仙台市議選

炎天下、仙台市議選で奮闘している樋口典子さんを応援に行った。

東北大震災前は4月だったが、あの日から8月に変わった。

樋口典子さんとは、ノルウェーを通じて、かれこれ15年以上のおつきあいだ。女性議員増の鍵といえるクオータ制の発祥の地ノルウェーは、国会にも地方議会にも女性が4割いる。さまざまな政策が女性の視点で見直されてきた結果、世界で最もママが暮らしやすい国となった。

樋口さんは、ノルウェーまで飛んで、その目で男女平等社会を見てきた。それだけではない、社会問題を政策課題に変えるため、自ら市議会に挑み当選した。今度は2期目に挑戦する。

1期目の樋口さん、4年間、八面六臂の活躍だった。

c0166264_20124552.jpg


たとえば、寡婦(夫)に認められる税金の控除を、未婚のひとり親にも広げさせるため頑張った。ひとり親家庭、とりわけ子どもの困窮度は、結婚しているか否かには無関係だからだ。ノルウェーでは昔から当たり前になっている考えかただ。

また、立候補届には本名(戸籍名)を書くが、通称使用の場合、「通称使用の申請」をすると、立候補者名を通帳でできる。ところが当選証書は本名だった。それを樋口さんたちは、「当選証書も通称使用を」と運動を続けて、それを市に認めさせた。全国で初めてだった。

また、管理栄養士の目で放射能汚染を見つめ、「給食の放射能汚検査体制の充実」へとつなげることも忘れなかった。

セクハラやパワハラのない職場、DVのない家庭にするには、ひとりで悩んでいるだけではダメだ。制度を変革し、相談機能を充実させスタッフに予算をつけなくてはならない。そのためには、こうした問題は重要な政策課題だと考える議員がいなくては話にならない。

「セクハラだ? あんたにもスキがあったからだろ」―-なんておじさんにどうしてセクハラをなくせるだろう。

「DV? 妻がちょっと我慢すればいいだけでしょ」--なんておばさんにどうしてDVをなくせるだろう。

だから、私は樋口典子さんを応援する。
 
ひぐちのりこホームページ
ノルウェーに学ぶ会:平等の先の平等
樋口典子の「陳述書」
ノルウェーで女性重役旋風
「ルポ 世界でもっとも住みやすい町」(pdf文書)
[PR]
by bekokuma321 | 2015-07-31 20:17 | ノルウェー

岩国基地には2014年1年間で「オスプレイが89機、50回飛来」した(朝日新聞)。オスプレイとは、ハワイで着陸に失敗して死亡事故をおこした、あのヘリコプターのような新タイプの航空機だ。

米海兵隊の航空基地は、日本では沖縄と岩国にしかない。岩国の基地は、甲子園球場145個がはいる575ヘクタールの広さだった。埋め立て後はさらに拡大し、792ヘクタールになった。

2015年7月25日、全国フェミニスト議員連盟の乗ったANAが降りた岩国錦帯橋飛行場は、その敷地内だった。民間の飛行場が、滑走路を米軍と共用しているからだ。でも、もし滑走路で事故が起きたら、いっさい日本は立ち入ることができない。

c0166264_17523550.jpg


岩国市議田村順玄さんの案内で、米軍基地岩国の問題点を聞いた。田村さんは、岩国基地問題一筋で闘ってきた。基地の町の苦悩をつぶさに伝える通信『おはよう愛宕山』は、田村さんが取材して執筆して編集発行する。この7月で494号を迎えた。

「年1回、基地を市民に開放する日があるんですが、僕は絶対に招待されない」と、岩国基地の生き証人田村さんは笑った。市民懐柔の日と言っていい、その日を、米軍は友情の日(friendship day)と呼ぶ。

c0166264_1753575.jpg

今、最大の問題は、「滑走路移設とニュータウン事業」にからんでの国家プロジェクトだ。異議をとなえる住民たちが2つの訴訟を起こし、現在も係争中だ。ひとつは、7月17日に結審し、10月7日の判決を待つ。

