合は遅々として進まない。


女性には、男性とは異なる性ゆえの優しさがあるように僕には思う。その優しさを発揮するには、いろいろな方法があるだろうが、女性の議員を増やして、社会政策に生かすことも大事な方法であろう。そもそも人口の半分が女性なのだから、議会も半分は女性で自然だと思う。


さて、女性の地位が高い北欧の国はどうだろうか。


三井マリ子著『ノルウェーを変えた髭のノラーー男女平等社会はこうしてできた』(明石書店)、『男を消せ!ノルウェーを変えた女のクーデター』(毎日新聞社)、『ママは大臣 パパ育児』(明石書店、オンデマンド版)3冊を読んだ。本の中から、重要だと思ったことを述べたい。


2006年の内閣は全18人中、女性8人(40%以上)。主要政党7党中、4党が女性党首。国会議員も4割が女性。2007年の、ノルウェー地方議会選挙では、全市議会議員中37.5%が女性だった。女性が50%以上の市議会26市にのぼる。議会ばかりではない。女性労働力率は、23.8%1960年)から、61.5%2014年)に増えた(女性労働の数字は1月5日付け西日本新聞「ノルウェーリポート」より)。


しかし、今でこそ女性の地位がほぼ男性と同じノルウェーでも、かつて日本同様、女性の地位はとても低かった、と三井さんは書いている。いったい何が変えたのだろうか。もっとも大きな力は、「男女平等法」だとわかった。


1979
年、「男女平等法」(世界初の男女平等オンブット誕生)が施行。1981年「男女平等法」改正。公的委員会・審議会は、両性の代表が入ることに。1988年、再び改正された。21条「クォータ制」条項の登場。全ての公的審議会などに「40%クオータ制」が明記された。


男女平等法のなかでも、1988年に21条のクオータ制がはいったことが最大のかぎのようだ。全ての公的公的審議会など男女どちらも40%を下回ってはならないと定めている。この制度をクオータ制(quota)といい、「4分の1」を意味するクオーター(quarter)とは異なる、と知った。


ノルウェーで女性議員を格段と増やせたのは、このクオータ制を各政党も次々に取り入れたからだ。1973年 民主社会党、1974年 自由党、1975年 左派社会党、1983年 労働党。


クオータ制を取り入れるとなると、男性議員を減らして女性議員の数を増やさなければならない。ノルウェーでも道のりは困難だったらしいが、日本では、さらに困難だろうと思う。


とくに秋田県はまだまだ封建的で、「女は男に従っていればよい」という風潮が強く、女性議員への道は険しい。だから、そもそも候補者になる女性すらきわめて少ない。


秋田県には、これからどんな道があるのだろうか。今の若い人たちは、男女平等を教科として教えられてきているようだ。社会に出ても結婚しても、その感覚をつぶさぬように、上司や年配者たちは、「女だから」「男だろ」というような考えを若者に押し付けぬことだ。話はそこから始まる。


加島 康博(さみどりの会、秋田市)



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女性解放運動の先駆者早川カイ
底なしの政治腐敗と女性議員
女性参政権運動と秋田
ドイツ誌「シュピーゲル」、ノルウェーのクオータ制を特集
●連載● クオータ制は平等社会への一里塚 第2回
ノルウェー地方議会改革論争ヒートアップ
新潟日報「ノルウェー政界の男女平等:クオータ制が後押し」





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by bekokuma321 | 2017-02-13 22:59 | 秋田

戦後すぐの1946年4月、日本女性は投票所に足を運ぶことを初めて法で許された。

その衆議院議員選挙で、全国から79人の女性が立候補し、何と39人もが当選した。秋田では和崎ハルが立候補して、ダントツのトップ当選だった。 

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上は、女性初の代議士・和崎ハルを描いたミュージカル「ハルらんらん♪」のポスターだ。劇団わらび座が、「女性参政権行使70周年」である本年を記念して、ミュージカルにした(注)。

和崎ハルは美容師だった。ポスターでは、白い割烹着を身につけ、右手にハサミ、左手に櫛を持っている。夫の死後、5人の子どもを育てるために秋田で初の美容院を開業した。

髪を結いに来る芸者さんたちから身の上相談を持ちかけられた。遊郭に売られる貧農の娘、字が読めないばかりにだまされる娘、前借金を返せずに苦界に沈む芸者…。憤りを隠せなくなった彼女は、矯風会秋田支部を創設した早川カイとともに公娼制廃止運動にのめりこむ。

