カテゴリ:ヨーロッパ( 267 )

ドイツ女性への暴力事件

FEM-NEWSは、新年早々、残念ながら暗い事件から始めなければならない。

報道によると、大晦日から元日の夜、ドイツのケルンにおいて、アラブ人・北アフリカ人と見られる男性たちによるドイツ女性に対する性暴力・強姦・強盗事件が起こった。事件は379件に上り、容疑者の大半は難民申請者と不法移民が占めていたとされている。

現在捜査中らしいが、警察は、事件の40%は性暴力であり、被害者の多数は10代と20代前半のドイツ女性だったという。

2016年1月5日、女性300名が犯行現場そばのケルン大聖堂前で抗議デモをした。ZDF(ドイツ公共放送)が事件を報道したのは非常に遅く、事件後5日経ってからだった。ZDFは大勢の女性が抗議を行っているにも関わらず事件について速やかに報じなかったことを詫びた。

ケルン初の女性市長ヘンリエッテ・レーカーは緊急会見で、暴力事件と難民を結びつける理由はまだないと述べた。彼女自身、10月の市長選直前、ドイツの難民政策に不満を持つ男性に暗殺されかかったが、当選後も難民受け入れに寛容な姿勢を堅持している。とはいえ、女性の行動を縛るような発言をしたことが、ドイツ女性たちの怒りを買った。

欧米の大晦日は、私の知る限り、親しい人や友人たちが集まって、シャンパンをあけて大騒ぎをする。カウントダウンが終わると、「新年おめでとう!」と、だれかれなく抱き合いキスをしあう。きっと、ドイツのケルンでもそうだったのではないか。

そんな楽しい夜に悪夢は起きた。女性への暴力根絶は、世界中が真剣に取りくまなくてはならない大課題だ。難民問題にさわるかもしれないと、軽視されてはたまったものではない。

こうした女性への暴力事件をうけて、ノルウェーにおける女性への暴力を減らすための難民・移民教育が注目されている。

ノルウェーの女性の多くは、自分の好きな格好をして自分の好きな時間に自由に行動する。異性にも同性に対すると同様、女性のほうから話しかけることも多いし、性にまつわる冗談も軽く言い合う。セックスするかしないかなどと関係なく、知り合った男女が同室に宿泊することもある。

そのような女性の多い社会に、ベールをかぶっている女性しか知らない国から若い男性が、放り込まれたらどうなるか。

たとえば、ノルウェーには1987年から、難民移民への受け入れセンターとなっているHeroという会社がある。2010年から、北海油田関連産業で働くために移民男性が多くやってくるスタバンゲルにおいて、研修プログラムが行われている。専門機関と連携をとりながら、ノルウェー文化や法律をテーマにセクシュアリティを強調した対話中心のグループ研修を行って、成果をあげてきたとされている。

これについては、さらに調査して、紹介したい。

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                ▲2015年暮れのローマ(上の事件とは関係ありません)


Cologne New Year violence cases up to 379
Germany after the sex attacks: fences are going up and the mood is ugly
Emma:Denn wir sind kölsche Mädchen...
Classes for minority
Norway Offers Migrants a Lesson in How to Treat Women
ノルウェーの強姦対策
夜を取りもどせ「不安から行動へ」
イスラム教生徒の男女別教育は許されるか否か
ノルウェー選挙:性差も肌の色も越えて
ソマリア女性のソマリア移民社会批判
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by bekokuma321 | 2016-01-11 02:01 | ヨーロッパ

タンゴ・イン・スペイン

c0166264_23111254.jpg見た、笑った、驚いた、感動した。
あ~、なんて楽しい! 思わず3回も見てしまった。
タンゴを踊るストリートダンサーはサラ・パディ。
おんとし81歳。下は私の見たYoutube.
¿Es la edad un estado mental? (Youtubeで世界をとりこにしたサラ・パディ)
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by bekokuma321 | 2015-12-11 19:38 | ヨーロッパ

「国民戦線、勝利」

「フランスの極右政党、国民戦線、地方選で勝利」

こんな見出しで、フランスの地方選挙の結果が流れてきた。パリのテロ事件の後、初めての選挙だった。「失業率の高さなど経済危機と、難民急増への不安」が、極右政党(FN)の票を伸ばしたという。13地域圏のうち6つでトップとなる見込みらしい。

