映画「サフラジェット」

女性参政権獲得運動を描いた映画「未来を花束にして」を観た。


1910年代のロンドン。洗濯工場で働く若い母親モードが、あるきっかけから女性参政権運動に関心を寄せるようになり、しだいに運動にのめり込んでいく物語だ。原題は、Suffragette(サフラジェット)。女性参政権獲得運動家という意味。


目に焼き付いているシーンがある。


刑務所に収監された女性参政権運動家Suffragetteたちは、独房の差し入れ棚に置かれた食事をいっさい拒否する。ハンガーストライキだ。


ハンガーストライキ5日目。刑務所の薄暗い廊下。男女の刑務官らが何やら道具を引きずってやってくる。


モードのc0166264_19383405.jpg独房に入る。女性刑務官が数人でモードの体を椅子に力づくで倒す。腕を拘束して、頭部を後ろに押し付ける。男性刑務官か医師が、鼻からゴムチューブを差し込み、チューブの片方に設置された漏斗のような器具にミルクのような液体を流し込む。モードはむせた後、苦痛の余り悲鳴をあげる。足を何度も何度もける。私はスクリーンから顔をそむけてしまった。


これが悪名高い「強制摂食」だ。映画で、「死んだら、殉教者だ。パンクハーストの勝ちになる」という当局の台詞があった。強制摂食は、獄死をさけようと執行された拷問なのだ。


ガーディアン紙によると、ハンガーストライキは、投獄された女性参政権運動家がとった抵抗運動だ。「私たちは政治犯であり、他の罪人のように扱う政府に抗議をする」という信念の表現だったのだという。映画の最終場面に出てくるダービィ会場で走ってくる馬に身を投げ打ったエミリーは実在の人物で、彼女は、9回も投獄されて、強制摂食は49回にのぼったという。200回以上も強制摂食された女性参政権運動家もいたことが、当時の新聞に書かれている。なんという抵抗魂!

女性参政権をめざして、命を投げ出すことも厭わない政治運動をひっぱった人物は、エミリア・パンクハーストだ。彼女は7回収監されたという。映画では、バルコニーで短い演説をするシーンしか出てこないが、終始、女性活動家たちの精神的支柱として描かれている。


エミリア・パンクハーストの創設した「女性の社会的政治的連合Women's Social and Political Union, WSPU」に集まった人は中産階級の女性たちだったという。モードのような貧しい労働者階級の女性はほとんどいなかっただろう。

だから、映画の主人公モードは架空の人物だ。モードは夫と幼い息子の3人暮らし。隣近所が密集した労働者地域にある狭い家に住んで、朝から晩まで10時間も騒音まみれの洗濯工場で働き、工場長のセクハラにいら立ち、ヘトヘトとなった体で家に戻る。「お前は母であり、俺の妻だ」という夫に気がねもする。


この映画の成功は、労働者階級のモードを主人公にした脚本の素晴らしさにありそうだ。

モードの日常に、女性参政権運動は遠い。ところが、同僚のヴァイオレットは女性参政権運動家。国会で証言をするので聞きにきてほしいとモードを誘う。国会に足を伸ばしたモードは、ヴァイオレットが、夫のDVで顔があざだらけになっているのを見る。「ヴァイオレットに証言は無理、書いた紙を読むだけでいいから」と頼まれる。大勢の男性議員に囲まれた議会の一室で、モードは口を開く。映画のハイライトだ。


「母親は14歳から洗濯工場で働きづくめ。私が4歳のとき火傷で死にました。私は7歳からパート、12歳からフルタイムで洗濯をしています」


「洗濯女は短命なのです。胸が痛くなり、咳がとまらなくなります。指は曲がり、足には潰瘍ができます。火傷、ガスによる頭痛給与は、女は週13シリングで男は19シリングです。女性のほうが長く働いていますが」


映画は2015年にイギリスで公開された。日本公開は2017年。100年以上も前の史実を基にした映画だが、現代の私たちに突き刺さるのは、私たちがまだ同じような境遇に置かれているからだろう。


工場長の卑劣なセクハラ

男性より低い賃金
DV夫におびえる妻
「お前の言う事なんか誰も聞きはしない」という蔑視

安心して子どもを預けるところがない
夫の目を気にしながらの日々


最後に、珠玉の言葉から、ひとつ:

