カテゴリ:アジア・アフリカ( 165 )

c0166264_12235893.jpg女性性器切除の被害者は、少なく見積もって2億人である。これまでの統計より7000万人多い。このままだと、15歳から19歳までの少女1500万人がさらなる被害者となる。

「女性性器切除を許さない日」の2月6日に向けて、国連機関によって公表された。ガーディアン紙などの報道によると、この衝撃的数字は、インドネシアの最新データが加わったためだという。

女性性器切除は、FGM(Female Genital Mutilation)の和訳だ。日本の女性運動団体「FGM廃絶を支援する女たちの会」によれば、女性外性器の一部あるいは全部の切除、時には切除してから外性器を縫合してしまう慣習のこと。

アフリカを中心に様々な民族の伝統的な女児の通過儀礼として、2000年以上も続いていると言われている。具体的には、次のようなもの(「FGM廃絶を支援する女たちの会」より)。

タイプ1: クリトリスの一部もしくは全体およびクリトリス包皮の切除、あるいはクリトリス包皮の切除(clitoridectomy:クリトリス除去術)。

タイプ2: クリトリスの一部もしくは全体および小陰唇の切除。大陰唇の切除を伴う場合もある(excision:切除術)。

タイプ3: 小陰唇および大陰唇、あるいは小陰唇か大陰唇のみを切除・接合することによって覆いが作られ膣口を狭める。クリトリスの切除を伴う場合もある(infibulation:性器縫合)。

タイプ4: その他、医学的治療以外の目的で女性性器を傷つける施術。たとえば、突き刺す、極小の穴を開ける、切り込む、削る、焼灼といった行為。

そのすさまじい後遺症、悪影響。上記団体は、こうまとめる。

「FGMの施術は、一般的に剃刀や鋭い石などを使い、麻酔も薬も用いず行なわれる。そのため、激しい痛みや出血によるショック、感染症で死に至ることもある。また、HIV/エイズ感染の危険もある。後遺症も深刻であり、尿道の損傷、慢性の感染症、貧血、腎障害、月経困難症、失禁、傷跡(ケロイド)による難産、腟狭さく及び陰唇裂傷、ろう孔(フィスチュラ:腟と膀胱、腟と直腸の間に穴が開いてつながってしまう疾病)、性交時の激痛、性行為への恐怖、うつ症状など女性の身体と人生に大きな影響を与える。」

世界の最貧国のひとつにマリという国がある。私は幼いころから関心をよせていた。自分と同じ名前だからというだけだが・・・。公的発表によると、マリも、女性の約9割が女性性器切除の被害にあってる。

しかし、この2000年以上も続いていると言われる抗いがたい慣習に、立ち向かっている女性たちがいる。

その闘女の1人は、マリのフェミニスト、ロキア・サノゴRokia Sanogo。薬学博士だ。NGO「伝統的医薬発展への支援」"Aid for the Development of Traditional Medicine" (Aidemet)を立ち上げ、そこを中心に、女性性器切除廃絶に向けて運動をしている。驚嘆せざるをえない。

Malian NGO launches book on dangers of female genital mutilation
Number of FGM victims found to be 70 million higher than thought 
International Day of Zero Tolerance for Female Genital Mutilation, 6 February
FGM廃絶を支援する女たちの会 
女性器切除FGMは子どもへの虐待
ウガンダ、女性器切除FGM違法へ
ソマリア女性にナンセン難民賞
ノルウェー、世界の女性の人権に6000万クローネ
スーダン、ソマリアの女性器切除

【写真:マリの女性を描いたマリの壁掛けBatik】
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by bekokuma321 | 2016-02-05 12:34 | アジア・アフリカ

c0166264_222117.jpg台湾の総統選は初の女性総統当選に終わった。同時にあった国会にあたる立法院議員113人を決める選挙はどうだったか。

台湾は日本と同様、中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に変わったとされている。しかし、日本と全く違う点がある。

それは、比例代表制34議席を選ぶ政党の候補者名簿は、男女半々でなければならないとされていることだ。これは、50%クオータ制だ。原住民枠が6議席、別に設けられていることも初めて知った。平等性を感じさせられる。

