今、私の左腕で、ベネチア女性センターがつくった時計が時をきざんでいます。文字盤のデザインは、ゴンドラに人魚です。

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この時計をプレゼントしてくれたローマの友人は、ベネチア女性センターアドバイザー。時計のいわれを教えてくれました。

ベネチアの女性たちは、女性運動がさかんだった6、70年代、空いている建物を女性の駆け込み寺に占拠したりはしませんでした。当時、ローマはもちろん、ヨーロッパ各地で、女性たちは空き建物を占拠し、そこに住みこんだりしました。違法をものともせず…。では、ベネチア市には女性センターはないのか。実は、1980年代はじめ、ベネチア市が自ら、女性のための場所、女性センターを女性たちに提供しました。

ベネチア女性センターは女性が駆け込んだり、集まれる場所というだけでなく、特別な企画が生まれる場です。劇、映画、ショー、討論、訓練コースなどなど。また、センターの図書館はベネチア市の女性運動の記録を発掘、保存する場です。

ベネチア女性センターは、女性文化の発展に大きく貢献してきました。今、最も重要な事業は、暴力を受けるなど困難な状況に置かれている女性たちに、法的、心理的、社会的サポートをつづけることです。最近では、男女を問わずベネチア市民の生活に、ベネチア市がもっと近くなるため、さまざまな活動をしています。

そのひとつが、ベネチア名物ゴンドラによるレガッタ(舟こぎ競争)への女性の参加を促進することです。

ベネチアのレガッタは、毎年9月初めに開かれるこのベネチアの一大行事です。13世紀に起源をもつこの歴史的ゴンドラ競技に、女性が参加したのは15世紀になってからだそうです。その後、女性のレガッタは、長年、とだえてしまいます。禁止されたのかどうかなど詳細は不明です。19世紀にはいって、ベネチア共和国時代を呼び起こすかのように、往年の衣装を身に着けた舟による壮大なイベントが再開。でも、女性のこぎ手は参加できませんでした。

しかし、ゴンドラに野菜や果物を積んで運搬してきたのは女性たちです。なんで女性のレガッタがないのか! 

というわけで、女性運動が盛んだった1977年から、装いもあらたに女性のレガッタが登場しました。

現在、ベネチアのゴンドラ競技には4つの方式があり、そにひとつが"mascarete"と呼ばれる女性のレガッタです。ベネチア女性センターは、この"mascarete"を後援しています。その関連グッズがこの時計、というわけです。

レガッタの日は、朝から舟で出かけたり、湾岸の眺めのいい場所をとって、ワインを飲みながら、レガッタ競争のスタートを待ちます。そして、ひいきのゴンドラが近づいたら、ワンワと応援しまくるのだそうです。世界の観光客を魅了するゴンドラ漕ぎとは違う、イタリア国民の楽しむゴンドラ漕ぎです。

女性を排除してきた長い伝統的イベントを女性にも開かれたものにするーーどれだけ長く苦しい闘いをしなければならないことか。たとえば日本の相撲は、女性なら知事であっても土俵に上がって賞を上げることをまだ日本相撲協会は許してません。奈良県の大峰山は「1300年の伝統だ」とか言って、まだ女人禁制です。

進歩の時を刻むベネチアにそのヒントがありそうです。

http://www.comune.venezia.it/flex/cm/pages/ServeBLOB.php/L/IT/IDPagina/135

ベネチア女性センター
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by bekokuma321 | 2008-10-27 20:48 | ヨーロッパ

世界の経済危機

アフテンポステン紙によれば、ノルウェー人の多くは、世界同時経済危機であっても、銀行への信用を維持している。

花屋を開店したばかりの27歳の女性は、「経済危機になって、消費に慎重になることはいいことではないか。これまで買う必要のないものまで買っていたのですから」とポジティブな意見を述べている。

http://www.aftenposten.no/english/local/article2729255.ece
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by bekokuma321 | 2008-10-25 13:22 | ノルウェー

