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c0166264_22573811.jpg10月10日は、世界精神保健デーだ。この日、ノルウェーはオスロの国立劇場で、「オープンネス賞Openness Award」の授賞式を大々的に催す。マスコミも大きく報道する。

この賞は、大変な努力の末に勇気をふるって自らの病気を公にして、精神病へのステグマ払拭に貢献した人に与えられるものだという。入賞すると、入賞者の希望にそって1万クローネを寄付する権利と記念品が与えられる。

今年のオープンネス賞は、ポップ歌手アグネッタ・ヨンスン(Agnete Johnsen、22歳)が受賞した。

アグネッタ・ヨンスンは、今春、ユーロヴィジョンにノルウェー代表で出場して、「アイスブレイカー」を歌った。しかし、ファイナルには出場できず、最優秀賞は逃した。「ひどい精神的病いに悩まされて、体も心もボロボロで歌どころではなかった」と語っている。

報道によると、14歳のときから、ひどい欝(うつ)の症状が出始め、高校を2度中退せざるをえなかった。テレビ番組を降板したこともあり、その際も欝や他の精神病に苦しんでいることを明かしたという。

アグネッタ・ヨンスンは、ユーロヴィジョン後、仕事も記者会見もすべてをキャンセルしており、10月10日も本人は授賞式に出られなかった。「オープンネス賞」の受諾スピーチは代読された。それによると、「両親は、私たち子どもに、自らの否定的側面や苦しい日々について話していいのだと教えてくれた。そんな親に感謝したい」と述べた。

アグネッタは、ノルウェーの先住民族サーミである。1万クローネは、彼女の自宅近くの「ヴァドソー(Vadsø)若者センター」に寄付する予定だという。 Vadsøは北部フィンマルク県の自治体で、北緯70度という厳寒の地にある。

精神病に対する偏見はどこにもある。だからこそ、WHOは世界精神保健デーを設けたのだろう。精神病への偏見を少しでもなくそうと、国ぐるみで工夫しているノルウェーの姿勢に打たれる。

ところで、わが日本政府は、いったい何をしてきたのだろう。

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▲Vadsøの港。2011年、ノルウェーの平等政策が本物かを確かめたくて、最も過酷な地と考えられるVadsøを取材した。ルポ「極北の町を見捨てない国」参照。


Agnete Johnsen (22) er vinner av Åpenhetsprisen 2016
Ailing Eurovision singer wins prize
「むかしMattoの町があった」と金子準二精神科医
精神疾患を公表したノルウェー現職首相の思い出
映画「むかしMattoの町があった」
先住民サーミのファイトバック
ノルウェー地方選挙レポート2011_第4回 北部ノルウェーを支えるサーメの女性たち
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by bekokuma321 | 2016-10-28 23:21 | ノルウェー

あざやかな歴史

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2016年のオーモット市議会

先日、市議会議員19人のうち女13人、男6人、女性が68%も当選したオーモット市議会に行った。上が、その議会の写真である。

オーモット市は、ノルウェー内陸部にある森林業が主産業の、人口約4500人の町だ。

選挙が行われたのは1年前だった。当時、新聞は、「女たち、議会を支配」という見出しで大々的に報道した。「全国的にどうかはいちがいに言えないが、きわめて珍しい」とリリハンメル大学の選挙専門教授がコメントしている。

ちなみに政党は、中央党が第1党で、労働党、左派社会党、保守党、進歩党とつづく。人口5000人に満たない小さな市にもかかわらず、4党から議員を出していて、多彩に見えるが、ノルウェーでは一般的だ。

選挙から1年たって、写っているのは、よく見ると女性議員11人、男性議員8人だ。「あれっ、女性議員が2人足りないのでは?」。オーレ・グスタフ・ナルード市長は私にこう説明した。

「選挙後、ある女性議員の職場がオスロに変わって、彼女がオスロに引っ越したため、そのポストに代理議員(男性)がつきました。さらに、この日だけのことですが、海外出張だった女性議員がいて、彼女の代わりに代理議員(注1)が出席しました。その代理議員は、たまたま男性だったのです」

オーモット市は、市長は男性だが、行政のトップである事務総長は女性だ。ノルウェーは選挙で選ばれる市長とは別に市の幹部のナンバーワン・事務総長がいて、市政は市長と二人三脚で運営される。

市長は、大勢の女性に囲まれて「いよいよ男性のクオータ制(注2)を本気で考えなくてはいけないときがきました」と、私を見て笑った。

しかし、このオーモット市議会も、男性だらけの時があった。

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1926年のオーモット市議会

上の白黒写真は、90年前の同じオーモット市議会の集合写真である。みな同じような黒い背広を着てネクタイをしめている。ネクタイなしは、女性議員1人だけだ。

2016年と1926年の2枚を比べて、多様な社会にふさわしいのはどちらだろう? 市民の代表者で構成される場にふさわしいのはどちらだろう? 保育園、小学校、ナーシングホーム、公園、身近な生活道路などの課題を議論する場にふさわしいのはどちらだろう? それはあまりにも明らかだ。

