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プッシー・ライオット

c0166264_239438.jpg月曜日、ロシアのパンク・フェミニストグループ「プッシー・ライオット」の公判が始まった。

「プッシー・ライオット」は、覆面をして、厳寒の日でも夏用の派手なコシュチュームに身を包んで街角に現れては、女性の権利や体制批判の歌を歌ってきた。

報道によると、彼女たちは、プーチン批判の歌を赤の広場の教会で歌ったりしていたが、2月21日、オーソドックス教会の中に入り、“神聖な”説教壇にあがって歌を歌おうとして、3人が逮捕された。神への冒涜、というような理由らしい。

以来、10人ほどいる「プッシー・ライオット」は、地下にもぐり、外で見ることはできなくなった。

モスクワの地裁に出廷するため、久しぶりに表に出たプッシー・ライオットたち。支援者たちに、笑顔で応えた。裁判次第では7年間の懲役が科されるという。

さてプーチン君、君をひやかす歌を歌ったぐらいで、まさかこの女の子たちを7年間も監獄に入れたりしないよね。

ところで、プッシ―とは、pussy。女性の性器をさす英語。ライオットは、riotで暴動・反乱という意味だ。

http://www.guardian.co.uk/world/2012/jul/29/pussy-riot-protest-vladimir-putin-russia
http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-19041458
http://freepussyriot.org/
◆Pussy Riot gig at Christ the Savior Cathedral (original video) http://www.youtube.com/watch?v=grEBLskpDWQ
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by bekokuma321 | 2012-07-30 23:12 | ヨーロッパ

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友人 ハンネ=マッテ・ナールッドHanne Marthe Narudの葬儀は、7月27日オスロ市内の西ア―ケル教会で行われた。

教会の中央の壇上から入口に向かって敷かれた赤いカーペットは、花輪、花輪、花輪。友人や同僚からだ。白いリボンには、En siste hilsen og takk(最後の挨拶を感謝をこめて)と書かれている。

牧師とハンネ=マッテの家族オーレ・G・ナ―ルッドの2人は、一人ひとりの名前をゆっくりと読み上げていった。女性の名が多い。

ハンネ=マッテ・ナールッドは、癌で亡くなった。享年54歳。働き盛りだった。さぞ無念だったろう。彼女は、数少ないオスロ大学の政治学の女性教授。「オスロ大学の政治学教授は30人いるが、うち女性はわずか3人、10%にすぎない。今日から2人に減ってしまった」(クラスカンペン紙)。

女性の政治学専門家としてノルウェー学術会議会員第1号となった。選挙分析のエキスパートであり、テレビや新聞のコメンテーターとしてマスコミに頻繁に登場した。

故人の遺志を継いで、西ア―ケル教会の葬儀をとりしきったのは、その教会の牧師ではなく、女性の牧師シ―ヌブ・サクラ・ヘッゲム Synnøve Sakura Heggemだった。私は、これまで、仏教・キリスト教・無宗教いろいろな葬儀に参列したが、指揮した牧師や住職はいずれも男性だった。女性が取り仕切った葬儀は、生まれて初めてである。

教会には牧師や専属の奏者がいる。葬儀を行う場合、いわゆるお寺の住職にあたる、その教会の牧師が執り行うのが通常だ。西ア―ケル教会の牧師は世界的にも著名な人(男性)である。

しかし、故人の意向で、その教会専属牧師ではなく、レ―ナ教会の前牧師(女性)が取り仕切りることになった。珍しいが、法的にはこういうケースも許可されるのだという。

シ―ヌブ・サクラ・ヘッゲムは、女性牧師の先駆者の一人だ。北欧でもまだ女性の牧師は少ない。彼女は、ハンネ=マッテ・ナールッドの故郷であるオーモット市のレーナ教会で、牧師を長年務めた。離婚後、2人の子どもを育てながらキャリアを続けた(ノルウェーの牧師は、国家公務員)。

