c0166264_20481693.jpg


ノルウェー・ノーベル委員会のカ―シ・クルマン・フィーべ委員長が亡くなった。まだ65歳の若さ。乳がん治療中だったと報道されている。

彼女は、1990年代初頭、ノルウェーの保守党初めての女性党首に就任した。現首相は、フィーベ委員長に次いで2人目の保守党女性党首となる。

20年以上前、フィーベ委員長が国会議員として活躍していた頃、オスロの国会議事堂まで出かけて行ってインタビューしたことがある。前髪をヘアピンで留めた女学生のようなヘア、黒のセーターにベージュのスラックス姿だった。英語よりもフランス語が得意らしかったが、私のために英語で応じてくれた。

『ママは大臣 パパ育児――ヨーロッパをゆさぶる男女平等の政治』(明石書店、1995)p216~p223から、要約して紹介する。

取材の主な目的はEU加盟問題と女性。当時、ノルウェーは、政府がEU加盟を申請していたにも関わらず、国民はEU加盟に反対だった。ノルウェーでは、国民に影響を与える重要政策は国会で決定されても、国民投票にかけることになっていた。加盟か非加盟かをめぐって、国を二分する闘いをしていた。

反対派の主導権は女性が握っていた。彼女たちは「高い福祉、高い女性の地位は、長年ノルウェー人が闘い取ってきたもの。EUは、経済競争のため加盟国に減税を強いている。減税でどこが削られるか。保育や介護など福祉分野だ」と主張した。

それに対して、EU加盟派のスポークスパーソンのカ―シ・クルマン・フィーベは、私に賛成理由を語った。

「福祉を公的負担で賄うことには賛成です。しかし、問題は、高い福祉は、経済力がなければ維持できません。ノルウェー経済を支える石油からの収入は、今後減ります。これからの経済は、国際市場へのアクセスなしには伸びません。それはEUに入ることによって強まるのです」

心からお悔やみ申し上げます。

ノーベル平和賞

[PR]
# by bekokuma321 | 2017-02-20 21:04 | ノルウェー



c0166264_23124140.jpg

216日(木)、メディアを敵視するトランプ大統領の記者会見が世界に流れた。


記者たちを小ばかにしながら、攻撃に終始した。なかでも、黒人女性記者に対する失礼で居丈高な態度に非常に腹が立った。


彼女の名はエイプリル・リアンApril Ryan(左)。ホワイトハウス付き20年以上のベテラン記者だ。アーバン・ラジオ・ネットワークAmerican Urban Radio Networks(AURN)のワシントンチーフとして活躍する。


トランプ大統領が突然開いたホワイトハウスの記者会見で、後ろのほうに座っていた彼女は、「CBC黒人議員連盟を インナーシティ政策を話し合う席に、加えていただけますか?」と大統領に尋ねた。インナーシティ問題とは、大都市の中心部のことで犯罪を含めさまざまな問題を抱える。


大統領はCBCを聞き取れなかったようなジェスチャーをして、後ろの席にいる彼女に「誰を加えるんですって?」と質問した。


すぐにリアン記者は、「黒人議員連盟を加えていただけるかどうか・・・」と略語CBCの正式名を言ったら、言い終わらないうちに大統領は彼女に対して「あなたが会合を設定したいんですか? あなたが会合を設定したいんですか?」と繰り返した。


リアン記者は「いいえ、違います」とすぐ否定した。彼女が否定しようとしている発言が終わらないうちに、またしても彼女に言わせまいとするかのように、かぶせて、大統領は「あなたの友だちですか? 会合を設定しなさいよ」と彼女に命じた。なんということだ。


記者の役割は、大統領と議員との会合を設定することではない。「会合を設定しなさい」とは、記者への侮辱である。彼女は、インナーシティ問題の検討に不可欠である黒人の議員団の声を大統領は聞くべきではないか、と全うな質問をしたのであり、それに大統領はまともに答えなかった。


この記者会見で、トランプ大統領は、さすがに「僕は女性差別をしない人間だ」とは言わなかったが、「僕ほど、人種差別をしない人間はいない」と自画自賛した。笑わせるな。リアン記者への侮蔑的態度こそ、彼が人種差別的人間であることの証明である。