かつての滑走路は住宅地に近く、騒音や危険と隣り合わせの暮らしを強いられていた。そこで決まったのは沖合への大移転計画だった。海を埋め立てるためには土砂がいる。土砂をどこから持ってくるか。それが愛宕山だった。

「未来のモデルとなる住宅地を造るので、土地を売ってもらいたい」。21世紀の「理想の街」となると説得された地権者たちは、慣れ親しんだ里山を手放した。1997年だ。ところが、赤字を理由に県は国に売却。国は、あろうことか米軍の住宅地をつくることに。裏切りではないか、と反対する住民たちは、月3回、愛宕神社前で座り込みを続けている。田村さんの座り込みは、260回を超えた。

c0166264_1753376.jpg


岩国の住民、とくに女性はどう思っているのか。

岩国の人たちは、長く米軍基地を受け入れてきた。「生まれたときから、あるものと思ってきた」と元市職の女性は私に言った。

「海と川で要塞のように、基地が阻まれているから、日常的には見えない、そんな岩国の環境もありますね」そして、「家族の平和を壊せないので・・・」、表だっての反対運動はできずにいる。実名もあかせず、顔写真も出せない。彼女は、基地反対の行動を家族から強く反対されて、つらいこともあった。しかし、それでも自分なりの反対運動をやめずに続けている。「立場をわきまえないと、生きていけない土地なんです」ーー最後に言った。

安倍首相のおひざ元、山口県の苦悩に触れた旅だった。

追跡!在日米軍
朝日デジタル 岩国基地
平和な未来の為に-岩国から
Youtube 岩国:米軍住宅建設の反対集会「市民に返せ」
米国、日本にオスプレイ5機を410億円で売却へ
Friendship Day
[PR]
by bekokuma321 | 2015-07-30 18:51 | 紛争・大災害

裁判長、和解提案

第11回目の三井マリ子VS松浦大悟裁判が秋田地裁でありました。

法廷は非公開でした。三井さんの代理人近江直人弁護士、森田祐子弁護士、そして三井さんからの報告によると、前回同様、裁判長は和解をするよう提案したそうです。

前回、和解に応じないかのようだった松浦被告ですが、三井さん同様、裁判長の和解提案に応じたということです。

c0166264_9512214.jpg

普通のおばちゃんは、松浦被告はあくまで裁判を続けるのかと思っていたので、意外な展開でした。というのも、先月になってはじめて、松浦被告は、三井さんを追い出しにかかった時の隠しどり録音とテープ起こしを裁判所に出してきたからです。

投票日の5日後、三井さんの自宅兼事務所に5人が前触れなくやってきて、1人だった三井さんを追い出しにかかったことには驚きましたが、その時どこかにボイスレコーダーまで隠し持って準備万端でやってきたことに普通のおばちゃんは本当に驚きました。

おばちゃんが三井さんを支援して1年半たちましたが、ますます驚くことばかりです。

次回は9月30日、午前11時です。

普通のおばちゃん 佐々木厚子(秋田市 さみどりの会*)

【写真:秋田県庁で記者会見する近江弁護士(左)、三井さん(中央)、森田弁護士(右)。撮影佐々木】

(*)2012年暮れ、2カ月にわたる立候補要請を受けて、三井マリ子さんは秋田移住して衆院選に出た。落選後、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴した。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。「産むならば 世界を産めよ ものの芽の 燃え立つ森の さみどりのなか」という阿木津英の歌がある。女性は子どもだけでなく、世界を産み出すのだという意味だ。三井さんは、選挙演説に引用しては「私は新しい秋田を産み出したいのです」と結んでいた。選挙・裁判をきっかけにできた、女性と選挙・政治を考えるサイトさみどりの会ホームページには裁判関係の情報が掲載されている。
c0166264_15134969.jpg
[PR]
by bekokuma321 | 2015-07-30 10:01 | 秋田

先週、スペインを訪問中の三木草子さんからレポート「女たちのバルセロナ」が届いた。読みながら、こうした女たちの日ごろの連帯が、5月の女性市長誕生への力となったのでは、と思った。転載許可が得られたので、FEM-NEWSの読者のみなさん、どうぞお楽しみください。

