米軍基地の町・岩国を訪問して

岩国基地には2014年1年間で「オスプレイが89機、50回飛来」した(朝日新聞)。オスプレイとは、ハワイで着陸に失敗して死亡事故をおこした、あのヘリコプターのような新タイプの航空機だ。

米海兵隊の航空基地は、日本では沖縄と岩国にしかない。岩国の基地は、甲子園球場145個がはいる575ヘクタールの広さだった。埋め立て後はさらに拡大し、792ヘクタールになった。

2015年7月25日、全国フェミニスト議員連盟の乗ったANAが降りた岩国錦帯橋飛行場は、その敷地内だった。民間の飛行場が、滑走路を米軍と共用しているからだ。でも、もし滑走路で事故が起きたら、いっさい日本は立ち入ることができない。

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岩国市議田村順玄さんの案内で、米軍基地岩国の問題点を聞いた。田村さんは、岩国基地問題一筋で闘ってきた。基地の町の苦悩をつぶさに伝える通信『おはよう愛宕山』は、田村さんが取材して執筆して編集発行する。この7月で494号を迎えた。

「年1回、基地を市民に開放する日があるんですが、僕は絶対に招待されない」と、岩国基地の生き証人田村さんは笑った。市民懐柔の日と言っていい、その日を、米軍は友情の日(friendship day)と呼ぶ。

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今、最大の問題は、「滑走路移設とニュータウン事業」にからんでの国家プロジェクトだ。異議をとなえる住民たちが2つの訴訟を起こし、現在も係争中だ。ひとつは、7月17日に結審し、10月7日の判決を待つ。

かつての滑走路は住宅地に近く、騒音や危険と隣り合わせの暮らしを強いられていた。そこで決まったのは沖合への大移転計画だった。海を埋め立てるためには土砂がいる。土砂をどこから持ってくるか。それが愛宕山だった。

「未来のモデルとなる住宅地を造るので、土地を売ってもらいたい」。21世紀の「理想の街」となると説得された地権者たちは、慣れ親しんだ里山を手放した。1997年だ。ところが、赤字を理由に県は国に売却。国は、あろうことか米軍の住宅地をつくることに。裏切りではないか、と反対する住民たちは、月3回、愛宕神社前で座り込みを続けている。田村さんの座り込みは、260回を超えた。

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岩国の住民、とくに女性はどう思っているのか。

岩国の人たちは、長く米軍基地を受け入れてきた。「生まれたときから、あるものと思ってきた」と元市職の女性は私に言った。

「海と川で要塞のように、基地が阻まれているから、日常的には見えない、そんな岩国の環境もありますね」そして、「家族の平和を壊せないので・・・」、表だっての反対運動はできずにいる。実名もあかせず、顔写真も出せない。彼女は、基地反対の行動を家族から強く反対されて、つらいこともあった。しかし、それでも自分なりの反対運動をやめずに続けている。「立場をわきまえないと、生きていけない土地なんです」ーー最後に言った。

安倍首相のおひざ元、山口県の苦悩に触れた旅だった。

追跡!在日米軍
朝日デジタル 岩国基地
平和な未来の為に-岩国から
Youtube 岩国:米軍住宅建設の反対集会「市民に返せ」
米国、日本にオスプレイ5機を410億円で売却へ
Friendship Day
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by bekokuma321 | 2015-07-30 18:51 | 紛争・大災害