イタリアは、精神病院をなくした。では、心の病を持っているひとはどうしているか。地域の多様な人たちによるサポートの力でケアするシステムをつくった。

先日、そのイタリアの実践と哲学を学ぶ機会があった。

「精神病院は、トータルな人間を“患者”というレッテルをはって、その役割に閉じ込めてしまう。精神病院があるから、ドアがあり、カギがあり、規則があり、管理がある」

「精神科医は、さまざまな職種の人やボランティアで行う共同作業チームのマネージャーであり、チームリーダー。スタッフに権限移譲をするが、リスクは背負う」

「基本は、その人の疾患を治すことではない、その人の人生を取り戻すことをサポートすること」

「サービス利用者は、一般市民であり、権利を持つ主体者である。職員はそれを尊重する」

これは、イタリアのトリエステ精神保健局長のロベルト・メッツィ―ナ医師の言葉である。通訳は松嶋健広島大学準教授。

ロベルト・メッツィ―ナは、イタリアのトリエステ精神保健局長。10月31日、11月1日の2日間、東大駒場キャンパスで、「地域派の精神科医を育てるセミナー『トリエステ精神保健局長と日本の精神科医との対話』」で基調講演をした。テーマは精神病棟を使わずにクライシスに対峙する道をどう見つけるか。

彼は2009年からWHO調査研修協働センター長として、世界中の「精神病院の脱施設化」と「精神病院に代わる地域密着型サービスの発展」を支援している。

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初日は「トリエステの“隔離・拘束”をしない地域精神保健システム」。2日目は「地域派の精神科医の育成方法」。どちらも、フランコ・バザーリアの思想と実践を引きついだトリエステ精神保健の経験に基づいての話だった。心ふるえる中身だった。

「精神病のクライシスは危機。管理しなくては、治さなくては」から、「クライシスは好機。循環型の、らせん運動のはじまり」。精神保健局の使命は、「偏見、差別、排除の撤廃に向けて、利用者の問題に対応する」。利用者が「~病」であるか否かは関係ない。その人のかかえている問題に対応し、社会から切り離されずに生きていけるよう支援をすること。

ピッツア・カウンセリング(注)あり、配管工をまきこむことあり、裁縫が得意な職員による繕い手助けあり、教区の神父の出番あり、市長や警察との対話あり・・・。地域に存在する多様なリソースを最大限使って、信頼できる関係性を築いていくことの重要性が伝えられた。

後半は、日本の精神科医やコメディカルスタッフからの発言を受けて、メッツィ―ナとの対話形式で進められた。

浜松の新居昭紀医師の発言は、すごい実践に基づいていた。おそらくトリエステに流れる精神もこうではないかと思った。

「保護室で、人ではない物を見てしまった。精神科医をやめたいと思った」。「閉じた箱ものに入れたら、そこに必ず管理が出てくる。精神病院は不要だ」「ゴミ巣窟に煙草くゆらす主婦は、発病5年。ゴミ掃除にひんぱんに行った。盗っ人と何度も言われたが、それでも続けた。彼女は治った」

新居医師の「盗っ人被害発言」に、メッツィ―ナは「実際、精神科医は盗っ人です。人間の主体性を盗んできた。利子をつけて返さなければいけない」とコメントしていた。新居医師の人となりや精神保健に関する考え方に関しては、大熊一夫との対談「精神病院依存主義からの脱却」に詳しい。

日本各地から参加した精神科医とコメディカルスタッフから女性医師2人の発言を紹介する。

福岡から参加した渡辺真理医師からは、精神病院勤務医だった頃の閉鎖病棟でのショック、患者さんからひっぱたかれた経験・・・。その後、精神病院を辞め、ちはやACTクリニックを開設。そこで訪問支援活動するようになって、調理を通じて心の支援を続けながら利用者の心に近づいてきた体験が語られた。

また札幌から参加した長谷川直美医師は、刑務所での精神科診療と、街で営む「ほっとステーション 大通公園メンタルクリニック」の2つの異なる実体験からの衝撃的な話だった。殺人や暴行をした「危険人物」というラベルを貼られた人が、関わり方が変わることで、別の人間性が現れて、別の人生を歩むこともできる。それを証明するかのような話だった。

イタリアとそん色ない取り組みが日本でも行われている。素人の私は、ついうれしくなった。しかしながら、全体としては、まだまだ少数。参加した医師の中にも、精神病院は必要だと考えている人がいたことには驚かされた。

日本は、「身体拘束が90%増えたという、この実態をどう変えるかが問われている」(有我譲慶)。

一方、イタリアの精神病院廃絶の立役者バザーリアを日本に紹介して、日本の精神病院をなくそうとがんばる大熊一夫から、誰の発言かとは言わずに、こんなイタリア批判が読み上げられた。

「欧米の脱施設化は、精神科医療に対する国の財政的困窮の結果といった側面と、イタリアに見られるような政治運動の一環として行われたという両面性を持っています。イタリアにおける脱施設化は30年かけて完了しましたが、現在、総合病院で15床程度の病室では十分な急性期対応ができず、入院を拒否されたり、デポ剤による過鎮静にして在宅で看させられるために、家族の負担は増大しています。」

メッツィ―ナは笑いながら、「イタリアには、『嘘は足が短い』‐‐‐英語ではLies have short legs‐‐‐ということわざがあります。虚言はすぐにばれるということです」とかわした。