このあざやかな歴史をつくった主役は、比例代表制選挙によるクオータ制だと確信している。

さて、わが日本。女性たちが選挙権を獲得して70年たった。しかし時計の針がとまったかのように、この国には、女性議員の誰ひとりいない「女性ゼロ議会」が約370もある。


【注1】ノルウェーの地方議員は、仕事や学業を持ちながら職務をこなす、いわばボランティアだ。議員報酬はない。議会は夜行われることが多く、仕事を終えた後、議会に出る。そんな議員が、仕事から離れられなかったり、子どもが病気になったり、育休や教育休暇などで、議会に出られない場合、その議員職を代行する人を代理議員という。選挙は比例代表制だから、政党の獲得票率に比例して当選者数が決まる。その議員数(当選者数)と同数の代理議員が選ばれる。常に、ピンチヒッターがスタンバイしているといえる。また、国会議員の場合、ノルウェーでは閣僚と議員の兼務はできないので、閣僚となった議員のポストは代理議員によって埋められることから、代理議員が国会議員となるチャンスは小さくない。
【注2】物事を決める公的な場は、一方の性が40%を下回ってはならないとする制度。男女平等法で定められている。政党に直接同法は及ばないものの、ノルウェーの場合、政党の多くは選挙候補者を決める際、クオータ制を率先して実行してきた。そのため、候補者の4割から6割は女性である。比例代表制なので、当選者もほぼ4割が女性となる。オーモット市議会19議席の男女数は労働党(3、2)、進歩党(0、1)、保守党(0、2)、中央党(3、6)、左派社会党(0、2)だった。

参考リンク
■ノルウェー王国大使館「ノルウェーの地方選挙レポート 2011」
第1回 「女のクーデター」再び -平等・反差別オンブッドは語る
第2回 選挙運動を担うソーシャル・パートナー
第3回 女性参政権100周年から子ども参政権へ
第4回 北部ノルウェーを支えるサーメの女性たち
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by bekokuma321 | 2016-10-21 22:16 | ノルウェー

c0166264_13381888.jpg10月14日(金)、オスロの国立博物館の「警察医務室前のアルバーティン」前には、高校生が大勢いた。解説者の話を聞きながら絵を見つめていた。

「警察医務室前のアルバーティン」は、1880年代、ノルウェー政府を公娼制廃止に導いたとされる絵画である。

2016年のノルウェーは、法で、買春する側(男性がほとんど)とあっせんする側を禁じている。金でセックスを買う人を罰することでプロステチュートを減らそうというものだ。しかし、オスロのある地区では、夜になると売買春婦らしき姿をよく見かけると友人たちは言う。移民難民の増大も要因のひとつだともいわれている。さらに、ネットによるポルノ写真の拡散は深刻な社会問題だ。

ノルウェーの性の商品化は、日本など多くの国々と同じように、加熱するばかりだ。そんな21世紀のノルウェーの高校生たちは、19世紀の歴史的絵画をどんな思いで見たのだろう。

さて、今から88年も前に、この絵画を見て感動した日本女性がいた。海を渡ってノルウェーを訪問したクリスチャン久布白落実である。

前回も報告したが、さらに今日は、帰国後に久布白落実が著した『女は歩く』(1928年11月)をもとに紹介する。その本のノルウェーの章は、こう始まる。

「諾威は、スカンディネビアの北端だ、彼等の先祖はデーンス・ノルマンスと云われて多く海賊を業とし欧州の西部の恐れとなって居た」

諾威とはノルウェーのことだ。久布白落実は、訪問の目的をこう書く。できるだけ本文のまま引用する。

「北欧の訪問に特に一つの使命を感じて居た、それは、この地方に於ける、廃娼後の情況を視察することであった、此地に来て以来、真向にこれをかざして、案内を乞ふた。」

久布白の使命感にただちに答えたのは、「船中の友、G宣教師と其家族」だった(注1)。オスロのG宣教師夫人は「では先ず第一に、国立美術館に御案内しませう」。彼女の不審顔に笑いながら「私についていらっしゃい。いいものを見せて上げますから」。

クリスチャン・クローグによる大きな絵画で四方を囲まれた国立博物館の大部屋は、2016年10月現在もそのままのかたちに残されているのだそうだ。

ということは、久布白は、今と同じ青の壁紙の部屋に連れて行かれたのだろう。G宣教師夫人は、久布白を「警察医務室前のアルバーティン」の前に誘った。そしてG宣教師夫人は、こう断じた。

「サア、此処に御座りなさい、そしてあの画を御覧なさい。あの画がこの諾威の国から、公娼制度を取払わせたのです」

目の前の絵が、ノルウェーにも存在していた公娼制を政府に廃止させることになったというのだ(注2)。久布白の衝撃はいかばかりだったか。

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「アベルテイナ クリスチャンクロッグの画きしもの・これにて諾威の廃娼成る」

本物の絵画は211 x 326 cmの大作だ。久布白は、その白黒写真(上)を本『女は歩く』に載せている。そして、G宣教師夫人から聞いたと思われる絵画の意味を解説する。