このような人物が世界最強の権力を握ったのだから、嫌でも注視していかなければならない。


The Presidency in Black and White: My Up-Close View of Three Presidents and Race in America (April Ryanの著書)上の写真はその表紙
Trump's press conference footage in full – video

女たちのワシントン行進とPussyhat
女たちのワシントン行進、始まる
展覧会「嫌な女」
白人男性大統領の陰にある「勝者総取り」「隠れトランプ」

アメリカに反フェミニスト大統領誕生
アメリカ大統領選と「嫌な女」
オバマ、記者質問を全て女性に






[PR]
# by bekokuma321 | 2017-02-18 23:31 | USA

ノルウェーから、久しぶりにクオータ制に関するニュースが届いた。


報道によると、オスロ大学とベルゲン大学は、クオータ制を男性に採用するよう教育省に提案した。2017年度中に、男女平等法改正案を出すことを要望している。


大学のクオータ制は、長年議論になっていた。というのも、大学入学者は女性が多く、とりわけ心理学における男子学生の少なさが問題となっていた。たとえば、オスロ大学心理学部は、女80%、男20%、と極端に女性が多い。両性の不均衡を改正するには、男性のクオータ制を導入しかないと指摘されていた。


そこで、数年前、少なくとも30%は男性に割当てるようなクオータ制が提案された。論争が続いた。そして昨年、教育省は、男性へのクオータ制導入は、男女平等法のクオータ制の趣旨に反するとこの提案を却下した。ノルウェーの男女平等法は、男女平等と女性の地位を上げることを目的とする、と明記され、女性へのポジティブ・アクション法といえるからだ。


大学側は、時代は変わったと言い、あらためて男女平等法の改正にチャレンジした。社会のすみずみまで男女平等を行き渡らせようという、指導者たちの姿勢に感銘を受ける。



c0166264_17470063.jpg

▲オスロの港から海を見つめるアースタ・ハンステーン(1824-1908)。女性解放運動家、画家、小説家。伝記によると彼女は聖書にある女性像や家父長主義を批判する文章を新聞やチラシに数多く書いた。当時、彼女の考えは受け入れいれられず嫌がらせの対象だった。失望してアメリカに移住。9年後に帰国してからは、さらに女性解放運動に磨きがかかったと言われる。


Vil endre loven for å kvotere inn mannlige studenter
大学のクオータ制





[PR]
# by bekokuma321 | 2017-02-14 17:55 | ノルウェー

さあ、一緒に行こう!

深い闇に包まれた白い大理石の像。赤い手書きのNU GÅR VI! は「さあ、行こう!」。下のポスターだ。

1975年に国際女性年を記念して行なわれたスウェーデンのポスターコンテストで優勝した作品だ。

スウェーデン政府(正確には下部機関)が募集・審査した。女性差別撤廃の運動をもりあげるためだった。作者は美術教師のイヴォンヌ・クラソン。

このポスターの作者イヴォンヌ・クラソンの名を、最近のスウェーデン紙で発見した。彼女の記事のタイトルは「首相と外相への公開質問状」。スウェーデンはNATO非加盟なのだが、それにもかかわらずNATO友好国ぶった危ない動きをする政府への痛烈な反論だった。そして、彼女は、1975年のポスターを言及して「さあ、行こう!」と読者に政府への抗議デモを呼びかけていた。

私も、1975年に描かれたポスターを思い出した。それがこのポスターだ。

女性像2体が、ギリシャ神殿の上部を支えている。屋根を支えるために使われた人柱で、カリアティードと呼ばれる。この絵は、アクロポリスの丘に建つエレクティオン神殿の有名な6体の一部だろう。

この続きを読みたい方は「叫ぶ芸術ーーポスターに見る世界の女たち:『さあ、一緒に行こう(スウェーデン)」をどうぞ。

c0166264_23174830.jpg

叫ぶ芸術ーーポスターに見る世界の女たち
Öppet brev till Löfven och Wallström


[PR]
# by bekokuma321 | 2017-02-13 23:28 | 北欧

秋田魁新報が、127日、秋田県内の女性議員について特集していた(下)。


秋田県の和崎ハルがトップ当選した衆院選(1946年)は、初めて女性が参政権を行使した選挙だった。当選した女性は39人だった。70年以上経て、現在44人だから、5人しか増えていない。


