<   2015年 10月 ( 24 )   > この月の画像一覧

10 月24 日はアイスランドの女性にとって記念すべき日だ。40年前の10 月24 日、アイスランド女性は、ありとあらゆる仕事をストップした。

「女性が仕事を休む日」。アイスランド人はKvennafríと呼ぶ。英語で"Women's Day Off“。アイスランド史に燦然と輝く。

なにしろ、アイスランド女性の90%が仕事をやめた。女性の連帯をこれほどシンボリックに表した日はないだろう。

秘書は会社に行くことをやめ、教員は学校を保育士は保育園を休み、看護師は病院に行くことをやめ、主婦は食事の用意をほおり投げて赤ん坊を夫に手渡した。いかに女性が社会に貢献しているか、いかに女性の価値が低く見られているかを世に知らせるためだった。

アイスランドのいわば「女のゼネスト」について多少知っているつもりだった。というのも、私は今から20年前、1994年、首都レイキャビクの市長に「女性党」の女性が就任したと聞いてアイスランドまで取材に出かけた。遠いアイスランドに行く前に調査をしたら、首都の顔に女性が就任しただけでなく、当時、大統領までが女性だった。

詳しくは『ママは大臣パパ育児』(明石書店)のアイスランドを参照してほしいが、背景に、「女のゼネスト」をやりとげた女性たちの力や、女性の力に対する社会の共感がある、とわかった。

そして一昨日、10月25日付けBBCで、この「女性が仕事を休む日」を振り返る記事を読んだ。国中の女性という女性がデモをするって、いったいどんな光景なのか。BBCの記事と写真は、かねてから気になっていた私の好奇心に応えてくれた。

関連記事で知ったのだが、女性ゼネストのアイデアは、急進的な女性団体レッド・ストッキングだった。1970年にすでに企画されていたらしい。そして、1975年に始まった国連の女性年が後押しした。

1975年6月、レイキャビクで、国連女性年に呼応した女性会議が開催された。その会議で、「10月24日、女性がすべての仕事を放棄して、女性の仕事の価値を知らせよう」という動議が出された。動議案は、多彩な年齢、多彩な政党、多彩な職業ーー主婦も含むーーを持つ8人の女性によって用意周到に仕組まれた。動議は可決された。賛成72、反対28だった。

ありとあらゆる分野の、ありとあらゆる年齢層の女性がいっせいに休むという行動をとろう、という布石が、この時作られたと言ってもいい。

その日のネーミングも工夫された。ストライキではなく「休み」にしたらどうか。休みならどんな女性でもとりたいに決まっている。10月24日までの怒涛の4か月については、On the women's holidayに詳しい。

1975年10月24日、アイスランドの女性たちがやってのけた「女性が仕事を休む日」。それから40年、「世界の男女平等ランキング」で、アイスランドは世界のトップ」となった。女性が結婚しても出産しても働き続けられる公的サービスが最も充実した国なのだ。

40年前のアイスランドを紹介するBBCの写真や、アイスランド国営放送RÚVの動画を見ていたら、解決されないままの日本女性の抱える問題が浮かび上がってきて、目がしらが熱くなった。ちなみに、アイスランドが1位となった「男女平等ランキング」は、日本104位、と知らせていた。

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▲アイスランドの「女性が仕事を休む日」の精神は国際女性デ―に通じる。国際女性デ―3月8日、世界中で、女性への侮蔑や差別に怒り、女性が女性であることを喜びあう。上は女性の連帯をアートに仕上げるふじみつこ作の国際女性デ―カード


The day Iceland's women went on strike
40 ár frá kvennafrídeginum - Myndskeið (「女性が仕事を休む日から40年」_アイスランド国営放送の動画。大集会でスピーチの最後を飾ったのは国会議員でも著名文化人でもなく学校・病院等の清掃組合女性部代表だった)
The Day the children came to the offices
Aðalheiður Bjarnfreðsdóttir á Lækjartorgi 24. október 1975
Kvennafrídagur 24. október 1975
百田氏よ、恥を知れ! 
日本142カ国の中で104位
女性の雇用率の高い国は
福祉は経済を発展させる
男女平等世界1アイスランド、日本94位
アイスランドにレズビアン首相誕生
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by bekokuma321 | 2015-10-27 21:51 | 北欧