さらに、知人の選挙応援をして、政治腐敗を目の当たりにする。1 票約3円の買収、警察から不当監禁されての自殺。怒った和崎は、新聞や雑誌に「女性が政治に参加していくことが選挙の浄化に最も効果がある」と投稿する。こうして和崎ハルは、次に女性参政権運動にまい進する。彼女の新聞投稿には、こんな名言がある。

「女性が参政権を求めるのは一部特権階級の手にのみ委ねられて居る今日の政治の改善を図りたいからである」

女性参政権獲得から70年たった。しかし女性議員率は世界で最低レベルのうえ、「政治とカネ」のスキャンダルは底なし沼だ。兵庫の野々村県議事件、猪瀬都知事事件、甘利大臣事件、小渕優子事件、日歯連事件、舛添都知事事件、富山市議の政務活動費領収書偽造事件、富山県議の政党交付金横領事件・・・。私自身も、2012年衆院選で政党交付金がらみの忌まわしい事件に遭遇した。

100年前に書いた和崎ハルの文章は、残念ながら、今でも強い説得力を持つ。


本記事は「 I 女のしんぶん」に連載中の「叫ぶ芸術」を再構成したもの。「叫ぶ芸術」はネットでも読める:■叫ぶ芸術:ポスターに見る世界の女たち 同シリーズのなかの「女性参政権行使70周年を祝えるのか」(日本)

【注】ミュージカル「ハルらんらん♪」は、「あきた芸術村」で来年1月まで公演中だ。私は、7月、全国フェミニスト議員連盟有志や女性の政治参画に関心を寄せる仲間たちと観劇した。この「女性参政権行使70周年記念観劇・温泉ツアー」には、遠くは遠くは京都、名古屋、函館、東京……近くは秋田県内から、あきた芸術村のわらび劇場にかけつけた。観劇のあとは、劇場と同じ場所にあるホテルで、温泉につかって、そして秋田の美酒で食事を楽しんだ。チケット予約など詳しくはこちら

参考リンク
「祝!女性参政権行使70周年」記念はがき
和崎ハル:廃娼運動と婦選運動
参院選2016年と女性(2):女性参政権行使70周年
参院選2016年と女性
和崎ハル_1 武塙三山
和崎ハル_2 武塙三山
和崎ハル_3 武塙三山
和崎ハル_4 武塙三山
和崎ハル_5 武塙三山
普通のおばちゃんの三井裁判傍聴記_佐々木厚子
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by bekokuma321 | 2016-10-27 21:56 | 秋田

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「女性参政権行使70周年」を記念する観劇・温泉ツアーを企画して、和崎ハルを描いたミュージカルを、秋田まで見に行った。

ツアーは7月28日。その前に、この記念すべき集まりに、何かお土産をと思案した。京都の友人に、秋田市で戦前行われた「東北普選大会」ーー女性にも参政権をという歴史的運動の集会ーーの写真を見せた。すると、国際女性デーの絵はがき作成を手がけてきたその友人は、「絵はがきをつくろう」と言い出した。

写真には和崎ハル、市川房枝、山高しげりがいる。

和崎ハルは、秋田から出た初の女性代議士だ。市川房枝は日本の女性参政権運動の先駆者で、長年参議院議員をつとめた。山高しげりも、女性参政権運動の指導者で、地婦連代表だった。

写真のうしろに私の走り書きがあって、20年ほど前、本郷郁さんという見知らぬかたからいただいたものだった。本郷さんに、「写真を絵はがきにしたい」と伝えたかったことと、キャプションへのヒントをいただきたかったため、居所を探しに探した。やっと横手出身で現在は東京在勤の息子さんまで行きついた。ところがお母様はだいぶ前に亡くなっていて、「母がこういう関係の活動をしていたことは全く知らなかった」とおっしゃった。

c0166264_235004.jpg次に、新宿の大久保にある矯風会の高橋喜久江さん(写真右、注)を訪ねた。嬌風会は、戦前から公娼廃止運動の中心を担い、今は慰安婦問題などにもとりくんでいる。

市川房枝・山高しげりがかかわっていた日本婦人参政権協会は、日本婦人矯風会から生まれたことを知っていたので、何か高橋さんからお話を聞けるだろうと思った。高橋さんは、久布白落実については思い出話をしてくださったが、山高しげりや秋田支部についてはあまり記憶がないようだった。

でも、高橋さんから見せていただいた文献によると、廃娼運動や女性参政権運動は、日本全国に支部をつくって代表者を決めての壮大な女性解放運動だった。そのなかで、秋田はいち早く公娼制廃止を実行した県のひとつだった。