リオの市長

ブラジルのリオデジャネイロ市市長選はおもしろそうだ。ガーディアン紙によれば、当選確実されているFernando Gabeira さんは、急進的な革命家。60年代に、軍事政権を牛耳っているアメリカ政府に抗議し、ブラジル駐在アメリカ大使を誘拐した前歴を持つ。

彼は、犯罪の温床となっている警察がらみの暴力の根絶を公約している。その一方、マリファナの合法化、同性同士の結婚、性産業に従事する人たち(売買春婦)の安全を保障するための法改正に賛成を表明している。

http://www.guardian.co.uk/world/2008/oct/25/fernando-gabeira-rio-de-janeiro
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by bekokuma321 | 2008-10-25 12:05 | 中南米

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女性の知識、モラル、法律の現状を改善するために
今日2時半、初めての会議が開かれる。
場所は、公証人の間。市民たちの会議である。
講演する人は、アンナマリア・モッツォーニ。
彼女のテーマは、家族、町、国家における女性。
弁護士アントニオ・フラッティも講演する。
彼のテーマはアテネからチグリスへ(司法の問題)

主催は、ピエトロ・アルベルトーニ教授

1890年11月16日ボローニャ

ボローニャの市民がこの最重要テーマを取り上げるイニシアティブに大勢参加し、
評価をしてくれることを願う。

この会の委員
Prof. Oreste Regnori
Avv. Enrico Golinelli
Prof. Antonio Saporetti
Davide Lipparini
Maria Carrara
Alessandro Moranti
Emiliano Carloni

Gualberta Alaide Beccari
“Dott.” Giuseppina Gattoni
Argentina Sonetti Altobelli
Rosettina Amadori
Emilia Saporetti
Angelina Del Fabro
Elisa Norsa
Augusta Rossi
Bice Ferrari

Prof. Discoride Vitali
Avv. Aristide Venturini
Prof. Quirico Filopanti
Alberto Scandellari
Augusto Stefani
Lo dorico Beccari
Federico Falco

入場券 1人40チェント

収益は、女性、貧しい家庭の人びとの解放問題の目的のための社会的基金に使われる。

切符は、今日10時から12時まで、労働者協会(ソーシャタ・オペライア。のちここを拠点に社会主義運動が発生していったと言われる)の図書館メインホールでとりあつかう。

■ポスターが広報している講師アンナマリア・マッツォーニ
Anna Maria Mozzoni (1837-1920)は、
イタリアの女性の権利擁護運動の指導者。
1864年、イタリア民法における女性とその社会的関係
Woman and her social relationships on the occasion
of the revision of the Italian Civil Code
という本を出版し、女性を啓発した。
1877年、イタリア女性の参政権を求めて署名運動をオルグした。

■ポスターはコピーではなく本物。ローマの友人Maria Grazia Giannichedda教授所蔵。友人の許可を得て本物を撮影。

■このポスターがいつどこのものかが、長年わからずじまいだった。ところが2008年秋、友人の来日の折、やっとわかった。1890年、ボローニャである。会議の当日、会議の開かれるその市だけに張り出されたため、いつどこでという情報は自明のことだったらしく、小さな字で書かれていたので読めなかった。「イタリアで初めてのフェミ二ストの講演会ではないかしら」と友人は言う。さらに、このポスターのリアティあふれる点は、アンナマリア・モッツォーニAnna Maria Mozzoni が、Anna Maria Mazzoni と書かれている点である。名前の「o」を「a」とミスタイプしているのだ。急いで作ったらしい当時の様子が偲ばれるミススペリングに、思わずニッコリしてしまう。さらに、主催が個人だという点も、おもしろい。
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by bekokuma321 | 2008-10-24 23:50 | ヨーロッパ

「マッチョ」なラテンの国チりに女が大統領に就任したというニュースが流れたのは、2年半前だ。シングル・マザーで、小児科医のミシェル・バチェレMichelle Bachelet は、チリ国内の女性たちの圧倒的支持を得、ラテン諸国のみならず世界各地の女性たちに、夢と希望を与えてきた。

ミシェル・バチェレ大統領は、就任してから数々のフェミニスト的政策を実現してきた。開発における女性の権利協会AWID(Associantions for Women's Rights in Development) が、彼女の活動と成果を追っている。

同メディアによると、ミシェル・バチェレ大統領は、これまで次のような政策を実行したという。ブラボー!

