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秋田魁新報が、127日、秋田県内の女性議員について特集していた(下)。


秋田県の和崎ハルがトップ当選した衆院選(1946年)は、初めて女性が参政権を行使した選挙だった。当選した女性は39人だった。70年以上経て、現在44人だから、5人しか増えていない。


1947年、衆院選と同じく女性が初の参政権を行使して、統一地方選が行われた。秋田魁新報によると、女性は、この県会議員選で4人、市町村議会選で15人当選した。当選者に占める女性の比率は県議会が8.3%、市町村議会は0.4%、だったという。


この初の統一地方選からちょうど今年は70年。2017126日現在で「(秋田県内の)議員総数に占める女性比率は、県議会14.3%、市議会8.0%、町村議会7.2%」と報道している。70年もの時が経っても、女性議員の割合は遅々として進まない。


女性には、男性とは異なる性ゆえの優しさがあるように僕には思う。その優しさを発揮するには、いろいろな方法があるだろうが、女性の議員を増やして、社会政策に生かすことも大事な方法であろう。そもそも人口の半分が女性なのだから、議会も半分は女性で自然だと思う。


さて、女性の地位が高い北欧の国はどうだろうか。


三井マリ子著『ノルウェーを変えた髭のノラーー男女平等社会はこうしてできた』(明石書店)、『男を消せ!ノルウェーを変えた女のクーデター』(毎日新聞社)、『ママは大臣 パパ育児』(明石書店、オンデマンド版)3冊を読んだ。本の中から、重要だと思ったことを述べたい。


2006年の内閣は全18人中、女性8人(40%以上)。主要政党7党中、4党が女性党首。国会議員も4割が女性。2007年の、ノルウェー地方議会選挙では、全市議会議員中37.5%が女性だった。女性が50%以上の市議会26市にのぼる。議会ばかりではない。女性労働力率は、23.8%1960年)から、61.5%2014年)に増えた(女性労働の数字は1月5日付け西日本新聞「ノルウェーリポート」より)。


しかし、今でこそ女性の地位がほぼ男性と同じノルウェーでも、かつて日本同様、女性の地位はとても低かった、と三井さんは書いている。いったい何が変えたのだろうか。もっとも大きな力は、「男女平等法」だとわかった。


1979
年、「男女平等法」(世界初の男女平等オンブット誕生)が施行。1981年「男女平等法」改正。公的委員会・審議会は、両性の代表が入ることに。1988年、再び改正された。21条「クォータ制」条項の登場。全ての公的審議会などに「40%クオータ制」が明記された。


男女平等法のなかでも、1988年に21条のクオータ制がはいったことが最大のかぎのようだ。全ての公的公的審議会など男女どちらも40%を下回ってはならないと定めている。この制度をクオータ制(quota)といい、「4分の1」を意味するクオーター(quarter)とは異なる、と知った。


ノルウェーで女性議員を格段と増やせたのは、このクオータ制を各政党も次々に取り入れたからだ。1973年 民主社会党、1974年 自由党、1975年 左派社会党、1983年 労働党。


クオータ制を取り入れるとなると、男性議員を減らして女性議員の数を増やさなければならない。ノルウェーでも道のりは困難だったらしいが、日本では、さらに困難だろうと思う。


とくに秋田県はまだまだ封建的で、「女は男に従っていればよい」という風潮が強く、女性議員への道は険しい。だから、そもそも候補者になる女性すらきわめて少ない。


秋田県には、これからどんな道があるのだろうか。今の若い人たちは、男女平等を教科として教えられてきているようだ。社会に出ても結婚しても、その感覚をつぶさぬように、上司や年配者たちは、「女だから」「男だろ」というような考えを若者に押し付けぬことだ。話はそこから始まる。


加島 康博(さみどりの会、秋田市)



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女性解放運動の先駆者早川カイ
底なしの政治腐敗と女性議員
女性参政権運動と秋田
ドイツ誌「シュピーゲル」、ノルウェーのクオータ制を特集
●連載● クオータ制は平等社会への一里塚 第2回
ノルウェー地方議会改革論争ヒートアップ
新潟日報「ノルウェー政界の男女平等:クオータ制が後押し」





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by bekokuma321 | 2017-02-13 22:59 | 秋田

c0166264_17422981.jpg1月3日、「ハルらんらん♪」を、わらび座で見てきました。秋田の女性代議士第1号となった和崎ハルを描いたミュージカルです。

私は、ハルさんのひ孫にあたります。曽祖母のハルさんについての思い出は、ハルさんの娘である祖母(高橋みさを)からよく聞いていました。

実は、市川房枝さんが来秋して、秋田市の金照寺山に建立された和崎ハルの石碑の除幕式があったのですが、その写真に3歳の私が写っているのです。祖母や母から聞いたそのときの様子と重なり合って、ハルさんの記憶がうっすらと残っています。

身内だからではなく、一人の人間としてハルさんの生き方に共感します。「ハルらんらん♪」も4回目です。

女性参政権行使70周年である2016年を記念して公演された「ハルらんらん♪」は、1月3日が千秋楽でした。年の初めなのに終わりとは皮肉ですが、ほぼ満席で、むしろ秋田県外の人が多いように見えました。