酷暑の中、すまいのある長野と東京を往復した車中で読んだ文献から、いかに秋田の女性たちが戦前・戦中、女性解放運動に熱心だったかをあらためて学んだ。「女性差別をなくしたい→法制度が必要→女性を議会に」という思いは、1992年創設の全国フェミニスト議員連盟の初志とそっくりだった。

c0166264_23523582.jpgさて、左は和崎ハルについて、私が講演している瞬間である。本などから、和崎ハルの武勇伝を聞きかじっていた私は、講演のなかに、彼女のエピソードを入れることが多かった。和崎は、衆院選の最中、字の読めない書けない当時の女たちに「ハルのハはおじぎをするときの手の恰好で、ルはその右手をチョンとはねればいい」と訴えた、という。それを、私は身振り手振りで紹介した。1999年京都での講演だった。

その後、10年以上の月日が過ぎ、“2012年の衆院選”で、私は秋田3区の候補者となった。秋田の人たちを前に、和崎ハルを引きあいに出して、女性が政治に出てこそ女性が暮らしやすい秋田にできると訴えた。私の選挙は惨敗だった。政党交付金がらみで、奈落の底につき落とされるような経験もした。しかし、あの選挙がなかったら、私が和崎ハルに再び向き合うことはなかっただろう。

最後にもうひとつ。記念の絵はがき(写真最上)を作成したのは、実は、1999年京都で和崎ハルについて話す決定的瞬間(写真左上)を撮影した人だった。京都のフェミニスト・アーティストふじみつこだ。当の本人は、1999年のことをよく覚えていないようである・・・。

ハルらんらん♪
ノルウェー女性参政権100年から考える

【注:私は、1980年代末、女性の駆け込みセンター「女性の家HELP」に関心を持っていた。そのため当時、何度か高橋喜久江さんに面談した。高橋さんとの再会は2010年。高橋さんは、拙著『ノルウェーを変えた髭のノラ:男女平等社会はこうしてできた』の出版記念会に顔を見せてくださった。とはいえ高橋さん自身について取材したのは今夏が初めて。高橋さんは若いころ、矯風会本部の求人に応募して合格。久布白落実のもとで働き始めてから現在に至るまで、矯風会を拠点に売買春廃絶運動に全生涯をささげてきた。その師、久布白は、廃娼運動に命をかけただけでなく、市川房枝と並んで女性参政権運動をけん引した。今、高橋さんは「嬌風会の会長は退いていて、慈愛寮の理事長です」と、私に名刺をくださった】
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by bekokuma321 | 2016-09-07 00:11 | 秋田

ハルらんらん♪

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「すばらしい! 全国の中高生に見せたい」
「女性参政権の歴史がわかった」
「和崎ハルのたくましさに感動した」
「わかりにくい秋田弁もあったけど楽しかった」
「当時のように日本中に支部をつくって女性議員を増やさなくては」
「字も読めない書けない人がいた時代の運動はどれだけ大変だったか」
「口減らしのため売られた農家の少女たち。まだ残る貧しい国の人身売買に通じる」

ミュージカル「ハルらんらン♪ 和崎ハルでございます」を観たひとたちは口ぐちに言った。

遠くは京都、名古屋、函館、東京……近くは秋田、横手から20人が、7月28日、あきた芸術村のわらび劇場にかけつけた。「女性参政権行使70周年」を記念しての観劇・温泉ツアーだ。

c0166264_11304856.jpg70年前、戦後直後の1946年4月、日本全国で女性79人が衆院選に立候補して、39人もが当選した。

秋田では、女性解放運動家であり美容師・和崎ハル(無所属)が、41人中トップで選ばれた。文献によると、和崎ハルは、1885年、秋田市生まれ。結婚して秋田を離れるも、夫の死後、5人の子どもと姑を連れて、秋田に戻った。

ハルは美容院を開いて、生きて行く。髪ゆいや美顔マッサージをしながら、性を売ることを余儀なくされている女性たちの相談に乗るようになる。その体験から公娼廃止運動へ。

当時、東京の廃娼運動(公娼廃止運動のこと)の幹部たち(注)は、世界の動きに呼応して女性参政権を求めて活動していた。

秋田の和崎も、同志たちと「廃娼運動」に加え、「婦選運動」(女性の参政権運動のこと)に身を投じる。婦選獲得同盟秋田支部支部長となり、1932年、「東北婦選大会」を秋田市で開催。700人が集まった。市川房枝や山高しげりも招かれた。

