c0166264_17422981.jpg1月3日、「ハルらんらん♪」を、わらび座で見てきました。秋田の女性代議士第1号となった和崎ハルを描いたミュージカルです。

私は、ハルさんのひ孫にあたります。曽祖母のハルさんについての思い出は、ハルさんの娘である祖母(高橋みさを)からよく聞いていました。

実は、市川房枝さんが来秋して、秋田市の金照寺山に建立された和崎ハルの石碑の除幕式があったのですが、その写真に3歳の私が写っているのです。祖母や母から聞いたそのときの様子と重なり合って、ハルさんの記憶がうっすらと残っています。

身内だからではなく、一人の人間としてハルさんの生き方に共感します。「ハルらんらん♪」も4回目です。

女性参政権行使70周年である2016年を記念して公演された「ハルらんらん♪」は、1月3日が千秋楽でした。年の初めなのに終わりとは皮肉ですが、ほぼ満席で、むしろ秋田県外の人が多いように見えました。

お正月3が日には「新春顔見世」と「俳優まつり」が行われます。とりわけ1月3日の「俳優まつり」は数々の舞台を沸かせた俳優さんたちが、各テーブルに次々と現れ、一緒にお酒を飲んで親しく語ってくれるという、フアンにとってはたまらない企画のようです。

お正月公演は初めてだった私は、きょろきょろしていましたが、ハルさんこと椿千代さんが、私の隣に座ってくれたため、じっくりお話できました。

椿千代さんは、191回という公演回数を代役も立てず主役の和崎ハルを演じきりました。舞台ではとても大きく見えたのですが、隣席の椿さんは、小柄で細身です。それでも、演じ終えた安堵感からでしょうか、自信に満ちあふれた風格をただよわせ、ふと、ハルさんと錯覚しそうでした。これからもずっと応援していきたい女優さんです。

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   ▲ハルが卒業した秋田県立秋田高等女学校(現秋田北高)。わらび座舞台

さて、「ハルらんらん♪」を4回見て、ハルさんへの思いが錯綜しています。いろんな社会的圧力や社会通念のなか、ずっと貫きとおしたハルさんの平等思想はどのように生まれ育ったのでしょうか。

若い時のキリスト教会通いが影響したのでしょうか。舞台で、秋田高等女学校の桜子さんが、リンカーンの演説を英語で高らかに復唱する場面があります。秋田に当時そんな気風があったとしたら驚きですが、そういう自由な教育が、ハルさんをつくったのでしょうか。そうだとしたら秋田もなかなかやるなあと思ったのです。

「あらゆる人は平等・・・・・♪」という舞台に流れたメロデイーが今も耳から離れません。

ハルさんの行動は、「人はみんな同じだ」が原点であり、一生を貫いたエネルギーになっていると思います。人間に対しての暖かいまなざしや、権力者や強いものへの毅然とした行動、弱者への限りない愛など・・・・。

さらにハルさんは、戦争に対しての責任を他人のせいにせず、生命を生む女が止められなかったと言っています。私は、この姿勢が大好きです。人のせいにすれば自分は楽ですが、根本は何も変わりません。何事も主体的にならなくてはと思います。

女性の地位がまだまだ低かった時代、女性のために頑張って地位向上に粉骨砕身、行動したハルさん。女性参政権を求めて運動していたからこそ、参政権を得た戦後直後、衆議院議員に立候補して「権利の上に眠るな」を自ら実行したハルさん。そのハルさんの生きかたを忘れずに、今、自分が何をしなくてはならないか、考えたいと思います。

高橋 みどり(秋田県湯沢市稲川地区民正児童委員協議会会長)

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▲和崎ハルが住んでいた地(↑)。ハルは長女とその夫(作家伊藤永之介)が疎開していた秋田県横手町(現横手市)に移住。横手で1945年の敗戦を迎え、自叙伝『私の歩んだ道』を出版。”婦選”が実現した1946年衆院選でトップ当選した


参考リンク
あけましておめでとうございます
「ハルらんらん♪」から思う女性参政権
女性参政権行使70周年を祝えるのか
女性解放運動の先駆者早川カイ
女性参政権行使70周年:今こそ「アベック投票」精神を
ハルらんらん♪
「祝!女性参政権行使70周年」記念はがき
和崎ハル:廃娼運動と婦選運動
参院選2016年と女性(2):女性参政権行使70周年
参院選2016年と女性
和崎ハル_1 武塙三山
和崎ハル_2 武塙三山
和崎ハル_3 武塙三山
和崎ハル_4 武塙三山
和崎ハル_5 武塙三山
普通のおばちゃんの三井裁判傍聴記_佐々木厚子