11月4日、秋田市で、「変ね! 政党交付金」という報告集会が行われます。

このごろ話題の「政党交付金」。カレンダーやワインに使った政治家もいます。共産党を除く政党に、毎年、総額320億円が送金されています。世界最高額だそうです。全て私たち一人一人が納めた税金です。

「政党交付金訴訟」ともいえるのが、「三井候補秋田追放事件を究明する裁判」です。三井マリ子さんが、秋田地裁に政党交付金をめぐって松浦大悟参議院議員(当時)を提訴しました。

その三井マリ子原告、そして三井さんの代理人・近江直人弁護士、森田祐子弁護士が報告します。政党交付金と政党の関係、政党交付金と銀行口座、政党交付金と政党支部、政党交付金と選挙、政党交付金の余剰金・・・裁判で判明した事実から、手に取るようにわかりやすくお話しします。ぜひ、お出かけください。

と き:11月4日 午後1時
ところ:ルポールみずほ
主 催:さみどりの会

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チラシを印刷したいかたは、こちらをご覧ください。
11月4日のチラシ「変ね!政党交付金」オモテ


ふじみつこ
(アーティスト、さみどりの会*)


(*)2012年暮れ、2カ月にわたる立候補要請を受けて、三井マリ子さんは秋田移住して衆院選に出た。落選後、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴した。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。「産むならば 世界を産めよ ものの芽の 燃え立つ森の さみどりのなか」という阿木津英の歌がある。女性は子どもだけでなく、世界を産み出すのだという意味だ。三井さんは、選挙演説に引用しては「私は新しい秋田を産み出したいのです」と結んでいた。選挙・裁判をきっかけにできた、女性と選挙・政治を考えるサイトさみどりの会ホームページには裁判関係の情報が掲載されている。
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フランスの政党交付金は男女平等化資金に
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by bekokuma321 | 2015-10-23 11:04 | 秋田

9月の選挙の結果、ノルウェーの3大都市の市長と副市長はすべて女性となった。

都市圏人口は、オスロ94万人、ベルゲン40万人、スタヴァンゲル23万人。オスロとベルゲンは左派中道政権、スタヴァンゲルは保守中道政権である。

ちなみに第4番目の都市であるトロンハイムも市長は女性(労働党)である。副市長は未調査。

ノルウェーに女性市長が増えた(*)背景には、次のようなことが考えられる。

1)選挙制度が比例代表制であること
2)市長選挙はなく、市議会議員選挙後の多数派工作から市長が決まること
3)ほぼすべての政党が候補者選定にクオータ制を実行していること
4)ほぼすべての政党が候補者名簿の順番を男女交互にしていること
5)労働党など左派政党には女性を1番とする女男交互候補者リストが増えてきたこと
6)政党に女性の党員が多いこと
7)女性市長が全体の22%しか占めていない現実を変えようとする女性運動が活発なこと

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▲ノルウェーの京都にあたるトロンハイムの祭りを先導するリタ・オッテルヴィク市長(中央)。2015年9月の選挙で4期目に。

Her er Stavangers nye ordfører
オスロ市長、副市長、ともに女性
ベルゲンは市長も副市長も女性
ノルウェー:市長と議会に女性を増やす秘策

(*)ノルウェー全土の市長の男女比はまだ出ていない。「女性市長が増えた」とは言えず、報道からの印象にすぎないことをお断りする。また、ノルウェー語の市長はordfører、 副市長はvara-ordførerだ。varaは「副」「次」「代理」という意味だ。過去、筆者は、市議representanter、代理議員vara-representanteneを紹介してきたが、その際、市議が育休や長期研修などで議会を休みたいとき代理議員がその職務を代行すると説明してきた。とすると副市長は市長が市長職を降りたときの代行かというと、それより広い職務を持つ。副市長は、市長が降りなければならなくなった際そのポストにつくだけではなく、市長に最も近い助手として常に市長を支える。
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by bekokuma321 | 2015-10-21 16:41 | ノルウェー

c0166264_10513583.jpgオスロの市長と副市長が決まった。

市長は、左派社会党のマリアンヌ・ボルゲン(Marianne Borgen、写真)。副市長は労働党のカムサイニ・グナラナム(Khamshajiny Gunaratnam)。ベルゲンに続いて、オスロの市長も副市長も女性となった。