「法を破りたいのではなく 法をつくりたいのです。そのために闘うのです。今がその時―――パンクハスト」

92年前の今日、日本女性は参政権めざして大同団結した
ロンドンのレッド・カーペットに女たち横たわる
ノルウェー女性参政権100年から考える

【写真:Photo by Museum of London/Heritage Images/Getty Images - http://www.historyextra.com/article/social-history/10-facts-about-suffragettes







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by bekokuma321 | 2017-03-02 19:49 | ヨーロッパ

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今、私は、オスロの国立美術館で、絵画「警察医務室前のアルバーティン」を見ている。1886年~1887年、社会派画家クリスチャン・クロ―グChristian Krohgが描いた絵だ

今から88年前の1928年の春、同じ場所に立って、同じ絵を鑑賞した1人の日本女性がいた。

彼女は、絵を鑑賞しながら、この絵がノルウェーの公娼制度廃止へと導いたことを知らされた。

その女性は、キリスト教徒の久布白落実(1882-1972)。矯風会(注1)で、公娼制をやめさせる運動(廃娼運動)をしていた。当時の日本では、公娼制は野放しのうえ、女性には選挙権がなかった。その上、治安維持法によって政治的集会は厳しい弾圧を受けていた。

一方、久布白が降り立ったノルウェーはどうか。公娼制は19世紀に廃止され、女性の参政権は、1913年に確立していた。その公娼制反対への道を拓くきっかけとなったひとつが、絵画「警察医務室前のアルバーティン」だった。

アルバーティンという貧しいがお針子が、医務室のドアを開けて性病検査を受けようとしている瞬間が表されている。ドアの前で、警察官に促されて中に入ろうとする少女アルバーティン。最左の白い服の女性は看護婦だろうか。右奥にはアルバーティンと同年齢らしき少女が見える。絵のほぼ全てを占めているのは、派手な服、帽子、手袋を身につけた8人の売春婦たちだ。

c0166264_2211325.jpgこの絵は当時のノルウェー社会に一大センセーションを巻き起こした。

作家でもあったクリスチャン・クロ―グは、同じテーマで1886年、「アルバーティン」という小説を表し、女性が貧しさゆえに売春婦とならざるえない社会を告発した(注2)。

小説の主人公アルバーティンは、貧しいお針子である母と、朝から晩まで一心不乱に働いた。しかし雀の涙程度のお金はすべて病気の弟の薬代に消えていった。ある日、アルバーティンは、警察官に騙されて酒を飲まされた末に強姦される。自暴自棄となった彼女は、売春婦の道に入っていくというストーリーだ。

本は出版と同時に発禁処分を受けた。人々の道徳心を損なう恐れがある、という理由だった。それに怒ったジャーナリストの1人は、その内容を大勢の人の前で伝えた。また新聞紙上では、売春問題について大論争が展開された。それが絵画の人気を高め、公娼制廃止を求める運動に勢いを与えることになった。そして首相は、ほどなく公娼制廃止に踏み切ったという(注3)。

この絵の前に立って、その社会的背景を聞いた46歳の久布白落実は、どんな思いを抱いただろう。

絵が訴える意味、発禁された小説、そしてノルウェーの廃娼運動。久布白落実に、日本での公娼制反対への力を与えたことは間違いない。さらに制度変革には女性の参政権が不可欠との確信を持たせただろう。

その証に、1928年9月秋田市で行われた「第1回 公娼廃止大演説会」で、久布白は、参加者1000名を前にして「昭和維新」と題する講演を行った。

翌1929年8月に、久布白は再び秋田入りして、秋田婦人連盟・矯風会秋田支部が共催する集会で講演。「公娼問題よりとき伏して、婦人参政権の必要なることを力説」した。これこそ、秋田県初の女性参政権要求講演会だった。

久布白落実は、日本列島津々浦々を回って熱弁をふるったのだろう。そのひとつが秋田だった。その演説に影響を受けた1人が、秋田初の女性衆議院議員和崎ハルである。

ノルウェーの誇る芸術を鑑賞しながら、日本女性史のエポックメーキングとなった公娼制反対運動と女性参政権運動を思うーー2016年の秋。


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和崎ハル_1 武塙三山
和崎ハル_2 武塙三山
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和崎ハル_4 武塙三山
和崎ハル_5 武塙三山
普通のおばちゃんの三井裁判傍聴記_佐々木厚子
女性と選挙
2014衆院選 比例制に変えるしかない
参院選で女性躍進ならず