【写真上:高橋みどりさん(横手市内、三井撮影)、中:「ハルらんらん♪」舞台にセットされた秋田高等女学校(わらび座、加島康博撮影)、下:女婿の作家伊藤永之介宅の跡地(横手市内、三井撮影)】
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by bekokuma321 | 2017-01-04 18:50 | 秋田

c0166264_17535890.jpg私は自分を熱烈なわらび座ファンだと思っている。わらび座とは、田沢湖湖近くにある劇団だ。今年1年、和崎ハルを舞台に取り上げた。

和崎ハルは、三井マリ子さんがFEM-NEWSでたびたび紹介しているが、明治生まれの、秋田の女性活動家だ。女性が参政権を獲得して初めての選挙でトップ当選して、初の女性代議士となった。

今年は、女性参政権行使70 周年。和崎ハルを主人公にしたミュージカル「ハルらんらん♪」公演は、このタイミングを狙ってのことだ。

舞台では、わらび座の看板女優・椿千代が主人公ハル役となり、グングン観客を引っ張ってゆく。まさしく和崎ハルが、当時の女性たちを引っ張っていったように。

まずは、秋田高等女学校生ハルら友人3人が、未来の夢について語り合う。全編通じて秋田弁。これも地元民にはうれしい。次の場面はハルのお見合い。夫となる和崎豊之に、ハルは一目ぼれする。そして結婚へ。

舞台の転換は早い。衣装替えの速さもファンにとって観どころのひとつだ。夫の発病そして臨終。ハルは、残された5人の子どもと一家を分散させてはならないと強い覚悟をして、故郷秋田に戻る。

ハル役の椿千代は、気軽に観客に声をかけたりするサービスも欠かさない。舞台と観客席との距離が一気に縮まり和む。

1年目と2年目の新人役者もいる。その人達の演技が、見にくるたびに成長しているとわかるのも楽しみだ。それに、出演者12人中8人が女性だ。珍しいが、和崎ハルの舞台にふさわしい。

舞台は進み、秋田に戻ったハルは秋田市の川端(かわばた)に美容院を開店する。同時に新聞の人生相談を担当したりする。尋常小学校にも行けず、読み書きのできない少女らのため、芸者学校をつくる。次々に起こる困難を、ハルは持ち前の前向きの姿勢で突き進んでゆく。

「男は弱いものをさげすむ。弱い男は、さらに弱い女・子どもを痛めつける」
「戦争を止められなかったのは、子どもを産み育てる女にも罪あった」

ハルは歌う。これにはぐっとくる。私の目も潤む。

今や、女性も男性と分け隔てなく投票はできる。しかし、女性が立候補しようとするとどうだろうか。まだ大きな壁がある。子どもや夫の理解が得られないと立候補の意思を貫くのは難しい。それにお金が必要だ。大量のポスターを印刷し掲示板や民家や空き地に立てるなど、多くの人手がいる。なのに、政党はいまだに男性を優先して公認しがちだ。

和崎ハルが初めて立候補した戦後直後は、宣伝カーもスピーカーもなかったはずだ。むろん「政党交付金」などまったくなかった頃だ。ハルの選挙費用は知人友人からのカンパで賄ったのだろう。

演説をして回ることが、当時、最も重要な選挙運動のひとつだったことはわかる。ハルは、「ハルの『ハ』は、あいさつの時、畳に手をついたときの手の形。『ル』は・・・」と演説して回ったという。こうして、ハルの名は字の書けない人にも浸透していったのだろう。

c0166264_1773448.jpg現在は、政党助成法にもとづく、「政党交付金」がある。政党には、毎年、税金から320億円もの資金が出ている(共産党は辞退)。この政党交付金は、国から政党本部に送金されて、本部から地方の政党支部に流され、選挙に使われる。

政党交付金は税金だから、使い残したら国に返還する義務があるのだが、それを返さず手元に残す抜け道が設けられている。

それをいいことに、三井マリ子さんを秋田3区の衆院候補に担いで政党支部長にしたてて、その支部に送金された政党交付金を貯め込んだ民主党秋田県連の話は、秋田では有名だ。新聞に何度も載ったからだ。

三井さんは、裁判をして不正にたちむかった。その裁判は昨年、三井さんの主張がほぼ認められて被告側が「お詫び」して終わった

c0166264_17263467.jpg裁判中、政党交付金を不正に使った政治家のニュースが次々に報道された。今年の夏ごろには、富山県で起きたおおがかりな政党交付金事件が全国版の新聞に載った。政務活動費の不正受給から始まって、芋づる式に不正が明らかになった。民進党(前の民主党)富山県連は、県連に来た政党交付金のうち「少なくとも計4千525万3468円」を不正に使っていたという。

