c0166264_17144367.jpg

4月15日、群馬で「議会に女性を増やそう」というシンポジウムが開かれた。

群馬県富岡市にはひとりの女性議員もいない。富岡市にある富岡製糸場は、明治の殖産興業政策のシンボルだ。それを支えたのが群馬県内ばかりか、全国からやってきた若い女性たちだった。

1873(明治6)年、富岡製糸場に、日本の30県から女性たち約1000人がやってきた(今井幹夫「富岡製糸場総合研究センター」所長)。長野からは4日間の長旅だったと、和田英著「富岡日記」は記す。和田英は10代だった。なかには9歳の少女もいたとか。

故郷を離れて寄宿舎に住んで忠実に働き続けた女性たち。彼女らの手で紡がれたのが生糸。それが明治の日本の輸出産業を支え、日本経済を潤した。

144年後の4月15日、30県とはいかないが、北海道、徳島、新潟、宮城、愛知、長野など遠方から女性たちが参加した。「かかあ天下」の上州になんでこれほど女性議員が少ないのかといぶかしく思ってかけつけたという人も。

パネリストは群馬県女性7人(注1)。超党派の女性議員に加え、男女平等の運動家や専門家たち。みな女性議員を増やさねば、と発言した。

「人口の半分を占めているのだから、女性がもっと議会にいて当然」
「超少子高齢者社会は女性自身の問題。当事者の女性が決める場にいなくては」
「女性のいない政治風景は、ロールモデルとして議員を選べない女子学生をつくる」
「女性特有の相談や苦情を政治の場に届けられるのは女性」

しかし、壁は厚い。何が議会への女性進出を阻んでいるか。

「群馬県特有の『政治は男のもの』的慣習」
「長いムラ社会のしがらみ」
「育児、家事など無償労働の負担」
「仕事を辞めての立候補はリスキー」
「選挙に打って出る度胸がない」
「嫁が夫をさしおいて出られない」

など、いくつもあがった。実際、群馬県は、自治会会長についている女性が日本で最も少ない(内閣府調べ「自治会長に占める女性の割合」)。

では、その厚い壁をどう突き崩すか。

「女性同士のネットワークを活用する」
「しがらみのないよそ者が出る」
「女性が政治に関心を持つような研修の場を増やす」
「女は男の後でいいとする学校の性別名簿や、公立学校の男女別学が残っている風土を変える」
などが出た。

基本的に議員候補者擁立にかかわるのは政党や政治団体だ。女性議員を増やすには、政党や政党団体が、どれだけ女性候補擁立に本気になるかだ。実際、東京都議選の報道を見ても、主要政党の候補者には女性はきわめて少ないようだ。女性候補がきわめて少なかった場合、政党はどんな具体策をとるのか、つまり女性候補擁立に向けてどう党の制度を変えるかが問われる。そこまで議論が深まらなかったのは残念だった。

最後に採択された「群馬宣言」を次に掲げる(Moreをクリック)。日本の地方議会に占める女性議員は約10%、しかも約350自治体が女性ゼロ議会である。それを考えると群馬宣言と名付けられているものの、全自治体にあてはまりそうだ。

More
[PR]
by bekokuma321 | 2017-04-16 17:27 | その他