「この画の中心人物は、警官に連れられて、今や検査場に入ろうとして居る田舎女アベルティナである、彼女は純な田園の家庭から、都会へ出た、何処でもある通り、都会の生活の浪にもまれて、終に誘惑に陥った、彼女は売春の行為に陥ったのだ、当時諾威にはまだ数十軒のそうした家があった、然し町での売淫はゆるされなかった、見咎められた彼女は、警官の手から、今や検査場に連れてこられたのである。」

私の調査では、中心にいる少女は田舎女でもなければ、純な田園家庭にいたのでもなく、オスロに住むお針子だった。それはともかく、絵についての記述のあと、画家クリスチャン・クローグについて短文が書かれ、それは、こう終わる。

「彼はただ画だけに安んぜず、更に小冊子を発行した、然し小冊子は、其過激な説の為めに没収されて、然し画は其目的を達し、諾威の人心を揺り動かして遂に、制度の撤廃を見るに至った、時に一八八七年、英国の廃娼完成の翌年であった。」

次に『女は歩く』には、売春からはいあがった女性たちの駆け込める施設が、ルポされている。

「各々学科の外に、裁縫、料理、家事、織物等、種々手芸を教えられる、彼らは其仕事を選ぶ事を許される、そして好き好きによって其処に長く止まり熟練する事を許される」

「宿舎は、悉く独居の式にしてある、三畳位の小部屋に寝台一個、これには皆鍵があり、内外からかけられる」

久布白は、公娼制をただ廃止するだけでなく、廃娼後の女性たちの将来まで視野に入れて運動をしていたことがよくわかる。モデル国として訪問したノルウェーは、国や地方の公的政策として、「女性のホーム」を運営していた。彼女の視点は、ノルウェーの福祉制度に及ぶ。

「ここの職員は教師助教師、外回りの作男まで十七前意を数えて居る、皆政府よりの俸給を受け、年過ぎしものは、恩給もつく、凡てが至れり尽くせりだ、一人の娘の費用は、月々六十円に上ると云う、然し国庫と、州とは、惜しみなくこれを支出して国家の禍を未然に防ぐことにつとめて居る。丁抹(デンマーク)はこれを学び、直ちに採用し更に多くのホームを持って居るそうだ」

帰国後、久布白落実は、矯風会を拠点にして、公娼制廃止運動と女性参政権運動にまい進する。

敗戦後、参政権が認められると、久布白落実は初の選挙に立候補した。久布白の講演に刺激された和崎ハルら女性代議士39人が誕生した、あの1946年衆院選である。久布白は落選したが、めげずに2回立候補する。結局、計3回立候補して全て落選した。

2012年のことだが、私も落選して選挙にまつわる裁判までせざるをえなかった。奈落の底に突き落とされるような体験だった。が、久布白ら敗戦直後の女性運動家たちからは、「あら、そんなのたいしたことないわ」と笑われそうだ。

なお『女は歩く』は絶版。矯風会が設立した慈愛寮の熊谷真弓施設長のご好意で慈愛寮所蔵書から読ませていただいたことに深く感謝する。

ノルウェーの芸術から思う日本の女性運動
オスロの絵と日本の廃娼運動
買売春禁止、北欧にならうEU諸国
EU買売春禁止モデル国のねじれ

【白黒写真は、久布白落実著『女は歩く』より接写したもの】
【注1】『女は歩く』には、G宣教師について興味深い描写がある。船旅はエルサレムで開かれる宣教師の会議参加のためで、久布白は神戸から乗った。Gは上海から乗船した中国代表のノルウェー人だった。白人としては小柄なうえ、いつも前かがみで、風姿至って引き立たない、などと描写している。ところが、恒例の船中会議の最後に、中華民国にいる宣教師の保護についての議論がやまなかったとき、Gはいつになく「議長」と呼んで立ち上がった。そして「中国伝道に捧げたこの体を、われわれ宣教団は、各々自分として分はつくす」と言い放ったという。久布白は「Gのうちに犯しがたい権威の光がひらめいた」と評している(p30)。
【注2】クリスチャン・クローグ作「警察医務室前のアルバーティン」が公娼制廃止の起爆剤となったことは、ノルウェーの芸術から思う日本の女性運動を参照。
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by bekokuma321 | 2016-10-18 14:33 | ノルウェー

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今、私は、オスロの国立美術館で、絵画「警察医務室前のアルバーティン」を見ている。1886年~1887年、社会派画家クリスチャン・クロ―グChristian Krohgが描いた絵だ

今から88年前の1928年の春、同じ場所に立って、同じ絵を鑑賞した1人の日本女性がいた。

彼女は、絵を鑑賞しながら、この絵がノルウェーの公娼制度廃止へと導いたことを知らされた。

その女性は、キリスト教徒の久布白落実(1882-1972)。矯風会(注1)で、公娼制をやめさせる運動(廃娼運動)をしていた。当時の日本では、公娼制は野放しのうえ、女性には選挙権がなかった。その上、治安維持法によって政治的集会は厳しい弾圧を受けていた。