■■■■■■■■
バルセロナの女たちの活動場所が、偶然にもお互いに歩いて5分ぐらいの所に集まってきました。

最寄駅は地下鉄ウルキナオナ。中心地だけれど、観光客の喧騒からちょっと隠れたいい場所にあります。京都で言えば、烏丸御池からビオ亭やギャラリーヒルゲート、男女共同参画センターウイングスに行けるようなものです。

ウルキナオナ駅から1、2分の世界遺産カタルーニャ音楽堂(Plau de la musica)をめざします。その通りはサンペール上通りで女の本屋さんProleg(プロローグ)。次に中通りで女性映画祭のDracMagic(マジックドラゴン)の事務所。そして下通り、女性スクールと図書館のLa Bonne(ラ ボンヌ=旧フランチェスカ・ ボンヌメゾン)。どの道も乗用車1台が通れるくらいの古い街並みです。ラ ボンヌから大通りに出て、そこを横切って路地を入った所に、Ca la Dona(女の家)。ここは大聖堂から近い所。

簡単にご紹介します。詳しくはホームページで。カタルニア語なので、翻訳を使ってください

1)女の本屋プロレグProleg
20年の歴史ある女の本屋さん。母のアンジェラが開店して、いまは娘のヌリア1人で頑張っています。(京都の)中西豊子さん母娘みたいですね。著者との交流やワークショップができるスペースが奥にあります。
c0166264_1136593.jpg

c0166264_11364433.jpg

【写真上:左アンジェラ、右ヌリア。 下:入った所に子供の本。バージニア・ウルフ、ココ・シャネル、フリーダ・カーロ、オードリー・ ヘップバーン、イサドラ ダンカンの伝記が並ぶ】

2)バルセロナ女性映画祭ドラクマジック(DracMagic)
フランコ統治下の1970年に、女性がコミュニュケーション メディアの中で見える存在になること、映画分野において女性の映画監督が存在することを示すこと、などを目的としてドラクマジックを設立。毎年6月に国際女性映画祭を開催して活動。事務所には1970年からの貴重な映像資料が保存されています。
c0166264_11374544.jpg

c0166264_11385688.jpg

c0166264_11392852.jpg

【写真上:1970年当時のDracMagicのロゴが額に。当時のサイケ調がなつかしい。 中:資料室兼ミーティングルーム。 下:仕事場。1階で入り口以外、窓がないのが悩みとのこと】

3) ラ ボンヌ(La Bonne)
ラ ボンヌは、ウーマンズ・スクール、講座、ワークショプ、イベントなど、女性の教育と文化活動をおこなっています。2階は誰もが使える図書館で、WIFIも利用できます。

ここは、もとはと言えば、20世紀の初めにフランチェスカ・ボンヌメゾンがヨーロッパ初、世界初の女性のための図書館と文化教育センターを作ったのが始まりです。1922年に現在の場所に引っ越しました。

フランチェスカ・ボンヌメゾンは裕福な織物商の娘で、当時の働く女たちの教育に力をいれ、結婚後も夫が嫌うのを物ともせず、女性のための活動を続け、夫の死後はそれに専心。

建物は、スペイン市民戦争の後半フランコ派に撤収されて活動できなくなり、1941年、女性の教育活動のために使うことを条件にバルセロナ市に引き渡されました。

その後、さまざまな変化をくぐり、1990年代にある女性がこの協定書を発見、市にこの建物を女性のために使うよう要求してフェミニストの大運動が展開されました。4~5年の運動の結果、2002年、4階建ての建物の3、4階を女性のために使うことが決まり、女たちはフランチェスカの遺志を引き継ぎ、現在に至ります。
c0166264_11401319.jpg

c0166264_11404562.jpg

【写真上: ラ ボンヌの入り口にウーマンズ スクールの旗。  下: 設立当初の「女たちの図書館」の石彫りプレートが入り口の上に。この建物は16~17世紀のもの】

4) カラドナ(女の家 Ca la Dona)
引っ越してきたばかりですが、ビルは10世紀前後の建物。3階建で、1、2階がカラドナ、3階は他のグループが使用することになっていて、現在は1階のみが改装済み。とても素敵に改装され、会議室、キッチンもあります。市から提供されたビルですが、光熱費などは負担。

