「私たちは、生まれた時から死んでいるのです」

そう語るのは、マヤ族の女性ラモーナ。だから、ラモ―ナにとって、抵抗運動に参加することは生きるあかしだった。

彼女は、何よりも下のポスターにある「女性革命法」(1993)の起草にかかわったことで知られている。

1995年、中国で国連世界女性会議が開かれた。そこで採択された北京行動綱領は、先住民女性の権利に初めて光をあてた。なんと、その2年も前に、メキシコで、先住民女性のための「女性革命法」がつくられていたのだ。

ラモーナは1959年、グアテマラに近いメキシコ南部チアパスのジャングルに生まれた。名字はいろいろ調べたがいまだにわからない。

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マヤ族は、メキシコの中でも最も貧しく最も搾取されてきた。とくに女性は、毎朝3時に起きて、他の全員が眠るまで働かされるのだという。

ラモーナは、生きるために都会に出た。すると先住民であることで徹底してさげすまれた。3年もかけてつくった芸術作品といえる刺繍のついたブラウスを売ろうとした。ただ同然に買いたたかれるだけだった。

そんなラモ―ナが、いったいどのように女性革命法を作ったのだろうか。つづきは、「叫ぶ芸術」(I 女性会議)をどうぞ。

サパティスタ メキシコ先住民運動連帯関西グループ
Radio Zapatista
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by bekokuma321 | 2015-03-25 17:24 | 中南米