一方、久布白が降り立ったノルウェーはどうか。公娼制は19世紀に廃止され、女性の参政権は、1913年に確立していた。その公娼制反対への道を拓くきっかけとなったひとつが、絵画「警察医務室前のアルバーティン」だった。

アルバーティンという貧しいがお針子が、医務室のドアを開けて性病検査を受けようとしている瞬間が表されている。ドアの前で、警察官に促されて中に入ろうとする少女アルバーティン。最左の白い服の女性は看護婦だろうか。右奥にはアルバーティンと同年齢らしき少女が見える。絵のほぼ全てを占めているのは、派手な服、帽子、手袋を身につけた8人の売春婦たちだ。

c0166264_2211325.jpgこの絵は当時のノルウェー社会に一大センセーションを巻き起こした。

作家でもあったクリスチャン・クロ―グは、同じテーマで1886年、「アルバーティン」という小説を表し、女性が貧しさゆえに売春婦とならざるえない社会を告発した(注2)。

小説の主人公アルバーティンは、貧しいお針子である母と、朝から晩まで一心不乱に働いた。しかし雀の涙程度のお金はすべて病気の弟の薬代に消えていった。ある日、アルバーティンは、警察官に騙されて酒を飲まされた末に強姦される。自暴自棄となった彼女は、売春婦の道に入っていくというストーリーだ。

本は出版と同時に発禁処分を受けた。人々の道徳心を損なう恐れがある、という理由だった。それに怒ったジャーナリストの1人は、その内容を大勢の人の前で伝えた。また新聞紙上では、売春問題について大論争が展開された。それが絵画の人気を高め、公娼制廃止を求める運動に勢いを与えることになった。そして首相は、ほどなく公娼制廃止に踏み切ったという(注3)。

この絵の前に立って、その社会的背景を聞いた46歳の久布白落実は、どんな思いを抱いただろう。

絵が訴える意味、発禁された小説、そしてノルウェーの廃娼運動。久布白落実に、日本での公娼制反対への力を与えたことは間違いない。さらに制度変革には女性の参政権が不可欠との確信を持たせただろう。

その証に、1928年9月秋田市で行われた「第1回 公娼廃止大演説会」で、久布白は、参加者1000名を前にして「昭和維新」と題する講演を行った。

翌1929年8月に、久布白は再び秋田入りして、秋田婦人連盟・矯風会秋田支部が共催する集会で講演。「公娼問題よりとき伏して、婦人参政権の必要なることを力説」した。これこそ、秋田県初の女性参政権要求講演会だった。

久布白落実は、日本列島津々浦々を回って熱弁をふるったのだろう。そのひとつが秋田だった。その演説に影響を受けた1人が、秋田初の女性衆議院議員和崎ハルである。

ノルウェーの誇る芸術を鑑賞しながら、日本女性史のエポックメーキングとなった公娼制反対運動と女性参政権運動を思うーー2016年の秋。


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【注1】1886年 世界キリスト教婦人矯風会の日本版として東京婦人矯風会発会(初代会頭矢島楫子)。1893年 日本婦人矯風会と改称(会頭矢島楫子)。1916年 公娼廃止を優先課題に。1917年 公娼廃止運動の挫折から婦人参政権運動を宣言。1920年 世界婦人参政権協会に出席(久布白落実)。1921年 全国常置員会にて日本婦人参政権協会設立。1930年 第1回全日本婦選大会。--出典「日本キリスト教婦人矯風会年表」
【注2】オスロの国会議事堂横のメイン通りに、クリスチャン・クローグの銅像がある。過去に何度も見ていたが、久布白落実を知ってから見たら新たな発見があった。彼の足元には右に「書類の入った鞄」、左に「絵筆が何本もはいった筆立て」が添えられているのだ。またクローグの妻オーダ・クローグも画家で、日本に影響を受けたらしき絵を描いている
【注3】小説『アルバーティン』の出版は1886年12月20日。翌日警察が没収。これに対してVG紙を中心とする論壇、労働組合、女性団体などの抗議がさかんとなり、1887年1月の市民や学生5000人による首相官邸前デモにつながった。ーー出典Albertine
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by bekokuma321 | 2016-10-16 07:27 | ノルウェー

c0166264_7172863.jpg「女の子はヨーナスが好き」。

10月10日(月)のノルウェー紙第1面の大見出しだ。ノルウェー労働党の党首ヨーナスが、にっこり笑っている。

保守党・進歩党の現連立政権の人気が落ちて、労働党支持が高く、とりわけ女性は労働党が好きだ。こんな世論調査結果が報道された。

「もしも今日、投票するとしたらどの政党に入れますか」――女性の回答は、労働党45%、保守党20%、進歩党10%、中央党7%、キリスト教民主党5%、左派社会党4%、自由党4%、緑の党3%、赤党1%、その他2%(円グラフ)。

