「パパ・クオータ」生みの親の訃報

ノルウェーの親友から「グレーテ・ベルゲがたった今、亡くなった」というメールが届いた。

グレーテ・ベルゲは、1991年、ブルントラント首相から懇願されてノルウェーの子ども・家族大臣に就任した。のちに世界の模範となったノルウェーの男女平等政策の多くは、彼女が陣頭指揮をとって進めたと言える。

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グレーテは乳がんだった。いったん治って職場に復帰したが、またがんが彼女に襲いかかったと聞いていた。再発の知らせが、こんなにも早く死の知らせに変わってしまうとは。63歳だった。遺された夫ペール・リッツラー(ジャーナリスト)と、2人の娘アンネとオッダに心からお悔やみを申し上げる。

グレーテ・ベルゲは、大臣就任以来、矢継ぎ早に家族政策の変革を打ち出した。まず、労働者の休暇などを定めた「労働環境法」を改正して、育休の日数を延長した。給与の8割が補償される育休が、1992年には44週に、93年には52週に延長された。無給なら3年間となった。1970年代はわずか18週だったことを知ると革命的進歩である。

さらに、日本で今ようやく政策のテーブルに載るようになった保育園の増設にも力をこめた。保育園に入りたい子がだれでもはいれるように、ノルウェー全土に6万か所の保育園建設を進めた。

でも、これは序の口だった。今では日本でさえ話題になる「パパ・クオータ」を世界に先駆けて法制化したのも彼女が大臣の時だ。1993年のことだった。

「パパ・クオータ」は、pappapermisjon を私が意訳して紹介したのだが、父親の育休取得率を上げるため、育休を父親のみに1か月割り当てるものだ。父親が会社の都合でとれないからといって母親に代われない。つまり「パパ専用」だ。パパがとれなかったら、その分の育休は無効になるばかりか休業補償もなくなる。グレーテ・ベルゲ大臣は、これを「愛の強制」と呼んでいた。男性が育児休業をとって家事育児の主たる担い手になることによって、男性が子育ての大切さに理解を示すようになる。これこそ究極の愛だと。

その結果は? 1994年まではパパの4%しか育休をとってなかったが、1998年には80%がとるように劇的変化をとげた。そして出生率が1.7から2.0近くにまで回復した。

ところが、第2子誕生が間近になった1993年暮れのこと、「グレーテはすぐ大臣をやめるべきだ」という声があがった。育休が保証されている国だとはいえ、現職の大臣がそれを実行できるかは大問題だった。夫妻は毎晩のように話し合って悩んだ末に、「1月から3月の3か月は母親が、その後9か月は父親がとろう」と決めた。

NRK(日本のNHK)のニュース報道ジャーナリストである夫・リッツラーが、9か月の育休をとったのである。そんな育休中の彼に私は取材を申し込んで、男性の育児・家事の必要性を聞くことができた。一部は「ジャーナリストの育休9か月」(毎日新聞社『男を消せ!ーーノルウェーを変えた女のクーデター』p48~p65)にまとめられている。

ペールのような男性が増え、現在ノルウェーは、男性の家事時間は世界で最も長く母親が世界で最も幸せな社会となった。

とはいえ、政権が変わり、現政権の子ども家族大臣は、「クオータ制反対です」と公言する進歩党(極右と言われている)出身のソルベーグ・ホルネだ。パパ・クオータも14週まで伸びることが予定されていたが、10週に戻された。2014年、グレーテ・ベルゲは、この政策変更をこう厳しく批判した。

「パパ・クオータが4週間減る、というだけの問題ではないのです。育児休業の根底が崩れようとしているのです。20年間、苦闘しつつ作り上げてきた政策であり、男女平等への道すじをつくる最強のツール、それがパパ・クオータなのです。この国の精神がゆらごうとしています。男女平等へのバックラッシュといえます。とても残念です」

しかし、グレーテ・ベルゲよ、あなたの掲げた炎は、世界中の多くのランナーに手渡されている。その証拠に最も近くであなたの男女平等政策を実践したペール・リッツラーはこう言っている(『男を消せ!』p65)。

「20世紀の家族革命は、19世紀の産業革命に匹敵するものです。21世紀には、男の領分が女に侵される恐怖感とか、罪の意識に悩む女とか、育休をとった僕がスポットライトを浴びるとかーーこういったことをあなたと話したことも笑い話になる日がくるはずですよ。きっとね!」

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【写真上:2011年、オスロの平等・反差別オンブッド事務所で執務中のグレーテ・ベルゲ元大臣。 下:1995年、グレーテ・ベルゲとペール・リッツラー宅の朝食テーブル。現職大臣グレーテ・ベルゲの朝食も子ども2人の世話もすべて夫だった。玄関にかかっていた表札は夫婦別姓、子ども家族省への通勤は大臣でも黒塗りの車ではなく公共の乗り物だった…】

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ノルウェー、父親の育休14週間に
パパにもっと時間ができた!
ほらね、パパ・クオータはうまくいった!
■グレーテ・ベルゲ大臣やその男女平等政策について関心のある方は、以下をどうぞ。
「ママは大臣、パパ育児休業」(明石書店、1995『ママは大臣パパ育児』p232~246)、「ジャーナリストの育休九か月」(毎日新聞社、1999『男を消せ!--ノルウェーを変えた女のクーデター』p48~p64)
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by bekokuma321 | 2017-11-10 02:08 | ノルウェー