1937年、息子のいる大阪に移った後、戦況が激しくなり、1944年、秋田県横手に戻った。そして敗戦。ポツダム宣言で、日本女性は、参政権を付与される。

和崎ハルは、1946年、戦後初の総選挙に、横手から立候補。その冬はまれにみる豪雪だったため、雪の残るなかの選挙運動だったらしい。14年前に「東北婦選大会」を成功に導いた和崎ハルを当選させようと、市川房枝は、寝食をともにしながら選挙運動を支えたという。

和崎ハルを含む女性代議士の居並ぶ第90回帝国議会。そこに上程されたのが「新憲法案」(11月3日公布)だった。

【写真上:ミュージカル観劇後、あきた芸術村わらび座劇場前で「女性の連帯!」とこぶしをあげる。舞台姿の登場人物もいっしょ。加島康博提供。写真中:「女性参政権行使70周年記念ツアー」を迎えるホテルの看板。加島康博撮影。写真下:市川房枝直筆の「和崎ハル」を顕彰する碑。秋田市金照寺山。亀田純子撮影】

c0166264_1142111.jpg和崎ハル:廃娼運動と婦選運動
女性参政権運動と秋田
参院選2016年と女性(2):女性参政権行使70周年
参院選2016年と女性
ノルウェー女性参政権100年から考える
和崎ハル_1 武塙三山
和崎ハル_2 武塙三山
和崎ハル_3 武塙三山
和崎ハル_4 武塙三山
和崎ハル_5 武塙三山
普通のおばちゃんの三井裁判傍聴記_佐々木厚子
女性と選挙
2014衆院選 比例制に変えるしかない
参院選で女性躍進ならず

【注:1886年 世界キリスト教婦人矯風会の日本版として東京婦人矯風会発会(初代会頭矢島楫子)。1893年 日本婦人矯風会と改称(会頭矢島楫子)。1916年 公娼廃止を優先課題に。1917年 公娼廃止運動の挫折から婦人参政権運動を宣言。1920年 世界婦人参政権協会に出席(久布白落実)。1921年 全国常置員会にて日本婦人参政権協会設立。1930年 第1回全日本婦選大会。--出典「日本キリスト教婦人矯風会年表」】
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by bekokuma321 | 2016-07-30 07:28 | 秋田

c0166264_2045123.jpg今年は、日本女性に参政権が与えられてから70年になります。

その女性参政権獲得をめざして、戦前、市川房枝さんたちとともに「婦人解放運動」をしていた女性が、秋田の和崎ハルさんです(今は「女性」を使いますが、当時は「婦人」でしたので、婦人を使います)。

図書館で『政治と台所』(グレゴリー・M・フルーグフェルダー著)と、『ふるさとの先人たち』(豊田哲治著)を読みました。

和崎ハルさんは「婦人の参政によって、必ず平和日本となる事は信じて疑いはない」と言っていたそうです。だからこそ、女性の政治意識を高めることが大事だと考えて、県内の組織作りに着手しました。次の総選挙にも予想されるだろう「初の女性参政権行使」に向けて、毎日、秋田県内の女性団体を精力的に歩いて回り、多い時は一日4回も演説したそうです。

また、婦人解放運動の傍ら、地方新聞の女性相談欄を担当し、女性のかかえているありとあらゆる相談に懇切丁寧に回答して、女性の側に立って明快なアドバイスをしたことから、とても好評を博したと、『ふるさとの先人たち』に、書かれています。

時代を少し前に戻しますが、和崎ハルさんは、結婚後、二男三女の子供に恵まれたものの、1921年(大正10年)に夫を亡くします。子ども5人と年老いた姑の家族6人を、女手ひとつで養っていかなければならなくなったハルさんは、縁者を頼って故郷秋田に戻ってきます。36歳でした。そして、秋田初の美容師となります。

それだけでも大変なのに、和崎さんは、1922年、「日本基督教婦人嬌風会」の秋田支部を友人たちと設立し、廃娼運動と身売りをした女性たちの支援運動に加わります。

c0166264_21174477.jpgその後、1930年、「婦選獲得同盟」の秋田支部長となります。婦選獲得同盟は、市川房枝さんらが設立した、女性参政権を求める婦人解放運動団体です。2年後の1932年、秋田市で、「東北婦選大会」を開催します。