【注1】1886年 世界キリスト教婦人矯風会の日本版として東京婦人矯風会発会(初代会頭矢島楫子)。1893年 日本婦人矯風会と改称(会頭矢島楫子)。1916年 公娼廃止を優先課題に。1917年 公娼廃止運動の挫折から婦人参政権運動を宣言。1920年 世界婦人参政権協会に出席(久布白落実)。1921年 全国常置員会にて日本婦人参政権協会設立。1930年 第1回全日本婦選大会。--出典「日本キリスト教婦人矯風会年表」
【注2】オスロの国会議事堂横のメイン通りに、クリスチャン・クローグの銅像がある。過去に何度も見ていたが、久布白落実を知ってから見たら新たな発見があった。彼の足元には右に「書類の入った鞄」、左に「絵筆が何本もはいった筆立て」が添えられているのだ。またクローグの妻オーダ・クローグも画家で、日本に影響を受けたらしき絵を描いている
【注3】小説『アルバーティン』の出版は1886年12月20日。翌日警察が没収。これに対してVG紙を中心とする論壇、労働組合、女性団体などの抗議がさかんとなり、1887年1月の市民や学生5000人による首相官邸前デモにつながった。ーー出典Albertine
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by bekokuma321 | 2016-10-16 07:27 | ノルウェー

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2013年は、ノルウェーの女性が参政権を得て100年にあたる。100周年を記念して、11月14日、15日には、オスロで国際会議「女性の政治的権利」が開かれた。

国際会議の目的は、100年間の道のりを振り返り、さらに将来どのようにして新しい世代の女性の政治参加を可能にするかを探る事だ。

ノルウェー初の女性首相、国連の「地球の持続可能性に関するハイレベル・パネル」のメンバーであるグロ・ハーレム・ブルントラント、南アの元副大統領で、国連女性機関(UN Women)事務局長のプムズィレ・ムランボ・ヌクカ、国連開発計画の総裁ヘレン・クラーク、ノーベル平和賞受賞者の人権活動家シリン・エバディ、NGOである国際危機グループの議長ビネタ・ディオプなど、国内外から力強いスピーカーが登場し、女性の政治参画と民主主義について語り合った。

c0166264_859432.jpg100周年を記念して、今年は年間を通じて、ノルウェー全土のさまざまな地方で、女性団体が中心となって独自に、女性参政権100年記念イベントが開催されてきた。上記国際会議は、その一環で、ハイライトのひとつだ。

都合により、記念すべき行事に参加できなかった。主な内容は、ネットで配信されるという。楽しみだ。

http://demokratirogaland.wordpress.com/2013/10/04/internasjonal-konferanse-om-kvinners-politiske-rettigheter-14-15-november-i-oslo/
http://www.fokuskvinner.no/en/Frontpage-EN/Conferences/Stemmerettsjubileet/
http://stemmerettsjubileet.no/
http://digitaltfortalt.no/things/stemde-dei/H-DF/DF.4418?state_id=&query=stemmerett&js=1&search_context=1&pos=1&count=28.
■ノルウェー女性参政権100年から考える
http://frihet.exblog.jp/19227329/
■女性ディレクターが作成した働く母親の日々
http://frihet.exblog.jp/19525831/


【上のイラストはノルウェー女性の政治参画に貢献した歴史上の女性たち4人。4人の業績は『ノルウェーを変えた髭のノラ』(明石書店)に紹介されている】
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by bekokuma321 | 2013-11-16 14:03 | ノルウェー

5月16日、クウェートで、国会議員の選挙が行われ、女性候補16人中4人が当選した。定数は50人。同国史上初の快挙。

4人は、経済学者Rola Dashti、教授のSalwa al-Jassar、Aseel al-Awadi、女性初の閣僚だったMassouma al-Mubarak。当選した女性たちは、「女性たちの勝利、民主主義の勝利だ」「人びとは変化を求めたのだ」と語っている。