現在はデンマークのオーフス大学で研究員をしながら牧師をしている。この日のために、デンマークから車を運転してやってきた。

彼女は、日本の宗教界における“女人禁制”の歴史にも強い関心を抱いている。彼女の説教は追って紹介する。

音楽を奏でたのも、その教会の専属奏者ではなく、レーナに住むトランペット奏者のエステン・スルフ―ス。曲は「命の光 Vitae lux」。

讃美歌もまた、故人の遺志で、宗教色を感じさせない、人間臭い詩だった。

c0166264_5221119.jpg生きること それは愛すること
今、あなたの魂が最良のものに触れること

生きること、それは働くこと
さらなる豊かな目標に向かうこと

生きること、それは暮らしのなかで
最良の価値を探しもとめること

生きること、それは勝つこと
あらゆる路に宿る真理を見つけるために

生きること、それは埋葬すること
不正や過ちを

生きること、それは海に似ている  
空には神が宿るように

(クリックすると大きくなる。彼女の死を悼む記事。題名「偉大なひとり」)

こうした葬儀を私が経験できたのは、ハンネ=マッテ・ナールッドが貫いた強い意思、それを実現させた遺族のおかげだ。心から感謝する。

◆参考◆
ハンネ=マッテ・ナールッドの評論は、『ノルウェーを変えた髭のノラ』(明石書店) に紹介されている。
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by bekokuma321 | 2012-07-29 04:51 | ノルウェー

c0166264_858301.jpg秋田県南の羽後町は、女性ゼロ議会である。人口は16000人余り。町議会議員16人に女性は1人もいない。

7月23日、その実態を聞くため、全国フェミニスト議員連盟として町長に面会を申し込んだ。

羽後町は、周囲を山に囲まれた古い町で、主要産業は農業と観光。とくに「西馬音内の盆踊り」は有名で、たくさんの観光客が訪れる。町の庁舎の前には、盆踊りをする女性を描いた大きな看板があった。

秋田魁新報社の記者と、地元の女子高校生が同席した。この女子高生が、将来、議会の議席に座る1人になってほしいと思いながら、話を進めた。

c0166264_8514629.jpg少子高齢化は女性の生き方に大きく関わる問題である。町のありかたを決める議会の場に、女性の代弁者がいなくては、住みやすい町への政策づくりに対応できない。候補者に女性が出やすくなるような啓発や工夫をしてもらえないか・・・などと口火をきった。

町長からは、次のような趣旨の答えが返ってきた。
「16人の議席に16人の候補者しか出ず選挙がない。男性の候補者ですら探すのが大変なのだから、女性どころではない」「女性を増やすには国で何割を女性にという法律をつくるのが早い、こういう町では困難だ」

国の政策で「2020年まで30%を女性に」という方針があることも、力説した。しかし、「女性の意識がそうなっていない」とにべもない。とはいえ、「選挙になると、住んでいる地域ごとに候補者が決まるので・・・」と言った。女性の出る幕がない候補者選定過程の問題点が浮かび上がってきた。

女性が立候補するには、この慣行を破らなければならないのだ。いかに困難を強いられるか、想像に難くない。

c0166264_92126.jpg羽後町長との面談は、男女平等政策に関心の高い加藤麻里秋田県会議員が車を運転して同行してくれたから、可能になった。

加藤議員は、「人口の少ない羽後町のようなところでは、あそこの嫁さんは、あそこの娘さんはこういう人だとか、みなわかってしまう。こういうところで町の議会に女性が進出するのは、非常に難しい」と語った。

c0166264_1544165.jpg盆踊りで町の観光を引き受けてきた女性たちの経験や知恵を、町の活性化政策につなげたら、さらに発展するはずだ。

町の生き残りには、女性の声が必要なのだ。「学校では女の子がどんどん生徒会長を引き受けています」と町長が言ったが、学校ができて議会ができないはずはない。ガンバレ、羽後町!

【写真上】手をあげているのが大江町長。後ろの歴代の町長写真。男性ばかりだ。
【写真中】盆踊りの女性をシンボルにした町の観光宣伝用看板。右は加藤麻里議員
【写真下】市役所敷地内に設置された銅像。上半身裸の若い女性の像。題は「ブルージーンズ」。作家は男性。いつ頃、誰が、どのような場で、どのような意義をこめて、このような銅像を置くことを決めたのだろうか。盆踊りの看板、上半身裸の銅像ーー女性は男性の対象物として存在する。そして議会には誰一人いない。
【写真最下】羽後町長室にて、加藤議員、三井、地元の女子高校生(これのみ秋田魁新報社記者撮影)
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by bekokuma321 | 2012-07-24 07:40 | その他