メディアは、国民戦線の党首と副党首の写真でいっぱいだ。2人とも女性だ。

党首は、マリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)で、47歳。副党首は、そのめいのマリオン・マレシャル=ルペン(Marion Marechal-Le Pen)で、弱冠25歳。党の創設者ジャン=マリー・ルペン(Jean-Marie Le Pen)の娘が党首であり、孫が副党首だ。

マリーヌ・ルペンは、EU議会議員でありながら、地域圏議員を兼務。今回、地域圏議員の再選めざした。伝統的に左派が優勢だった労働者階級の多い北部地域から立候補し、第1回投票で40%以上の票を獲得した。

マリオン・マレシャル=ルペンは、2012年の国会議員選でデビュー。フランス史上最も若くして国会議員に当選した。今回、立候補した南東部の豊かな人々の住む地域圏の第1回投票で得票率42%をかっさらい、「古い政治は死んだ」と勝利宣言した。

党首のマリーヌよりも副党首のマリオンはハードコアの極右的思想の持ち主のようだ。たとえば、マリーヌは妊娠中絶も同性愛も容認しているが、マリオンは妊娠中絶にも同性愛にも反対を表明し、「伝統的家庭」を好むときっぱり。山谷えり子など日本会議系の日本の国会議員と似ている。

BBCの、マリオン・マレシャル=ルペンについての論評はおもしろい。

肩から流れる長い金髪に魅力的風貌、ポケットに手を入れて話すしぐさ、などメディア受けするための訓練を受けているのは明らかで、若い男性のメディア・アドバイザーたちがいるだろう、と専門家は指摘する。国民戦線は、これまでマッチョなイメージが強かったが、女性党首の下、穏健路線にシフトしてきた。もう一人、若くて新鮮な女性指導者の台頭は、党勢拡大に威力を発揮するだろうーーというのだ。

なるほど。マリオン・マレシャル=ルペンの”女らしさ”は、強硬思想のカムフラージュに効果抜群のようだ。


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by bekokuma321 | 2015-12-07 23:16 | ヨーロッパ

反逆する聖なる女性器

c0166264_20284849.jpgスペインからのニュース。

スペインで、3人の女性が、女性器を形どったオブジェを担いでデモ行進したとして告訴された。

報道によると、昨年5月1日のメーデーのときと、4月に女性労働者の解雇に反対するデモで、主催した労働組合の承諾を得て、女性たちがデモ行進をしたとされる。

3人は、セルビアの女性団体所属で、「反逆する聖なる女性器」(FEM-NEWS訳)と呼ばれるデモ行進をして、宗教的感情を侮辱したというもの。

訴えたのは、キリスト教法律家協会だという。来年2月、女性たちはセルビアの法廷で陳述する予定だとか。

Youtubeによると、女たちのデモは、セマナ・サンタと呼ばれるスペインのイースターでの祭りに似せたもの。セマナ・サンタは、キリスト像とマリア像が、日本の山車のような大きな台に飾られ、信者が担いで、大聖堂まで街を練り歩く宗教的なお祭りだ。

女性器のオブジェは、そのマリア像に似せた形につくられた巨大なもの。「聖マリア」ならぬ「聖ヴァギナ」だ。デモ隊には、プッシー・ライオッツのような目だけを出したフードをかぶっている女性もいる。これも、ヤマナ・サンタの際、アメリカの人種主義団体KKKがかぶるような、目だけあいたフードをかぶって行進する人たちとそっくりだから愉快だ。

この「反逆する聖なる女性器」のデモ行進は、セルビアだけではない。ネットを検索すると、2013年3月8日の国際女性デーに、やはりスペインのマラガで、女たちは、「反逆する聖なる女性器」をかついで、デモ行進をしていた。目的は、妊娠中絶の権利の保障、女性への暴力根絶や学校の中の性による分離への反対。ごくごくまっとうな主張だ。

Youtubeで、いくつものバージョンが見られるが、通行人の多くは、ほほ笑んでいる。

スペインの女たちのアイデアは、なんとも並外れている。日本の女たちも、このくらい“度をこしたアイデア”で大空に向かって訴えないとダメではないか。

La juez ordena identificar a las feministas que sacaron en procesión el ‘Santísimo Coño Insumiso’
Imputadas las tres feministas que procesionaron el ‘Santísimo Coño Insumiso’ en Sevilla
Imputan a tres mujeres por sacar una gran vagina en procesión
Hermandad del Santo Coño Insumiso(Youtube)
楽しい!スウェーデン子ども番組「性器の歌」
『週刊金曜日』、ろくでなし子さんと北原みのりさんの逮捕に抗議
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by bekokuma321 | 2015-12-04 20:29 | ヨーロッパ