クウェートは豊かな産油国だが、政治は完全なる男性の牙城。女性たちの長年の運動の結果、2005年初めて女性参政権を獲得した。しかし保守派は女性の参政権を嫌い、「女性には入れるな」と有権者に説得していた。過去06年、08年の選挙においても、女性たちは勇猛果敢に挑戦したが、女性候補は一人も当選できなかった。

ガーディアンによると、クウェートは政党の存在を認めておらず、候補者は、政治グループに入るか、無所属での出馬となる。1990年のイラク侵攻が、クウェート女性の自由化へのきっかけになったという。

ガーディアンには当選した女性たちのはじけるような喜びの写真が載っている。天の半分を支えている女性が政治的権利への扉を開いた瞬間である。

一方、サウジアラビアは、いまだに女性参政権を認めていない(http://frihet.exblog.jp/10972640/ 参照)

http://www.awid.org/eng/Women-s-Rights-in-the-News/Women-s-Rights-in-the-News/First-Women-Win-Seats-in-Kuwait-Parliament
http://www.guardian.co.uk/world/2009/may/17/kuwait-women-elected-parliament
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/middle_east/8053088.stm
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/middle_east/4552749.stm
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by bekokuma321 | 2009-05-19 02:42 | 中東

CNNなどの報道によると、サウジアラビア王国のアブドッラー国王は、内閣改造をし、女性を起用した。同国初の女性の入閣となる。

初の女性閣僚は、ノーラ・ビン・アブドッラー・アルファドNora bint Abdullah al-Fayezさん。教育副大臣として女子教育の担当をする。ノーラ大臣は「私自身だけでなく、サウジアラビアのすべての女性にとって光栄なことです。広範囲な実行チームの力で、すばらしい変化をもたらすことができると思っています」と語った。

一方、表現の自由や移動の自由を剥奪されている著名なサウジアラビア女性ジャーナリスト、ワジャーハ・アルフワイダーWajeha Al-Huwaiderは、「国王の改革の第1歩だと思い、うれしい。しかし、彼女が政治的権限を本当に持てるかどうかは不明だ」とコメントしている。

サウジアラビアの女性にはいまだに参政権がない。移動の自由もない。列国議会同盟IPU調査によると、世界の国会で女性が一人もいない国は6カ国だが、そのひとつがサウジアラビアである。

http://www.guardian.co.uk/world/2009/feb/16/saudi-cabinet-woman-minister
http://edition.cnn.com/2009/WORLD/meast/02/15/saudi.female.minister/
http://www.englishpen.org/writersinprison/writersunderthreat/saudiarabia/wajehaalhuwaider/
http://www.ipu.org/wmn-e/world.htm
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by bekokuma321 | 2009-02-26 01:25 | 中東

初の女性大統領か、初の黒人大統領か。世界中をわかせた民主党大統領候補選挙。大接戦の末、敗れたヒラリー・クリントン上院議員が、8月26日、民主党大会で演説をした。

彼女は、オバマ候補への支持を訴え、アメリカの政治を民主党にとりもどそうと力強く訴えた。アメリカ女性の参政権の歴史から、子どもをかかえガンと闘う健康保険のないシングル・マザーの窮状まで、女性の視点で政治を見つめなおした。

「1848年、セネカ・ホールでの女性参政権を求める初の集会に、何日もかかって参加した人たちがいる。彼女/彼らは、それから72年間闘わねばならなかった。そして、88年前の今日この日、女性たちは参政権を勝ち取った」

「私の母は、女性参政権のないころに生まれた。しかし、私の娘は、母親を大統領に選ぶことができた」

などなど・・・。会場を総立ちにさせる力強い演説だった。ヒラリーなら女性初の大統領になれると応援してきた多くの女性たち、いや男性も、この日の力説を聞いてますます大統領にしたいと思ったことだろう。

北欧諸国は、アイスランド、フィンランドで大統領、ノルウェーで首相と、国のトップに女性をすでに選んできた。アメリカ国民が女性大統領を選ぶまでには、あと何年かかるのだろうか。そして、わが日本は・・・。

民主党大会は8月25日から28日までデンバーで開催中。

http://www.demconvention.com/hillary-rodham-clinton/
http://www.guardian.co.uk/world/2008/aug/27/uselections2008.hillaryclinton
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by bekokuma321 | 2008-08-27 16:27 | USA