オスロ大学の政治学者ハンネ=マッテ・ナールッド教授が昨日、亡くなりました。54歳の働きざかりでした。心からお悔やみ申し上げます。

専門は、選挙分析でした。多忙な中、私の取材に何回か応じていただいきました。深く感謝申し上げます。教授最後のコメントを、次に掲げます。写真は元気な頃の彼女です。

c0166264_101489.jpg●●●ノルウェー地方選挙レポート2011 【3】●●●

2011年9月の投票日直後、オスロ大学の政治学者ハンネ=マッテ・ナールッド教授(Hanne Marthe Narud)に、結果を分析してもらった。

■ 世界を震撼させた7月の襲撃事件の影響は?
「それほど大きな影響は見えませんね。ただ、7月の事件の前、労働党の支持率はもっと低かった。政権を担っている党は地方選で票を伸ばすのは難しいのですが、労働党が伸びたのは、事件後、民主主義の大切さや選挙の重要性について議論が盛り上がったせいでしょう。投票所に足を運んだ若者が増えたのも、あの事件で政治的関心が高まったからです。その結果、投票率がやや上がりました」

■ ノルウェー女性が地方議会選挙の参政権を得て100年ですが、女性の進出は?
「今回は、女性議員数にあまり変動はなかったのですが、その増加傾向は変わりません。もちろん、ジェンダーはひきつづき課題のひとつです。ジェンダーの問題は、各政党の候補者リストを決めるときに重要なポイントになります。最近は、リストのトップに女性が来ることが是か非か、言いかえれば、市長ポストを女性がどの程度握れるかどうかが焦点です」


◆上記事の全文はノルウェー王国大使館HPに掲載されている
http://www.norway.or.jp/news_events/policy_soc/equality/2011-3/
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by bekokuma321 | 2012-07-22 09:03 | ノルウェー

c0166264_1241890.jpg日本の男女サッカーチームが、同じ日、同じフライトでヨーロッパに出発した。

その飛行機の座席は男女一緒だと誰でも思うだろう。ところが、女子はエコノミークラスで、男子はビジネスクラスだった。

言いたがないが、女子チーム「なでしこジャパン」は、2011年、世界制覇を果たし、現在、世界第3位のランクだ。一方、男子は世界20位である。

澤ほまれ選手は、「年齢的にも女子のほうが年上なので、本当は逆のほうがいいのでは」と、チクリ。表だっては抗議をしていない。

もし、男子が世界一となり、エコノミークラスに座らせられ、女子が世界20位なのにビジネスクラスだったら、世間はどう反応しただろう。

フェアプレイこそ、スポーツの魂だ。決めたのは日本サッカー協会かどうか不明だが、協会は、このアンフェア(不正)をどう弁解するか聞きたい。


【抗議・質問先 日本サッカー協会JFA】
〒113-8311東京都文京区サッカー通り(本郷3丁目10番15号)JFAハウス
電話 03-3830-2004(代表) FAX 03-3830-2005


◆Japanese Women Fly Coach to the Olympics; the Men Go Business Class
http://rendezvous.blogs.nytimes.com/2012/07/19/japanese-women-fly-coach-to-the-olympics-the-men-go-business-class/?hpw
◆Japan's female athletes fly economy while men's team sit in business
http://www.guardian.co.uk/world/2012/jul/19/japan-female-atheletes-economy-class

■日本サッカ―協会を変えるか、日本女性の世界制覇
http://frihet.exblog.jp/16614099/
■敗者アメリカ・サッカー選手たちの言葉
http://frihet.exblog.jp/16620902/
■日本女子サッカ―、世界の頂点に
http://frihet.exblog.jp/16613122/
■日本女子サッカー、強豪ドイツを破る
http://frihet.exblog.jp/16579152/
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by bekokuma321 | 2012-07-20 11:53 | 紛争・大災害

(クリックすると大きくなります)


ヌエックフォーラム

女性ゼロ議会をなくそう! 女性議員を増やそう!

