映画「むかしMattoの町があった」と女たち

観たい、観たいと思っていた映画「むかしMattoの町があった」(*)をやっと観る機会を得た。

観終わった後、胸に湧き上がった思いは複雑だった。観られてよかったという思いの一方、事実を知った重み、そして主人公たちが抱える課題は、日本の現状とも重なり胸が締め付けられた。

この映画には複数の人生が描かれている。精神科医のフランコ・バザーリアと、妻であるフランカ・バザーリア、当事者のマルゲリータとボリス、そして看護師のニーヴェス。フランコの精神病院改革運動に、それぞれの人生が絡み合って映画は進んでいく。

私には看護師ニーヴェスの生き方がとても印象に残った。他の看護師と同じように従来の拘束・投薬・電気ショックなどの精神病治療を踏襲していた彼女が、院長となったフランコの進める改革による患者の変化を目の当たりにして徐々に目覚めていく。

目覚めた彼女が立ち上がって自分の感じことを堂々と述べる姿は本当に凛々しい。一度は夫の助言にしたがってフランコを裏切った彼女だが、再びフランコと働くことを決意、夫の元を離れ子どもを連れてやってくる。仕事にやりがいを感じて打ち込む彼女に、家庭に注ぐ時間は多くない。夫は法律を後ろ盾にして子どもを奪い取る。彼女が女性でなかったら、そんなことにはならなかっただろう。やるせなさとともに憤りを感じた。

マルゲリータも、そしてその母も、女性であるが故に引き受けなくてはいけない苛酷な人生があった。娘を「悪魔の子」として精神病院に入れる母親、病院内に監禁される若い娘。なぜ、そこまで辛い人生になってしまったのだろうと涙がこぼれてとまらなかった。

私たちは、なにかというと、すぐに分けたがる。女と男、健常者と障がい者、大人と子ども…。でも、もっとシンプルな同じ人間だということを忘れがちではないだろうか。

精神病院を出て労働者として働き出した元患者たちが「同一労働、同一賃金」を要求するシーンがあった。同じ働きをしたら同じ賃金を支払う。その仕事を誰がしたかは関係ないはずだ。男性と同じ仕事をしても女性であるだけで低賃金である場合が多いことを知っている私には、障がい者の叫びが痛いほどわかった。生きにくさをつくり出しているものの1つに、「区別」があるのではないかと強く感じた。

障がいは、社会環境・制度がつくり出しているものだと聞いたことがある。映画にもあったが、自分の感情や基準を超えた経験が不安や恐怖を生みだし、通常とは異なった言動に走ってしまった人たちが、施策や法律によって精神病院に隔離・拘束される。そこでさらなる不幸を生み出している。

この映画を観たことが終わりでないと思っている。障がいとはいったい何で、人がその人らしく生きるということは、どういうことかという根源的な課題を、改めて突き付けられた。

2015年11月10日

岩嶋 寿子 (女性と障がい者の生き方・働き方を支援するキャリア・アドバイザー)


c0166264_956957.jpg (*)イタリア語Mattoは狂気を持つ人、Mattoの町は精神病院を意味する。イタリアは精神病院を廃止した。革命とも称される精神病院解体。そこに至るまでの経緯をドラマにしたイタリア映画。NHKにあたる公共テレビRAIでイタリア全土に放映され、21%の高視聴率をあげた。今、世界中で自主上映されている。

上記映画会は、11月7日、八王子勤労者福祉会館によって「女たち、女親の視点から」見ようと企画された。主催者によると、「三井マリ子さんは、バザーリア法を日本に紹介した大熊一夫さんと2010年4月、英語版の本映画を見て、日本上映のきっかけをつくった。誰にも感動と勇気を与えるこの作品を、女性の視点から見て、当事者のかかえる問題と社会の課題を考える」(上映会チラシ)。



バザーリア映画を上映する180人のMattoの会
映画「むかしMattoの町があった」
精神病棟を使わずにクライシスに対峙するには
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by bekokuma321 | 2015-11-14 10:17 | ヨーロッパ