世界の国会における女性割合を調査比較しているIPUには、残念ながら台湾の情報は公開されていない。国連加盟国ではないからだろう。しかし、いくつかの報道によると、選挙前、すでに国会議員の約3割が女性だった。

まだ、選挙結果に女性数が出ていないが、台湾の最高決定機関に女性がどの程度増えるか楽しみだ。


List of members of the ninth Legislative Yuan
Taiwan presidential race showcases women's increasing role
Online Press Kit
A brief introduction of the 2012 presidential and eighth legislative elections
台湾初の女性総統の影に
女性議員増めざして制度改善を
小選挙区制は女性の声を捨て去る
比例代表制は女性や弱者が当選しやすい
女性の衆議院議員は1割に満たず
政治は男のものではない
日本の女性国会議員、189カ国中163位
比例区削減案に反対します!
日本の男女平等度、世界101位
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by bekokuma321 | 2016-01-18 10:25 | アジア・アフリカ

台湾初の女性総統の影に

c0166264_21513833.jpg蔡英文(Tsai Ing-wen ツァイインウェン)が台湾の総統に当選した。

主な勝因は「8年間の馬政権への市民の強い不満が蔡氏と民進党を後押しした。馬氏は対中関係を改善すれば経済も良くなると訴えたが、恩恵は一部に集中。勤労者の給料は上がらず、息苦しさが増した」(朝日)と報道されている。

FEM-NEWSは、「初の女性総統誕生の背景」は何かをさぐってみたい。

欧米メディアは、アジアの国々の大統領や首相などになった女性はいるが、政治家家系出でない女性の当選は初めて、と報道している。

蔡英文の総統当選に至るまでには、彼女が民進党の党首に選ばれたうえで、総統選挙に立候補しなければならない。だから、民進党が女性党首を誕生させた背景にこそ注目すべきだろう。

最も重要なことは、民進党は、1987年の結成以来、女性が要職を担ってきたことが考えられる。なかでも熱心なフェミニストの呂秀蓮(Lu Hsiu-lien りょ しゅうれん、アネット・ルー)の影響力をあげたい。

昨日、世界中にあふれた当選後の報道写真のなかに、蔡英文が党の要人と映っている写真があった(写真)。蔡英文の左隣に立つ副総統候補(男性)の左にいる女性が、呂秀蓮(アネット・ルー)である。右側には現高雄市長で、元民進党代理主席の陳菊(ちんきく)が見える。

呂秀蓮(アネット・ルー)は、フェミニスト活動家であると同時に弁護士で小説家だ。1992年、日本の国会にあたる立法委員に当選した。2000年、民進党初の総統となった陳水扁から副総統(副大統領)に要請されて立候補して当選。50年間の一党支配から政権を奪還した。彼女は台湾史上初の女性副総統に就任し、2004年に再選された。

いくつかの資料によると、呂秀蓮(アネット・ルー)は、その後、2007年、2011年と2回、台湾総統選挙に立候補を表明したが、最終的に辞退したとされている。2011年、彼女が譲った台湾総統の民進党候補は、翌2012年国民党候補に敗れた蔡英文である。そして彼女は、昨日、捲土重来をはたした。

アネット・ルーは、美麗島事件で懲役12年、公民権終身剥奪の判決を受けた。ガン治療の理由で5年の入獄後、仮釈放された。美麗島事件とは1979年の世界人権デーに台湾で行われた反体制集会の主催者らが弾圧され、国家反逆罪で有罪とされた事件(朝日)。ちなみに、陳菊も懲役12年の判決を言い渡され、約6年入獄。

さて、アネット・ルーという著名なフェミニスト政治家が姉貴分として党指導部に健在だったことは、蔡英文の党首誕生に、これ以上ないくらい大きな貢献をしただろう。いやアネット・ルーこそ、初の女性総統を押し出した原動力といえよう。

さらに、もうひとつ大きな力となったのは、若い女性たちが、蔡英文を通じて、民進党に関心を寄せるようになる政策を、党主導で実行してきたことであろう。

「政治家はみな権力がほしいだけ」と思っていた女性2人が、蔡英文事務所からの依頼を受けて、党幹部に抜擢された。1人は、ドキュメンタリー映画監督で「生まれながらの反逆者」と称するLiao。NY大学でジェンダー学を学んだ。もう1人は、男女平等委員会に委員だった婦人科医のLinである。