1)「正義と美の法」と彼女が呼ぶ、職場での授乳の許可
2)離婚後の女性への慰謝料不払に対しての厳罰化
3)何百もの保育所と、女性と子どもたちのためのDV駆け込みシェルターの新設
4)内閣をはじめ行政トップへの男女平等任命
5)海軍予備校に女性の初入学
6)14歳の女子への避妊薬の無料提供

詳しくは http://www.awid.org/eng/Issues-and-Analysis/Library/Chile-s-Feminist-President/%28language%29/eng-GB
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by bekokuma321 | 2008-10-22 23:58 | 中南米

10月16日、千葉県市川市で国際セミナー「イタリアの精神科医療改革を知ろう!」が開かれました。精神疾患を持つ人々の社会復帰をめざす「NPO法人リカバリーサポートセンターACTIPS」と「NPO法人NECST」の主催です。

セミナーでは、イタリアから来日したバザーリア財団理事長のマリア・グラッツィア・ジャンニケッダさんとジャーナリストの大熊一夫さんが報告しました。その後、精神疾患を持つ当事者や家族との意見交換の場も設けられ、活発なやりとりがありました。

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今回のセミナーで、60年代のイタリアの精神病院解放運動とその後の地域精神サービスの誕生の背景には女性運動の影響があったことがわかりました。さらに、現在、右派政権による揺り戻しの動きに対しても、家族会に属する女性たちの抵抗運動があることを知らされました。行動するフェミニストでもあるマリア・グラッツィア・ジャンニケッダさんならではの指摘でした。

千葉県で社会的弱者の権利回復に頑張る堂本暁子知事が、このセミナーに聴衆として参加していました。熱心にメモをとっていただけでなく、時折カメラを出して撮影までしていた熱心さをそばで見て、感動を覚えました。
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ボランティアで通訳をして下さった女性2人の貢献なしには、この会の成功はありえませんでした。国際会議でもっとも重要な仕事は通訳です。イタリア人顔負けのダイナミックな身ぶりが魅力的です(右)。
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詳しくはインターネット新聞をhttp://janjan.voicejapan.org/living/0810/0810189690/1.php

写真上:休憩時間に千葉県の地域精神保健サービスについて話し合う3人。左からジャンニケッダさん、堂本暁子知事、伊藤順一郎さん(国立精神・神経センター 精神保健研究所 社会復帰相談部長)
写真中:パネリストの講演をメモをとりながら聞き、時折、カメラを向ける堂本さん
写真下:英語から日本語への通訳なしには、国際会議はなりたたない。パワフルな通訳(右側の2人)
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by bekokuma321 | 2008-10-22 11:33 | ヨーロッパ

国連の広報によれば、コンゴにおける反乱軍やコンゴ軍によって、女性への強姦や性的虐待は、くり返し、繰り返し行われている。強姦被害にあった女性の年齢は、下は6歳から、上は74歳まで。

マチルダ・ムヒンドMathilde Muhindo は、コンゴで最も歴史ある女性団体のひとつであるCenter Olame代表だ。彼女は、女性への性的虐待の実態を国際社会に知らしめるため運動を続けてきた。彼女は次のように証言する。

「集団強姦は1996年の内乱から始まりました。組織的、計画的、支配的であり、公人による集団暴行という特徴を持ちます。『戦争の中の戦争』と言えます」

2003年、コンゴは表面上停戦状態となったが、鉱物資源の豊富な東部地域は停戦に至らなかった。その地に23以上の軍隊がおり、火薬庫状態だとされている。その東部の病院に駆け込むことが禁止されたことから、被害者たちは行き場を失い、絶望状態に陥っている。