男性偏重政治が原発政策にもたらす弊害


日時 :2012年8月25日(土)15:30~
場所 :埼玉県嵐山町菅谷728 国立女性教育会館(東武東上線武蔵嵐山駅から徒歩12分)

女性議員の余りの少なさ! 日本を暮らしやすい社会にするには、男性だらけの議会ではどうにもなりません。原発に頼らない社会への転換が急がれているにも関わらず、原発事故の反省もないまま、命を顧みない企業優先の再稼動が始まっています。地方議会に長年女性議員が少ないことが、原発政策にどのような影響を与えたのか。大惨事を再びくりかえすことのないよう、原発政策とジェンダー平等がどのようになっているのかを、現場から模索します。

報告者   勝又みずえ(岩国市民)
        蛇石 郁子(福島県郡山市議)
        能登 恵子(福井県小浜市議)
        伊藤 由子(宮城県加美町議)
        司会 三井マリ子(全国フェミニスト議員連盟)

資料代   500円


問合わせ   電話 090-4125-9259(陣内やすこ)
             080-2880-4412(勝又みずえ)
         Mail info@afer.jp

主催 全国フェミニスト議員連盟
    (日本の政策決定の場である議会にあまりにも少ない女性議員を増やすため 、
     1992年に全国の市民や議員がつくった会員組織。代表:片山かおる小金井
      市議、日下景子神奈川県議)


■男性偏重政治と原発政策を考えるサイトは、左下のMoreをクリック

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by bekokuma321 | 2012-07-18 22:20 | 紛争・大災害

c0166264_11123370.jpg四谷信子「あるオンナ党員の半生」(労働者運動資料室、2010)

私は四谷信子さんと6年余り、東京都議会でご一緒させていただいた。都議会の廊下を、胸をはって大股で闊歩する四谷さんの姿が今でも目に焼き付いている。

四谷さんは、男女平等問題への発言を都議会ではほとんどしなかった。ところが、ある座談会で、「神近市子さん、藤原道子さん……考えられないほどの弾圧の中を女性解放のために闘ってきた女性たちを観て、思わず涙が出た。そういう先人が果たしてきた道を、私たちはあとから歩ましてもらっている」と言った。

ちょうど4月の婦人週間(現在は女性週間)にちなんで、都議会のギャラリーで「道を拓いた女たちの肖像展」が開催されていた。四谷さんは、それを観て座談会に臨んだ。20年ほど前のことだ。

四谷さんも、女性ゆえの問題に苦しんで闘ったことがあるに違いないとは、思っていた。でも、四谷さんから直に苦労話を伺う機会はなかった。この度の本で私はやっと、四谷さんの話をじっくり聞くことができたように思えた。

四谷さんは、12歳で母親を亡くした。父親の再婚相手との確執もあって、高校卒業後、北海道から単身上京。東京大空襲や敗戦の惨状を体験する。戦後、読みあさった社会科学の本の影響で、ある日、新橋にあった日本社会党本部の門をたたく。

四谷さんは、日本社会党誕生とほぼ同時に党員となる。焼酎を飲み煙草をくゆらせながら、20代の情熱を社会革命にささげる。片山内閣成立、党の右派左派分裂、党の再統一、社会党から民主党への分裂、社民党創設、……こんな時代を生き、新宿区議、東京都議を歴任し、今にいたっている。

あっと驚く、度の過ぎたいたずらなど、笑えるエピソードも紹介したいが、スペースがない。女性史に関係の深い場面を2つだけ紹介する。

c0166264_11114390.jpg1949年4月10日、日比谷公会堂で「婦人の日大会」があった。歴史上初の保革を超えた女性の集まりだった。スローガンは「婦人よ自ら封建の鉄鎖を断ち切れ」「職場の実質的男女平等の獲得」「社会保障制度の即時実施」「労働基準法の完全実施」の4つ。

どれもこれも、いまだに到達できていない女性差別撤廃に必要不可欠のことばかりだ。3000人が集まった。この成功の影に四谷さんがいた。

それまで、女性たちは、政党の違いから分裂していた。「婦人の日大会」も同様だった。しかし、四谷さんは、女性が初めて選挙権を行使した1946年4月10日を記念して、女性が党を超えて政治意識を高めなくてはならないと、願った。社会党婦人部(現在の女性部)の代表として企画・運営のすべてを担った。他党と粘り強く交渉説得にあたった。その結果、40以上の団体が結集することになった。

もうひとつは、四谷さんの藤原道子さんへの憧憬について。藤原さんは、衆参あわせて6期を務めた国会議員だ。四谷さんは「私にとって母親のような存在」と、表現している。

藤原さんは、小学校5年で中退し、印刷女工となり、その後、苦労の末、検定試験に合格して派出看護婦になり、本所深川のスラムで活動を続けた。常に警官の尾行つきの活動で、紡績女子行員の過酷な労働条件に反対するビラをまいていて、背負った赤ん坊ごと警察に留置されたこともあった。社会運動家の夫が、別の女性との間に子どもをつくったことで離婚。しかし、後にその子どもを育てた。