ノルウェーの国会議員選挙は4年に1回行われる。解散はない。2013年に当選した現国会議員は、来年2017年9月11日に改選を迎える。選挙区は19の県だ。冒頭の世論調査のとおりなら、今、野党である労働党・中央党・左派社会党の連立による赤・緑連立政権が再登場する。

ちょうど10月は、各選挙区の政党の「候補者選定委員会」が候補者リストを提案する時期だ。選挙区ごとにある政党が、性別、年齢、どこに住んでいるかなどを考慮して偏りのないように作る。中央の政党が介入することはない。

政党の多くは。候補者選定にクオータ制(一方の性を40%以上にする)を守っているうえ、上から男女交互に並べる。

選挙区の政党会議でリストにのる候補者を決めたら、それがマスコミで報道される。だから日本から来たばかりの私にも候補者名がわかる。比例代表制選挙なので、当選者の察しもつく。

c0166264_7194988.jpg19選挙区のひとつへ―ドマルク県を見てみる。国会議員169議席のうち8議席がここから選ばれる。

小さいながらも、政権の一角を占めそうなのは左派社会党だ。10月8日(土)、地方紙に「トップはカーリン・アンネシェンに」という記事が載った(上)。トップとは、「国会議員候補リスト」の第1番目の候補という意味だ。リストには彼女をトップに13人の候補者が並ぶ。左派社会党の当選者は1人だが、有権者にアピールするためにできるだけ多くの候補者を並べる(注)。

比例代表制なので、小さな政党でも普通1人は当選する。トップの候補者つまりカーリン・アンネシェンは再選される可能性が高い。

さて、最も支持の高い労働党はどうか。

へ―ドマルク県からほぼ毎回4人は当選してきた。しかし大所帯ゆえ、リストはスンナリ決まらないようだ。最終的には、リストは一本化されるが、今は、いくつかのリストが提案されている。現国会議員アネッテ・トレッテバルグステューエンの上位に登載されるらしいものの、今のところ彼女を8番目(絶対当選しない順番)にした自治体もある。アネッテは、発言力のある若手国会議員で、2012年、仙台市に招かれて講演した。

首相を出している保守党のへードマルク県候補は、まだ決まっていない。トップの座を狙う男性2人がし烈な争いをしているからだという。

野党の中央党は、このところ支持を伸ばしている。1番は現職国会議員と決まったが、2番目をめぐって2人が譲らず、まだリストを提案できないらしい。

提案されたリストに沿って12月に開かれる各県(=選挙区)の政党の候補者選定会議が、最終リストを決める。そして、12月から翌年9月まで延々と選挙キャンペーンが続く。

政党を選ぶ選挙だから、候補者個人が名前を覚えてもらう努力など無用だ。もっとも強調したいのは、個人が選挙にお金をかけることはありえないから、奨学金で生きている大学生が立候補したりできることだ。小選挙区制中心の日本の選挙とは大きく違う。

リストの上位に登載されたら、育休中でも障害者でも移民出身でも学生でも無理せずに当選できる。男女が交互に並ぶので、女性は、大政党なら当選者の半分、小政党でもトップなら1人は当選する(上のカーリン・アンネシェン参照)。

こうして女性議員が4割を占めるノルウェー国会の誕生となる。

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Ostlendingen
Glomdalen_Ingen tvil om Karin på topp
Løten Ap vil vrake Trettebergstuen fra Stortinget
【ノルウェー地方選挙レポート 2011】

【写真はノルウェーの森】
【注】ノルウェーは、長期夏休みを始め労働者の休暇が潤沢であることや、育休や教育休暇もあり、議員も休む。さらに国会議員の場合、閣僚と国会議員の兼任は禁じられているため、大臣になった人の国会議員ポストは空く。すると、大臣になった人の選挙区から補充される。このように、空いた議員ポストを補充する人ーーそれが”代理議員”だ。選挙で4人当選したら、代理議員も4人選ばれる。また、政党は、できるだけ広範囲に票を集めようと、リストに候補者を多く並べる。以上のような選挙だから、当選を考えず、政党への票を積み上げるために立候補する人がほとんどだ、と言える。
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by bekokuma321 | 2016-10-11 07:54 | ノルウェー

c0166264_22182370.jpgノルウェーの報道によると、アメリカが軍事介入して破壊しつくされたイラクにおいて、女たちや少数民族の救済を続ける女性解放運動家が、ラフト賞に決まった。

女性の名はヤナー・モハメド(Yanar Mohammed、写真)。民主主義と人権のために闘う女性運動家であり、ジャーナリストでもある。イラクで、暴力被害女性を保護するシェルターの運営やニュースを発行し続ける「女性の自由ための組織」の代表。

ラフト賞審査員は、イラクの現状をこう説明する。

「性暴力は、戦略の一部であることが多い。イラクは、政治・軍事の名の下で、女性の人権がふみにじられている数多くの戦場のひとつである。女性に対する虐待や暴力は、イラクで増大の一途をたどる。強姦されたり、誘拐されて売買春宿に投げ込まれたり、名誉殺人の犠牲になったり・・・」

