「むかしMattoの町があった」と金子準二精神科医

11月7日、イタリア映画「むかしMattoの町があった」(*)を観ました。

「Mattoの町」とは精神病院の事。そこは、「自由はく奪、管理、隷属、抑圧」の集合で、治療の場では全くありませんでした。

1978年イタリア中の精神病院を廃止する新しい精神保健法(180号法)が、国会でほぼ全会一致で成立。精神保健改革の父、バザーリア医師の名で、バザーリア法とも呼ばれています。比べて日本の精神病院主義の構造は変わっていません。しかし、この映画の見事な表現力は、日本人をも変える力があると思いました。

精神医学界の第一人者金子準二精神科医(1890-1979)の言葉が、映画の後のトークで講師三井マリ子さんより紹介されました。三井さんは国会図書館で、「日本精神病院協会」創設者の1人、「東京精神病院協会」2代理事長である、金子準二の本を読んで見つけたそうです。彼は、著書でこう書いています。

「この種解放的婦人の精神状態については、幾多の意見もあるが、そのうちに幾割かの精神病的素質濃厚の婦人が混在していることには、精神病学者間に異論のないところである。ある学者は『解放的婦人は時代の産物であって、精神病的変質徴候である。』と評価しているのである。」(『現代犯罪の精神病学的研究』)

「現代の女権拡張論にも性欲異常と共存する精神病的素質に発した病的症状があり、犯罪精神病学的に、一種の偏執病と診断せざるを得ないものがあろう。」(同上)

「ヒステリーは男には女より少なくて、男1人に対して女5人の割合であるとの統計があるのであります。何れに致しましても、ヒステリーも精神異常でありますから犯罪とは常に深い関係があります。」(『女性と犯罪』)

これでは、フェミニストは異常で犯罪者になり得る素質があるかのようです。精神科医は、自分の理解を超える者に異常のレッテルを貼り格子付きの病室に閉じ込め本物の心の病人にすることが可能です。金子医師の論理でいくと、フェミニストである三井さんも私も精神病院に閉じ込められそうです。

フェミニズムを生きた女たちは、今も各界で活躍しているのは誰もがよく知ることです。男権拡張論者は、英雄色を好むと称賛されます。一方、金子医師によると、女権拡張論者は、精神病質者で偏執病とされてしまうのでしょうか。これこそ女性差別そのものです。しかも恐ろしいことに金子準二医師は、今も日本の精神医学界に強い影響を与えているらしいことです。

一般社会に目を移してみると、女性解放運動家を精神病だと言わないまでも、毛嫌いする傾向は依然として存在しています。

日本の男女平等度は145カ国中101位です。先進国で最下位です。女性の能力を生かすことは平和にも通じます。物事の決定権者に女性の割合を増すクオータ制度を進めていくことが必要ですが、女性の解放を否定的にとらえる人が減らない限り道は遠いのではないでしょうか。

立花 トシ子(クオータ制度研究会)

c0166264_956957.jpg (*)イタリア語Mattoは狂気を持つ人、Mattoの町は精神病院。イタリアは精神病院を廃止した。革命とも称される精神病院解体。そこに至るまでをドラマにしたイタリア映画。NHKにあたる公共テレビRAIで放映され、21%の高視聴率をあげた。今、世界中で自主上映されている。

上記映画会は、11月7日、八王子勤労者福祉会館が「女たち、女親の視点から」見ようと企画した。主催者によると、「三井マリ子さんは、バザーリア法を日本に紹介した大熊一夫さんと2010年4月、英語版の本映画を見て、日本上映のきっかけをつくった。誰にも感動と勇気を与えるこの作品を、女性の視点から見て、当事者のかかえる問題と社会の課題を考える」(上映会チラシ)。


映画「むかしMattoの町があった」を女性の視点で見て
映画「むかしMattoの町があった」と女たち
バザーリア映画を上映する180人のMattoの会
映画「むかしMattoの町があった」
精神病棟を使わずにクライシスに対峙するには
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by bekokuma321 | 2015-12-04 13:46 | ヨーロッパ