11月7日、イタリア映画「むかしMattoの町があった」(*)を観ました。

「Mattoの町」とは精神病院の事。そこは、「自由はく奪、管理、隷属、抑圧」の集合で、治療の場では全くありませんでした。

1978年イタリア中の精神病院を廃止する新しい精神保健法(180号法)が、国会でほぼ全会一致で成立。精神保健改革の父、バザーリア医師の名で、バザーリア法とも呼ばれています。比べて日本の精神病院主義の構造は変わっていません。しかし、この映画の見事な表現力は、日本人をも変える力があると思いました。

精神医学界の第一人者金子準二精神科医(1890-1979)の言葉が、映画の後のトークで講師三井マリ子さんより紹介されました。三井さんは国会図書館で、「日本精神病院協会」創設者の1人、「東京精神病院協会」2代理事長である、金子準二の本を読んで見つけたそうです。彼は、著書でこう書いています。

「この種解放的婦人の精神状態については、幾多の意見もあるが、そのうちに幾割かの精神病的素質濃厚の婦人が混在していることには、精神病学者間に異論のないところである。ある学者は『解放的婦人は時代の産物であって、精神病的変質徴候である。』と評価しているのである。」(『現代犯罪の精神病学的研究』)

「現代の女権拡張論にも性欲異常と共存する精神病的素質に発した病的症状があり、犯罪精神病学的に、一種の偏執病と診断せざるを得ないものがあろう。」(同上)

「ヒステリーは男には女より少なくて、男1人に対して女5人の割合であるとの統計があるのであります。何れに致しましても、ヒステリーも精神異常でありますから犯罪とは常に深い関係があります。」(『女性と犯罪』)

これでは、フェミニストは異常で犯罪者になり得る素質があるかのようです。精神科医は、自分の理解を超える者に異常のレッテルを貼り格子付きの病室に閉じ込め本物の心の病人にすることが可能です。金子医師の論理でいくと、フェミニストである三井さんも私も精神病院に閉じ込められそうです。

フェミニズムを生きた女たちは、今も各界で活躍しているのは誰もがよく知ることです。男権拡張論者は、英雄色を好むと称賛されます。一方、金子医師によると、女権拡張論者は、精神病質者で偏執病とされてしまうのでしょうか。これこそ女性差別そのものです。しかも恐ろしいことに金子準二医師は、今も日本の精神医学界に強い影響を与えているらしいことです。

一般社会に目を移してみると、女性解放運動家を精神病だと言わないまでも、毛嫌いする傾向は依然として存在しています。

日本の男女平等度は145カ国中101位です。先進国で最下位です。女性の能力を生かすことは平和にも通じます。物事の決定権者に女性の割合を増すクオータ制度を進めていくことが必要ですが、女性の解放を否定的にとらえる人が減らない限り道は遠いのではないでしょうか。

立花 トシ子(クオータ制度研究会)

c0166264_956957.jpg (*)イタリア語Mattoは狂気を持つ人、Mattoの町は精神病院。イタリアは精神病院を廃止した。革命とも称される精神病院解体。そこに至るまでをドラマにしたイタリア映画。NHKにあたる公共テレビRAIで放映され、21%の高視聴率をあげた。今、世界中で自主上映されている。

上記映画会は、11月7日、八王子勤労者福祉会館が「女たち、女親の視点から」見ようと企画した。主催者によると、「三井マリ子さんは、バザーリア法を日本に紹介した大熊一夫さんと2010年4月、英語版の本映画を見て、日本上映のきっかけをつくった。誰にも感動と勇気を与えるこの作品を、女性の視点から見て、当事者のかかえる問題と社会の課題を考える」(上映会チラシ)。


映画「むかしMattoの町があった」を女性の視点で見て
映画「むかしMattoの町があった」と女たち
バザーリア映画を上映する180人のMattoの会
映画「むかしMattoの町があった」
精神病棟を使わずにクライシスに対峙するには
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by bekokuma321 | 2015-12-04 13:46 | ヨーロッパ