地方選挙が終わって、労働党、緑の党、左派社会党の3党は、連立政権に向けて1カ月以上にわたる話し合いを続けてきた。

3党のモットーは、「オスロをもっと環境にやさしい、子ども中心の、分断のない町に」。

新市長となるボルゲンは64歳。1995年からオスロ市議。2007年の地方選でも、オスロ市長めざして立候補した。「子どもを救え Save the Children Norway」に勤めていたが休業中。「子どもを救え」は1946年創設された子どもの人権と福祉のために運動する非営利民間団体。全国5都市に支部を持ち、国内外の子どもたちのために活動している。

c0166264_1651021.jpg副市長のカムサイニ・グナラナム(Khamshajiny Gunaratnam)は27歳。10代でオスロ市議になって、今回は3期目。スリランカからの移民で、労働党青年部所属。彼女は、2011年7月、ウトヤ島で起きた労働党サマーキャンプ殺戮事件で生き延びた。

3党協議が始まったころ、躍進した緑の党のショアイブ・スルタンが初のイスラム教徒市長になるのではないかと取りざたされた。

しかし、緑の党は、ラン・マリエ・ングェン・バルグ(Lan Marie Nguyen Berg)がオスロ市環境局のコミッショナーのポストをとることで合意に達した。いわば環境大臣にあたる。彼女は、気候変動問題など地球レベルの環境保護対策に活動する。オスロ大学で開発学を専攻し、ベトナムやアフリカに留学した。ベトナム移民の娘(注1)。

彼女は、オスロ市議会で第3党となった緑の党代表として、3党合意に党の政策を入れさせた。たとえばオスロ中心部は、2019年まで自家用車は乗りいれられなくなる。さらに自転車にやさしいまちづくりをめざす。

市長を連立を組む小政党に譲った労働党は? 

労働党は、市長候補レイモンド・ヨハンシェン(Raymond Johansen)が事務総長に就任した。オスロ市には大臣にあたる8局長(Commissioners)がいて行政を指揮・監督するが、その代表が事務総長。いわばオスロ市の首相といえる(注2)。レイモンド・ヨハンシェンは左派社会党所属だった。1995年、左派社会党候補者リストに登載されたものの2000人以上から削除され落選した。その後、労働党に移った。

オスロ市は、保守党中心の政治が20年にわたって続いていた。今年9月の選挙が終わってから届いたニュースで、女性が多く当選したばかりでなく、移民ノルウェー人が何人も当選したことがわかった。オスロ市のいわゆる“内閣”のメンバー名を見ても、その多様性がはっきりとうかがえる。

女性市長率いる左派中道政権になって、どんなオスロに変わるのか。楽しみながら追跡したい。

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▲2015年9月統一地方選前の女性キャンペーンのひとつ。「女性市長はまだ全市長の22%。女性候補に×をつけて当選させよう」というポスター(×をつけると票が加算される)。こうした市民運動が女性増の意識高揚に貢献したことは間違いない。

Slik skal de rødgrønne styre Oslo
Dette er Oslos nye ordfører
Nattåpne barnehager og dyrepoliti i Oslo
Save the Children Norway
Oslo Arbeiderparti
Oslo MDG
SV_Oslo
ベルゲンは市長も副市長も女性
ノルウェー:市長と議会に女性を増やす秘策
ノルウェー地方選:名簿変更権を使おう
オスロ市議会議員カムシ
移民女性のための移民女性による選挙キャンペーン

【写真:市長は左派社会党HP,副市長はfacebookより】

(注1)ラン・マリエ・ングェン・バルグの父親は、14歳のころベトナムからノルウェーにたった1人で移住してきた。ベトナム戦争で下半身に障がいを受けた彼をノルウェーの家族はボランティアで育てあげた。彼はオスロ大学卒業後、専門職につき、現在は年金暮らし。今、彼はアフガニスタンの子どもたちを親代わりになって助けている。(Lan Marie Nguyen Berg)
(注2)市長(ordfører)と事務総長(byrådsleder)の区別は難しい。英語は ordfører=mayor、byrådsleder=governing mayor 。事務総長というと行政府のトップにあたるが、オスロ市は、どちらも市議会議員選挙で市民から選ばれる政治家だ。市長は「王様」で、事務総長は「首相」というたとえがわかりやすい。
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by bekokuma321 | 2015-10-21 11:16 | ノルウェー