専任スタッフ、運営グループがあり、法律相談、シェルター相談などの活動のほか、複数の女性グループが登録して 活動。市からの助成金もありますが、足りないのでメンバーが年3、4回の分割払いでサポート。
c0166264_11411836.jpg

c0166264_11421730.jpg

c0166264_11425953.jpg

【写真上:玄関を入った所にこんなアート作品が…。床には19世紀の床タイル。写真では見えないが、天井には古い木の梁が使われている。  中:壁には世界各地の女たちのデモの写真。カタルーニャ語は70年代の歌の歌詞。「生きつづけるために歩く、歩きつづけるために生きる…」  下:プレゼントの「女の暦」を手に、専任スタッフの二人のアナさん】

三木 草子(ミキ ソウコ)
1970年代はじめよりウーマン・リブ運動に参加、ミニコミ『女たちから女たちへ』発行。編著『資料日本ウーマンリブ史』全3巻(松香堂書店)。編著『英語で読むアメリカのフェミニズム』(創元社)、共訳『ゴスペル・サウンド』(ブルース・インターアクションズ)など。現在、シニア女性映画祭で活動。

■■■■■■■■
三木草子さんが訪ねたバルセロナ女性の活動拠点のウェブサイト
バルセロナ 女の本屋Llibreria Proleg
バルセロナ 女性映像学校ドラクマジック(マジック・ドラゴン)
バルセロナ 女性センター「ラ・ボンヌ」
バルセロナ 女の家「カラドナ」
[PR]
by bekokuma321 | 2015-07-23 12:50 | ヨーロッパ

冬の月が冴える夜。

闇にまぎれて、どこからともなく現れた女たち4人。屋敷に侵入し、懐中電灯で足元を照らしながら階段を一歩一歩上っていった。

門の横に、今度は10人。先発隊の後を追って、そっと階段を上った。

10分経過すると、また10人、そしてまた10人。さらに10人・・・・

全員が大部屋に入ったことを確認し、いっせいに手元の懐中電灯をつけた。パアーッと室内全体がライトアップされた。

「やったぁ、この家は私たちのものだ!」

1979年11月2日深夜、コペンハーゲン、「ダナーの家」占拠の瞬間だった。

不法占拠→募金活動→屋敷の取得→改造工事→女性シェルター創設、とトントン拍子に進み、全国民をまきこんだ一大社会運動としてデンマーク女性解放史の1ページを飾った。下は当時の運動に使われた貴重なポスターだ。

c0166264_11112312.jpg


小説など目じゃないほどドラマチックな、デンマーク初の女性シェルター建設運動。詳しいドラマは、叫ぶ芸術「もう、不法占拠しかない!」デンマークをどうぞ。「I 女のしんぶん」に連載中のWeb版。
[PR]
by bekokuma321 | 2015-07-22 11:16 | 北欧

「民主関係者3人不起訴、秋田地検  衆、参院選で横領容疑など」 という記事が秋田さきがけ新聞に載っていました(2015年7月1日)。

これを見た私の友人たちから、「犯罪の事実がわかっているのに不起訴っておかしい」との声がたくさんあがっています。私も同感です。

そもそも、この事件は、三井マリ子さんが衆院選後、選挙を担った松浦大悟議員秘書に、「選挙運動収支報告書」を見せてほしいと言っても見せてもらえなかったことに端を発しています。

マリ子さんは、しかたなく自分で秋田県選管に出向いて報告書を見せてもらいます。そこで疑念を抱きます。調査をするなかで、聞いたことも見たこともない銀行口座が開設されていることを発見したマリ子さんは、私文書偽造・同行使・詐欺として、告発します。