「女性の自由のための組織」ホームページによると、ヤナー・モハメドは、ISISの陣地近くにまで直接でかけて行って少女たちの救済交渉をしている。また、国連やアメリカの大学でイラク女性の実情を講演したり、と国内にとどまらず、世界に向かってイラク女性への理解を深める活動を続ける。

ヤナー・モハメドは、「行き場のない人たちは100万人とも200万人ともいわれている。そのうち約150万人が女性で、その半数が16歳から30歳の若い女性である。要するに10万人ほどが、今、この時点でも人身売買の犠牲になっているだろう」と語る。

ラフト賞を知らない人が多いと思われるので、ホームページから紹介すると、1986年、ノルウェーの学者で人権活動家ト-ロフ・ラフト(Thorolf Rafto) の努力に感謝する学生らの手で創設された。1979年、ラフトは、大学から排除された”政治的に偏向した学生たち“に講義をするためチェコを訪問。プラハで、ラフトは保安警察の手で殴打され重傷を負い、それがもとで1986年死亡した。

政治的表現の自由を守り発展させることにもっともふさわしい人が選ばれるのだという。また、世界ではあまり知られていない人権活動家が選ばれることによって、その業績を広く知らせる役目を果たしている。

受賞者から何人もノーベル平和賞受賞者が輩出している栄えある賞だという。

ヤナー・モハメドの気の遠くなるような闘いは、ノーベル賞に値する。ぜひ、と思う。

Organization of Women’s Freedom
Organization of Women’s Freedom in Iraq OWFI_facebook(ヤナー・モハメド写真は本facebookより)
The Rafto Foundation
「民族浄化」を乗り越える女たち
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by bekokuma321 | 2016-09-30 22:42 | ノルウェー

c0166264_3274543.jpg「ナパーム弾を受けて泣き叫びながら逃げる少女」が、フェイスブックに帰ってきた。

さきほどはいってきたニュースによると、フェイスブック側は、ノルウェーのアフテンポステン紙らの抗議によって、削除した写真をもとに戻したという。

おめでとう!

問題となったのは、何も身に着けずに走っている少女の写真だ。あのベトナム戦争の・・・。

アメリカが支援した南ベトナム軍は、ナパーム弾を使って北ベトナムの村々を焼き尽くした。ナパーム弾は、アメリカ軍が開発したとされる爆弾で、1000度という高温のゼリー状のものが炸裂するのだという。少女は、そのナパーム弾のついた衣服を脱ぎ棄てて、走った。「ギャーッ、熱いよ~」という断末魔の叫び声が聞こえてきそうだ。

この写真は、世界中の人の心を動かし、反戦運動を加速させたといわれている。それを、フェイスブックは、ヌードを受け付けないというルールがある、と掲載を拒否した。杓子定規、とはこのことだ。

ことのはじまりは、ノルウェーの作家トム・エーガランが、彼自身のフェイスブックに少女の写真を戦争の記録として掲載したところ、その写真が削除されてしまったことだ。

ノルウェーのアフテンポステン紙は、9月8日、削除したフェイスブックの編集長マーク・ザッカバーグに「表現の自由の侵害であり、編集権の濫用だ」と激しい抗議をした。それを同紙のフェイスブックと新聞紙上に載せた。削除された写真のコピーも載せた。このフェイスブックの記事は、削除された。

このアフテンポステン紙のジャーナリスト魂に、多くのノルウェー人が反応したと思われるが、そのノルウェー人のなかに首相もいた。彼女は問題の写真を載せて、フェイスブックの検閲に対する批判を投稿した。それも削除された。

ノルウェーの政治家はフェイスブックなどソーシャルメディアを利用する政治家が多いが、エルナ・ソルベルグ首相(保守党)も、自身のフェイスブックに気軽に投稿する。彼女の投稿は、アフテンポステン紙が抗議した翌日だった。

つづいてノルウェー・ジャーナリズム協会も、協会の新聞Journalisten のフェイスブックに、その写真を載せた。また、それも削除された。同紙編集長は、他のメディアに向かって、写真のシェアを依頼した。「これはヌードではない。表現の自由、歴史、戦争なのだ」と。

さらに、ノルウェー紙 「ダグサヴィーセンDagsavisen」は、写真の本人キム・フックに直接取材を試みた。同紙によると、キム・フックは、戦争被害の子どもたちを救援する「キム財団」を通じて、こんなふうにコメントを寄せた。

「力強いメッセージを持つ歴史的写真です。
それを、ヌードであると見る人に悲しみを覚えます。
写真を見るのはつらいですが、歴史の重要な一瞬なのです。
写真家ニック・ウトによる、この報道写真は、無実の犠牲者
にあたえる戦争の恐ろしさを示す真実の瞬間をとらえており、
強く支持します」

当事者の少女キム・フックに直接、取材してくれたおかげで、彼女があの写真の持つ意義をしっかりとらえていると知った。53歳となった彼女が、カナダに移住し、反戦運動家として活躍していることもわかった。とてもうれしかった。