この2人の女性は蔡英文の”内閣”にはいって、党内から民進党を変えていったに違いない。

民進党は女性に友好的な政策をとってきていたが、若い女性たちにはその政策が届いてないことに反省をせまられていた。そこを変えていくためのポストをつくり、そこの仕事人に、新しい女性をあてたのである。

1994年、台湾の国際女性会議に参加した。主催者はアネット・ルーだった。私の傍にやってきた小柄な彼女に合わせて、私は思わず膝を曲げてポーズをとった。そのなつかしい写真が手もとに残っている。

Taiwan elects first female president
Tsai Ing-wen elected Taiwan's first female president
DPP introduces its new officials at press conference
Democratic Progressive Party
UNSINKABLE ANNETTE LU
B【闘う女は美しい】 「響き合う女たちの声」
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by bekokuma321 | 2016-01-17 22:09 | アジア・アフリカ

先月末、ネパールに女性大統領が誕生した。ネパール国会で、賛成327、反対214の多数決で選ばれた。

報道によると、新大統領ビドヤ・デビ・バンダリ(Bidhya Devi Bhandari)は、ネパール史上初の女性の大統領となる。

BBCは、「ネパール国会は女性解放運動家を大統領に選んだ」「彼女は、大統領となって、さらに女性や社会的弱者の権利擁護に力をつくすと約束した」と報じている。

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ネパールは、貧困にあえぐ社会だ。それに加え、15歳以上で読み書きできる男性は 62.7%、女性 34.9%(2001年)という男尊女卑社会でもある。そのような社会で、女性の権利のための活動してきた彼女は、筆舌につくしがたい困難に出会ってきたはずだ。

ネパールでは大統領は儀礼的な地位にあり、首相が政治的実権を握るのは首相だそうだ。それにしても、女性解放運動家が大統領に就任するとは。男女平等社会への大いなる予感を感じさせる。

ビドヤ・デビ・バンダリは、ネパール共産党の書記長だったマダン・バンダリの妻。夫が不審な交通事故で亡くなった後、政界に復帰し、国会議員に当選した。ネパールを君主制から共和制に移行させるさまざまな運動の先導的役割を担ってきたと言われている。

ガーディアン紙によると、ネパールの新憲法は、国連の女性差別撤廃条約の精神にそって書かれているという。国会議員ならびに行政府の全委員会委員のの3分の1は女性でなければならず、大統領と副大統領のどちらかは女性でなければならないと明記されている。

このような憲法改正なら、私だって大の大の大賛成だ。

Nepalese parliament elects first female president
Bidhya Devi Bhandari elected Nepal's first female president

【写真はhttps://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AVidhya_Bhandari1.JPG

日弁連「貧困からの女性の解放、性別不利益解消にむけて」
赤松良子賞と女性差別撤廃条約
性差別撤廃へ キャンペーンは続く
女性閣僚辞任と政治資金

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by bekokuma321 | 2015-11-12 18:44 | アジア・アフリカ

本の街のチェッコリ

この夏、生まれて初めてビデオを回した。手とり足とり教えていただきながら、つくりあげた小さな作品は、題して「本の街のチェッコリ」。

神田神保町にブックカフェを開店した韓国女性キム・スンボクさんのインタビューを中心に、お店の様子や、心に染みいる韓国の詩を紹介する。4人の仲間の共同作品。

下をクリックして、ご笑覧を。

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本の街の神保町に、今年7月にオープンした韓国書籍専門のブックカフェ「チェッコリ」。店内には、約3500冊の書籍が並び、韓国伝統茶や菓子、マッコリなどの飲食メニューも充実している。作家のトークショーや音楽ライブなどのイベントも開催しており、韓国の本を愛する人たちの交流の場にもなっている。この店をオープンさせた出版社クオンの金承福(キム・スンボク)さんにお話を伺った。