お正月3が日には「新春顔見世」と「俳優まつり」が行われます。とりわけ1月3日の「俳優まつり」は数々の舞台を沸かせた俳優さんたちが、各テーブルに次々と現れ、一緒にお酒を飲んで親しく語ってくれるという、フアンにとってはたまらない企画のようです。

お正月公演は初めてだった私は、きょろきょろしていましたが、ハルさんこと椿千代さんが、私の隣に座ってくれたため、じっくりお話できました。

椿千代さんは、191回という公演回数を代役も立てず主役の和崎ハルを演じきりました。舞台ではとても大きく見えたのですが、隣席の椿さんは、小柄で細身です。それでも、演じ終えた安堵感からでしょうか、自信に満ちあふれた風格をただよわせ、ふと、ハルさんと錯覚しそうでした。これからもずっと応援していきたい女優さんです。

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   ▲ハルが卒業した秋田県立秋田高等女学校(現秋田北高)。わらび座舞台

さて、「ハルらんらん♪」を4回見て、ハルさんへの思いが錯綜しています。いろんな社会的圧力や社会通念のなか、ずっと貫きとおしたハルさんの平等思想はどのように生まれ育ったのでしょうか。

若い時のキリスト教会通いが影響したのでしょうか。舞台で、秋田高等女学校の桜子さんが、リンカーンの演説を英語で高らかに復唱する場面があります。秋田に当時そんな気風があったとしたら驚きですが、そういう自由な教育が、ハルさんをつくったのでしょうか。そうだとしたら秋田もなかなかやるなあと思ったのです。

「あらゆる人は平等・・・・・♪」という舞台に流れたメロデイーが今も耳から離れません。

ハルさんの行動は、「人はみんな同じだ」が原点であり、一生を貫いたエネルギーになっていると思います。人間に対しての暖かいまなざしや、権力者や強いものへの毅然とした行動、弱者への限りない愛など・・・・。

さらにハルさんは、戦争に対しての責任を他人のせいにせず、生命を生む女が止められなかったと言っています。私は、この姿勢が大好きです。人のせいにすれば自分は楽ですが、根本は何も変わりません。何事も主体的にならなくてはと思います。

女性の地位がまだまだ低かった時代、女性のために頑張って地位向上に粉骨砕身、行動したハルさん。女性参政権を求めて運動していたからこそ、参政権を得た戦後直後、衆議院議員に立候補して「権利の上に眠るな」を自ら実行したハルさん。そのハルさんの生きかたを忘れずに、今、自分が何をしなくてはならないか、考えたいと思います。

高橋 みどり(秋田県湯沢市稲川地区民正児童委員協議会会長)

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▲和崎ハルが住んでいた地(↑)。ハルは長女とその夫(作家伊藤永之介)が疎開していた秋田県横手町(現横手市)に移住。横手で1945年の敗戦を迎え、自叙伝『私の歩んだ道』を出版。”婦選”が実現した1946年衆院選でトップ当選した


参考リンク
あけましておめでとうございます
「ハルらんらん♪」から思う女性参政権
女性参政権行使70周年を祝えるのか
女性解放運動の先駆者早川カイ
女性参政権行使70周年:今こそ「アベック投票」精神を
ハルらんらん♪
「祝!女性参政権行使70周年」記念はがき
和崎ハル:廃娼運動と婦選運動
参院選2016年と女性(2):女性参政権行使70周年
参院選2016年と女性
和崎ハル_1 武塙三山
和崎ハル_2 武塙三山
和崎ハル_3 武塙三山
和崎ハル_4 武塙三山
和崎ハル_5 武塙三山
普通のおばちゃんの三井裁判傍聴記_佐々木厚子

【写真上:高橋みどりさん(横手市内、三井撮影)、中:「ハルらんらん♪」舞台にセットされた秋田高等女学校(わらび座、加島康博撮影)、下:女婿の作家伊藤永之介宅の跡地(横手市内、三井撮影)】
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by bekokuma321 | 2017-01-04 18:50 | 秋田

秋田での三井裁判が終わり、今年はゆったりできると思っていたが、バイクでの自損事故や7月の参院選応援と、やはり忙しく過ぎた。

参院選の野党共闘の動きに関わった。東京から名古屋にやってきた政党党首や政党幹部にあたる国会議員や著名人に、秋田の三井裁判で明らかになった政党交付金についての拙文を印刷し手渡して理解を求めようとした。

集団的自衛権を合憲とした7月9日の閣議決定あたりから、日本の政治の「民主主義」「立憲主義」と、秋田での体験で得た「選挙制度」「政党交付金」がつかず離れず頭をめぐるようになる。

参院選は、地元名古屋で、三井マリ子さんの盟友、福島みずほさん(社民)の応援に専念する。こうして私は、福島みずほ当選と、社民党得票率2%以上という結果にささやかな貢献をすることができた。もうひとつ、この参院選で、秋田県民が秋田の三井裁判で被告だった松浦大悟元参議院議員を選ばなかったことを知った。秋田は、野党統一候補をたてた東北6県のなかの唯一の落選県だった。

秋頃になって、民進党富山県連が、政党交付金を不正に受け取っていたことが報道された。発端は、富山県の地方紙の女性記者が議員のカネをめぐって取材していた際、議員から妨害されて暴行を受けたことだった。政務活動費と政党交付金の不正が次々に明るみになった。政党交付金4500万余円の不正使用は、民進党本部が富山県連に調査して判明したという。