警察の捜査過程で、別の事件が浮上します。それが、今回不起訴となったポスター貼り事件です。ポスター貼りをしていない人たちに、1人1万円ほどを支払ったようにされていたのです。嘘の領収書を作って払ったように見せかけて、実際は自分の懐に入れていた人が何人かいたのです。

c0166264_1448557.jpg

c0166264_14155926.jpg


捜査段階の新聞には、ポスター貼りなどしないのに、自分名義の「領収書」を警察から見せられ三文判を押されていたとわかった人、ポスター張りは手伝ったが報酬などもらっていなかった人などの怒りが、報道されていました(松浦大悟参院選でも同じ不正が発覚)。

つまり、ポスター貼りのとりまとめ役だった民主党秋田の幹部が、選挙資金からおカネを横領着服したのです。横領着服だけではありません。ウソの記載をした選挙収支報告書や、そのもとになった架空の領収書を何十枚も選管に出していたのです。

何も知らなかったにせよ、最終責任者であるマリ子さんは、どれだけ苦しい月日をすごしたことか。

2つの刑事事件は、2014年2月、秋田地方検察庁に書類送検されました。ひとつは、松浦参議院議員秘書(マリ子さんの選挙会計)の私文書偽造・同行使。詐欺事件で、もうひとつが、今回のポスター貼りにともなう民主党幹部らの横領着服事件です。

横領着服した3人は横領・着服を全面的に認めたそうです。嫌疑は十分なのです。ところが、起訴されなかったのです。

一方、ポスター張りをしてもないのに、ポスター貼りをしたとされて、その氏名や住所、もらってもいないカネを受け取ったとされた人たちがたくさんいます。横領着服に利用された人たちの憤慨は計り知れません。これでは、その人たちの怒りの矛先は最終責任者であるマリ子さんに向かいかねないのです。

巨額のお金をごまかしている他の政治家と比べ些細な金額というかもしれません。額の大きさではなく、人の名を勝手に領収書に書いて、そのカネを懐に入れるなんてあまりに悪質です。マリ子さんの衆院選の後の参院選でも同じ不正があったのですから、常習性さえ感じます。しかも、横領したカネの原資は国民の税金です。

マリ子さんの選挙では、最初から余りカネを使わないで貯め込もうとして、ポスターの枚数をできるだけ少なくしたり、運動員を最低人数に抑えたりしていました。名前すら知られてなかった新人マリ子さんにはポスターが命です。それなのに、ポスターは最初から枚数が極端に少なかった。実際、選挙区を車で移動した私は、他候補のポスターは一定間隔で貼られているのに、マリ子さんのは1枚もなかったことを覚えています。

加えて、ポスター貼り横領事件でわかったのですが、貼るべきポスターでさえ、実際は貼られなかったのです。選挙カーで回っていたマリ子さんは、自分のポスタ-のない掲示板を見て、「吹雪ではがれたのだろう」と思ったそうですが、最初からマリ子さんのポスターを貼ってなかった掲示板が何百枚もあったということになります。

マリ子さんは、「秋田のため、女性のため」と、秋田移住をして勝ち目のない選挙に立候補しました。その裏で、こんな不祥事がいくつも行われていたことに、何と言っていいか。諦めるしかないのかなと思いつつも、やはり諦めきれません。憤慨しています。

なぜ、どういう判断で不起訴になったのか判らないことが一番、頭にきます。その点、現在、秋田地裁で行われている民事裁判は、内容の報告があるので、状況や進展がわかります。

なんとしても民事は勝たなければならない――憤慨を希望に変えようと、心に決めました。

大倉 由紀子 (さみどりの会*)

【写真:2012年12月は豪雪。公営掲示板の下のほうにあった候補者のポスターは雪に埋もれていた。三井候補の支援者に雪かきしてもらった】

(*)2012年暮れ、2カ月にわたる立候補要請を受けて、三井マリ子さんは秋田移住して衆院選に出た。落選後、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴した。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。「産むならば 世界を産めよ ものの芽の 燃え立つ森の さみどりのなか」という阿木津英の歌がある。女性は子どもだけでなく、世界を産み出すのだという意味だ。三井さんは、選挙演説に引用しては「私は新しい秋田を産み出したいのです」と結んでいた。選挙・裁判をきっかけにできた、女性と選挙・政治を考えるサイトさみどりの会ホームページには裁判関係の情報が掲載されている。
c0166264_15134969.jpg
[PR]
by bekokuma321 | 2015-07-20 14:38 | 秋田