「パリのすべての若い人たちに訴えます。
パリで生まれようとまたはパリ以外で生まれようと、
パリにずっと住んでいようと短期間であろうと、
何を信じていようと、どんな階級であろうと、
今、パリにいる若ものたちに訴えます。

すべてのみなさんを、私は支援したい
とりわけ、友人や同僚や近親者を失ってしまった人たちを支援したいのです。
あなたは1人ではありません。パリのひとたちはあなたと共にあります。
何にもまして、あなたがたを誇りに思っていると伝えたいのです。
心配でいっぱいのはずです、心配でないはずはありません。
それでも、断固たる態度で、何よりも立ち上がっています。

あなたがあなたであること、
あなたの愛するもの、
あなたの仕事をあきらめてはなりません。
自分の旅路を、自分の見つけたことを、
好奇心いっぱいに、人には寛容で、生意気に、反抗的に、断固続けてください。
これがあなたたちに送ることばです。

パリをおおっている恐怖は当然ながら安全策を必要とします。
でも、この安全策は、あなたを拘束したり制限したりするものではありません。
コミュニティに自由と生活をとりもどすためのものです。」

c0166264_0511070.jpg11月26日、パリ市長のアンヌ・イダルゴが若者たちに向けて訴えたビデオ・メッセージだ。

テロの手に落ちた130人の命を追悼しつつ、
「生意気に、反抗的に」自分自身の夢を追い続けてほしい、と訴えている。

彼女は、パリで初めての女性の市長。しかも移民だ。

フランコの弾圧から逃れる両親に連れられて、スペインのサン・フェルナンドからやってきた。2歳だった。最初の夫との間に娘と息子1人ずつ、2番目の夫との間に13歳の息子がいる。

在日韓国女性が東京都知事になったようなもの。日本にその日がいつか来ることを祈りながら、彼女の感動的スピーチを和訳してみた。

La Maire de Paris s'adresse à la jeunesse parisienne
パリのテロから考えたこと
21世紀のマリアンヌ
パリ市長に移民女性か
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by bekokuma321 | 2015-12-04 00:57 | ヨーロッパ

11月7日、私は、友人に誘われて、映画「むかしMattoの町があった」(*)を見ました。本当に良質の人間ドラマで、リアリティがあり、随所で号泣させられました。

おそらく誰にもmatto(狂気・狂人的)な部分はあるのです。時代や境遇によって“常識”は変化します。その常識から外れすぎたことが、精神病院への収容につながり、そこでは、人として当然の権利が奪われてしまうことも出てきます。

その不条理さを自分のこととしてとらえることができるか、そうでないかは、人によって分かれるところだと思います。できることなら精神病院という人権侵害システムを見て見ぬふりをしたいと思う、これもまた人間の正直な気持ちかもしれません。

しかし映画冒頭に伏線として描かれているように、己のmattoな部分を知っているフランコ・バザーリアとフランカ・バザーリアは、見て見ぬふりをしなかった。社会構造と闘った。精神病院に収容されている患者たちの人権のためでもあるけれど、自分たちのためだったかもしれません。

“誰か”を救うことは自分自身を救うことだと思ったからこそ、人権侵害システムを変える闘いに挑み続けることができたのだと、私は思います。

映画の中で、人間性を取り戻し、バザーリア医師のスタッフに加わった看護師ニーヴェスは、子どもたちと別れて住むという辛い選択を取らせられました。しかしその後、元患者のマルゲリータと女性同士で支え合って生きていこうとする場面には救われました。たくさん泣いたけれど、笑えたりほっとしたりする場面もたくさんありました。

人として憐れむべきは、看護師ニーヴェスの覚悟を理解できない夫であり、苦痛も感じずに精神病院の看守役をしていた医師や看護師たちではないかと思います。

さらに言えば、あの時代の精神病院に収容されていた患者の多くが精神的にも経済的にも第2次世界大戦の影響を受けていたことを考えると、まず今、この平和を守り続けていくための努力は決して惜しんではならないと改めて思うのです。

映画が終わって、三井マリ子さんと当事者の家族会の大石真弥さんがトークをしました。日本の精神病院の生々しい現状が語られ、それを「知ってしまった」責任を感じました。困難の只中におられる精神疾患の当事者の方、ご家族の方々に心からエールを送ります。

