c0166264_18215868.jpg 先月、沖縄の米軍関係者による強姦殺人事件が起きた。「またか!」と誰もが思ったに違いない。

抑えられない感情を表現できずに何日間か過ごした。米軍最高責任者オバマ大統領が訪日する寸前の性暴力・殺害事件だった。

このたび、全国フェミニスト議員連盟が、安倍晋三総理に抗議文を提出した。

■■米軍属による強姦殺害事件に渾身の怒りを込めて抗議します■■

内閣総理大臣 安倍晋三 様  2016年6月2日

うるま市の女性会社員(20歳)が、死体で発見された事件の衝撃は、日本中をかけめぐりました。

女性の声が政治に投影され、暴力のない安全で平和で民主的な社会にすべく運動をしてきた私たち全国フェミニスト議員連盟は、被害女性の親族や友人、関係者、沖縄県民の皆様の悲しみと怒りをともに共有し、ここに抗議の意を表します。

逮捕されたのは、嘉手納基地で働く元海兵隊員の軍属の男性でした。男性の供述に基づいた沖縄県警発表によると、被害女性は、殴打され暴行され殺害され捨てられました。

彼女は、「ウォーキングしてくる」と外に出たそうです。ふだんの生活の中での急襲でした。彼女の脅え、恐怖、悔しさはいかばかりだったことでしょう。

米軍基地が集中することによって、危険と恐怖に陥れられる女性の日常と女性の人権。米兵や米軍属の犯罪におびえて暮らさなければならない日々。戦後71年たった今も続いている、この異常さ。あらためて沖縄県民、とりわけ沖縄の女性たちとともに激しい憤りを表明します。

沖縄では米軍人・軍属等による事件・事故等が発生する度に、日米両政府に対して再発防止策と綱紀粛正を訴えてきたにもかかわらず、またしても市民が犠牲となる凶悪事件が発生しました。日米両政府は、沖縄県民の犠牲を断ち切るべく、抜本的な対策を講じるべきです。 

1972年の復帰から2015年までの米軍関係者による犯罪検挙件数は5896件だそうです。しかしながら、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」によると、戦後の米兵による性犯罪の記録には、「検挙」にいたっていない被害も数多くあるといいます。女性の人権のために運動をしてきた女性団体の調査・抗議を真摯に受け止めるべきです。

本連盟は、女性の命を奪い、女性の尊厳を根底から破壊する今回の強姦殺人事件に関し、渾身の怒りを込めて厳重に抗議するとともに、下記の事項を早急に実現されるよう日本政府に要求します。

                  記

1.遺族への謝罪並びに完全な補償を求めること。

2.日米両政府は、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」などの女性運動団体の調査や報告をよく聞き、実態把握につとめること。

3.日米両政府は、米軍人・軍属等の綱紀粛正と人権教育を徹底的に図るとともに、実効性のある抜本的な再発防止策を講じ公表すること。

4.日米地位協定に規定されている米軍属の管理体制と責任の所在を明らかにするよう求め、基地の整理・縮小・廃止を含めた日米地位協定の抜本的な見直しを求めること。


全国フェミニスト議員連盟
共同代表: ひぐちのりこ(宮城県仙台市議会議員) 日向美砂子(東京都小平市議会議員) 
事務局:小磯妙子(神奈川県茅ヶ崎市議会議員)
                        
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       ▲「思いやり予算」「軍事基地反対」のデモ(2011年、那覇市国際通りで)

強姦され殺害された20歳
【沖縄・那覇】米兵性暴力事件:「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」の要望書
思いやり予算を災害復興に
沖縄県平和祈念資料館、ひめゆり平和祈念資料館
◆沖縄女性議員を増やそう:立ち上がる女性たち、養成プロジェクトも
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by bekokuma321 | 2016-06-04 11:54 | 紛争・大災害

強姦され殺害された20歳

この数日、沖縄の米軍関係者による強姦殺人事件に、怒り心頭だ。この抑えられない感情を表現できずに何日間か過ごしている。

もうじきオバマ大統領が来日する。彼は、これまでの言動から、女性差別に敏感だと信じている。とくに強姦や性暴力に対して、彼は、強い憤りを示してきた。訪日したら、これまでの感情をそのまま率直に、表現してほしい。