「いつ強姦や性的虐待が終わるのでしょう。コンゴだけの恥ではなく、全人類の恥です」とマチルダ・ムヒンドMathilde Muhindo さん。

女性団体の絶えまぬ運動や働きかけにより国連も動き出したが、まだまだ世界はこの悲劇を知らない。

http://www.theglobeandmail.com/servlet/story/RTGAM.20081017.wcongo18/BNStory/International/home
http://www.thegreatestsilence.org/main.html
http://www.hrw.org/reports/2005/drc0305/4.htm
http://www.refugeesinternational.org/content/article/detail/10589/
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by bekokuma321 | 2008-10-20 23:53 | アジア・アフリカ

2008年9月18日から15日に行われたルワンダの国政選挙で、80議席中女性が45議席、56.25%となった。これは、世界初の快挙。1994年の大虐殺後、2回目の選挙だった。

ルワンダ憲法は、国会議員の30%を女性女性に与えるというクオータ制をさだめているため、少なくとも24議席は女性となる。

男女平等や女性解放をめざす運動家たちは、選挙候補者リスト作成にあたって、女性が男性と平等に扱うだけではなく、女性をリストの上位に登載するように政党に強く働きかけてきた。

このたびの選挙で、最大政党のRPFは、女性をリストのトップにし、当選者42人中女性が17人に上った。それに加えて、女性3議席が一般選挙で全政党から選ばれた。

24人の女性国会議員選は、CNF(全国女性審議会)からの推薦による間接選挙によるものだった。

EUの選挙監視委員長ミカエル・キャッシュマンは、ルワンダの国会における女性代表の成果を心から賞嘆したと報道されている。


http://www.unifem.org/news_events/story_detail.php?StoryID=736
http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/7620816.stm
http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/7616133.stm
http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/3204401.stm
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by bekokuma321 | 2008-10-16 11:55 | アジア・アフリカ

ノーベル平和賞

日本人がノーベル賞物理学賞受賞をした。さて、数あるノーベル賞のうち平和賞だけは、スウェーデンではなくノルウェーで行われる。今年の発表は10月10日だという。

その平和賞発表の直前に、ノルウェー平和審議会の名誉会長で平和運動家のフレドリック・S. ヘッファメールFredrik S. Heffermehlは、「最近の受賞者はノーベルの意志に合致しているとはいえない」と批判した。

彼は、近著『ノーベルの意志Nobels vilje』で、ノーベルの意志と遺言に合致した受賞者は、1901年から1945年まで85%いたが、第2次世界大戦後には45%しかおらず、最近7年間ではわずか1人だけであると指摘している。

「ノーベルの意志は軍縮と軍事化反対である。平和賞を創設したのではない。特別な地域や方法において平和を促進することが彼の遺言である」と、彼は批判する。

詳しくは
http://www.aftenposten.no/english/local/article2694859.ece
http://nobelpeaceprize.org/
http://www.peaceispossible.info/
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by bekokuma321 | 2008-10-08 06:19 | ノルウェー

ノーベル賞の平和賞だけは、スウェーデンではなくノルウェーで決められます。委員はノルウェー国会から独立してはいるものの、政党からの推薦で国会で決まります。

もうじき6年の任期が終了する委員が出るため、メディアでは次は誰かという予測されています。その記事に現ノーベル賞委員会の写真が出ていました。委員は女性3人、男性2人というジェンダー・センシティブな構成です。

ノルウェーは、1980年代から、公的な決定機関はどちらか一方の性が40%を下回ってはならないという法律を規定してます。男女平等法21条のいわゆるクオータ制です。

平和賞には、比較的女性が多く選ばれてきました。選ばれる側に、平和につくす秀でた女性が目立つことが理由でしょうが、選ぶ側であるノーベル賞委員会が性に偏りのない構成になっていることも無関係ではないと思います。平和賞を受賞した女性たちが、「ノーベル賞女性受賞者のイニシアティブ」という新たな国際組織をつくり、平和促進に動いていることも、これまでにない動きです。

http://www.aftenposten.no/english/local/article2688548.ece
http://nobelpeaceprize.org/
http://www.nobelwomensinitiative.org/
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by bekokuma321 | 2008-10-03 13:28 | ノルウェー