今回、フェイスブックを検閲撤回に動かしたのは、ノルウェー側の、官民あわせてのすばやい連帯の力にあった、と私は思う。

The girl in the picture saddened by Facebook's focus on nudity
Facebook backs down from 'napalm girl' censorship and reinstates photo
ポルノか歴史的報道写真か
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by bekokuma321 | 2016-09-11 03:46 | ノルウェー

c0166264_2203757.jpgノルウェーの主要紙「アフテンポステン」は、フェイスブックに対して、「そのような検閲に組することはできない。報道の自由の侵害である」と、公開書簡を送った。

ベトナム戦争で、ナパーム弾爆撃を受けて逃げまどう人たちにまじって、裸のまま泣き叫びながら逃げる少女。覚えている人も多いだろうが、その写真は、世界に流されて反戦運動のシンボルにもなった。

最近、その写真を載せた記事が「アフテンポステン」に掲載され、それが、同紙のフェイスブックにも掲載された。

フェイスブックは、全裸の少女や女性の画像は載せられないとして、アフテンポステンに削除を要求するメールを送ってきた。

アフテンポステンによると、そのメールの24時間後、アフテンポステンからフェイスブックに返事をする前に、当該フェイスブックは削除された。ノルウェー首相のフェイスブックに対する批判的投稿まで削除された。

アフテンポステン側は、「フェイスブックは、ポルノグラフィーと歴史的報道写真を区別できないのか」と激しく批判。「これは深刻である。フェイスブックは巨大なメディアであり、その編集権を持つあなたMark Zuckerbergは、権力の乱用をしている」とする警告文を英語とノルウェー語で送った。その抗議文を同紙が公開。それが大きな議論を呼んでいる。

さて、当時9歳だった少女の名はキム・フック。皮膚の移植手術を数え切れないほどしたという。現在、2人の子どもの母となったキム・フックは、カナダ在住。「キム財団」を創設。戦争被害となった子どもの救済を中心に、世界で反戦活動をしている。財団ホームページを見たら、あの有名な写真もクレデット代を支払うと使用できるようになっている。

さあ、フェイスブックは、どう応えてくるか。

Dear Mark. I am writing this to inform you that I shall not comply with your requirement to remove this picture.
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by bekokuma321 | 2016-09-09 22:01 | ノルウェー

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『福祉に生きる 39 久布白落実』(高橋喜久江著、大空社)を読んだ(注1)。

久布白落実(くぶしろおちみ、1882-1972)は、公娼廃止運動を先導した矯風会の代表的運動家である。現役でがんばる売買春禁止運動のリーダー高橋喜久江さんの師でもある。

戦前、戦中、市川房枝とともに日本の女性参政権運動を牽引した指導者だが、市川房枝ほどは知られていない。

この本を読むと、久布白落実は、1882年、熊本県に生まれた(注2)。女子学院卒業後、アメリカで伝道師をしていた父のもとに行き、バークレイの神学校予科に進学した。滞米中、売春をしている移民の日本女性を見て、廃娼意識が芽生える。帰国後、廃娼運動に没頭すると同時に、国際会議や海外視察に出て国際連帯に尽力した。

たとえば、1920年、世界婦人参政権協会に矯風会代表として加入。1928年、第2回世界宣教会議に日本代表8人のうちただ1人の女性として出席。1935年には、廃娼後の女性問題やその解決の先行事例を調査するため、寄付金で渡航費を工面し、北米にわたっている。

1928年の船旅の記述には、私の大好きなノルウェーが登場する。会議はエルサレムだったが、久布白落実は日本にすぐ帰らずヨーロッパに向かう。イタリア、ジュネーブ、ロンドン、デンマーク、ノルウェー・・・。

北欧訪問の目的は、もし廃娼となったら女性たちの生活はどうしたらいいのか、福祉の充実している国々の実情を見て対策を練るためだったという。長い船旅でいっしょになった「ノルウェー人宣教師が当時の中国内乱で苦悩の心境と宣教の使命を吐露する姿にうたれ」たとある。この宣教師の妻がノルウェー滞在の案内役だったらしい。

オスロを訪問したときの記述は、

「ノルウェーでは船中の宣教師夫人の世話で国立美術館の見学のとき売春女性が描かれた画をよく見せられた。この画が人々の心を動かして1887年、ノルウェーは公娼制度の撤廃にふみきったのだと。これは帰国後、『女は歩く』を自費出版するとき口絵につかっている。」