制作:石川忍、高橋永、田村和男、三井マリ子
(OurPlanetTV 2015年夏期映像制作ワークショップ作品)

ourplanet-tv
チェッコリ
申庚林シン・ギョンニム
<インタビュー>日本に「韓国文学ブーム起こす」 出版社代表の金承福氏
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by bekokuma321 | 2015-08-29 10:05 | アジア・アフリカ

c0166264_13155691.jpg「壷を捧げるハトシェプスト女王」を見た私は、タイトルの「女王」は間違いではないかと思った。

花崗岩でつくられたその像は、あごひげを表す細長い筒状のものをつけていて、体も男のようだ。女性であることを示す特徴はどこにもない。

しかし、間違いではなかった。ハトシェプストは女性で、彼女こそ古代エジプトで最も平和で繁栄した時代を作り上げたと言われる王その人だった。

ハトシェプスト女王についてThe King Herself(王、彼女自身)から引用する。筆者はチップ・ブラウンChip Brown。

「ハトシェプストは、このトトメス1世とイアフメスの間に生まれた長女だ。だが、トトメス1世から王位を継承したのは、側室に産ませた息子のトトメス2世だった。

ハトシェプストとトトメス2世は、王家の血統を強固にするために結婚した。当時は異母兄弟どうしの結婚はタブーとされていなかったのだ。2人の間には娘が1人生まれたが、男の跡継ぎ、トトメス3世を産んだのは、側室のイシスだった。

トトメス2世は王位に長くとどまることなく、その生涯を終えた。死因は心臓病だったと推定されている。世継ぎのトトメス3世はまだ幼かったため、伝統に従ってハトシェプストが摂政となり実権を握ることになった。」

ハトシェプストは、12歳で、王トトメス2世の妻になった。夫が亡くなるまで、王の妻として君臨した。次の王となった幼いトトメス3世(彼女の義理の息子)に代わってからは摂政となった。しだいに、摂政の役割を超える支配力を見せるようになった。そして「わずか数年後には、みずからを古代エジプトの王ファラオだと宣言した」(The King Herself)。

「古代エジプトでは、王位は父から息子へと受け継がれるものであり、娘には王位を継ぐ資格はなかった」ため、彼女は、王の職務をするときは男となった。

とはいえ、自分が女性であることを隠そうとしなかったらしい。残された碑文などからわかったという。最たるものはハトシェプストという名前だ。ハトシェプストは Foremost Noble Woman (もっとも高貴な女性)という意味だという。

ハトシェプストの死後、彼女が王であったという事実は抹殺された。「ハトシェプストを王妃として描いた浮き彫りは破壊をまぬがれたものの、ファラオとして描いたものは、一つ残らず削りとられた」のだという。

しかし、ハトシェプスト女王が、ハトシェプスト王として古代エジプトを支配し、最も平和で繁栄した時代を築いたとする史実は、後の研究によって明らかにされた。

ハトシェプスト女王の像を、私は、2015年7月、東京上野博物館の展覧会会場で見た。

そのカタログ『クレオパトラとエジプトの王妃展』には、クリスティアーヌ・ジェグレール(Dr.Christiane Ziegler)による「クレオパトラとエジプトの王妃」と題する解説文がある。そこで、あることに気づいた。

彼女の文中に確かにある「フェミニスト」という言葉が、日本語の訳文では抹殺されているのである。

Eventually, the career of Hatshepsut, the Queen-Pharaoh, represents a perfect paragon for feminists. (原文)

「そして王妃でありながらも、後にファラオの地位にのぼりつめたハトシェプスト女王は自立する女性の憧れの的である。」(東京国立博物館の和訳)

私の拙訳は、
「そして最後に、女王でありながら王となったハトシェプストのキャリアは、フェミニストたちにとって、これ以上ないモデルとして立ち現われる。」

フェミニストは、女性であろうと男性であろうと、男女平等を願っている人をいう。だから、女性にもアンチ・フェミニストはいるし、男性にもフェミニストはいる。

しかし、ここで、フェミニストは、「自立する女性」と訳されている。故意にであろう。

出版されるまでには何度も校正され、監修されたはずだ。筆者クリスティアーヌ・ジェグレールは、自分が使ったフェミニストという言葉が抹殺されてしまったことを知っていただろうと思う。