民主的な政治活動をするために政党助成法ができたらしいが、民主的どころか、不正の温床となっているようだ。それに私は、自分の税金を(政党交付金の原資は国民1人当たり250円)、自分が支持してもいない政党には出してもらいたくない。

さて、わらび座の舞台は、和崎ハルが国会議員になったところで大団円となる。年明けは、1月1日~3日の3回の公演。3日が千秋楽だ。

日本の選挙の大団円は、いつやってくるのだろうか。

加島 康博(秋田市、さみどりの会 *)

【写真上:2016年わらび座ミュージカル「ハルらんらん♪」のポスター】
【写真中:秋田市内で三井裁判のビラまきをする、裁判支援の人たち】
【写真下:2016年夏、和崎ハルの石碑を訪ねて裁判の報告をする三井マリ子】

参考リンク
湖面に投げられた「政党交付金」という石の波紋
三井裁判和解に思うこと
女性参政権行使70周年を祝えるのか


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(*)2012年暮れ、2カ月にわたる立候補要請を受けて、三井マリ子さんは秋田移住して衆院選に。落選後、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。さみどりの会ホームページは選挙・裁判をきっかけにできた、女性と選挙・政治を考えるサイト。裁判は2015年11月和解で終わった
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by bekokuma321 | 2016-12-28 18:26 | 秋田

女性参政権運動と秋田

市川房枝、山高しげり、和崎ハルが写っている「東北婦選大会」の写真を、先日、紹介した(参院選2016年と女性(2):女性参政権70年)。再掲する。

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▲東北婦選大会、1932年4月23日、秋田市の秋田県記念会館にて。婦選獲得同盟秋田支部(支部長和崎ハル)主催。市川房枝(前列中央)、山高しげり(前列左から3人目)、和崎ハル(2列目右から5人目。市川の右後)。秋田県横手市在住の本郷郁さんより1996年ごろ贈呈された写真

写真を見た秋田市の友人から、こんなメールがきた。

「この建物は、秋田県記念会館です。『政治と台所』という本に載っていました。その本によると、1932年(昭和7年)4月23日に東北婦選大会が、その秋田県記念会館で開かれたそうです。これは、初めて具体案が出された1931年12月の段階では、東北、北海道、北陸といった北日本の同志を集めるものとして計画されていたが、結局は、東北婦選大会として実行されたそうです。代表者7名のほか、参加者100名以上すべて秋田県下の女性であったと記されています。秋田県記念会館は、今の県民会館のところにあったそうです」

そこで、ネットで秋田県記念会館を検索したら、上の写真のコピーが載っていた。そこには「記念館での東北婦人参政権大会(昭和6年)。前から2列目、右から5人目が和崎ハル、最前列右から5人目市川房枝、2人置いて山高しげり」と。昭和6年は1931年だが、他の文献からも1932年が正しいようだ。

1932年、秋田市の秋田県記念会館で、「婦人参政権獲得期成同盟会」(1924年結成)の市川房枝と山高しげりを東京から招いて、女性参政権を求める集会が行われた。

秋田の和崎ハルは、当時50代。夫の死後、美容師として働きながら5人の子どもを育てあげ、廃娼運動や婦選運動にまい進していた。婦選獲得同盟秋田支部長にも就任している。そのバイタリティー!

和崎ハルは、この「東北婦選大会」を成功させるため、どれだけ準備に奔走したことだろう。「文化の殿堂」と言われていた風格あふれる秋田県記念会館を会場に選んだことからも、並々ならぬやる気が伝わってくる。

男性には、7年前である1925年に、すでに普通選挙権が与えられていた。「なぜ男にだけ?」と、秋田の女性たちも、和崎といいっしょに怒ったに違いない。

「東北婦選大会」に集った市川房枝や山高しげり、そして和崎ハルらの運動が実って、日本女性が参政権を手にしたのは、大会から13年後、ポツダム宣言によってである。c0166264_0414847.jpg和崎ハルが、その初の選挙で、衆議院議員に立候補し当選するなどと、本人はもちろん、誰が予想しただろう。

さて、「和崎ハル」を舞台化したミュージカルが好評だそうだ。題して「ハルらんらん♪ 和崎ハルでございます」。あきた芸術村のわらび座が、女性参政権行使70年となる2016年を記念してとりくんだ。

友人たちをさそって秋田まで見に行こう、とプランを練っている。

ノルウェー女性参政権100年から考える
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by bekokuma321 | 2016-07-17 01:13 | 秋田