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 ▲秋田市で三井裁判のビラをまく岡田ふさ子(右)ら支援団。裁判は2015年11月まで続いた

この報道を知って、「民進党秋田での政党交付金の使途がどうなっているか、民進党本部は秋田県連を調査すべきだ」という私のかねてからの思いは、さらに強くなった。   

富山ばかりではない。新聞やテレビから政党交付金がらみの事件がいくつも目に飛び込んできた。政党交付金の違法的事件はこんなにも日常茶飯事なのか、と知った。違法と断定できるような事件ばかりだが、違法とは言えないらしい。そういえば「政党助成法はザル法だ」と三井マリ子さんは言っていた。

この政党助成法は小選挙区制と抱き合わせで成立したこと、当時、多くの野党が「二大政党制」を目指して賛成したこと、20年余り経った今では、小選挙区制は、弱者切り捨ての多数派に有利な制度であり、死票の多い反民意の選挙制度であることが、私にもわかってきた。一方、ヨーロッパの多くの国々は、比例代表制選挙に変えてきており、女性や少数派の声を代表する議員が選ばれ、その声が政治にすいあげられていることも知った。

今では、日本も比例代表制度に切り替え、政党助成法は抜本的に改正されねばならないことを、確信するに至る。とはいえ、この2大問題を解決するためには、不公平な小選挙区制と、不正の温床である政党交付金制度を変えたい、と思う議員を増やすしか道がない。増やすには選挙しかない。選挙こそ政治の方向性を決定づける最重要ファクターだ。

そんな思いにたどり着いた1年であった。

岡田 ふさ子(さみどりの会* 事務局)
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(*)2012年暮れ、2カ月にわたる立候補要請を受けて、三井マリ子さんは秋田移住して衆院選に。落選後、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。さみどりの会ホームページは選挙・裁判をきっかけにできた、女性と選挙・政治を考えるサイト。裁判は2015年11月和解で終わった
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by bekokuma321 | 2016-12-31 14:46 | 秋田

c0166264_17535890.jpg私は自分を熱烈なわらび座ファンだと思っている。わらび座とは、田沢湖湖近くにある劇団だ。今年1年、和崎ハルを舞台に取り上げた。

和崎ハルは、三井マリ子さんがFEM-NEWSでたびたび紹介しているが、明治生まれの、秋田の女性活動家だ。女性が参政権を獲得して初めての選挙でトップ当選して、初の女性代議士となった。

今年は、女性参政権行使70 周年。和崎ハルを主人公にしたミュージカル「ハルらんらん♪」公演は、このタイミングを狙ってのことだ。

舞台では、わらび座の看板女優・椿千代が主人公ハル役となり、グングン観客を引っ張ってゆく。まさしく和崎ハルが、当時の女性たちを引っ張っていったように。

まずは、秋田高等女学校生ハルら友人3人が、未来の夢について語り合う。全編通じて秋田弁。これも地元民にはうれしい。次の場面はハルのお見合い。夫となる和崎豊之に、ハルは一目ぼれする。そして結婚へ。

舞台の転換は早い。衣装替えの速さもファンにとって観どころのひとつだ。夫の発病そして臨終。ハルは、残された5人の子どもと一家を分散させてはならないと強い覚悟をして、故郷秋田に戻る。

ハル役の椿千代は、気軽に観客に声をかけたりするサービスも欠かさない。舞台と観客席との距離が一気に縮まり和む。

1年目と2年目の新人役者もいる。その人達の演技が、見にくるたびに成長しているとわかるのも楽しみだ。それに、出演者12人中8人が女性だ。珍しいが、和崎ハルの舞台にふさわしい。

舞台は進み、秋田に戻ったハルは秋田市の川端(かわばた)に美容院を開店する。同時に新聞の人生相談を担当したりする。尋常小学校にも行けず、読み書きのできない少女らのため、芸者学校をつくる。次々に起こる困難を、ハルは持ち前の前向きの姿勢で突き進んでゆく。

「男は弱いものをさげすむ。弱い男は、さらに弱い女・子どもを痛めつける」
「戦争を止められなかったのは、子どもを産み育てる女にも罪あった」

ハルは歌う。これにはぐっとくる。私の目も潤む。

今や、女性も男性と分け隔てなく投票はできる。しかし、女性が立候補しようとするとどうだろうか。まだ大きな壁がある。子どもや夫の理解が得られないと立候補の意思を貫くのは難しい。それにお金が必要だ。大量のポスターを印刷し掲示板や民家や空き地に立てるなど、多くの人手がいる。なのに、政党はいまだに男性を優先して公認しがちだ。

和崎ハルが初めて立候補した戦後直後は、宣伝カーもスピーカーもなかったはずだ。むろん「政党交付金」などまったくなかった頃だ。ハルの選挙費用は知人友人からのカンパで賄ったのだろう。

演説をして回ることが、当時、最も重要な選挙運動のひとつだったことはわかる。ハルは、「ハルの『ハ』は、あいさつの時、畳に手をついたときの手の形。『ル』は・・・」と演説して回ったという。こうして、ハルの名は字の書けない人にも浸透していったのだろう。

c0166264_1773448.jpg現在は、政党助成法にもとづく、「政党交付金」がある。政党には、毎年、税金から320億円もの資金が出ている(共産党は辞退)。この政党交付金は、国から政党本部に送金されて、本部から地方の政党支部に流され、選挙に使われる。