今日、沖縄タイムズや琉球新報の報道に接し、さらなる怒りがわいてきた。沖縄タイムズの社説は、私の憤激を代弁してくれた。引用させていただく。

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■社説[不明女性遺体で発見]米軍がらみ 最悪の結末■

今、こうやってパソコンに向かっている間も、打つ手の震えを抑えることができない。どうか無事でいてほしいという家族や友人、多くの県民の思いは粉々に砕かれてしまった。

うるま市の会社員、島袋里奈さん(20)が行方不明になっていた事件で、県警は元米海兵隊員で嘉手納基地で軍属として働く32歳の男を死体遺棄の疑いで逮捕した。供述に基づき、恩納村の雑木林から島袋さんの遺体が見つかった。

今年成人式を迎えたばかりの若い命である。直面した恐怖や絶望を思うと気持ちの持って行き場がない。

島袋さんは行方不明になる直前の4月28日午後8時頃、「ウオーキングしてくる」と、交際相手の男性へLINEで連絡している。趣味のウオーキングに出掛ける、いつもと変わらない日常だった。

勤めるショッピングセンターでの働きぶりは真面目で、明るくて気配りのできる女性だったという。

県警によると容疑者の男は、殺害をほのめかす供述をしている。またも繰り返された米軍関係者による凶悪犯罪。

若い女性の命が奪われたというニュースに、県民は悲しみと怒りと悔しさが入り交じった衝撃を受けている。

米軍基地が集中するために脅かされる命と女性の人権。米兵や米軍属の犯罪におびえて暮らさなければならない日常が戦後71年たっても続くというのは、あまりにも異常である。

■ ■ ■

1972年の復帰から2015年までの43年間の米軍関係者による犯罪検挙件数は5896件。うち殺人、強盗、強姦、放火などの凶悪犯は574件と10%近くを占めている。米兵に民間人が殺害される事件も12件発生した。

「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」が掘り起こしてきた戦後の米兵による性犯罪の記録には、「検挙」にいたっていない被害も数多く並ぶ。

こんな地域がほかにあるだろうか。米軍占領下も復帰後も米兵による性暴力や米軍関係者の事件事故におびやかされる地域がほかにあるだろうか。怒りがこみあげてくるのを禁じ得ない。 

つい2カ月前にも那覇市内のホテルで米兵による女性暴行事件が起きている。

県と市町村、外務、防衛両省、米軍が事件事故防止に向け対策を話し合うワーキングチームの会合を4月19日に開いたばかりである。

■ ■ ■

事件の詳細が明らかになっていないため、現時点で予断をもって語ることは戒めなければならないが、容疑者の供述した場所から島袋さんが遺体で見つかったのは、はっきりしている。動機や殺害にいたったいきさつなど事件の全容解明を急いでもらいたい。

米国から帰国し会見した翁長雄志知事は「言葉が出てこない」と絶句した。

事件事故のたびに日米両政府に抗議し、大会を開き、綱紀粛正と再発防止を求めてきたが、これまでのようなやり方ではもうだめだ。もはや再発防止要請ですますレベルではない。

(2016年5月20日 沖縄タイムス)
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by bekokuma321 | 2016-05-23 23:17 | その他

中村文子さんが逝去した。ご冥福をお祈りする。

沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会事務局長を長く務めた。6月27日、八重瀬町内の病院で亡くなった。沖縄タイムスの記事を紹介する。

■■■■

沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会事務局長を長く務めた中村文子さんが亡くなった。99歳だった。自らを「軍国教師」と呼び、その贖罪(しょくざい)から戦場へ送った教え子を思い続け、平和運動に身をささげた半生だった。

 晩年は会の顧問として運動の一線から退いていた。しかし、運動を共にしたメンバーには、二度と沖縄を戦場にしないよう戦争の悲惨さを語り継ぐ活動を続けるよう伝えていたという。

 〈語り継ぎ語り継ぐべしあの悲惨 知らざる子らにまたその子らに〉

 中村さんが自著に残した短歌に、あらためて沖縄戦を語り継ぐ強い意志を感じる。心からご冥福をお祈りし、先達の平和への思いを引き継ぐ決意を新たにしたい。

 中村さんの思いは、1フィートの会を立ち上げた初代代表でひめゆり学徒引率教師の仲宗根政善さん、2代目代表でジャーナリストの牧港篤三さんら平和運動をリードした故人と共通する。

 戦争に加担し、その結果、多くの教え子や県民を巻き込んだという責任と贖罪だ。中村さんは生前、沖縄戦で多くの人が亡くなった4~6月を「戦争の季節」と呼び、学徒隊に送った教え子が夢の中に出てくると回想している。

