c0166264_138386.jpgノーマ・フィールド(シカゴ大学名誉教授)は、著書『小林多喜二――21世紀にどう読むか』(岩波新書、右)で、治安維持法違反とされて拷問死した小林多喜二を現代によみがえらせた。

しばらくぶりで同書を手にとった。

いま国会に出されようとしている共謀罪は、治安維持法と似ていると言われる法律だ。私が治安維持法の非道さを知ったのは、同書に紹介された小林多喜二の著書『一九二八年三月一五日』によってだ。

『一九二八年三月一五日』は、治安維持法によって弾圧・逮捕された共産党・労農党などの関係者が拷問の限りをつくされたさまを描写している。

当時は、発禁処分を受けないよう、著者や編集者は前もって問題箇所を伏字にするか、削除されて出版されるのが常だったという。『一九二八年三月一五日』は「多量の削除の難も指摘された」。それでも発売禁止。しかし官憲の目をくぐりぬけて、人から人へと手渡されて読まれ続けた。

こんな拷問シーンがある。

【次に渡は裸にされて、爪先と床の間が2,3寸ぐらい離れる程度につるしあげられた。(中略)渡は、だが、今度のは応えた。それは畳屋の使う太い針を体に刺す。一刺しされるたびに、彼は強烈な電気に触れたように、自分のからだが句読点ぐらいにギュンと瞬間縮まる、と思った。彼はつるされているからだをくねらし、くねらし、口をギュッとくいしばり、大声で叫んだ。「殺せ、殺せーーーえ、殺せーーーえ!!」それは竹刀、平手、鉄棒、細引きでなぐられるよりひどくこたえた。】 ――『蟹工船 一九二八年三月一五日』(小林多喜二、岩波文庫、伏字などのない完全版)

小林多喜二は、その後、同志だと信じていたスパイによって居場所を知らされた特高に追われ
て、逮捕される。

寒中裸にされて、拷問に次ぐ拷問の末、死に至る。その拷問は『一九二八年三月一五日』に描かれた拷問にも増して残忍なものだったらしい。特高らは3時間にわたる拷問の末、瀕死の状態の彼の「右手の人差指を手の甲に届くまで折った」。

小林多喜二は、治安維持法によって命を奪われたのである。

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では、治安維持法違反とされた"犯罪者”小林多喜二はどういう人間だったか。フェミニストのノ―マ・フィールドは、多喜二が描いた女性たちを数多く紹介している。ある小説にはこんな娘が登場する。

「製缶工場の倉庫で工場長に犯されて、自殺未遂を繰り返した末、働きに出た工場でストライキの先頭に立ち、ストが失敗に終わったとき、真っ先に首を切られた。そこで残された道は売春。」

国家のために「たたき殺され」る労働者たちを、「ものを言うだけのぜいたくな『余分』さえ残っていなかった」と表現する。多喜二の目のなんと温かいことよ。

実際、上映中の映画『母』(上の写真)に描かれているように、母親思いで、貧家に生まれ買春させられている女性を救ったり、初任給で弟にバイオリンを買ってあげたり・・・。やさしさに満ちあふれた人だったらしい。

しかし、特高が多喜二を許せなかったのは、格差社会への憤りを表現する彼の燃えたぎる才能と、その社会的影響力だった。

特高のトップは「赤狩り安倍」と呼ばれた安倍源基。安倍晋三首相と血のつながりはないと言われているが、同じ山口出身である。

小林多喜二は、秋田県大館市出身だ。ノ―マ・フィールドの本は、秋田県大館市には多喜二の縁者が存命だと書いている。その村から車でほんの1時間半ほどの地に生まれた男性がいる。多喜二の拷問死から14年後だ。

彼の名は金田勝年。

法務大臣となった金田勝年は、同郷の作家小林多喜二を死に至らしめた治安維持法――その21世紀版である共謀罪法を、いま日本によみがえらせようとしている。


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by bekokuma321 | 2017-03-31 14:19 | 秋田