20年前を思い出して

c0166264_22442297.jpg 三井マリ子VS松浦大悟裁判に関しては、FEM-NEWS等で大体知っていたつもりでしたが、「訴状」も前の「陳述書」も読んでいないので、「陳述書2」を読んで初めて全体像が分かった気がします。

私がとくに興味を持ったのは「8 後援会会計が出納責任者に」の章です。

これを読んで、選挙運動の出納責任者になっている人を、三井マリ子本人が(以後マリ子と呼ぶ)選管に行って「選挙運動収支報告書」を見るまで知らされていなかったことに、とても驚きました。

マリ子が初めて衆議院議員選挙に挑んだのは1993年、それまでの東京都議会議員の座を蹴って、しかも無所属での立候補でした。

当時は「政党交付金」なるものがありませんでした。しかも、無所属ですから全ての選挙資金は友人や知人をはじめ、支持者からの寄付に頼るしかありませんでした。

私はマリ子の同級生として、マリ子の選挙区である杉並に住んでいたこともあり、マリ子が都議に初めて立候補したときから事務所の会計をはじめ、あらゆる仕事を手伝っていました。

後援会の名は「三井マリ子と新しい政治を創る会」でした。衆院選に出ることになり、都議時代からあったこの後援会の口座を受け皿にして寄付を集めました。大学の同級生や同窓生を中心にさまざまな運動をしたように記憶しています。そして私は、寄付者への領収書発行などの事務にも当たりました。

結果的に私は、「後援会の会計」と「選挙運動の出納責任者」を一人で引き受けました。誰から頼まれたわけでもなく、自然にそうなったと思います。

落選という形で選挙は終わりましたが、三井マリ子を政界にと期待する支持者はたくさんいました。落選後の赤字解消のために催した上野学園 石橋メモリアルホールでのオペラ・コンサートは大盛況でした。事務所を閉じる時も沢山の仲間が集まり、ワイワイと大勢で片付け作業をしたことを思い出します。

選管への「選挙運動収支報告書」は、出納責任者である私が作成しました。後援会のほうは、いずれ又、彼女が選挙に出ることを考えて、そのまま維持し、毎年、入出金の少ない収支報告書を書いては選管に提出し続けました。その度にマリ子本人のチェックを受けたことは勿論です。当たり前すぎて、言うまでもないことです。

後援会を閉じたのは、数年後、「もう政界復帰はしない」というマリ子の意思を確認した上でのことでした。

その後、マリ子は、女性議員増の鍵となる「クオータ制」を広めるため奔走します。クオータ発祥の地ノルウェーから現職の男女平等オンブッド(オンブズマンのこと)を招聘して国際会議を開催しましたが、すべて自分たちの手で資金を集めて成功させました。私も含め大勢が企画運営にがんばったことを思い出します。

さらに、その後、大阪の男女平等推進施設の館長になったり、地方都市の男女平等オンブッドになったりもしたので、マリ子は、政界以外の場で、男女平等社会を実現する活動を続けていくものと思いこんでいました。

なので、2012年10月、マリ子から秋田で衆院選に立候補するという手紙を受け取ったとき、俄かには信じられなかったのは事実です。

秋田には知り合いが一人もいなかったため、マリ子に協力したくてもカンパぐらいしかできませんでした。それに突然の秋田移住、突然の解散総選挙でしたから、秋田の民主党の方々が責任を持ってやって下さると信じて、遠い東京から見守るしかありませんでした。

そして落選。さらに裁判!