「どうする政党交付金」

政党交付金って20年もたっていたのですね。朝日新聞の「どうする政党交付金」(2015.10.17)を読んで、月日の流れは速いものだと思っています。

政党交付金は、「リクルート事件など政治とカネの問題やバブル経済崩壊で金を集めにくくなり、税金で賄いたいというものでした」と成田憲彦さんが書いています。細川内閣時代、首相秘書官として制度設計を担当した人だそうです。

「政治改革」という大きな流れのなか、小選挙区制導入ばかり大きく取り上げられて、政党交付金については余り議論されず決定されてしまったと言います。「あ~、そうだったのか」と思い出しました。

その結果、「交付金の使途は自由であるべきだとして、制度設計では支出についてほとんど議論されませんでした」という成田さんのことばには本当に驚きました。

ろくに議論もされずに、私たちの税金から政党に対して助成金を出すことが国会で決まったんですね。しかも、年間320億円という額は世界最高額だそうです。

しばらくして国会議員の政治団体による不透明な支出が発覚して、政党交付金の使途はこれでいいのかとマスコミが目を向けるようになったそうです。しかし現在まで、政党交付金の制度は変わっていません。

政党交付金が、議員自身の人気取りのためのワインやカレンダーなど物品配布に使われたり、来るべき選挙への貯め込みに使われたことを、私は知りました。とんでもないことです。政党交付金は、国民の大切な税金からなっているのだということを忘れて、自由勝手に使える金だと勘違いをしている議員が多いのではないでしょうか。

黙っていてもウン千万円単位で政党本部から金が振り込まれるのですから、学習会や相談事業などをして民意をすいあげたり、寄付者を増やしていこうとする日ごろの政治活動などしなくなるのは当たり前です。成田さんは、「結果として、政党の『活力』が奪われました」と言ってますが、深刻な問題です。

私は三井マリ子さんの選挙そして秋田地裁での裁判を通して、今まで知らなかった政党交付金について学ぶことが出来ました。

税金を出す私たちは、手慣れた議員やスタッフたちが政党交付金を使途不明なことに使ってもその実態を知るすべはなかったのです。

それをいいことに、他人の政党交付金まで、その本来の活動には使わずに節約して、「基金口座」を作ってそこに移しておくなどということもできたのです。

制度20年のこの機会に政党交付金を見直すべきだと思います。とくに成田さんの言う「収支の公開が進んだとはいえ、事実上はノーチェック」であることを変えなければどうにもなりません。「収支報告を監督する仕組み」をつくらなければならないという成田さんの提案に私は賛成です。

11月4日、政党交付金裁判が秋田地裁で開かれます。三井マリ子原告が参議院議員だった松浦大悟民主党秋田県連代表を訴えて、13回目の法廷です。

法廷後13時から、秋田市内のルポールみずほで、近江直人弁護士、森田祐子弁護士、三井マリ子原告による報告会があります。政党交付金について学べる最適の勉強会です。

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大倉 由紀子 (さみどりの会*)

(*)2012年暮れ、2カ月にわたる立候補要請を受けて、三井マリ子さんは秋田移住して衆院選に出た。落選後、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴した。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。「産むならば 世界を産めよ ものの芽の 燃え立つ森の さみどりのなか」という阿木津英の歌がある。女性は子どもだけでなく、世界を産み出すのだという意味だ。三井さんは、選挙演説に引用しては「私は新しい秋田を産み出したいのです」と結んでいた。選挙・裁判をきっかけにできた、女性と選挙・政治を考えるサイトさみどりの会ホームページには裁判関係の情報が掲載されている。
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by bekokuma321 | 2015-10-20 15:06 | 秋田

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2015年11月7日(土) 10時~  東京都八王子労政会館ホール

プログラム:   
10:00~  「むかしMattoの町があった」(字幕:日本語)1部
12:00~  休憩
13:00~  「むかしMattoの町があった」2部
15:00~  三井マリ子さんトーク
16:30    閉会 

資料代1000円  運営費500円

主催:一般財団法人 八王子勤労者福祉会館、バザーリア映画を自主上映する180人のMattoの会
協力:RAIフィクション、フランカ&フランコ・バザアーリア記念財団、トリエステ精神保健局
後援:イタリア大使館