戦後、女性参政権が与えられ、1946年(昭和21年)、衆議院議員選に和崎ハルさんは立候補して、最高点で当選します。2位を約3万票も引き離す圧倒的な勝利だったそうです。こうして和崎さんは、日本初の女性代議士のひとりとなったのです。

国会議員になった和崎ハルさんは、戦後の物資不足のなか、とりわけ農村女性の窮乏に関心を寄せていたそうです。占領軍当局に対して、「頬かぶりや腰巻き用の生地を農村女性に配給してほしい」と要求した事から、「腰巻議員」とあだ名をつけられたそうです(『政治と台所』)。

ハルさんの三女(菅原和子さん)の証言によると、「母は、底抜けに明るく、物ごとにこだわらない人で、父は、私が6歳の時死亡したが、家庭内はいつも陽気で楽しく、母子家庭の暗さはなかった。母は生活費をそっくり祖母に渡していた。だから私たちは祖母からお小遣いをもらっていた」(『ふるさとの先人たち』)

また、ハルさんは、「明日ありと思う心のあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」という歌が好きで、なんでもその日のうちにやってしまう主義だったそうです(『ふるさとの先人たち』)。

ハルさんは、市川房枝さんに加え、もう一人の婦人解放運動家の平塚らいてうを尊敬していたそうです(『ふるさとの先人たち』)。平塚らいてうは、「元始、女性は太陽であった」の言葉とともに、永く人々の記憶に残る事となったのは、みなさまもご存じのとおりです。

亀田 純子(秋田市、さみどりの会*)

【写真上:「婦人解放運動発祥の地」と書かれた石碑。廃娼運動団体である、日本基督教婦人嬌風会秋田支部(早川かい初代支部長)が中心になって、1933年、「秋田婦人ホーム」が創設された。身売りした女性たちの駆け込み寺となった。和崎ハルも支援メンバー。石碑はその「秋田婦人ホーム」を顕彰するため、当時の住所である秋田市楢山地区に建てられた。亀田純子撮影。写真下:市川房枝、山高しげりを迎えて開催された「東北婦選大会」。三井所蔵】

女性参政権運動と秋田
参院選2016年と女性(2):女性参政権行使70周年
ノルウェー女性参政権100年から考える
公益財団法人市川房枝記念会女性と政治センター
ミュージカル「ハルらんらん♪和崎ハルでございます」

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(*)2012年暮れ、2カ月にわたる立候補要請を受けて、三井マリ子さんは秋田移住して衆院選に出た。落選後、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。選挙・裁判をきっかけにできた、女性と選挙・政治を考えるサイトさみどりの会ホームページには裁判情報が掲載されている。なお、同裁判は2015年11月和解で終わった
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by bekokuma321 | 2016-07-18 21:36 | 秋田

さみどりの会

7月14日、さみどりの会ホームページが生まれた。http://samidori.fem.jp/だ。

さみどりの会は、三井マリ子の衆院立候補→落選→秋田追放→裁判支援の中で、はぐくまれた友情と連帯の証と言える。

岡田ふさこ、岡橋ときこ佐々木厚子、亀田純子大倉由紀子、飯泉恵美子さんらが支える。陰では男性も支える。

さみどりの会をクリックすると、あふれる緑のなかに、かわいいメスマークが見える。デザインを担当したふじみつこさんは、言う。

「昨夏、はじめてノルウェーを訪れました。大自然美に心打たれました。居候をしていたお宅の庭には真っ赤なベリーが群生していました。毎朝、ベリー摘みをしましたが、とっても、とってもとりきれませんでした。小さいけれども力強さを感じました。この時のイメージです」

7月14日はフランス革命の日。225年前、「自由、平等、友愛」を掲げて新しい社会を目指して闘った。さみどりの会にも引き継がれているような気がする。

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by bekokuma321 | 2015-07-14 23:58 | 秋田

c0166264_17113075.jpg昨年末の衆院選は史上最低の投票率でした。女性当選者は1割にも満たず、しかも保守系が目立ち、がっくりでした。

2012年、秋田では三井マリ子さん、東京都板橋区では太田順子さん(右)が民主党公認で衆院選に立候補しました。

この2人の女性候補が、同じような被害にあったことを知りました。2人とも“選挙の指南役”とおぼしき民主党の現職議員らから、政治資金を不適正に使われ、選挙が終わったら次はないと排除されたというのです。

政党は、どこまで女を食い物にするのかと、唖然としてしまいました。

党公認の衆院候補になると、衆議院の選挙区にひとつずつある党の総支部の代表となるのだそうです。総支部というのは、政治活動をする母体で、そこに政党交付金が入金されます。