 「あの子たちはいつもおかっぱの髪のまま。卒業、就職、結婚の喜びも知らない」

 ただ、中村さんは夫の仕事の都合で神奈川県で終戦。沖縄戦を直接体験せず、戦後、教え子の戦場の様子を尋ね歩いたのも、戦の悲惨さを追体験する狙いだった。

    ■    ■

 教職を退き、県婦人連合会では「母たちの戦争体験」出版を主導、その後、1フィートの会に身を置いたのも必然だったのだろう。

 1984年の初回フィルム上映会で中村さんは「伝え聞いていた事実を確かなこととして、しっかりと胸に刻みつけることができた」と語っている。

 言葉や文字だけでは伝えられない映像が、戦争を知らない人や若い世代へ沖縄戦を継承する力になると確信したのではないだろうか。

 中村さんの事務局長時代、記録フィルムを集成した記録映画「沖縄戦・未来への証言」の製作・上映、英語版の完成、米国ニューヨークなどでの上映など活動を活発に広げた。

 1フィートの会の活動は評価され、中村さんも92年に県功労者、96年に那覇市政功労者、2000年沖縄タイムス賞、01年白井博子・地の塩賞などを受賞している。

    ■    ■

 中村さんは20年ほど前の県功労者表彰祝賀会で「私はどうあっても100歳まで生きて核もない、基地もない、環境破壊もない沖縄を見たい」と語っていた。中村さんの望んだ沖縄は今も実現していない。

 今年3月に1フィートの会が幕を下ろし、軍国主義の実相を知る平和運動家がまた一人去った。学徒の高齢化でひめゆり平和祈念資料館の館外講話も9月で終了する。

 残された時間は少ない。沖縄戦の実相をどう次代に継承するのか、中村さんの訃報が強く問い掛けている。


■沖縄県平和祈念資料館、ひめゆり平和祈念資料館
http://frihet.exblog.jp/16270153/
■ノルウェーを支える女性の闘いの歴史
http://frihet.exblog.jp/16265429/
■沖縄で女性・政治スクール発足
http://frihet.exblog.jp/16256296/
■思いやり予算を災害復興に
http://frihet.exblog.jp/16259488/
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by bekokuma321 | 2013-06-29 19:27 | その他

猿飛佐助

FEM-NEWSの沖縄の記事を読んだ横浜市の藤間緑さんから、お手紙がきた。

「(あっちこっちへ飛び)猿飛佐助みたいですね」と書いてあった。猿飛佐助は、一世を風靡したマンガの主人公だと思うが、ちょっとうれしい。以前、友人から「カラミティ・ジェーンCalamity Janeみたいね」と言われたことがあったが、ついに今度は男性忍者になった(笑)。

手紙には、カンパを集めて「大切に守り育てたい私たちの憲法」という意見広告が載った新聞が同封されていた。憲法記念日5月3日付け神奈川新聞の全面広告だ。

憲法9、11、13、25条に加え、反戦の詩も載っている。その詩人・林とし子は、5月7日、神奈川で会った照井敏子さんのペンネームだという。その詩は・・・。

知っているか
かつて戦場であったアジアの野に
日本軍の銃口に倒れた犠牲者の碑が
数多く建っていることを

思いおこそう
灼熱の道端に
瀕死の兵士は襤褸切れのように
すてられていたことを

原爆の劫火に
娘は丸太のように焼かれたことを
極寒の荒野にさまよう母の胸に
赤ちゃんが命尽きていたことを

孤島に残されたシャレコウベの
眼窩は深く暗く
今も何かを待ち続けて
空に向けられていることを

――林とし子=横須賀市在住


■日本の女性差別雇用をどうする(林とし子=照井敏子さんの写真入り)
http://frihet.exblog.jp/16308451/
■思いやり予算を災害復興に
http://frihet.exblog.jp/16259488/
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by bekokuma321 | 2011-06-03 16:25 | 紛争・大災害

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5月1日、雨の中、バスを乗り継いで那覇市から糸満市に。

沖縄県平和祈念資料館(上)、ひめゆり平和祈念資料館を見学をした。

沖縄県平和祈念資料館は、平和祈念公園内の、海岸が美しい台地
にある。両館とも、その充実した展示物から、学ぶことが多かった。

c0166264_17375917.jpg日本政府は、長い歴史を持つ琉球王国を抹殺し、日本の県に組み入れ、言語や文化、風習を奪った。1879年(明治12年)のことだ。琉球処分という名の植民地化政策を断行。軍隊を琉球に出して鹿児島県に編入後、同年中に沖縄県とした。