王になるためには女性であることを隠さなければならなかった古代エジプト。その展示物の解説文からフェミニストという表現を隠さなければならなかった日本の国立博物館。

国立博物館は、文部科学省からの予算年61億円ほどで運営されている(平成17年)。現大臣は日本会議系の下村博文。

紀元前3000年から2015年の今日まで、女性蔑視の歴史の流れは続く。

古代エジプト 男装の女王
The King Herself
Tooth solves Hatshepsut mummy mystery
Tooth May Have Solved Mummy Mystery
「クレオパトラとエジプトの王妃展」プレス・リリースPDF
バックラッシュ(男女平等への逆流)年表 
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by bekokuma321 | 2015-07-13 13:29 | アジア・アフリカ

貧乏は性差別だ♪

c0166264_2305985.jpg貧乏は性差別だ。女性や女の子に焦点をあてない限り貧乏は続く。女の子たち、女性たちよ、立ちあがろう!

アフリカの7カ国から、9人の女性シンガーが集まって、新しい歌をつくった。女性や女の子を貧困撲滅キャンペーンの中心に置こうよ、と呼びかける歌だ。

歌のタイトルは「強い女の子」(下にリンクをはったのでどうぞ)。

シンガーは、Victoria Kimani(ケニア)、Vanessa Mdee(タンザニア)、Arielle T(ガボン)、 Gabriela, (モザンビーク)、Judith Sephuma(南ア)、 Waje(ナイジェリア)、Selmor Mtukudzi(ジンバブエ) Yemi Alade(ナイジェリア)、Blessing(南ア、14歳)。

歌を聞くだけでなく、あなたもファイトバックのポーズをとる写真をソーシャルメディアに載せ、一緒に立ちあがろうと、呼びかける。

ネット時代の画期的運動だ。

アフリカだけの話ではない。この経済大国の日本で、ひとり暮らしの20歳から64歳の女性の3人に1人は貧乏、70代では46.3%が貧乏だ。2013年国民生活基礎調査。

そんな今、国会で、派遣法の改悪案が審議されている。これこそ、日本女性を貧困のどん底からはいあがれなくする悪法だ。

poverty is sexist
Strong Girl tactics: One campaign song aims to strike a blow for women
2015年達成を目指して国際社会が約束した8つの目標
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by bekokuma321 | 2015-05-14 23:16 | アジア・アフリカ

c0166264_2017237.jpg先月、イ・ヤンヒ(Yanghee Lee 李亮喜)は、ビルマ(ミャンマー)の人権状況に関する国連特別報告者としてビルマ訪問した。

彼女は、公式訪問中、ビルマの僧侶から、「売女(ばいた)」と呼ばれたという。

報道によれば、仏教の僧侶の名はアシン・ウィラスAshin Wirathu。2013年7月、「タイム」誌が表紙に飾った男性だ(写真)。

極右の僧侶で、ビルマは仏教徒の国であるとし、イスラム教徒排斥と迫害の急先鋒に立つ。2003年、イスラム教徒への暴力を扇動した罪で収監されたが、現在、放免となっている。

アシン・ウィラスは、イ・ヤンヒについて、公の場のスピーチで、「その肩書で、尊敬されるなどと思うな。お前は、我々にとっては単なる”売女”だ」と言ったという。この言葉は、ネットで瞬く間に広まった。

イ・ヤンヒは、10日間の調査を終えてビルマを去る際、あちこちで彼女を敵視するような待遇を受けたと、次のように表明した。

「このたび私は、議論の分かれる難題にとりくむときに女性の人権の擁護者が経験する性差別に満ちた脅しにあいました」

イ・ヤンヒは、韓国の子ども心理学者で、国連子どもの権利委員会委員長でもある。

国連人権高等弁務官のゼイド・ラアド・ゼイド・アル・フセイン(ヨルダン国連代表)は、イ・ヤンヒの指摘を受けて、ただちに強い抗議の声明を送った。

「社会的影響力を有する僧侶が、公式訪問をしたイ・ヤンヒ国連人権専門官に対して性差別と侮辱に満ちた表現を使ったことは、絶対に受け入れられない」

こういう事件がアジアの国であったなどと、私は知らなかった。さきほど、BBCニュースで、ヘレン・クラーク国連開発計画(UNDP)総裁が、この性差別について、「とんでもない、恥ずべきことだ」と怒っているDVDを見て、初めて知った。ヘレン・クラークはニュージーランドの元首相。国連初の女性の事務総長か、と目されている人物だ。