2人は、総支部の代表となったのです。そして党の指示で、政党交付金などの選挙資金が振り込まれる通帳をつくらせられました。

そして、2人は、通帳も印鑑も“選挙の指南役”に預けました。候補者は、日々、朝から晩まで外で遊説ですから、お金のことは任せざるをえないのはあたりまえです。

そこで、太田さんの場合は、政党交付金の一部が、選挙活動資金に回り、それが選挙中、不正に使われました。三井さんの場合は、本来の政党交付金はできるだけ使わないように蓄財されて、三井さんの個人資産や三井さんの後援会のお金が優先的に使われました。

太田さんは、太田順子HPで、その不正を書き、その不正をただすこができなかったと謝罪を載せています。太田さんの“選挙の指南役”である現職議員たちが使ったキャバクラと言われる所への遊興費や、一般感覚ではありえない不適切なものに使った領収書が多々出てきたそうです。太田さんは、選挙後、民主党本部にその是正をお願いしたが、かなわず、「民主党内にある腐った体制を改革できなかった」と書いています。

c0166264_17321435.jpg三井さんは、選挙収支を選対に何度尋ねても知らされず、選管まで出向いて自分で調べざるをえませんでした。選管で三井さんは、変な使われ方をしていることを次々に発見し、「選挙収支を代表の私に見せなかった理由がわかった」そうです。三井さんは、選対のトップだった参議院議員(当時)に疑問の手紙を出しましたが、なしのつぶてした。結局、公の判断を仰ぐため提訴しました。

三井さんも、「だまされた私にも責任の一端があります」と新聞に意見を寄せていました。でも、だました方が、何倍も悪いに決まっています。

言葉巧みに、選挙資金が無くとも、政党交付金ですべて面倒を見ますよと立候補を勧め、首尾よく政党交付金の受け皿をつくって、資金を振り込ませ、実は自分たちが勝手に管理して、選挙が終わると残りの資金は国庫に返納せず党へ寄付しろと強要する、こんな暴挙が許されるわけはありません。

当選すれば党の力と自画自賛したのでしょうが、2012年当時は、大逆風だった民主党の新人女性候補の当選は120%ありえないことでした。三井さんも太田さんも健闘むなしく落選でした。

つまり、新人女性を立候補させた側の目的は、自分たちが勝手に使える、または蓄財するための、政党交付金の受け皿をつくりたかったから、にほかなりません。

日本の選挙にはカネがかかるというのは周知の事実。そのために政党交付金という道が開かれたと言われていますが、私たち国民の税金である政党交付金が、こういう汚い使われかたをしているとは、知りませんでした。

HPで真実を明らかにした太田さんの勇気を尊敬します。そして、秋田で裁判を闘う三井マリ子さんには、政党交付金が不適正に使われた経緯を明らかにして、そのやり口をあぶり出し、勝訴を手にしてほしい、と私は心から応援しています。

次回の裁判は、1月16日(金)。秋田地裁で10時から開かれます。

村松 てる子  さみどりの会(*)

(*)2012年の衆院選で落選した三井候補は、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴した。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。「産むならば 世界を産めよ ものの芽の 燃え立つ森の さみどりのなか」という阿木津英の歌がある。女性は子どもだけでなく、世界を産み出すのだという意味だ。三井さんは、選挙演説に引用しては「私は新しい秋田を産み出したいのです」と結んでいた。「さみどりの会」の由来だ。裁判報道は左下のMoreをクリック。
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by bekokuma321 | 2015-01-13 17:43 | 秋田

きわめて日本的

c0166264_10381458.jpg松浦大悟元議員秘書の「有印私文書偽造・同行使・詐欺罪」刑事事件が、検察庁から不起訴と発表があったことを新聞で知りました。

有印私文書偽造・同行使・詐欺罪という犯罪は、銀行が被害届けを出さないと、立件が難しそうだと予想されていたそうですが、案の定、銀行は被害届を出さなかったんですね。そのことは、きわめて日本的だと私は思います。

地元銀行ですから、地元で名士と扱われがちな政治家とかかわることは、すべて穏便に穏便に、できるならめんどうを起さず、できればなかったことにして時の過ぎてゆくのを待つという対応ーーー日本的です。

そして、検察庁。こちらも、一番の被害者である三井マリ子さんの正しさ、怒りをなかったかのように扱って、起訴すらしない。これまた時の過ぎてゆくのをじっと待つという日本的対応です。