政党交付金は税金だから、使い残したら国に返還する義務があるのだが、それを返さず手元に残す抜け道が設けられている。

それをいいことに、三井マリ子さんを秋田3区の衆院候補に担いで政党支部長にしたてて、その支部に送金された政党交付金を貯め込んだ民主党秋田県連の話は、秋田では有名だ。新聞に何度も載ったからだ。

三井さんは、裁判をして不正にたちむかった。その裁判は昨年、三井さんの主張がほぼ認められて被告側が「お詫び」して終わった

c0166264_17263467.jpg裁判中、政党交付金を不正に使った政治家のニュースが次々に報道された。今年の夏ごろには、富山県で起きたおおがかりな政党交付金事件が全国版の新聞に載った。政務活動費の不正受給から始まって、芋づる式に不正が明らかになった。民進党(前の民主党)富山県連は、県連に来た政党交付金のうち「少なくとも計4千525万3468円」を不正に使っていたという。

民主的な政治活動をするために政党助成法ができたらしいが、民主的どころか、不正の温床となっているようだ。それに私は、自分の税金を(政党交付金の原資は国民1人当たり250円)、自分が支持してもいない政党には出してもらいたくない。

さて、わらび座の舞台は、和崎ハルが国会議員になったところで大団円となる。年明けは、1月1日~3日の3回の公演。3日が千秋楽だ。

日本の選挙の大団円は、いつやってくるのだろうか。

加島 康博(秋田市、さみどりの会 *)

【写真上:2016年わらび座ミュージカル「ハルらんらん♪」のポスター】
【写真中:秋田市内で三井裁判のビラまきをする、裁判支援の人たち】
【写真下:2016年夏、和崎ハルの石碑を訪ねて裁判の報告をする三井マリ子】

参考リンク
湖面に投げられた「政党交付金」という石の波紋
三井裁判和解に思うこと
女性参政権行使70周年を祝えるのか


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(*)2012年暮れ、2カ月にわたる立候補要請を受けて、三井マリ子さんは秋田移住して衆院選に。落選後、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。さみどりの会ホームページは選挙・裁判をきっかけにできた、女性と選挙・政治を考えるサイト。裁判は2015年11月和解で終わった
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by bekokuma321 | 2016-12-28 18:26 | 秋田

c0166264_125889.jpg2015年11月30日、秋田で、政党交付金をめぐる裁判の最後の報告会をした。

ちょうど1年前の今日だ。

裁判長の強い要請を受け入れて、私は和解をした。足かけ3年、自宅のある長野から秋田に通った。その距離4万余キロ。地球一周だった。そんな裁判を支えた弁護団や友人たちが集ってくれた。

私が提訴したのは、国民の税金でつくられた「政党交付金」が、選挙に手慣れた人たちの手で、不当な使われ方をしている、と、わかったからだ。

裁判長は、私の言い分をほぼ認め、被告側の行為を「不適切行為」とした。被告は私に詫びたため、不本意だったが和解に応じた。

政党交付金は、その後、やれ、ワインだ、うちわだ、カレンダーだ、SMバーだ、キャバクラだ、と騒がれた大臣や議員が大きく報道された。

ワインは小渕優子経済産業大臣、うちわは松島みどり法務大臣、カレンダーは御法川のぶひで議員、SMバーは、小渕大臣が辞任した後に就任した宮沢洋一経済産業大臣。キャバクラは、東京都板橋区から出た太田順子さんの選対を務めた民主党区議会議員たち。

そうそう、舛添都知事事件もあった。彼は政党交付金を美術品や自宅内の事務所家賃に使っていた。先月は、民主党(現民進党)富山県連が、組織ぐるみで政党交付金を不正に使用し、その額「少なくとも計4525万3468円」と報道があった。最近では、政党交付金を含む政治資金を使って高級ホテルでグルメ三昧の国会議員がズラリと報道されている(注1)。

私の場合、ことの始めは、民主党支持率が最低を更新していた2012年秋。秋田3区の民主党国会議員が離党し、そのポストが空いた。2カ月にわたる要請を受けて、私は秋田移住を決意した。そして解散総選挙。落選は覚悟のうえだった私は、落選後、再挑戦する意思を表明した。

ところが選挙後5日目の夜、5人が自宅(兼事務所)にあがり込んで、「あなたがいると票が減る、出て行くように」と追い出し宣告。さらに「あなたやあなたの友人たちは選挙違反をした。家宅捜査だ、連座制だ」と脅した(後、事実無根と判明:注2)。収支報告を見せてほしいという私の要請には、だんまりを決め込んだ。

裁判でわかった(注3)のだが、被告側は、私の政治活動に使うべき「政党交付金」を十分に使わずに、「基金」として貯めこんでいた。

どうしてそんなことがやれたか。

それはこうだ。衆議院議員候補は政党支部長に就任する→支部長名義の口座をつくる→党本部から政党交付金が口座に送金される→口座の通帳やハンコを一手に握る議員秘書が勝手に出し入れする。

政党交付金は、全国民が1人250円を出し合った血税だ。「政党の健全な活動」のためと、1994年創設された。「民意をひどく歪めた政党の勢力分布をつくってしまう、非常に悪い制度」(石川真澄)である小選挙区制と抱き合わせで導入された。年間320億円、世界一高額だという。

20年経って、「結果として、政党の活力が奪われました」と言ったのは、細川内閣で、その制度設計に関わった成田憲彦さんだ(朝日 2015.10.17)。

政党交付金は小選挙区制とは相いれない。政党中心の比例代表制選挙ならわかる。それに「政党活動の自由」を盾に、何に使ってもいいとされているのだから、選挙にたけた人たちの手で、候補者の選挙マシーンに流されたり、「私腹肥やし」にされるだけだ。

女性や少数派の民意が反映されない小選挙区制、政党活動を停滞させる政党交付金制。これは、絶対、絶対、間違っている! 