「寝ても覚めても」社会のひずみの中であえぐ人たちのために闘い、医療・福祉など社会保障制度確立を訴えぬいた。左派社会党時代、女性問題についての活動が目覚ましかったのは、藤原さんに負っている、と四谷さんは本で語っている。

座談会で四谷さんが、「思わず涙が出た」と語ったのは、「道を拓いた女たちの肖像展」で藤原道子さんの写真を見たからだ、と後にわかった。

四谷さんも苦労人だ。「防空壕の中で体をねじまげたまま焼け死んだ人など、正視できない悲惨さを見た体験」を人生の原点として、今なお活動を続ける。私にとっては、お姉さんというよりお兄さんと呼びたい先輩である。


三井マリ子

【写真:上は本の表紙。下はデモの先頭に立つ四谷信子さん(最右)】
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by bekokuma321 | 2012-07-18 11:15 | その他

c0166264_2228698.jpg 榊原裕美さんの書評「ノラの国の130年後」を紹介する。

榊原さんはスウェーデン研究者。スウェーデンの労働組合と女性雇用を長年研究し、文書や講演で発表しつづける。社会的弱者の視点をはずさない姿勢と、誰にもわかりやすい表現にファンが多い。

この書評は、『ノルウェーを変えた髭のノラ』(明石書店)について書かれたもので、『女性労働問題研究』誌に掲載された。

◆◆◆◆◆ ノラの国の130年後 ◆◆◆◆◆

奇妙なタイトルと、女性の顔の鼻の下に一本線を引いた写真の表紙の本である。ノラは、日本でも有名な戯曲、ノルウェー人イプセンの戯曲「人形の家」の主人公で、たいていの読者はご存知だろう。

弁護士の夫にかわいがられた妻ノラは、自分で判断して夫の窮状を救おうとするが、それを知った夫にののしられる。自分は愛されてはいたが一人の人間として尊重されていたわけではなかったと知り、夫と子どもを捨てて家を出て行くというストーリーの一八七九年の作品だ。日本では、その三二年後の一九一一年、松井須磨子が演じ、日本の演劇史に残る作品としてよく知られている。

同じ年、平塚らいてうが中心になって「青鞜」が発刊される。この後、いわゆる堕胎論争、母性保護論争などへと連なるが、日本のフェミニズムの収穫として、単に参政権など政治的な平等を求めたとされる第一波フェミニズムの枠に収まりきれない現在にも通じる豊かな内容を展開した。らいてうはスウェーデンの女性思想家エレン・ケイに大きな影響を受けており、この時期、日本のフェミニズムは意外にも北欧との関連があったようだ。

家出から一三〇年がたったノラの国ノルウェーで、二〇〇九年の夏、町のあちこちに張られていたのがその写真のポスターだ。その下にはこんな言葉が入っている。「一筆で賃金格差を減らせますよ」つまり髭をつけて男になれば、というわけだ。女であるだけで、格差があることへの皮肉である。

(つづきは、左下Moreをクリック)

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by bekokuma321 | 2012-07-17 14:40 | ノルウェー

さよなら原発に17万人

c0166264_2056118.gifThe largest anti-nuclear protests in Tokyo was held July 16 (a national holiday=ocean day) at Yoyogi park.

170,000 were at the “Sayonara Nukes=Goodbye Nuclear Plants” rally in Yoyogi Park, according to the Organizers.

c0166264_21525146.jpg私は、別の仕事で東京にいなかったので、行けなかった。ネットで受けただけでも、知人や友人の多くが参加している。名古屋から、貸切バスで参加した友人もいる。

今日、10万人集会を計画していたが、先週金曜日に、すでに10万人を超えた。 次は、2012年7月29日午後3時半から東京・日比谷公園中幸門に集合して、国会包囲行動。

今日は海の日。海を汚染つづける原発事故に怒りを示す絶好の日だ。海の日に集まった反原発の力を、次の選挙に生かそう。

以下はTBSより。

この暑さの中、音楽家の坂本龍一さんや作家の大江健三郎さんらが呼びかけ人となって、「原発反対」を訴える集会が開かれ、主催者発表で17万人もの人達が集まりました。会場となった東京の代々木公園は参加者で埋め尽くされました。

