ノルウェー憲法記念日は子どもの祭典

c0166264_18395856.jpgノルウェーの憲法記念日は5月17日。晴れ着姿でパレードに参加したノルウェーの友人の写真を見ながら、憲法記念日は子どもたちの祭典だ、とあらためて思った。

憲法記念日は日本でも休日だが、憲法を堅持しようという人たちと、憲法改正をしようとするひとたちの集会の報道に接するぐらいだ。ノルウェーでは、全土で、主に小学校のブラスバンドを先頭に正装した生徒たちが国旗を持って行進する。

だいぶ以前、この日を取材をしたことがある。オスロでは、宮殿バルコニーで待つ国王一家への到着がクライマックス。みんな次々に王様に「こんにちは、王様、元気ですか」とあいさつする。宮殿前の来賓席の最前列には、各国から招待された車いすの子どもたちが陣取っていた。

ノルウェーの憲法は古い。200年前の1814年5月17日制定された。その1か月前の4月11日、憲法制定法案を起草する会議が、オスロ近郊のアイツヴォルで開かれた。

全国60から選ばれた112人が集結。職種は官吏、牧師、教師、軍人、農民、商人。年齢は10代から60代。当然だが女性はいなかったものの、地域、職業、年齢が偏らないように選ばれている。現在、博物館になっているアイツヴォルを見学したとき、説明員からこんなエピソードを聞いた。

「2月初めに、選挙で選ばれた委員を憲法制定会議に参加させるようにと全国に伝令したのですが、4月の会議になっても、北部から代表は来ませんでした。19世紀はじめの、伝令と旅がいかに困難だったかを示しています」

c0166264_18433987.jpg2011年、私はフィンマルク県カラショークに行った。オスロから、トロムス、アルタと飛行機を乗り継いで、ラクセルブ空港に降りて、そこからバスに乗って1時間余りで到着。1日がかりの旅だった。

時代は飛行機などない19世紀初め。船と馬車と徒歩だ。ちゃんとした道路もなかった。しかも、悪天候。南から北までの移動は1カ月の長旅だったらしい。そんな制約のなか、「全土からの代表で」とした心意気。平等を大切にする国民性の一端が表れている。

1か月後の1814年5月17日、会議は、「人は生まれながらに自由であり平等である」で始まるノルウェー憲法を誕生させた。日本は士農工商の厳しい身分制度があった江戸時代だ。

この憲法になんと「選挙権」が登場した。土地を持っている農民にも選挙権が与えられた。これは、19世紀初めとしては世界で最も民主的な出来事の一つと言われる(ただし女性選挙権はずっと後の1913年)。
 
当時、ノルウェーは、スウェーデンに支配された半独立国家。自由と平等をうたった憲法があっても、不平等な地位は歴然だった。憲法制定後も、スウェーデンはノルウェーに圧力をかけ続け、ノルウェー人が憲法記念日を祝うことを禁止した。ところが、1829年、ノルウェー人は、詩人ヘンリク・ヴェルゲランを先頭に官憲に抵抗して祝典を実施。官憲と衝突した。その後、いっそう民族魂、独立魂が燃え上がっていったといわれている。

ノルウェーが独立したのは、1905年。

c0166264_18451014.jpgTen things you might not know about May 17
17 Mai, 2016_NRK
5月17日はノルウェー憲法生誕200年
■スウェーデンからの独立運動(『ノルウェーを変えた髭のノラ』明石書店)
■1814年の憲法制定議会(同上)
■スウェーデン・ノルウェー王国の確執(『北欧史』山川出版社)

【写真:オスロ在住のHelle Cheung提供】
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by bekokuma321 | 2016-05-30 18:54 | ノルウェー