オスロの絵と日本の廃娼運動

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『福祉に生きる 39 久布白落実』(高橋喜久江著、大空社)を読んだ(注1)。

久布白落実(くぶしろおちみ、1882-1972)は、公娼廃止運動を先導した矯風会の代表的運動家である。現役でがんばる売買春禁止運動のリーダー高橋喜久江さんの師でもある。

戦前、戦中、市川房枝とともに日本の女性参政権運動を牽引した指導者だが、市川房枝ほどは知られていない。

この本を読むと、久布白落実は、1882年、熊本県に生まれた(注2)。女子学院卒業後、アメリカで伝道師をしていた父のもとに行き、バークレイの神学校予科に進学した。滞米中、売春をしている移民の日本女性を見て、廃娼意識が芽生える。帰国後、廃娼運動に没頭すると同時に、国際会議や海外視察に出て国際連帯に尽力した。

たとえば、1920年、世界婦人参政権協会に矯風会代表として加入。1928年、第2回世界宣教会議に日本代表8人のうちただ1人の女性として出席。1935年には、廃娼後の女性問題やその解決の先行事例を調査するため、寄付金で渡航費を工面し、北米にわたっている。

1928年の船旅の記述には、私の大好きなノルウェーが登場する。会議はエルサレムだったが、久布白落実は日本にすぐ帰らずヨーロッパに向かう。イタリア、ジュネーブ、ロンドン、デンマーク、ノルウェー・・・。

北欧訪問の目的は、もし廃娼となったら女性たちの生活はどうしたらいいのか、福祉の充実している国々の実情を見て対策を練るためだったという。長い船旅でいっしょになった「ノルウェー人宣教師が当時の中国内乱で苦悩の心境と宣教の使命を吐露する姿にうたれ」たとある。この宣教師の妻がノルウェー滞在の案内役だったらしい。

オスロを訪問したときの記述は、

「ノルウェーでは船中の宣教師夫人の世話で国立美術館の見学のとき売春女性が描かれた画をよく見せられた。この画が人々の心を動かして1887年、ノルウェーは公娼制度の撤廃にふみきったのだと。これは帰国後、『女は歩く』を自費出版するとき口絵につかっている。」

この「売春女性が描かれた画」は、クリスチャン・クローグ作「警察医務室前のアルバーティン」に違いない(上)。

私が初めてこの絵画を見たのは1989年だ。その後、他のクローグ作品も見たが、どれも、底辺の労働者たち、働き疲れた女たちの暮らしがリアルに表現されていた。

なかでも、女性史に影響を与えたといわれるのが、この絵。どんな絵かを、拙著『ノルウェーを変えた髭のノラ』(明石書店)から引用する。

c0166264_14424498.jpg「(国立女性博物館の)館内には妊娠中絶に使われた昔の黒い手術台や手術器具が置かれた部屋もある。こんな手術台が1960年代まで使われていたのだという。手術台の横の壁には、私も見たことのある有名な絵画『警察医務室前のアルバーティン』が飾られていた。ムンクに影響を与えたといわれる画家クリスチャン・クローグの作品だ。売春を決意した極貧の少女アルバーティンが、性病検査のため警察医務室に入室しようとしている絵で、本物はオスロのナショナル・ギャラリーにある。社会派作家でもあったクローグは、この絵と同時に『アルバーティン』という小説を発表し、売春婦の悲惨な暮らしを初めて世に知らしめた。しかし、小説のほうは、発表後ただちに没収されてしまった」

久布白落実は、私より60年以上も前に同じオスロで同じ絵を見たらしいーークリスチャン・クローグの絵はノルウェー人にだけでなく、日本女性にも影響を与えたのだ。

ついで、久布白落実は、ノルウェーでは、女性駆け込み施設に公費が使われていることを見抜き、寄付金だのみの日本と比べている(今の日本もあまり変わらない)。

「ある施設で同規模の東京婦人ホームの運営と比べると、ノルウェーでは1年3万6000円、国庫と地方自治体の折半で費用が分担されるのに、東京婦人ホームでは年間予算3~4000円。公金支出はなく寄付による財政である。」

さらに、久布白落実は、女性の窮状解決に対する無策を知らせるため、軍事費と比較する。

「軍艦1隻2000万円の建造費は各県に2ヶ所ずつ100ヶ所の婦人ホームが建てられ運営できるのに、と日本の現状を批判した」

治安維持法が改悪され、特高が全国に設置された時代だ。それ考えると、彼女の急進性に胸を打たれる。

ノルウェー女性の参政権獲得は1913年だ。久布白落実が訪問した1928年、すでに国にも地方にも女性議員が誕生していた。久布白落実は、充実した福祉政策をこの目で見て、女性参政権が必須だとの意を強くしたに違いない。

国際的視野から、女性の貧困や苦境をなくすには政治を女性の手で変えなければと、戦後は、国会議員に挑戦した久布白落実・・・。しかし日本の選挙は、彼女を当選させなかった。3度挑戦し、3度落選している。

彼女の固い意志は、同じ時代、秋田女性の貧困と苦境の実態を日々目にした矯風会秋田支部長の早川かい、その同志和崎ハルにも宿っていただろう。和崎ハルは、戦後初の選挙に立候補して見事当選。しかし、その後、2度挑戦し、2度落選している。

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【写真上:オスロのナショナル・ギャラリーで何年も前に買い求めたクリスチャン・クローグ作「警察医務室前のアルバーティン」の絵はがき。中:オスロ中心街にあるクリスチャン・クローグ像。下:新宿の大久保にある矯風会館】

【注1: この本は入手が不可能。貸してくださった著者の高橋喜久江さんに心から感謝申し上げます】
【注2: 久布白落実の結婚前の姓名は大久保落実。「熊本県鹿本郡米之嶽村郷原」に生まれたとある。調べたところ現在の山鹿市らしい】
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by bekokuma321 | 2016-09-09 14:53 | ノルウェー