「陳述書2」に記載されている、落選後にマリ子が受けた対応は、私には信じられないことが多く、ただ驚いています。

しかし、マリ子は、泣き寝入りせず、諦めず、しっかりと事実を調査し、提訴し、理路整然と文書で書き著わし、法廷で闘っています。それがマリ子の真骨頂だと、「陳述書2」を読んで改めて思います。

ところで、2013年11月に提訴した時の損害賠償請求額は2758万円1759円でしたが、2014年5月に、裁判官の勧告で供託金300万円が返還されたため、300万円が争点から省かれることになり、請求額は2428万1759円に変更されたということなのですね。

関連の報道によると、返還金300万円は、立候補した趣旨にしたがって、「秋田おばこのデモクラシーを考える会」を立ち上げて、秋田の女性議員増のための調査や広報に使うとされています。マリ子らしいと思います。

裁判の過程で、銀行口座開設に関わる不法行為だけでなく、政党助成制度の不備や、公職選挙法のザル法ぶりが、世に明らかにされることでしょう。

マリ子の闘いが、本人の受けた損害が賠償されるだけでなく、日本の法律や制度が改善されるなど、よりよい社会への道すじを開くことになると、期待しています。

勝訴を切に祈ります!!

高橋 三栄子(三井マリ子友人、さみどりの会*)

c0166264_23271039.jpg
 1995年から政党の公認候補には政党交付金が政党本部から候補者名義の銀行口座に振り込まれるようになった。政党交付金の原資は全国民1人250円の税金(▲秋田銀行前の三井マリ子、2015年6月24日)

【写真左上:「陳述書2」は甲151号証として、6月24日、原告代理人の近江弁護士から秋田地裁の齊藤顕裁判長に提出された】

(*)2012年暮れ、2カ月にわたる立候補要請を受けて、三井マリ子さんは秋田移住して衆院選に出た。落選後、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴した。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。「産むならば 世界を産めよ ものの芽の 燃え立つ森の さみどりのなか」という阿木津英の歌がある。女性は子どもだけでなく、世界を産み出すのだという意味だ。三井さんは、選挙演説に引用しては「私は新しい秋田を産み出したいのです」と結んでいた。選挙・裁判をきっかけにできた、女性と選挙・政治を考えるサイトさみどりの会ホームページには裁判関係の情報が掲載されている。
c0166264_15134969.jpg
[PR]
by bekokuma321 | 2015-07-19 23:19 | 秋田

7月16日、衆院本会議で、安全保障関連法案が可決された。自民・公明、次世代の党に属する議員が賛成した。民主党、維新の党、共産党、社民党の議員は退席した。

これで戦地に自衛隊の派遣ができるようになる。

憲法学者は国会でそろって憲法違反だと断じた。世論調査でも法案に反対が多い。共同通信「反対」58・7%。毎日新聞「反対」58%。朝日新聞「反対」56%。性別で統計をとったら、女性にはもっと「反対」が多いはずだ(なぜかどの新聞も性別で「反対」をとらない)。

しかし、与党自民党は、専門家の批判も民意もどこ吹く風だ。女性の意見など歯牙にもかけない。

吐き気をもよおす、安倍政権の、この傲慢さはいったいどこから来るのか。

c0166264_1215735.jpg「小選挙区になって自民党候補どうしが争うことがなくなり、公認を受けたら集票は任せきりという議員も増えた。地盤を受け継ぎ、後援会長としか会わない2世や3世議員もいる」という小熊英二の意見に答えがある。

小選挙区制度が今日の事態をつくってしまった。もっとも多くの票をとった一人しか当選しないという小選挙区制だ。この小選挙区制という選挙では、民意は議席に反映しない。

「48%の得票率で76%の議席を占有できるという小選挙区制の“マジック”だった。いいかえると、自民党は、小選挙区に投票した人の、2人に1人弱の得票で、じつに衆議院の4分の3の議席を得たことになる。」(毎日新聞2015.1.5)

”マジック”という言葉でごまかされないぞ。半分以下の票しか得てないのに、8割近い議席をとるなんて絶対におかしい。まともじゃない。歪んでいる。

小選挙区制導入の前に、小選挙区制が導入されたら、今日のようになると、警告した本がある。『小選挙区制が日本をもっと悪くする』(阪上順夫著)。20年以上前に書かれた本だ。