浅井 紀子(社会福祉士、クオータ制度研究会)


c0166264_956957.jpg (*)イタリア語Mattoは狂気を持つ人、Mattoの町は精神病院。イタリアは精神病院を廃止した。革命とも称される精神病院解体。そこに至るまでをドラマにしたイタリア映画。NHKにあたる公共テレビRAIで放映され、21%の高視聴率をあげた。今、世界中で自主上映されている。

上記映画会は、11月7日、八王子勤労者福祉会館が「女たち、女親の視点から」見ようと企画した。主催者によると、「三井マリ子さんは、バザーリア法を日本に紹介した大熊一夫さんと2010年4月、英語版の本映画を見て、日本上映のきっかけをつくった。誰にも感動と勇気を与えるこの作品を、女性の視点から見て、当事者のかかえる問題と社会の課題を考える」(上映会チラシ)。



映画「むかしMattoの町があった」と女たち
バザーリア映画を上映する180人のMattoの会
映画「むかしMattoの町があった」
精神病棟を使わずにクライシスに対峙するには
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by bekokuma321 | 2015-11-19 15:20 | ヨーロッパ

このフランスのポスターは、我が家の階段の上部に飾られ、玄関に入って来た人を見すえている。パリで10年ほど前、入手した。

ポスターは、私に、同時多発テロの底に流れる、ある現実を教えているような気がしてならない。

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昂然( こうぜん) と顔を上げて、女たちは発言する―― 「私たちは、娼婦でも女中でもない」。ショッキングピンクで書かれたフランス語は言っている。

なんという言葉の力よ。Putes は娼婦。Soumisesは召使、転じて主婦という意味にも使われる。この「娼婦か主婦か」は、その昔、女性の立場を表すフランスの決まり文句だった。

ポスターからこちらを見すえている女性たちは、アラブ系、アフリカ系と思われる。かつてフランスが支配していた国々から、移民としてやってきたか、または移民の家庭に生まれ育ったフランス人だろう。彼女たちの多くは、清掃、ウエイトレスなど、フランス人が敬遠する低賃金で不安定な単純労働に従事している。フランス社会を支えているのは、こういう人たちだ。

ポスターは2001年に作られた。制作者は「女性ゲットーに反対し平等を求める女性の行進」という女性解放運動団体だ。女性ゲットーとは、女性が圧倒的に多い職場をさす。

この団体は、男性中心の文化や固定観念を否定し、個性あふれるひとりの人間としてフランスに生きる移民女性を世に出そう、と運動している。

彼女たちは、自由・平等・博愛の国フランスに生まれ育った。まぎれもないフランス人だ。しかし働く場は冷たい。白人とは異なる差別に泣かされる。そんな仕事を終えて、疲れた体を引きずりながら帰宅する彼女を待っているのは、移民1世の父親が投げつける「お前はこうあるべきだ」という罵声だ。

しかし彼女たちは負けてはいない。銃ではなく言葉でファイトバックするーー大空に向かって、「私たちは娼婦でも女中でもない、フランス人だ」と。

パリに生きるイスラム系男性には、イスラム系女性とは異なった疎外感や屈辱感(男らしさの呪縛ゆえの)があるのだろう。私の小さな想像力など及ぶべくもない。

でも、彼らに必要なのは、ポスタ―に見る女たちのような言葉による闘いだ、と思う。


叫ぶ芸術「ポスターに見る世界の女たち」ー娼婦でも女中でもない!(フランス)(ずっと下のほうにあります)
21世紀のマリアンヌ
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by bekokuma321 | 2015-11-15 20:00 | ヨーロッパ

観たい、観たいと思っていた映画「むかしMattoの町があった」(*)をやっと観る機会を得た。

観終わった後、胸に湧き上がった思いは複雑だった。観られてよかったという思いの一方、事実を知った重み、そして主人公たちが抱える課題は、日本の現状とも重なり胸が締め付けられた。

この映画には複数の人生が描かれている。精神科医のフランコ・バザーリアと、妻であるフランカ・バザーリア、当事者のマルゲリータとボリス、そして看護師のニーヴェス。フランコの精神病院改革運動に、それぞれの人生が絡み合って映画は進んでいく。

私には看護師ニーヴェスの生き方がとても印象に残った。他の看護師と同じように従来の拘束・投薬・電気ショックなどの精神病治療を踏襲していた彼女が、院長となったフランコの進める改革による患者の変化を目の当たりにして徐々に目覚めていく。