徹底した差別と弾圧を強行した。琉球語を使わせないようにするため、方言を使ってしまった生徒の首に「方言札」をかけて辱めを与えた(左写真)。木でつくられ、かまぼこの板より少し大きめのサイズ。


c0166264_181220.jpgその延長戦上に、第2次大戦の、日本で唯一の県民総動員作戦があったのだ。死者24万人、その半数以上が民間の県民だった。

この「軍機を語るな」の軍機とは「軍の機密」。秘密を漏らしてはいけないという命令を徹底するためのポスター。軍の機密を口にしたものはスパイとされ、スパイ狩りが行われてゆく。東ドイツのシュタージは知っていても、日本政府のやったことは知らなかった自分の無知に恥じる。

そしてアメリカ機が配った宣伝ビラや降伏を促すビラをポケットに持っていただけで、敵側スパイとされて殺された。落ちてくるビラを拾うことなど不可能だった。日本軍は、こうして沖縄県民が集団自決するしかすべのない道をつくっていった。


ひめゆり平和祈念資料館のほうは…。

沖縄県師範学校女子部・沖縄県立第一高等女学校の女生徒222人、教師18人が、南風原の陸軍病院に配属された。日本軍の命令が来たのは1945年3月23日深夜だったという。

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陸軍病院に動員と聞いて、女生徒たちは「砲弾の飛んでこない、赤十字の旗が立てられた病棟で看護活動をするものだ」と思ったという。ところが、10代の女生徒たちを待ちうけていた現実は…。激しい砲爆撃の戦場そのものだった。

負傷兵の看護、水汲み、飯上げ、死体処理、埋葬に追われ、仮眠をとるひまもなかった。血と膿と排泄物の悪臭が充満し、負傷兵のうめき声と怒鳴り声が絶えない環境に3か月。

そして、日本軍は、6月18日、突然「解散命令」を出し、女生徒を戦火にほおり出す。写真は、10代の女生徒たちが働かせられた沖縄陸軍病院第3外科壕跡。

目をそむけたくなる地獄の日々が、写真やオブジェで知らされる。
人が人を食う阿鼻叫喚、軍人・兵隊の非道な行為・・・。

この2つの資料館は、日本人だけでなく、世界の人々も見るべきだと思った。

救いは、ゴールデンウィークの日々、家族連れや、恋人や友人どおし
で、見学に来ている人が多かったこと。アメリカ人家族も何組もいた。
3歳ぐらいの子や、小学生も熱心に見ていた。


■沖縄県平和祈念資料館
http://www.peace-museum.pref.okinawa.jp/
■ひめゆり平和祈念資料館
http://www.himeyuri.or.jp/top.html
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by bekokuma321 | 2011-05-02 09:55 | 紛争・大災害

4月30日、那覇市古島の教育会館にて、女性・政治スクールin沖縄
のオープニング記念講演会があった。

主催は、あい女性会議、社民党女性基金、沖教組女性部、高教組女
性部でつくる実行委員会。

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講師は、筆者三井マリ子。内容は、国連の人間の暮らしやすさ指標
で8回、首位にランクされているノルウェー、その背景には、男女
平等に根ざした政治があることを画像を通して解説した。

とりわけ、デンマーク、スウェーデン、ナチスドイツに支配されて
きた屈辱の中、違法すれすれの闘いを続けてきた人民の歴史は、
沖縄の闘いに通じるーーと強調した。


沖縄は、反米軍基地闘争や、女性の長寿日本一、離婚率も高いなど
から、女性議員の数も多いような感じを持つが先入観にすぎない。

実際は、市区長村で653議席中女性は6.6%。女性ゼロ議会は41市
町村中22もある。女性ゼロ議会が53%以上というのは、都道府県
で、もっともゼロ議会が多いと思われる(全国フェミニスト議員連盟
調査)。

元沖縄県会議員の狩俣信子さんは、「なんとしても女性ゼロ議会」
をなくさなくては、と語った。

最後に、沖縄宣言(末尾Moreをクリック)を採択して、熱気あふれる
会は終わった。

参加者は120名ほど。大ホールに集まった聴衆のほとんどは女性だ
ったが、男性の姿も。(写真は、実行委員会の皆さん)

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by bekokuma321 | 2011-05-01 09:59 | ノルウェー