1947年、衆院選と同じく女性が初の参政権を行使して、統一地方選が行われた。秋田魁新報によると、女性は、この県会議員選で4人、市町村議会選で15人当選した。当選者に占める女性の比率は県議会が8.3%、市町村議会は0.4%、だったという。


この初の統一地方選からちょうど今年は70年。2017126日現在で「(秋田県内の)議員総数に占める女性比率は、県議会14.3%、市議会8.0%、町村議会7.2%」と報道している。70年もの時が経っても、女性議員の割合は遅々として進まない。


女性には、男性とは異なる性ゆえの優しさがあるように僕には思う。その優しさを発揮するには、いろいろな方法があるだろうが、女性の議員を増やして、社会政策に生かすことも大事な方法であろう。そもそも人口の半分が女性なのだから、議会も半分は女性で自然だと思う。


さて、女性の地位が高い北欧の国はどうだろうか。


三井マリ子著『ノルウェーを変えた髭のノラーー男女平等社会はこうしてできた』(明石書店)、『男を消せ!ノルウェーを変えた女のクーデター』(毎日新聞社)、『ママは大臣 パパ育児』(明石書店、オンデマンド版)3冊を読んだ。本の中から、重要だと思ったことを述べたい。


2006年の内閣は全18人中、女性8人(40%以上)。主要政党7党中、4党が女性党首。国会議員も4割が女性。2007年の、ノルウェー地方議会選挙では、全市議会議員中37.5%が女性だった。女性が50%以上の市議会26市にのぼる。議会ばかりではない。女性労働力率は、23.8%1960年)から、61.5%2014年)に増えた(女性労働の数字は1月5日付け西日本新聞「ノルウェーリポート」より)。


しかし、今でこそ女性の地位がほぼ男性と同じノルウェーでも、かつて日本同様、女性の地位はとても低かった、と三井さんは書いている。いったい何が変えたのだろうか。もっとも大きな力は、「男女平等法」だとわかった。


1979
年、「男女平等法」(世界初の男女平等オンブット誕生)が施行。1981年「男女平等法」改正。公的委員会・審議会は、両性の代表が入ることに。1988年、再び改正された。21条「クォータ制」条項の登場。全ての公的審議会などに「40%クオータ制」が明記された。


男女平等法のなかでも、1988年に21条のクオータ制がはいったことが最大のかぎのようだ。全ての公的公的審議会など男女どちらも40%を下回ってはならないと定めている。この制度をクオータ制(quota)といい、「4分の1」を意味するクオーター(quarter)とは異なる、と知った。


ノルウェーで女性議員を格段と増やせたのは、このクオータ制を各政党も次々に取り入れたからだ。1973年 民主社会党、1974年 自由党、1975年 左派社会党、1983年 労働党。


クオータ制を取り入れるとなると、男性議員を減らして女性議員の数を増やさなければならない。ノルウェーでも道のりは困難だったらしいが、日本では、さらに困難だろうと思う。


とくに秋田県はまだまだ封建的で、「女は男に従っていればよい」という風潮が強く、女性議員への道は険しい。だから、そもそも候補者になる女性すらきわめて少ない。


秋田県には、これからどんな道があるのだろうか。今の若い人たちは、男女平等を教科として教えられてきているようだ。社会に出ても結婚しても、その感覚をつぶさぬように、上司や年配者たちは、「女だから」「男だろ」というような考えを若者に押し付けぬことだ。話はそこから始まる。


加島 康博(さみどりの会、秋田市)



c0166264_22372675.jpg


女性解放運動の先駆者早川カイ
底なしの政治腐敗と女性議員
女性参政権運動と秋田
ドイツ誌「シュピーゲル」、ノルウェーのクオータ制を特集
●連載● クオータ制は平等社会への一里塚 第2回
ノルウェー地方議会改革論争ヒートアップ
新潟日報「ノルウェー政界の男女平等:クオータ制が後押し」





[PR]
# by bekokuma321 | 2017-02-13 22:59 | 秋田