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【注1】自民党有力国会議員の場合、収入にはパーティなどで集めた政治資金がはいっているため、全てが「政党交付金」からの支出とは言えない。
【注2】逆に、判明したのは、民主党秋田の幹部らが、ポスター張りをしていないのにしたことにして領収書偽造して、選挙費用を横領着服した事実だった。
【注3】衆院選・裁判をきっかけにできた、女性と選挙・政治を考えるサイトさみどりの会ホームページには裁判情報が掲載されている。
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by bekokuma321 | 2016-11-30 02:03 | 秋田

富山が全国から注目されています。

10月31日、政務活動費不正が発覚した議員12人(自民10、民進2)の辞職にともなう市議会議員補欠選挙が告示されました。

富山では、政党交付金の不正取得についても、ほぼ同時に報道されていて、こちらは、不正をした民進党富山県連を「党本部」が調査し、その額は「少なくとも計4525万3468円」です。

その手口は、現職の県会議員らが、知り合いの会社の白紙領収書を悪用したり、架空の事務所を借りたことにしたり、雇っていない人を雇っていたことにしたりして支出額を増やし、政党交付金を自分の懐にいれていたというもの(毎日新聞2016年10月12日)。その結果、民進党は、先ごろの富山県議補欠選挙での候補者擁立を断念しました(編集者注:今の選挙は市議で、県議は終わっている)。

似たような事件を私はこの目で見てきました。

民進党(旧民主党)秋田県連代表の秘書が、政党交付金を「選挙に使えない」などと嘘をついて、「基金口座」に貯めこんでいたのです。秋田県連の代表は松浦大悟参議院議員(当時)でした。

2012年当時、民主党は離党者があいついでいました。松浦さんは、三井マリ子さんに秋田から衆議院議員に立候補するよう要請。固辞していた三井さんですが、「盤石の体制で支援する」との2か月にわたる要請を受け、秋田の男女平等につながるならと、ついに落選覚悟で立候補を決意して秋田に移住しました。

落選後5日目の夜、秋田の自宅に1人でいた三井さんは、松浦さんら5人の急襲を受け、「あなたがいると票が減る、出ていくように」と言われます。やむなく秋田を去った三井さんは、その後、衆院選の会計を開示するよう、松浦さんに繰り返し手紙を書きます。しかし、返事がないため、不審がつのった三井さんは秋田に調査に出かけます。そして不正やおかしな点を発見していきます(下は不正の一部)。

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秋田県連幹部はポスター貼りをしていないのにしたとして架空の領収書を作成し、そのカネを横領した。その虚偽領収書に基づいた選挙収支報告書が選管に提出されていた

ここで強調したいのは、衆議院議員候補になった三井さん名の銀行口座に、党本部から選挙資金2000万円が振り込まれたのですが、その事務や出し入れを、松浦参議院議員事務所が一手に握っていたことです。

三井さんは松浦議員秘書を告発します。さらに三井さんは心身ともに著しい損害を受けたと民事訴訟を起こします。私は、その裁判を3年余に渡り秋田通いをして支援しました。長くなりますので、詳しくは「和解が成立しました」をごらんください。

さきの7月参院選では、東北6県のうち、秋田(松浦大悟候補)を除く東北5県で、野党統一候補が勝利しました。この選挙で、民進党は秋田の松浦候補に政党交付金をウン千万円も注ぎ、党幹部を入れかわり立ちかわり秋田入りさせて応援しました。秋田県民はそれでも、彼を”通さなかった”。 これは、民進党が有権者側を見ず、臭いものにフタをして、松浦代表を「野党統一候補」に仕立てた結果の”敗北”ではないかと、私は考えます。

c0166264_16374657.jpgこの選挙に関しては、「民進党代表選と『参院選東北5県の野党勝利』」をご覧ください。

その参院選後、松浦大悟さんは「政界引退を表明」しました。(「民進党県連・松浦代表が辞任、政界引退を表明」)。

この秋田県での”敗北”が関係したかどうかは不明ですが、民進党本部は、民進党富山県連の調査に入りました。結果は、各紙報道のとおり、民進党富山県連あげての組織ぐるみの政党交付金の不正使用が判明しました。

私は、富山だけでなく秋田でも組織ぐるみだったのではないかと思っています。松浦大悟さんは、当時何年間も民進党秋田県連の代表でしたから。

政党交付金は国民の税金です。1円に泣く庶民はたくさんいます。それに、「政界引退」を表明した松浦さんをはじめ秋田県連は、マスコミで「政党交付金使途について調査をする」と繰り返してきたものの調査した様子はありません。民進党秋田の再生は、三井裁判で浮かび上がった政党交付金の闇を明らかにせずにはありえず、今からでも「党本部の秋田県連調査」に入ってもらいたい、と強く思います。 