イタリアの精神保健を憎々しげに言った人物は、「日本精神科病院協会」の代表。安倍首相のお友だちだ。

この2日間のレポートは、みわよしこさんのレポートを参照してください。みわさん、グラッツェ・タント! みわよしこライブレポート

(注)ピア・カウンシリングのミスではない。ピッツアリアに皆で食べに行って、熱々のピッツアを食べながらわいわいやることをさしているようだった。縛ったり、薬を与えたりという方法ではなく、日常生活と切り離さないすごしかたのひとつとして挙げたもの。ピッツア・セラピーとも言える。

映画「むかしMattoの町があった」
180 人のMatto の会(地域派の精神科医を育てるセミナー『トリエステ精神保健局長と日本の精神科医との対話』の主催者)
メッツィーナ医師 / 病棟転換型居住系施設を批判 Roberto Mezzina
精神病院をやめたイタリアから・続き@横浜
マニコミオ(精神病院)をやめたイタリアから日本へのメッセージ
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by bekokuma321 | 2015-11-02 20:25 | ヨーロッパ

バザーリアの闘い

c0166264_2025075.jpg11月16日、東大駒場のホールで、イタリアの講演会があった。

タイトル「鍵をかけない! 拘束しない! トリエステ型地域精神保健サービスを世界へ」。講師ロベルト・メッツィ―ナ医師(写真右)。トリエステ精神保健局長であり、WHOメンタルヘルス調査研修コラボセンター長でもある。

イタリアには精神病院がない。20年前そう聞いた私は「嘘でしょ」と思った。でも、大熊一夫のトリエステ視察団に同行して、この目で精神病院がない社会を見てきた私は、もうそんなアホなことは絶対言わない。

「精神病院のない社会」――この夢のような改革はイタリア北部の都市トリエステでスタートした。

1970年代、手足の拘束、薬漬け、電気ショック…が当たり前だったトリエステのサン・ジョヴァンニ精神病院。そこに1人の医師フランコ・バザーリアが赴任した。

バザーリアは、「精神病院こそ、人間を無力化、無価値化させるものだ」という信念を持っていた。彼は、仲間たちと病院の脱施設化に、命をかけた(写真下)。
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彼と仲間たちの闘いによって、精神病院に閉じ込められていた患者は、精神保健サービスセンターでサービスを受けるゲスト(客)へと変貌をとげた。さらに、バザーリアは、トリエステの変革をイタリア全土に広めるための法律「180号法」成立へ、政治家を動かした。

バザーリアは1980年死亡。その後、彼の志を引き継いだ人たちの手でトリエステ型サービスは続けられた。その1人が、初来日したロベルト・メッツィ―ナ医師だ。

トリエステ型サービスとは、精神の病の治療ではなく、食べること、寝ること、着ること、遊ぶこと、働くこと、恋することなど、人間が生活をしていく上でのありとあらゆる場面で、ゲスト(客)に必要な手助けをするといった意味を持つ。

たとえば、女性の「ゲスト お客」なら、地域にある女性団体のイベントに参加して、女性たちと一緒に交流し行動する(写真下)。

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講演内容は、本シンポジウムを主催した「バザーリア映画を自主上映する180人のMattoの会」HPにアップされる予定だ。お楽しみに。私は、写真撮影に忙しくメモもとれなかったが、ひとつだけ気にかかったことばがある。

「病院にあたるホスピタルと、歓待にあたるホスピタリティ。語源は同じです」と言ったロベルト・メッツィ―ナ医師のことばだ。

調べてみたら、病院ホスピタルの語源はラテン語のホスぺスhospesで、「見知らぬ人」または「お客」という意味だ。ホスぺスの発音からpがとれて、ホスト、ホテルという英語にもつながっていったという。

一方、英語のホスピタリティ(歓待、おもてなし)は、ラテン語でホスピティウムhospitium。そもそもの意味がおもしろい。ホスピティウムは、歓待という概念と、病院・宿という両方の意味を持っているのだ。

古くは、「ゲスト お客」は歓待を受けることが権利だったのだという。対する「迎える人」は歓待するのが義務だったのだという。ホーマーの時代は、すべてのお客は、1人の例外もなく、ゼウスの保護下にあり、歓待を受ける権利があるとされていたという。

考えてみれば、今日でも、「ゲスト お客」を迎える人は、さあ、ここに来たら、5時夕食、8時消灯、あれしちゃダメ、これもダメと言ったりしない。「お客」のニーズにできるだけあわせる。これが当たり前だ。

「お客」が最も望まない姿、究極の“反ホスピタリティ”が、今の精神病院だ。それを取り壊して、「お客」が望むような本来の姿に変える、それがトリエステ型なのだ。こんふうに素人の私は考えた。

トリエステでは、患者を患者と呼ばず、「ゲスト お客」と呼んでいたが、そこには歴史的な哲学的な背景があったのだ。

11月22日は大阪のクレオ大阪西でも、同じ講演会がある。二度と聞けない講演かもしれない。時間を見つけて、ぜひ参加をおすすめしたい。詳しくはこちらから
http://180matto.jp/event.php

ロベルト・メッツィ―ナの師フランコ・バザーリアと仲間たちの連帯あふれる闘いは、映画「むかし、Mattoの町があった」に詳しい。この名画を観てない方は、ぜひぜひ観てほしい。

案内「トリエステ型地域精神保健サービスを世界に」
180人のMattoの会
日本縦断トリエステ精神保健講演会
精神障がいとジェンダー
精神病院をなくした国イタリアから
■赤松英知(きょうされん常務理事)のルポ「精神病院をなくした町イタリア・トリエステ:”入院大国”日本と大違い」(しんぶん赤旗 2014.11.17。残念ながらNetでは見られない)
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by bekokuma321 | 2014-11-18 20:29 | ヨーロッパ