では、民事はというと、多少は被害者側の正当性とか怒りとかが、法の文面に反映されることもあるように思います。

裁判官がこれはいけそうと思ったら非公開のかたちでまとめて、その後に公開というものもあるかもしれません。でも、三井さんの場合、非公開の裁判が続いています。こんなことは許されないことです。

つまり、市民に公開せずに書面のやりとりだけを続けている秋田地裁(写真下)のやり方に疑問を持ちます。

私は原告として長い間裁判(1980年代、日本鉄鋼連盟の女性差別を訴えた裁判:編集部注)をしてきた経験があり、その経験を通して他の裁判も関心を持って見てきました。そうした経験から、私は、どんな裁判でも市民に公開されるべきだと強く思っています。

村松 てる子 さみどりの会(注)

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(注)衆院選で落選した三井候補は、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴した。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。「産むならば 世界を産めよ ものの芽の 燃え立つ森の さみどりのなか」という阿木津英の歌がある。女性は子どもだけでなく、世界を産み出すのだという意味だ。三井さんは、選挙演説に引用しては「私は新しい秋田を産み出したいのです」と結んでいた。「さみどりの会」の由来だ。裁判報道は下を。
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私は納得いきません
許せない!幕引き図った検察
裁判と人格攻撃
私も悔しい
改ざんしたかのように言ってきた
青天の霹靂
「政治とカネ」にメスを入れる三井裁判
政党交付金の残金を国庫に返還
今朝の読売を読んで 「解散・返還は当たり前」
澤藤弁護士ブログを読んで
決定的証拠が裁判長に提出された
供託金は秋田おばこのデモクラシーに
秋田おばこのデモクラシーに大賛成
マラッカ海峡より
裁判をしなかったら供託金はどこに?
「供託金もどって一安心」_5.21読売新聞
女は使い捨ての駒か
5月10日のNHK、11日の朝日、読売、魁
供託金、もどった
秋田おばこのデモクラシー
4月15日の毎日新聞
裁判長提案「供託金戻したら」は当然
お金の流れがよくわかった
NHK 「選挙資金裁判 争点絞られる」
供託金は戻したらどうか、と裁判長提言
ワーキング・ウーマン、三井裁判を女性の視点で見る
今朝の毎日新聞
女性記者の目
秋田衆参両選挙で4人書類送検
秋田衆参両選挙で関係者送検
三井候補秋田追放事件を究明する裁判 3
三井候補秋田追放事件を究明する裁判 2
三井候補秋田追放事件を究明する裁判
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by bekokuma321 | 2014-10-18 10:58 | 秋田

さみどりの会  岡田です。

「今朝の読売を読んで 『解散・返還は当たり前』」で、大倉由紀子さんは、7月4日の読売新聞をもとに書いてました。私なりに、訴状や他紙記事(下を参照)などから補足します。

衆院選後、元参議院議員松浦大悟さんの秘書らに「残金を入れる口座をつくらないと三井さんが罰せられる」と言われ、使い残した政党交付金を貯めておく口座を開設することに、三井さんは同意してしまいました。そして、「借家は年末まで。それまで出て行くように」と言われた三井さんは、秋田を去りました。

三井さんは、何度も「お金をどう使ったのか、残金は?」と松浦さんに尋ねましたが、まったく返事がなかったため、秋田に行って、銀行で「会計担当と連絡がとれない」と言いました。すると「紛失届を出したほうがいい」と銀行からアドバイスを受けたそうです。紛失届けが出されたため、松浦さんの秘書が銀行から残金を引き出そうとした時、引き出せなくなっていたのです。

というわけで、衆院選から1年半後の今も、政党交付金約440万円が口座に残ったままでした。今回、その440万円を三井さんは国庫に返還する、と決めたのです。

新聞によると、党本部から「総支部長退任か総支部解散のどちらかを選ぶよう求める文書」が届いたので、三井さんは、まだ自分が総支部長であることが初めてわかったため、第3総支部を解散して残金は国庫に返還する、と決めたということです。

以上は裁判の争点とは異なります。裁判は秋田地裁で進められています。

第4回裁判は、7月11日(金) 非公開です。
8月は裁判所は夏休みだそうで、本格的な裁判は9月以降の見込みです。

                     岡田ふさ子 さみどりの会(注)事務局


――2014年7月4日の秋田魁新報、朝日新聞、毎日新聞の報道―――

 [秋田魁 2014.7.4 クリックすると大きくなります]