小選挙区制では、選挙戦が激化し、金権政治を生む。小政党、女性候補は不当に排除され、大政党が議席を独占する。投票率低下のなか、与党が圧倒的多数となり、提出法案は次々に可決されていく。有事立法は強行採決で可決し、防衛費が増え軍事化が進んでいくーーと、阪上は書く。

そして、「これはもちろん架空の話である」と謙遜気味に付け加える。ところが、そのとおりになってしまった。

さきほど、危機にひんしている憲法を、そっと覗いたーー我が愛する憲法は「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し・・・」で始まっている。

すべての基本は、選挙で代表者を選ぶことにかかっている。だから、正当な選挙制度でなければならない。しかし、小選挙区制は、民意が議席に反映しない歪んだ選挙制度であり、信じがたいほど不公平な選挙制度である。

小選挙区制は正当でない。だから現議員は、正当に選挙された私たちの代表者ではない。

【写真は澤地久枝さんのアイデアに賛同した金子兜太さんが書いた。プリントして7月18日(土)午後1時、同じポスターをかかげて安保法案に反対の意思を示そう】
[PR]
by bekokuma321 | 2015-07-17 01:36 | その他

さみどりの会

7月14日、さみどりの会ホームページが生まれた。http://samidori.fem.jp/だ。

さみどりの会は、三井マリ子の衆院立候補→落選→秋田追放→裁判支援の中で、はぐくまれた友情と連帯の証と言える。

岡田ふさこ、岡橋ときこ佐々木厚子、亀田純子大倉由紀子、飯泉恵美子さんらが支える。陰では男性も支える。

さみどりの会をクリックすると、あふれる緑のなかに、かわいいメスマークが見える。デザインを担当したふじみつこさんは、言う。

「昨夏、はじめてノルウェーを訪れました。大自然美に心打たれました。居候をしていたお宅の庭には真っ赤なベリーが群生していました。毎朝、ベリー摘みをしましたが、とっても、とってもとりきれませんでした。小さいけれども力強さを感じました。この時のイメージです」

7月14日はフランス革命の日。225年前、「自由、平等、友愛」を掲げて新しい社会を目指して闘った。さみどりの会にも引き継がれているような気がする。

c0166264_851227.jpg

[PR]
by bekokuma321 | 2015-07-14 23:58 | 秋田

ノルウェーの会社では取締役の40%を女性にしなければならない。「会社法」で定められている。ところが、ノルウェーのサケの養殖会社セルマックでは、先頃、女性取締役が全員、首になったという。

首にしたのは、日本の三菱商事。三菱商事が、昨年、セルマックを14億ドルで買収したことが背景にある。

業界紙「FiskeribladetFiskaren」は、7月13日月曜日の一面トップ記事で、三菱商事がノルウェーの会社セルマックを買収して、女性取締役が全員追放した、と報道している。

見出しは、「セルマックは男女平等を求めた、しかし・・・取締役から女性がほおり投げられた」

三菱商事がサケの養殖で世界第3位のノルウェーのセルマックを買収したことは報道されていたが、それがこうなるとは!

ネットにはこんな言葉が並ぶ。

「男女平等にとってこれほど恥ずかしいことはない」
「セルマックがノルウェーから日本に売り渡されたとたん、女性が消された」
「セルマックが女性を取締役から追放」
「日本の三菱がセルマックを買収したら、取締役のすべての女性が追い払われた」

日本の会社が、札ビラで、ノルウェーが築きあげてきた男女平等を切り崩しているのだ。憤りがわいてくると同時に、慙愧にたえない。

c0166264_23302031.jpg


Millionfest for meklerne
ヨーロッパを動かしたノルウェー「取締役クオータ」
ノルウェーで女性重役旋風
三菱商事:女性活躍推進(2014年、経済産業省と東京証券取引所による「なでしこ銘柄2014」で女性活躍推進に優れている企業に選ばれた、と広報する三菱商事HP)
差別体質問われる在米日本企業三菱のセクハラと住友の融資問題にみる硬直した姿勢
[PR]
by bekokuma321 | 2015-07-14 23:20 | ノルウェー