申込み:
TEL・FAX・メールで一般財団法人 八王子勤労者福祉会館まで
TEL・FAX 042-628-4909 メールBCF02752@nifty.com

問合せ:
一般財団法人 八王子勤労者福祉会館
TEL・FAX・ 042-628-4909 メールBCF02752@nifty.com

主催者より:
イタリアは精神病院を廃止しました。その精神保健改革に至る初期の
20年を描いたイタリア映画です。イタリア語のMattoは狂気を持つ人、
Mattoの町は精神病院を意味します。

このTV映画は、制作者クラウディア・モーリという女性なしには誕生
しえませんでした。クラウディア・モーリは元女優で、1999年TV制作
会社「チャオ・ラガッジ!」を創設しました。映画は、イタリアの公共放
送ライと「チャオ・ラガッジ!」の共同制作です。クラウディア・モーリの
執念が、精神保健という複雑な問題をTV映画にしてお茶の間に届け
たのです。

誰にも感動と勇気を与えるこの作品を、特に女性の視点から見て、
当事者のかかえる問題と社会の課題を三井マリ子さんと考えます。

三井マリ子さん:
女性政策研究家。バザーリア法を日本に紹介した大熊一夫さんと
2010年4月、英語版の本映画を見て、日本上映のきっかけをつくりました。
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by bekokuma321 | 2015-10-17 18:26 | ヨーロッパ

スウェーデンのストックホルム、南病院内にレイプ(強姦)被害となった男性のための緊急外来がオープンした。世界初だという。

すでに、レイプ被害女性のための緊急外来はできていて、年間600件から700件の患者の治療にあたっているという。

スウェーデンでもまだ男性へのレイプは社会的にタブーであり、被害者の苦悩が続いているなか、決断された。男性用のレイプ外来オープンに、病院の専門家は「男性が、被害を明らかにすることではじめてよい治療ができますので、重要です」、政治家たちは「男女平等の観点から、喜ばしいことだ」と報道されている。

レイプなど性暴力を受けた心身は、いやしがたい傷害を負い、その後遺症は生涯続く場合もあると言われている。その傷の重さは、男女の性にかかわらないことは言うまでもない。これから考えても、レイプにあたる「強姦」の漢字はおかしい

Sweden Opens Worlds First Male Rape Centre
Sweden opens world’s first male rape victim centre
Öppnar akutmottagning för våldtagna män
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by bekokuma321 | 2015-10-17 11:09 | 北欧

c0166264_2204553.jpgノルウェーの大都市ベルゲンの市長がやっと決まった。久しぶりの労働党市長だ。

保守党の強い都市だったが、9月の地方選挙のころ、保守党市長が収賄容疑で捜査の身となり、保守党の票は激減した。選挙に勝利した労働党はキリスト教民主党と自由党と連立を組んで、ベルゲン市の政権をとることになった。市長は、連立を決めた政党間の話し合いで決まる。

市長の名はマーテ・ミョス・ペーシェン(Marte Mjøs Persen)。赤色連合の市議、反EU運動の事務局などを経て、4年前から労働党の市議会議員をしていた。いくつかの市民運動団体のメンバーでもある。ベルゲン市を「市民によりやさしく、より平等なベルゲンにします」と宣言した。

副市長はキリスト教民主党のマリ―タ・モルトゥ(Marita Moltu)。ベルゲンは前市長も女性だったが、今秋から、市長、副市長ともに女性となる。2人とも40代だ。

市長が決まったのは、地方選挙の9月14日からちょうど1カ月過ぎ。日本人の私など、市長のいない期間が1ヵ月もあって大丈夫だったのだろうかと心配になった。

ところが、ノルウェーは、国会同様、地方自治体も、選挙を終えてから、いくつのかの政党で連立を組むのが当たり前。政策や優先課題がそれぞれ異なる複数の政党が合意する共通政策にたどり着くまでには、相当の時間が必要らしい。

ベルゲン市議会議員は67人だ。ベルゲン労働党ホームページによると、労働党は9月の選挙に、候補者を10代から60代までの男女73人擁立した。比例制選挙の結果、票の37.8%を集めて、26人を当選させた。代理議員はその人数分いるから、全体で労働党議員は55人の大所帯となる(写真)。

ちなみに代理議員とは、子どもが病気になったり、育休や教育休暇で休みをとる議員がいたら、ただちにその職務を代行する人だ。どの政党も、議員数と同数の代理議員がスタンバイしているので、議員は無理なく休みをとれる。