 [朝日 2014.7.4 クリックすると大きくなります]

 [毎日 2014.7.4 クリックすると大きくなります]


c0166264_1973275.jpg(注)衆院選で落選した三井候補は、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴した。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。「産むならば 世界を産めよ ものの芽の 燃え立つ森の さみどりのなか」という阿木津英の歌がある。女性は子どもだけでなく、世界を産み出すのだという意味だ。三井さんは、選挙演説に引用しては「私は新しい秋田を産み出したいのです」と結んでいた。「さみどりの会」の由来だ。右は「さみどりの会」のバッジ(ふじみつこ作)。裁判は以下を参照。

今朝の読売を読んで 「解散・返還は当たり前」
澤藤弁護士ブログを読んで
決定的証拠が裁判長に提出された
供託金は秋田おばこのデモクラシーに
秋田おばこのデモクラシーに大賛成
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by bekokuma321 | 2014-07-06 19:16 | 秋田

ブログ澤藤統一郎の憲法日記を読みました。
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タイトルは「選挙運動費用収支報告書虚偽記載の摘発実例」。われらが三井マリ子さんの秋田衆院選の刑事告発と、東京都知事選の宇都宮候補の虚偽記入を比較して記述されたものです。ともに2012年12月の選挙です。

法律素人の私には何だか小難しい講義のようでした。でも、書かれていることは、ごく真っ当なことです。澤藤弁護士は、革新陣営の候補者は徹底してクリーンでなければならない、と書いています。私は、革新であれ保守であれ、選挙はクリーンで透明性が確保されなければならないのはごく当たり前だと思います。

三井マリ子さんは、民事裁判の前に、三井選挙を仕切った参議院議員秘書を有印私文書偽造・同行使・詐欺罪の疑いで刑事告発しました。

この告発が受理され、警察が捜査を開始しました。その過程で見つかったのが、選挙ポスター張りをした人の領収証の一部が架空だったり、偽造の領収証でお金を浮かせたりした事件です。

公選法違反(虚偽記載)の疑いで、運動員3名が秋田県警に事情聴取されました。既に県警は金を着服した横領容疑と合わせて、その3名を検察庁に書類送検したということです。

でも、まだ検察庁は刑事事件にするとの判断を出していないそうです。おーい、いったい何時まで待たせるの。そして民事裁判はいま係争の真っ只中で、こちらも目が離せません。

さて、澤藤弁護士は、ブログで三井さんの民事事件に関して論じることは公共性・公益性に乏しく、彼の関心事でもないと断じていることに、私は居心地の悪さを感じました。

この民事事件の根底に流れるのは、「政治の世界では女・子どもは駒であり、表舞台は男の世界」という女性差別です。それを感じ取る嗅覚が彼に少しでもあれば、こんな言い方をするはずはありません。

このような嗅覚のなさが日本社会に延々と続いているので、三井さんの都議時代と全く変わらないような都議会でのセクハラ野次が、今日も平然と見逃されているのでしょう。

選挙はとくにそうですが、何であれ公正でなければなりません。この当たり前が私たちの周りで確保されていないから、われらが三井さんは、こんな日本をどうしても変えて行くのだと強い怒りをバネに、軽やかに飛び歩き運動しています。

6/14 東京は豊島区池袋の エポック10 フェスタ2014 で、ノルウェーを例にクオータ制の必要性を参加者を巻込みながら楽しく語った三井マリ子さん、すてきです、頑張って。私も頑張るね。

村松てる子 さみどりの会(注)

澤藤統一郎の憲法日記「選挙運動費用収支報告書虚偽記載の摘発実例」

【写真 朝日新聞2014.1.25 秋田版より】

(注)衆院選で落選した三井候補は、松浦大悟参議院議員らに資金の不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴した。さみどりの会は三井さんの裁判を支援する会の愛称。c0166264_15134969.jpg「産むならば 世界を産めよ ものの芽の 燃え立つ森の さみどりのなか」という阿木津 英の短歌がある。女性は子どもを産むだけではない、世界を産み出すのだという意味だ。三井さんは、選挙演説に引用しては「私は新しい秋田を産み出したいのです」と結んでいた。「さみどりの会」はそれに由来する。右のマークは「さみどりの会」のロゴ(ふじみつこ作)。バッジもできた。裁判は以下を参照。

決定的証拠が裁判長に提出された
供託金は秋田おばこのデモクラシーに
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by bekokuma321 | 2014-06-22 09:45 | 秋田