女性参政権運動と秋田

市川房枝、山高しげり、和崎ハルが写っている「東北婦選大会」の写真を、先日、紹介した(参院選2016年と女性(2):女性参政権70年)。再掲する。

c0166264_039099.jpg
▲東北婦選大会、1932年4月23日、秋田市の秋田県記念会館にて。婦選獲得同盟秋田支部(支部長和崎ハル)主催。市川房枝(前列中央)、山高しげり(前列左から3人目)、和崎ハル(2列目右から5人目。市川の右後)。秋田県横手市在住の本郷郁さんより1996年ごろ贈呈された写真

写真を見た秋田市の友人から、こんなメールがきた。

「この建物は、秋田県記念会館です。『政治と台所』という本に載っていました。その本によると、1932年(昭和7年)4月23日に東北婦選大会が、その秋田県記念会館で開かれたそうです。これは、初めて具体案が出された1931年12月の段階では、東北、北海道、北陸といった北日本の同志を集めるものとして計画されていたが、結局は、東北婦選大会として実行されたそうです。代表者7名のほか、参加者100名以上すべて秋田県下の女性であったと記されています。秋田県記念会館は、今の県民会館のところにあったそうです」

そこで、ネットで秋田県記念会館を検索したら、上の写真のコピーが載っていた。そこには「記念館での東北婦人参政権大会(昭和6年)。前から2列目、右から5人目が和崎ハル、最前列右から5人目市川房枝、2人置いて山高しげり」と。昭和6年は1931年だが、他の文献からも1932年が正しいようだ。

1932年、秋田市の秋田県記念会館で、「婦人参政権獲得期成同盟会」(1924年結成)の市川房枝と山高しげりを東京から招いて、女性参政権を求める集会が行われた。

秋田の和崎ハルは、当時50代。夫の死後、美容師として働きながら5人の子どもを育てあげ、廃娼運動や婦選運動にまい進していた。婦選獲得同盟秋田支部長にも就任している。そのバイタリティー!

和崎ハルは、この「東北婦選大会」を成功させるため、どれだけ準備に奔走したことだろう。「文化の殿堂」と言われていた風格あふれる秋田県記念会館を会場に選んだことからも、並々ならぬやる気が伝わってくる。

男性には、7年前である1925年に、すでに普通選挙権が与えられていた。「なぜ男にだけ?」と、秋田の女性たちも、和崎といいっしょに怒ったに違いない。

「東北婦選大会」に集った市川房枝や山高しげり、そして和崎ハルらの運動が実って、日本女性が参政権を手にしたのは、大会から13年後、ポツダム宣言によってである。c0166264_0414847.jpg和崎ハルが、その初の選挙で、衆議院議員に立候補し当選するなどと、本人はもちろん、誰が予想しただろう。

さて、「和崎ハル」を舞台化したミュージカルが好評だそうだ。題して「ハルらんらん♪ 和崎ハルでございます」。あきた芸術村のわらび座が、女性参政権行使70年となる2016年を記念してとりくんだ。

友人たちをさそって秋田まで見に行こう、とプランを練っている。

ノルウェー女性参政権100年から考える
[PR]
by bekokuma321 | 2016-07-17 01:13 | 秋田