岡田 ふさ子(さみどりの会* 事務局)

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(*)2012年暮れ、2カ月にわたる立候補要請を受けて、三井マリ子さんは秋田移住して衆院選に。落選後、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。さみどりの会ホームページは選挙・裁判をきっかけにできた、女性と選挙・政治を考えるサイト。裁判は2015年11月和解で終わった
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by bekokuma321 | 2016-11-01 12:21 | 秋田

戦後すぐの1946年4月、日本女性は投票所に足を運ぶことを初めて法で許された。

その衆議院議員選挙で、全国から79人の女性が立候補し、何と39人もが当選した。秋田では和崎ハルが立候補して、ダントツのトップ当選だった。 

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上は、女性初の代議士・和崎ハルを描いたミュージカル「ハルらんらん♪」のポスターだ。劇団わらび座が、「女性参政権行使70周年」である本年を記念して、ミュージカルにした(注)。

和崎ハルは美容師だった。ポスターでは、白い割烹着を身につけ、右手にハサミ、左手に櫛を持っている。夫の死後、5人の子どもを育てるために秋田で初の美容院を開業した。

髪を結いに来る芸者さんたちから身の上相談を持ちかけられた。遊郭に売られる貧農の娘、字が読めないばかりにだまされる娘、前借金を返せずに苦界に沈む芸者…。憤りを隠せなくなった彼女は、矯風会秋田支部を創設した早川カイとともに公娼制廃止運動にのめりこむ。

さらに、知人の選挙応援をして、政治腐敗を目の当たりにする。1 票約3円の買収、警察から不当監禁されての自殺。怒った和崎は、新聞や雑誌に「女性が政治に参加していくことが選挙の浄化に最も効果がある」と投稿する。こうして和崎ハルは、次に女性参政権運動にまい進する。彼女の新聞投稿には、こんな名言がある。

「女性が参政権を求めるのは一部特権階級の手にのみ委ねられて居る今日の政治の改善を図りたいからである」

女性参政権獲得から70年たった。しかし女性議員率は世界で最低レベルのうえ、「政治とカネ」のスキャンダルは底なし沼だ。兵庫の野々村県議事件、猪瀬都知事事件、甘利大臣事件、小渕優子事件、日歯連事件、舛添都知事事件、富山市議の政務活動費領収書偽造事件、富山県議の政党交付金横領事件・・・。私自身も、2012年衆院選で政党交付金がらみの忌まわしい事件に遭遇した。

100年前に書いた和崎ハルの文章は、残念ながら、今でも強い説得力を持つ。


本記事は「 I 女のしんぶん」に連載中の「叫ぶ芸術」を再構成したもの。「叫ぶ芸術」はネットでも読める:■叫ぶ芸術:ポスターに見る世界の女たち 同シリーズのなかの「女性参政権行使70周年を祝えるのか」(日本)

【注】ミュージカル「ハルらんらん♪」は、「あきた芸術村」で来年1月まで公演中だ。私は、7月、全国フェミニスト議員連盟有志や女性の政治参画に関心を寄せる仲間たちと観劇した。この「女性参政権行使70周年記念観劇・温泉ツアー」には、遠くは遠くは京都、名古屋、函館、東京……近くは秋田県内から、あきた芸術村のわらび劇場にかけつけた。観劇のあとは、劇場と同じ場所にあるホテルで、温泉につかって、そして秋田の美酒で食事を楽しんだ。チケット予約など詳しくはこちら

参考リンク
「祝!女性参政権行使70周年」記念はがき
和崎ハル:廃娼運動と婦選運動
参院選2016年と女性(2):女性参政権行使70周年
参院選2016年と女性
和崎ハル_1 武塙三山
和崎ハル_2 武塙三山
和崎ハル_3 武塙三山
和崎ハル_4 武塙三山
和崎ハル_5 武塙三山
普通のおばちゃんの三井裁判傍聴記_佐々木厚子
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by bekokuma321 | 2016-10-27 21:56 | 秋田

c0166264_8481385.jpg 女性が参政権を行使して70年。

その1946年の選挙で日本初の女性衆議院議員になった1人は秋田の和崎ハル(1885~1952)。美容師だった。髪を結いに来る芸者さんたちの身の上話は悲惨だった。憤りを覚えた彼女は、公娼制廃止、一夫多妻廃止運動にのめりこんでいく。当然の帰結だが、参政権のなかった女性の選挙権を求めて運動に走る。

あきた文学資料館の北条常久博士の話や資料によると、秋田県において、公娼制や一夫多妻制に反対する活動の先陣をきったのは、早川カイ(1884~1969 写真)だった。早川カイは秋田市の早川眼科医の妻で、夫婦とも熱心なクリスチャンだった。1922年、矯風会秋田支部を創設し初代支部長に就任した。

翌1923年、関東大震災が起こった。

早川カイは、矯風会秋田支部や他の組織をフル動員して、布団づくりにとりかった。「ゆかたをほどいて布団皮を縫い」、それに寄付された藁をいれ、「1080枚」の布団を完成した(『火の柱――秋田婦人ホーム四十年のあゆみ』1993)。

