オスロ女性史の夜アクション

c0166264_4291578.jpgオスロには、フリチョフ・ナンセン広場、フリチョフ・ナンセン通りがある。フリチョフ・ナンセンは、探検家、科学者、そして政治家。第一次大戦後は国連難民高等弁務官として、難民を救うために特別の証明書を発行して、何十万もの難民を救済した。

ナンセンのような歴史上の偉人(正確には偉大な男性)の名がつけられた道路は、オスロだけで750あるという。

ところが、さすがノルウェー、女性の名を冠した道路も100あるらしい。「すごいな」と日本人の私なら思うが、ノルウェー女性はそう思わないらしい。

「750対100。これは、過去、女性たちの存在が過小評価されてきた証し」であり、「歴史はすべての人によってつくられるものであり、過小評価されたグループを表に出すことはきわめて重要だ」と考えた。

c0166264_433012.jpg考えただけではない。彼女たちは、「女性史の夜」と名づけた5月8日の夜、今ある男性の道路名のうえに、ノルウェー史に貢献してきた女性の名前をつけるアクションをやってのけた。

アクションは、Women's Front、Feminist Initiatives 、Women's Group Ottarの3女性団体が主体となって企画された。昨年に引き続いて2回目のようだ。

その夜、女たちは、道路名の掲げられた場所まで行って、脚立に登って、自分たちが用意した女性名つき紙をはりつけた(最上の写真)。

女たちが用意した歴史的偉人(偉大な女性)はこういう人たちだ。

中絶した女性を犯罪者とする刑法の改正運動をしたカッティ・アンケル・ムッレル(Katti Anker Møller 注1)、女だからスキージャンプは無理だとされていた時代のスキージャンパーのヒルダ・ブラッシェルド(Hilda Braskerud)、初のサーミの権利大会を開催した運動家エルザ・ラウラ(Elsa Laula、注2)、女性初の映画監督エディス・カ―ルマル(Edith Carlmar)、などなど。

c0166264_418289.jpgノルウェー人で亡くなった人の名しか実際はつけられないが、そこはアクション。今も元気な89歳の女性運動家べリット・オ―スの広場や、サーミの歌手マリ・ボイネの通り、アメリカの黒人運動家アンジェラ・デービスの通りも用意した。

ノルウェーの女たちの工夫と連帯に満ちたアクションに、拍手を送りたい。それに、一夜とはいえ道路標識など公共物の変更を女性運動に認めたオスロ市、記事にして広めたノルウェーメディアにも。

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▲オスロのメインストリート。カールヨハンという国王の名がつけられている


kvinnehistorisk natt 2017
I går ga kvinneaktivister byen en rekke nye gatenavn, oppkalt etter kvinner. Les og se bildene
Kvinnehistorisk overtagelse av Oslos gater
Samisk legende fikk en liten del av Oslo «oppkalt» etter seg
ドイツの町のジェンダー規定

【注1】「自己決定権を初めて主張した女性」(明石書店『ノルウェーを変えた髭のノラ』)
【注2】「サーミ解放運動の先頭に立ったエルサ」(第 22 話 むかし魔女、いま大臣)(さみどりの会ホームページ)
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by bekokuma321 | 2017-05-14 04:41 | ノルウェー