さて、首都のオスロは、まだ市長が決まっていないようだ。

こちらも長年、政権を握っていたのは保守党だったが、労働党に僅差で負けてしまった。労働党は、左派社会党と緑の党と連立を組むことを決め、3党で共通政策を協議中だという。

Marte Mjøs Persen tar over ordførerjobben etter Drevland
Ny bystyregruppe på plass
ノルウェーの地方議会選挙
ノルウェー:市長と議会に女性を増やす秘策
ノルウェー地方選、始まる
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by bekokuma321 | 2015-10-16 22:22 | ノルウェー

赤松良子元文部相

c0166264_9442347.jpg赤松良子さんの「証言そのとき:男女平等を求めて」を楽しみに読んでいる。岡林佐和記者の手になる朝日の連載で、10月12日は4回目だった。

2012年暮れ、私は衆院選に立候補して落選した。突然の秋田移住、解散、衆院選だったためか、いまだに「なぜ出たの」と不思議がる人がいる。

最大の理由は、断っても断っても、「盤石の態勢でお支えします」と民主党秋田県から懇願されたからだ。でも、他にもいくつかわけがある。今、考えると赤松良子さんの本の影響もあった。

秋田で衆院選に出るということは、秋田へ移住することだった。秋田で新たな生活をすることを思い描くと、とても踏み切れなかった。生まれ故郷とはいえ、40年も離れていた土地に移り住んで政治活動をするなんて余りにも無謀ではないか。料理好きの連れ合いと離れて住むのも不便この上ない。「秋田でたくさんの人が待っています」と何度言われても、さまざまな理由をつけては断わった。

そのころ、私は、赤松良子著『均等法をつくる』(勁草書房)、『志は高く』(有斐閣)などを読んでいた。2012年7月、ノルウェーに滞在していた私に、国際女性の地位協会(会長山下泰子)から、「2012度の赤松良子賞に決まったので受けていただけるか」という知らせが、連れ合い経由で届いたからだった。(以下、敬称略)

赤松良子は、労働省婦人少年局長、文部大臣などを歴任した日本屈指の指導的女性の1人である。ノルウェーから帰国した私は、返事をする前に、もう少し赤松良子の考えを知りたいと思って、本棚から彼女の本を引っ張り出して読んだ。

『均等法をつくる』には、男女雇用機会均等法案の立法担当のトップ赤松良子しか書けない労働省内のやり取りが、ルポされていた。こんなくだりに苦笑した。

「もっと激しい立場をとる『国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会』や『私たちの男女平等法をつくる会』などがあった。これらのグループには若い元気のよい論客が多く、会長や代表もおかず、自由に意見をいう新しいスタイルで運動していた」

激しい2つの団体こそ、私が活動していた団体だった。ともに、弁護士中島通子を先頭にした女性解放グループで、働く女性の声が反映していない法案には断固反対という立場だった。

当時、私は30歳そこそこ。しかもフルブライト奨学金を得てのアメリカ留学から帰国したばかりだった。ワシントンのEEOC(雇用機会均等委員会)委員長にインタビューして、その権限や機能を週刊誌『朝日ジャーナル』に発表したり、対案を書いた本を出版したり(亜紀書房『働く女が未来を拓く』)、先進国並みに罰則つきの法案にしなくてはと、さまざまな運動を続けた。ハンストこそしなかったが、職場から年休をとってはハンスト中の仲間を激励した。

批判の刃は、女性を男性と対等に扱おうとしない経営者側にだけでなく、法案を企業寄りにしようとしている労働省に向けられた。マスコミへの投書、集会の開催、抗議デモ、国会請願など・・・私は、毎日のように仲間たちと労働省への批判運動を続けた。

そのあたりを、赤松は「批判や糾弾に堪えて、火中の栗を拾うしかない」と書いていた。そして、雇用の男女平等をすすめる国内法なしには女性差別撤廃条約を批准できないから、妥協してでも成立させたかった、と。

女性差別撤廃条約の批准運動には、私も入れ込んだ。条約の中身を1人でも多くの人に知ってもらおうと、学習会を開き、ビラを作って配布したりした。同じころ、赤松も、女性差別撤廃条約批准が悲願だったのだ。