目覚めた彼女が立ち上がって自分の感じことを堂々と述べる姿は本当に凛々しい。一度は夫の助言にしたがってフランコを裏切った彼女だが、再びフランコと働くことを決意、夫の元を離れ子どもを連れてやってくる。仕事にやりがいを感じて打ち込む彼女に、家庭に注ぐ時間は多くない。夫は法律を後ろ盾にして子どもを奪い取る。彼女が女性でなかったら、そんなことにはならなかっただろう。やるせなさとともに憤りを感じた。

マルゲリータも、そしてその母も、女性であるが故に引き受けなくてはいけない苛酷な人生があった。娘を「悪魔の子」として精神病院に入れる母親、病院内に監禁される若い娘。なぜ、そこまで辛い人生になってしまったのだろうと涙がこぼれてとまらなかった。

私たちは、なにかというと、すぐに分けたがる。女と男、健常者と障がい者、大人と子ども…。でも、もっとシンプルな同じ人間だということを忘れがちではないだろうか。

精神病院を出て労働者として働き出した元患者たちが「同一労働、同一賃金」を要求するシーンがあった。同じ働きをしたら同じ賃金を支払う。その仕事を誰がしたかは関係ないはずだ。男性と同じ仕事をしても女性であるだけで低賃金である場合が多いことを知っている私には、障がい者の叫びが痛いほどわかった。生きにくさをつくり出しているものの1つに、「区別」があるのではないかと強く感じた。

障がいは、社会環境・制度がつくり出しているものだと聞いたことがある。映画にもあったが、自分の感情や基準を超えた経験が不安や恐怖を生みだし、通常とは異なった言動に走ってしまった人たちが、施策や法律によって精神病院に隔離・拘束される。そこでさらなる不幸を生み出している。

この映画を観たことが終わりでないと思っている。障がいとはいったい何で、人がその人らしく生きるということは、どういうことかという根源的な課題を、改めて突き付けられた。

2015年11月10日

岩嶋 寿子 (女性と障がい者の生き方・働き方を支援するキャリア・アドバイザー)


c0166264_956957.jpg (*)イタリア語Mattoは狂気を持つ人、Mattoの町は精神病院を意味する。イタリアは精神病院を廃止した。革命とも称される精神病院解体。そこに至るまでの経緯をドラマにしたイタリア映画。NHKにあたる公共テレビRAIでイタリア全土に放映され、21%の高視聴率をあげた。今、世界中で自主上映されている。

上記映画会は、11月7日、八王子勤労者福祉会館によって「女たち、女親の視点から」見ようと企画された。主催者によると、「三井マリ子さんは、バザーリア法を日本に紹介した大熊一夫さんと2010年4月、英語版の本映画を見て、日本上映のきっかけをつくった。誰にも感動と勇気を与えるこの作品を、女性の視点から見て、当事者のかかえる問題と社会の課題を考える」(上映会チラシ)。



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by bekokuma321 | 2015-11-14 10:17 | ヨーロッパ

c0166264_23132198.jpg「タンポンに税金をかけるな」

「私の子宮に税金をかけるな」

「私の血が流れる、そのたびに国がうるおう」

「重税なしに血を流したい」

報道によると、11月11月(水)、パリのド真ん中で、こんな抗議のプラカードが何枚も大空を舞った。プラカードだけでない。トップに赤いペンキがぬられたサンドバッグのようなドでかいタンポンを立てたり、血で染まったように塗られたパンティをズラリとものほしロープにほしたり・・・。

フランスでは、タンポンや他の生理用品に20%の消費税がかけられていた。先月、国会に、5.5%引き下げる改正案が出されたものの、それが否決されてしまった。それに怒った女たちによる、アイデアあふれる抗議。

女性たちの多くは薄給だ。タンポンは女性の必需品。これ以上、国から金をしぼりとれるのは御免。わかるなぁ!

【写真:Youtubeで放映されるデモンストレーション「血を流そう」より。動画の接写】

Taxe tampon : «Laissez-nous saigner sans nous surtaxer»
'I bleed, the state wins': Paris tampon tax protest
Laissez-moi saigner (Monday, Tuesday)
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by bekokuma321 | 2015-11-13 23:17 | ヨーロッパ