その1080枚の布団を、早川は2人の同志とともに、蒸気機関車に乗って、秋田から上京して届けたというから、その爆発的エネルギーに圧倒される。東京で早川が見た惨状のなかの惨状は「吉原のお玉ケ池に折り重なって死んでいる娼妓の姿」だった。娼妓の出身は、山形や秋田など東北が一番多い事を知って、胸つぶれる思いだったろう。

1928年8月、今度は、秋田が大火に見舞われた。

秋田市内の遊郭地にあった家屋が180戸以上、焼失した。早川は、翌朝には現場に急行した。その惨状を目の当たりにし、遊郭で働かせられていた多くの女性・少女たちに救援の手をさしのべた。

早川のすごさは、業者とわたりあって娼妓の前借金免除の交渉に体をはったことだ。啖呵をきることもあったという。

彼女の、この勇敢さは、遊郭の復興反対活動につながっていく。1928年9月には(大火の1月後)、矯風会本部の久布白落実(くぶしろおちみ、1882-1972)を秋田に招いて、第1回公娼廃止大記念会を開催した。

久布白落実の自伝によると、公娼制をすでに廃止したノルウェーを視察したのは1928年2月から5月にかけてのある期間だ。その秋、秋田に招かれた彼女は、オスロで見てきたばかりのクリスチャン・クローグ作「警察医務室前のアルバーティン」と、ノルウェーの廃娼運動や、廃娼後の女性たちの保護施設などを熱っぽく語ったに違いない。

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早川カイは、公娼制を廃止したいという情熱を、政治問題へと発展させる。それは、秋田県会議長名で、知事あてに「公娼制廃止を求める意見書」提出となって結実した。

廃娼が決議されると、遊郭に閉じ込められていた娼妓たちは自由を求めて逃げ出した。早川は自宅を開放して、保護した。中にはこんな話もある。早川の息子の配偶者の弁だ。

「ある娘はいつも見張りされていて、自由になりたくてもなれないので、或る時こっそりと投書をした。母からの返事は本の中に旅費とともにはさんで送ってきたそうである。それには読んだら破くこと、隣の駅まで逃げてくれば東京に逃がしてやること、目印に眼帯をして、人に話しかけられても決して口をきいてはならないこと、どうしても危なくなったら、秋田市の早川眼科に逃げ込むことなど、そんな注意が書き添えてあったという」(同著)

続々と逃げてくる女性たち、彼女たちを追ってくる楼主たち。自宅におくだけでは危険になってきたため、近くの楢山教会の牧師館(写真上)に身を隠させたりもした。

早川が、苦界に身を沈めた女性たちが駆け込める「婦人ホーム」創設に着手するのは時間の問題だった。彼女は土地を買って建物を建設するための募金活動をスタートさせる。

1932年9月1日付け「秋田婦人ホーム建設趣意書」には、次のように書かれている。代表者は早川カイと和崎ハルだ。

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「(前略)不幸な婦人収容のほか、授産、人事相談、職業の紹介、託児も致したいと存じます。それに要する経費は五千円でございますので、皆さまのご同情におすがりするわけです。秋田婦人ホーム建設発起人 代表者 早川カイ、和崎ハル」(同著)

秋田の女性解放運動は、早川カイの公娼制廃止運動から火がついた。和崎ハルが衆院選に立候補する10年以上も前のことだった。

【写真上:早川カイの写真。秋田婦人ホーム佐々木ケイ子施設長提供】
【写真中:秋田市にある秋田楢山教会。ここで矯風会の活動が行われた。現在も続けられている】
【写真下:「婦人解放運動発祥の地」の石碑。秋田婦人ホームが建てられた地(秋田市楢山地区)に、後年、設置されたもの】

【注:オスロの美術館に展示されている絵画。売春婦になる前の性病検査を待つ貧しい少女が描かれている。ノルウェー売春反対運動のきっかけとなったとされる】
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by bekokuma321 | 2016-09-26 09:04 | 秋田

秋田魁新聞電子版の2016年9月20日付けニュースです。

民進党県連・松浦代表が辞任、政界引退を表明:7月の参院選に出馬し落選した民進党県連の松浦大悟代表(46)は20日、秋田県連代表を辞任し政界から引退することを表明した。後任は決まっておらず、当面は小原正晃幹事長が代表の職務を代行する」

県連とは民進党秋田県連で、代表は、松浦大悟さんです。松浦さんは参議院議員だった2012年当時、三井マリ子さんに衆議院議員に立候補するよう要請した人です。固辞していた三井さんですが、「盤石の体制で支援する」との2か月にわたる要請を受け、ついに落選覚悟で秋田移住・立候補しました。

12月の衆院選後、三井さんは、衆院選にかかわって、松浦大悟議員秘書と秋田県連幹部らの2つの「不法行為」、さらには秋田県連代表らの”不適切な言動”(秋田地裁)に向き合いました。

「不法行為」のほうは検察に送検されましたが、1つは不起訴、もう1つは起訴猶予でした。そして"不適切な言動”のほうは、昨年11月、松浦被告側が詫びたことにより和解となりました。詳しくは「和解が成立しました」に掲載されています。

c0166264_10381458.jpgさきの7月参院選では、東北6県で野党共闘が成立して、秋田(松浦大悟候補)を除く東北5県で、野党統一候補が勝利しました。それに関しては、拙文「民進党代表選と『参院選東北5県の野党勝利』」 をご覧ください。

