難民、ノルウェーと日本

「難民 世界と私たち」ー朝日新聞(1月24日)ーを読んだ。

戦争の記憶、餓死寸前の漂流生活、海賊の襲撃・・・心身ともボロボロの難民たちは、たどり着いた日本でさらなる苦難に。

お世話をした精神保健福祉士の言葉がつきささる。

「3カ月の日本語教育で自立させ、精神に不調を感じた時のサポート態勢もない。年金や介護保険の周知も足りず、高齢になってから生活に困る人もいる」

ボートピープルの親を持つ女子大生の話にも胸がつまる。やっと奨学金で大学進学をはたした後、留学の際、パスポートがないため苦労した。日本国籍をとるには、20歳以上で自分や親族のお金で生計を立てられることという厳しい条件があるため、無国籍状態だったらしい。

こういう「難民鎖国」の実情を読みながら、ノルウェーを思った。

昨秋のノルウェー地方選挙のとき、当選者に移民・難民のノルウェー人が多いなと感じて、報道を調べた。

すると、オスロの副市長に就任した女性カムサイニ・グナラナム(27歳)はスリランカからの移民だった。10代でオスロ市議になって、今回は3期目。

緑の党のラン・マリエ・ングェン・バルグ市議は、オスロ市環境局のコミッショナーのポストについた。いわば環境大臣にあたる。彼女は、ベトナム移民の娘だった。オスロ大学で開発学を専攻し、ベトナムやアフリカに留学した。彼女の父親の話も感銘深い。14歳のころベトナムからノルウェーに1人で移住。ベトナム戦争で下半身に障がいを受けた彼をノルウェー家族はボランティアで育てあげた。彼はオスロ大学卒業後、専門職につき、現在は安定した年金暮らし。今、彼はアフガニスタンの子どもたちを親代わりになって助けている。

もうひとり、緑の党のショアイブ・スルタン市議は、オスロ市長になるのではないかと取りざたされた。そうなったら初のイスラム教徒市長の誕生だったからだ。彼も移民の息子だった。

日本となんという違いだろう。

とはいえ、ノルウェーも今、難民の多さに頭をかかえる。現政権は、難民受け入れを厳しくしようとしている。とくに昨年来、北部フィンマルク県にロシアの国境を超えてくる難民が急増したため、ロシアへの強制送還の動きもある。フィンマルクは冬は零下30度になる厳寒の地。やっとたどり着いたシリアの難民が、雪の中を追い返されるニュースに、「連帯と平等の国」は黙ってはいない。

難民政策の変更はノルウェー国民に賛否両論があり、政治家は持論を展開し、人権擁護団体は鋭い批判の声をあげ続ける。日々、この問題について政治論争が続けられているようだ。

話を日本に戻す。日本では難民と認定された人は昨年わずか11人、という報道が忘れられない。これでは国際化も、多様性もあったものじゃない。

1歩でも前に進むにはどうしたらいいのか。ひとつは、地方選挙権の拡充ではないだろうか。ノルウェーでは外国人でも3年間そこに住んでいたら地方選挙権が得られる。投票する権利だけでなく、立候補もできる権利だ。日本でも、外国人に選挙権を広げなくては在日外国人の人権は後回しにされ続けると思う。

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▲北極圏の町ヴァドソー(フィンマルク県)。ロシアのムルマンスクが近く、ロシアを超えて難民がたどり着く

Norway tightens asylum rules as anti-migrant sentiment strengthens
Asylsøkere kan nå bevege seg fritt i Finnmark
Et parti i moralsk krise
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by bekokuma321 | 2016-01-27 00:50 | ノルウェー