「祝!女性参政権行使70周年」記念はがき

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「女性参政権行使70周年」を記念する観劇・温泉ツアーを企画して、和崎ハルを描いたミュージカルを、秋田まで見に行った。

ツアーは7月28日。その前に、この記念すべき集まりに、何かお土産をと思案した。京都の友人に、秋田市で戦前行われた「東北普選大会」ーー女性にも参政権をという歴史的運動の集会ーーの写真を見せた。すると、国際女性デーの絵はがき作成を手がけてきたその友人は、「絵はがきをつくろう」と言い出した。

写真には和崎ハル、市川房枝、山高しげりがいる。

和崎ハルは、秋田から出た初の女性代議士だ。市川房枝は日本の女性参政権運動の先駆者で、長年参議院議員をつとめた。山高しげりも、女性参政権運動の指導者で、地婦連代表だった。

写真のうしろに私の走り書きがあって、20年ほど前、本郷郁さんという見知らぬかたからいただいたものだった。本郷さんに、「写真を絵はがきにしたい」と伝えたかったことと、キャプションへのヒントをいただきたかったため、居所を探しに探した。やっと横手出身で現在は東京在勤の息子さんまで行きついた。ところがお母様はだいぶ前に亡くなっていて、「母がこういう関係の活動をしていたことは全く知らなかった」とおっしゃった。

c0166264_235004.jpg次に、新宿の大久保にある矯風会の高橋喜久江さん(写真右、注)を訪ねた。嬌風会は、戦前から公娼廃止運動の中心を担い、今は慰安婦問題などにもとりくんでいる。

市川房枝・山高しげりがかかわっていた日本婦人参政権協会は、日本婦人矯風会から生まれたことを知っていたので、何か高橋さんからお話を聞けるだろうと思った。高橋さんは、久布白落実については思い出話をしてくださったが、山高しげりや秋田支部についてはあまり記憶がないようだった。

でも、高橋さんから見せていただいた文献によると、廃娼運動や女性参政権運動は、日本全国に支部をつくって代表者を決めての壮大な女性解放運動だった。そのなかで、秋田はいち早く公娼制廃止を実行した県のひとつだった。

酷暑の中、すまいのある長野と東京を往復した車中で読んだ文献から、いかに秋田の女性たちが戦前・戦中、女性解放運動に熱心だったかをあらためて学んだ。「女性差別をなくしたい→法制度が必要→女性を議会に」という思いは、1992年創設の全国フェミニスト議員連盟の初志とそっくりだった。

c0166264_23523582.jpgさて、左は和崎ハルについて、私が講演している瞬間である。本などから、和崎ハルの武勇伝を聞きかじっていた私は、講演のなかに、彼女のエピソードを入れることが多かった。和崎は、衆院選の最中、字の読めない書けない当時の女たちに「ハルのハはおじぎをするときの手の恰好で、ルはその右手をチョンとはねればいい」と訴えた、という。それを、私は身振り手振りで紹介した。1999年京都での講演だった。

その後、10年以上の月日が過ぎ、“2012年の衆院選”で、私は秋田3区の候補者となった。秋田の人たちを前に、和崎ハルを引きあいに出して、女性が政治に出てこそ女性が暮らしやすい秋田にできると訴えた。私の選挙は惨敗だった。政党交付金がらみで、奈落の底につき落とされるような経験もした。しかし、あの選挙がなかったら、私が和崎ハルに再び向き合うことはなかっただろう。

最後にもうひとつ。記念の絵はがき(写真最上)を作成したのは、実は、1999年京都で和崎ハルについて話す決定的瞬間(写真左上)を撮影したのは、京都のフェミニスト・アーティストふじみつこだ。当の本人は、1999年のことをよく覚えていないようである・・・。

ハルらんらん♪
ノルウェー女性参政権100年から考える

【注:私は、1980年代末、女性の駆け込みセンター「女性の家HELP」に関心を持っていた。そのため当時、何度か高橋喜久江さんに面談した。高橋さんとの再会は2010年。高橋さんは、拙著『ノルウェーを変えた髭のノラ:男女平等社会はこうしてできた』の出版記念会に顔を見せてくださった。とはいえ高橋さん自身について取材したのは今夏が初めて。高橋さんは若いころ、矯風会本部の求人に応募して合格。久布白落実のもとで働き始めてから現在に至るまで、矯風会を拠点に売買春廃絶運動に全生涯をささげてきた。その師、久布白は、廃娼運動に命をかけただけでなく、市川房枝と並んで女性参政権運動をけん引した。今、高橋さんは「嬌風会の会長は退いていて、慈愛寮の理事長です」と、私に名刺をくださった】
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by bekokuma321 | 2016-09-02 10:33