『均等法をつくる』には、私が候補だという赤松良子賞の誕生経緯も書かれていた。赤松良子賞は、国際女性の地位協会の活動で、その国際女性の地位協会は、国連の世界女性会議で開かれたケニアのナイロビにおけるワークショップから生まれたらしい。目的は、日本津々浦々に女子差別撤廃条約を広めるためだった。

女子差別撤廃条約こそ、日本を男女平等社会にするための最大の武器だ、と私は思っていた。スマホを使うようになるまで、私は条文をすぐ示せるように縮小版をつくって手帳にはさんで常に持ち歩いていたものだ。

女子差別撤廃条批准の陰に赤松良子の獅子奮迅の頑張があったことをあらためて知って、その赤松が創設した、女性差別撤廃条約の精神を体現する活動をしてきた人に授与する賞の候補に自分がなったことを誇らしく思えてきた。私は、「赤松良子賞をお受けします」と、返事をした。

同時に、こういう賞を受賞したからには、もっと女性差別撤廃にがんばらなくてはいけないという気持がわいてきた。

一方、民主党からの私への勧誘は、あれだけ明確に辞退しても、まだ続いていた。「別の方を探してほしい」とも言った。でも、当時の民主党には、気の毒なほど否定的ニュースばかりがつきまとっていて、民主党のレッテルをはって選挙に出ようなどという人は出てこないようだった。

ベッドに置いていた赤松良子の本を、まためくった。57歳でウルグァイ大使となって南米に単身赴任した時のエピソードに出会った。

赤松は、最初、「地球儀で探したら、なんと日本から対極の一番遠いところにある小さな国」ウルグァイに、「いつ退官してもおかしくない年齢になって、今さら、そんな遠い見知らぬ土地へ行かなくてもよいのではないか」と思ったと書いている。

赤松は最終的にウルグアイ行きを承諾する。当時、高橋展子大使がデンマークから帰って以来、日本には女性の大使がゼロだったからだと彼女は言う。

秋田に移住してやっていけるだろうかという私の悩みは、赤松良子のウルグァイ転任話を読んだら、小さすぎる悩みだと思えてきた。赤松は、地球の裏側への単身赴任。こちらは東京から新幹線3時間で行ける国内への単身赴任にすぎなかった。

しばらくして私は、東京都の倍以上もある選挙区で政治活動をする決意を固めて、秋田に向かった。

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▲1984年のハンスト写真が掲載された2014年12月付の新聞記事(友人が送ってくれた)。左端「なくせ性差別」というメスマークの背後に三井マリ子の横顔が小さく写っている。

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by bekokuma321 | 2015-10-15 21:05 | 秋田

今年もシニア女性映画祭

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●11月14日(土)11:00〜 

「そして多くの女たちが… ―バルセロナのLaSal ―」本邦初上映
制作フランチェスカ・ボンメソン女性文化センター /ドキュメンタリー/26分/スペイン

「女たちの反逆―トルコの女性解放運動」本邦初上映
監督:メレク・ウズマン /ドキュメンタリー/57分/トルコ 英語版あり

●11月14日(土)14:20〜

「ルッキング・フォー・フミコ」
監督:栗原奈名子/ドキュメンタリー/57分/1993/日本 英語字幕

「30年のシスターフッド ー70年代ウーマン・リブの女たちー」
監督:山上千恵子・瀬山紀子/ドキュメンタリー/60分/2004/日本 英語字幕

●11月 14日(土)17:00〜

特別企画トークー70代が語るリブ45年ー 果てしなくリブ・ロードはつづく
舟本恵美 佐伯洋子 吉清一江 山上千恵子

●11月15日(日)11:00〜

沖縄戦の記臆 「沖縄戦の少女たち」
影山あさ子・藤本幸久監督/ドキュメンタリー/22分/2014 / 日本

「ビルマに消えた慰安婦たちー1997年5月~1998年9月現地調査の記録」
取材・構成:森川万智子/ドキュメンタリー/22分/1999/日本

●11月15日(日)14:00〜

「レズビアナ ーもうひとつの革命ー」本邦初上映
監督:ミリアム・フォジェール/ドキュメンタリー/63分/2012/カナダ 原語英語


シニア女性映画祭 International Women Make Sister Waves Film Festival
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by bekokuma321 | 2015-10-14 20:07 | その他