国連高官でも女性なら、「売女」という侮蔑語を投げつけられる、この恐るべき現実。

できることなら、このような下劣な差別発言を知らずに済ませたかった。しかし、この現実から逃れては男女平等は前に進めない。イ・ヤンヒ(Yanghee Lee)の告発に感謝する。

Top U.N. official slams Myanmar monk over 'whore' comments
Helen Clark's anger at Burmese monk's sexist remarks
UN slams ‘sexist, insulting’ slurs against Yanghee Lee
Ashin Wirathu: Myanmar and its vitriolic monk
「オランウータンと言うのは人種差別ではない」 
アウン・サン・スー・チー当選

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by bekokuma321 | 2015-02-12 20:33 | アジア・アフリカ

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女性差別の情報は、男たちの手でかき消されたり矮小化されたりするのが普通だ。

それに疑問を持った女性運動家、司書、ジャーナリスト、研究者、先住民の権利運動家、情報センター職員たちが、国境を越えて叫んだ。

「女性をとりまく現実をよく見えるようにしよう」

「情報は力。世界中からアクセス可能な女性の情報サイトをつくろう」

この国際的運動は、「ノウハウ会議」と名づけられた。萌芽は1995年9月4日に北京で開かれた国連世界女性会議にあった。世界中から5万人が北京に集まった。私も地方紙と女性紙から特派員資格を得て参加した。

カップラーメンをすすりながら、寝る間も惜しんでパソコンをたたいた。全国フェミニスト議員連盟としてワークショップも企画運営した。女性議員の少ない日本の現状をどうしたら変えられるか、英語日本語ゴチャゴチャにして話し合った。

そして第1回はオランダ、第2回はウガンダで、女性と情報をどう集め、どう広め、どう保存していくか、国際会議が開かれた。

(つづきはI 女のしんぶん「叫ぶ芸術」を。ただしWeb版の解説は、I 女のしんぶん連載の記事とは多少異なることを了承願います)

「ノウハウ会議」から生まれたウガンダの女性情報サイト
http://www.isis.or.ug/2011/11/ruth-ojiambo-ochieng/
http://wougnet.org/
http://www.fao.org/docrep/x3803s/x3803s23.htm
http://vc.bridgew.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1396&context=jiws

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by bekokuma321 | 2014-11-29 22:31 | アジア・アフリカ

c0166264_1452347.jpgアリサンドラ・ファジーナ。パキスタンの紛争地で、難民、移民、とりわけ女性や子どもたちの写真を撮り続けている女性だ。

ソマリア、リベリア、イエメン、そしてパキスタンと、彼女は、想像を絶するほど困難な地域に向かう。そこに滞在する。そこで生きる。そして、そこの人たちからの信頼を得なければ絶対撮影できない、日常、有様、表情を撮影する。

パキスタンでは、彼女自身、何度もあきらめようとしたり、命を奪われるような危険な目にもあった。

2009年、パキスタン反乱軍の襲撃に遭って、体に弾丸2発の傷跡がある82歳の女性。しかし、外出できないため、病院に行って治療は受けられない。彼女は息子がタリバンに入隊したと疑われ逮捕された。家を破壊され、7か月間幽閉され、拷問をうけた。何もかも、失った。

アリサンドラ・ファジーナのカメラは、戦争や紛争に翻弄されて、忘れ去られようとしている、こうした女たちの人間性をわしづかみにする。

彼女は言う。

「戦争で、何百万人、何千万、死んだ、とニュースは言う。しかし、忘れてはいけないのは、数ではないということ。みな、1人の人間なのだ。その人には声を発する権利がある。その人の声に世界は耳を傾ける義務がある」

Caught in conflict: women in Pakistan
Caught in conflict: women in Pakistan – in pictures
http://www.youtube.com/watch?v=bjLwTl9ZEH4
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by bekokuma321 | 2014-11-20 14:26 | アジア・アフリカ