以上、ご報告でした。

岡田 ふさこ(さみどりの会* 事務局)

参院選2016 みちのくの民意 
党として説明責任がある「秋田政党交付金裁判」
連載「衆院秋田3区の政党交付金」_さみどりの会
和解調書と裁判長の真意
女であったゆえに踏みつけられた名誉と尊厳
基金に移されていた政党交付金の国庫返還
三井マリ子VS松浦大悟裁判 傍聴記

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(*)2012年暮れ、2カ月にわたる立候補要請を受けて、三井マリ子さんは秋田移住して衆院選に。落選後、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。さみどりの会ホームページは選挙・裁判をきっかけにできた、女性と選挙・政治を考えるサイト。裁判は2015年11月和解で終わった
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by bekokuma321 | 2016-09-21 14:39 | 秋田

富山市議会で、自民と民進の議員7人が領収書を偽造して、公費を横領着服していたという。

よくある手口らしいと知ったのは2012年衆院選の後。私の選対の幹部になっていた人が、ポスター張り作業を依頼していないにもかかわらず、依頼したことにして、偽の領収書を作ってはその分の政党交付金を自分のポケットに入れていた。わかっただけで25枚あった。悪質な犯罪だったが、書類送検されたものの起訴猶予だった。

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「政治とカネ」のスキャンダルは底なしだ。兵庫の野々村県議事件、猪瀬都知事事件、甘利大臣事件、小渕優子事件、日歯連事件、舛添都知事事件・・・。

その昔、後藤新平という政治家がいた。政治腐敗をなくさなくては、と日本で初めて運動したのは、彼だという。政治腐敗をなくすことを「政治の倫理化」と名づけて、こんなふうにいっている。

「政治の根本精神は“社会民衆の福祉のために奉仕することである”という観念が、満天下の信念とならなければ、真実なる政治は興らない。”政治は力にあらず、奉仕なり”との観念に基づいて行動せよ、ということが、政治の倫理化の根本精神である」(阪上順夫『現代選挙制度論』1990)

そして、「永く同一職業に携わる者は、因襲の捕虜となる」から、「天下無名の青年よ起て」「諸君の奮起によりてのみ、新日本の再生は期待せられるるのである」と言った(同上)。

後藤新平が政治浄化を若い無名男性に賭けたのは、女性参政権のなかった戦前だから、当然だろう。そのころ女性先覚者たちは、新婦人協会、無産婦人同盟、矯風会、婦人参政権獲得同盟などを組織化して、女性参政権を求めて、東西奔走していた。

市川房枝らとともに女性参政権運動をひっぱったのは、矯風会の久布白落実である。彼女は、大阪の遊郭設置反対運動に破れた後、「法治国家において参政権は、唯一の弾丸であり、武器である」と女性参政権獲得を高々と掲げるようになった(久布白落実『廃娼ひとすじ』1973)。
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女性解放をめざす久布白落実は、ある年は世界をかけめぐり、またある年は日本全国を講演して回った。彼女の講演に衝撃を受けたひとりが秋田の和崎ハルだった(グレゴリー・M・フルーグフェルター著『政治と台所』1986)。

和崎ハルは、1920年代から、秋田の政治腐敗に怒り、たびたび新聞雑誌に投稿した。1929年「秋田婦人連盟」を創設して、政治教育講演会のみならず、選挙の買収防止運動を展開。翌1930年「婦選獲得同盟秋田支部」を創設して代表。八面六臂の活躍だった。戦後(70年前)、初の衆議院議員に立候補・当選した

前述の『政治と台所』には、次のような和崎ハルの投稿が紹介されている。

「(女子公民権の付与は)選挙の浄化に取って最も力あるものと信じて疑わない」

「(選挙応援をして、1票3円の買収のならわしを聞いたり、対立候補側の警察署長から不当監禁されて自殺をはかった知人が出た)その時実に選挙界の腐敗いろいろな不浄なことを知った私は、一大決心をなし一国の政治は決して男子のみが専任すべきものではない断然女も参与しなくてはならない。政界の廓清には我々女性が起つべきだと深く胸を刺した」

「我々女性が権利を要求するのは実に誤った基礎の上に樹てられて居る今日の政治を、根本的建直し一部特権階級の手にのみ委ねられて居る政治の改善を図りたいからである」

約100年たった今でも、説得力をもっている。

女性だから皆「政治とカネ」にきれいだとはいえないのは、男性にも後藤新平のような政治家がいるのと同じだ。とはいえ、女性は概して、男性同士でつくりあげてきた村社会の掟になじんでないだけ、その掟に染まりにくい。現議員や元議員の女友だちの体験話から、おおかた間違ってないと思われる。

富山市議会は、40人のうち女性議員は2人(共産と公明)、わずか5%しかいない。富山市民の怒りが女性議員増につながってほしい。

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【写真上:2012年三井選挙に使われた偽造領収書(出典「衆院秋田の政党交付金~25枚の領収書」)。 中:秋田市内にある和崎ハル石碑(亀田純子撮影)、下:女性参政権行使70周年の記念はがき。画像は女性参政権を求めて1932年秋田市で開かれた「東北婦選大会」】
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by bekokuma321 | 2016-09-16 16:56 | 秋田