この「売春女性が描かれた画」は、クリスチャン・クローグ作「警察医務室前のアルバーティン」に違いない(上)。

私が初めてこの絵画を見たのは1989年だ。その後、他のクローグ作品も見たが、どれも、底辺の労働者たち、働き疲れた女たちの暮らしがリアルに表現されていた。

なかでも、女性史に影響を与えたといわれるのが、この絵。どんな絵かを、拙著『ノルウェーを変えた髭のノラ』(明石書店)から引用する。

c0166264_14424498.jpg「(国立女性博物館の)館内には妊娠中絶に使われた昔の黒い手術台や手術器具が置かれた部屋もある。こんな手術台が1960年代まで使われていたのだという。手術台の横の壁には、私も見たことのある有名な絵画『警察医務室前のアルバーティン』が飾られていた。ムンクに影響を与えたといわれる画家クリスチャン・クローグの作品だ。売春を決意した極貧の少女アルバーティンが、性病検査のため警察医務室に入室しようとしている絵で、本物はオスロのナショナル・ギャラリーにある。社会派作家でもあったクローグは、この絵と同時に『アルバーティン』という小説を発表し、売春婦の悲惨な暮らしを初めて世に知らしめた。しかし、小説のほうは、発表後ただちに没収されてしまった」

久布白落実は、私より60年以上も前に同じオスロで同じ絵を見たらしいーークリスチャン・クローグの絵はノルウェー人にだけでなく、日本女性にも影響を与えたのだ。

ついで、久布白落実は、ノルウェーでは、女性駆け込み施設に公費が使われていることを見抜き、寄付金だのみの日本と比べている(今の日本もあまり変わらない)。

「ある施設で同規模の東京婦人ホームの運営と比べると、ノルウェーでは1年3万6000円、国庫と地方自治体の折半で費用が分担されるのに、東京婦人ホームでは年間予算3~4000円。公金支出はなく寄付による財政である。」

さらに、久布白落実は、女性の窮状解決に対する無策を知らせるため、軍事費と比較する。

「軍艦1隻2000万円の建造費は各県に2ヶ所ずつ100ヶ所の婦人ホームが建てられ運営できるのに、と日本の現状を批判した」

治安維持法が改悪され、特高が全国に設置された時代だ。それ考えると、彼女の急進性に胸を打たれる。

ノルウェー女性の参政権獲得は1913年だ。久布白落実が訪問した1928年、すでに国にも地方にも女性議員が誕生していた。久布白落実は、充実した福祉政策をこの目で見て、女性参政権が必須だとの意を強くしたに違いない。

国際的視野から、女性の貧困や苦境をなくすには政治を女性の手で変えなければと、戦後は、国会議員に挑戦した久布白落実・・・。しかし日本の選挙は、彼女を当選させなかった。3度挑戦し、3度落選している。

彼女の固い意志は、同じ時代、秋田女性の貧困と苦境の実態を日々目にした矯風会秋田支部長の早川かい、その同志和崎ハルにも宿っていただろう。和崎ハルは、戦後初の選挙に立候補して見事当選。しかし、その後、2度挑戦し、2度落選している。

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【写真上:オスロのナショナル・ギャラリーで何年も前に買い求めたクリスチャン・クローグ作「警察医務室前のアルバーティン」の絵はがき。中:オスロ中心街にあるクリスチャン・クローグ像。下:新宿の大久保にある矯風会館】

【注1: この本は入手が不可能。貸してくださった著者の高橋喜久江さんに心から感謝申し上げます】
【注2: 久布白落実の結婚前の姓名は大久保落実。「熊本県鹿本郡米之嶽村郷原」に生まれたとある。調べたところ現在の山鹿市らしい】
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by bekokuma321 | 2016-09-09 14:53 | ノルウェー

c0166264_17161684.jpgノルウェーの国王が、木曜日、園遊会で行ったスピーチがすごいらしい。

翌日にはfacebookのシェアが100万人以上になったという。さきほどクリックしたら、277万回になっていた。

Youtubeに、NRK(ノルウェー公共放送)の英字幕付き録画が出てきたので、ハーラル国王の力強いスピーチのさわりを、私なりに訳した。

「ノルウェー人は、北方から、中部から、南方から、いや、あらゆる地域からやってきました。ノルウェー人は、アフガニスタン、パキスタン、ポーランド、スウェーデン、ソマリア、シリアからやってきた移民でもあります」

「出身はどこか、国籍はどこか、簡単には言えません。祖国とは、心がここにあると思うところです。祖国は、いつも国境の内側にあるわけではないのです」

「ノルウェー人は、女の子を愛する女の子です。男の子を愛する男の子です。そして、お互いに愛しあう男の子と女の子なのです」

「ノルウェー人は、神を信仰する人であり、アラーを信仰する人であります。全てを信じる人(汎神論)、何も信じない(無神論)人もいます」

「ノルウェー人は、グリーグ(Grieg)、ヒューゴ(Kygo)、ヘルビレス(Hellbillies)、カーリ・ブレネス(Kari Bremnes) が好きです」

「つまり、ノルウェーはあなたがたであり、私たちなのです」

「わたしの最大の夢は、お互いが助け合って、この国をさらに信頼と連帯と寛容さにあふれる国にすることです」

国王が、難民、同性愛者、イスラム教信仰者など少数派との連帯を、多数派に向かって吐露したのだ。このような国王のスピーチを聞くことのできる国。ウーンやっぱり、I Love Norway!

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▲ノルウェーの国会議事堂前で遊ぶ小学生たち。肌の色も、宗教も、さまざま・・・。
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by bekokuma321 | 2016-09-03 17:30 | ノルウェー