3連休最終日の東京・代々木公園を人々が埋め尽くしました。その目的は「さようなら原発10万人集会」。

「普段は若者や家族連れでにぎわう代々木公園。今日は老若男女含め、ものすごい人出となっています」(記者)

「十数万人に上る私たちは侮辱の中で生きていくほかないのか。他に次の原発の大爆発によって侮辱の中で死ぬほかないのか。そういうことがあってはいけない」(ノーベル賞作家 大江健三郎さん)

「たかが電気のために、この美しい日本、そして国の未来である子どもの命を危険にさらすようなことはするべきではない」(音楽家 坂本龍一さん)

瀬戸内寂聴さんら著名人も呼びかけ人として参加しました。東日本大震災後、最大規模となる10万人を集め、脱原発を訴えようというのです。会場では、こうした集会に初めて参加したという人たちの姿が目立ちました。

c0166264_21531599.jpg「この子が生まれて、やっぱり未来のこととか、本当に考えないといけない」(デモ参加者)
「ネットの力が大きい。イベントの垣根が低くなってきていると思って参加した」(デモ参加者)

参加者の中には、福島市から駆けつけた小林さん親子の姿もありました。

「(子どもには)これだけの人が集まって何かやっているのは、大きな理由があるのだと、心にとどめ、大きくなってからもう一度、自分で勉強してほしい」(福島市から参加した 小林みゆきさん)

小林さんは震災後、福島第一原発の影響を恐れて、娘とともに宮城県多賀城市に避難しました。福島市に残る夫とは分かれて暮らしています。

「反原発の方向に動いてもらいたいし、そういう力になりたい」(小林みゆきさん)

集会の参加者は主催者発表で17万人にも達しました。3つのグループに分かれて、東京の都心をデモ行進しました。

「これだけたくさんの人が反対しているとの意思表示をしたい」(参加者)
「人間の力じゃ核は防げないので、即やめるべき。無責任すぎる」(参加者)

「代々木公園を出発した長い長いデモ行進の列が、脱原発を大きく叫びながら、表参道の街を突き進んでいきます」(記者)

「いろんな意見があると思うので、一丸となってやるのはすごい」(デモを見ていた人)

コースはそれぞれ、原宿・表参道から千駄ヶ谷方面、新宿方面、渋谷を抜けて恵比寿方面と、まさに都心を練り歩く形となりました。

福島から参加した小林さんの三女、9歳の秀香さんはデモの先頭を歩いていました。

「沿道で見ている人の反応がよくて、応援されているのが伝わってくる。いろんな人と話して、秀香なりに学習したのでは・・・」(小林みゆきさん)

【写真:岡田ふさ子撮影、東京代々木公園】

◆「さようなら原発」集会に17万人
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5082487.html

◆さようなら原発1000万人アクション
http://sayonara-nukes.org/

◆首都圏反原発連合
http://coalitionagainstnukes.jp/?page_id=668

◆Flere titusener sa nei til atomkraft i Tokyo
http://www.nrk.no/nyheter/verden/1.8244933
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by bekokuma321 | 2012-07-16 20:46 | 紛争・大災害

アフリカ連合の代表に、南アフリカの、ドラミニ=ズマ内相が選出された。54カ国が加盟するアフリカ連合の行政・執行機関であるアフリカ連合委員会の委員長に女性が就任するのは初めて。

委員長に立候補した人は、現職で再選をねらうガボン出身のジャン・ピンと、ドラミニ=ズマ内相の2人だった。何回か投票が繰り返されたが、既定の票数を獲得できず、先日まで持ち越されていた。彼女は、54票中、37票を獲得した。

ドラミニ=ズマ内相は、アパルトヘイトに反対運動してきたANCメンバーだった。医師の資格を有する。初入閣は、1994年のネルソン・マンデラが率いる内閣に入閣した。現在の南アフリカのズマ大統領は、元夫。何人もの大統領の下で入閣を果たしている、最も長い大臣歴を持つ1人。

アフリカ連合の本部が置かれているエチオピでの首脳会議で決定した。アフリカ連合はEU欧州連合をモデルにした、国際機構。

■AU chooses Nkosazana Dlamini-Zuma as leader
http://www.bbc.co.uk/news/world-africa-18846210
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by bekokuma321 | 2012-07-16 18:18 | アジア・アフリカ