よみがえってきたハラスメント体験

c0166264_20284436.jpg三井マリ子VS松浦大悟裁判も10回となりました。

この事件は、2012年(H24)の夏、松浦大悟さん(当時、参議院議員)が「秋田で衆議院選挙に立候補してほしい」と三井さんを勧誘したことが発端です。

三井さんは、「私は、松浦議員の言葉に微塵も疑いを抱きませんでした。ただただ、女性の地位向上の礎になるような政治活動を秋田で開始しよう、と覚悟を決めて、松浦議員の勧誘を受諾したのです」と書いています(「陳述書2」)。

松浦さん、固辞する三井さんを「全身全霊で守る」「盤石の態勢で支援する」と何度も誘ったのは、あなたなのです。

私が、最も許せないのは選挙が終わって5日目、2012年12月21日の夜、三井さんが1人でいる時を狙って、突然、何の約束もなく部屋まで押しかけて来たことです。

しかも、その夜、松浦さん、あなた方は、レコーダーをどこかに隠し持って隠しどりしていました。そのテープ録音とテープ起こしを今回、裁判所に提出したため、わかりました。

そのテープ起こしには、落選直後で傷心の三井さんに向かって、あなたは、「票が減るので、関わらないでほしい」と言っています。どれだけ三井さんの自尊心を傷つけたことでしょう。

約束もせずに5人が、1人いる居宅に上がり込んできたこと、人格攻撃と侮辱的言葉で非難したこと、こうしたあなた方の行為は、ハラスメントだと私は思います。

ハラスメントとは、相手への嫌がらせや、いじめです。この相手は抵抗できないだろうとたかをくくって行う、卑劣な行為です。これが、参議院議員、参議院議員秘書(国家公務員)、県会議員など“力のある者”が、落選直後の“力のない者”に対してすることでしょうか。

ハラスメントで、20代の頃の苦しい体験がよみがえりました。

私は、東京の大手企業に中途採用されました。優しい上司だと思っていた男性から、何度かセクシャル・ハラスメントを受けました。私は、我慢に我慢を重ねました。ある日、これ以上我慢できないと、勇気を出してやんわり断わりました。それが最後でした。

上司は豹変しました。彼は、それ以降、私に対していじめをするようになったのです。私は、朝夕の挨拶を無視されるようになりました。「女のくせに満足にお茶も出せない」「女のくせに気が利かない」などと執拗になじられました。仕事のちょっとしたミスに対して、「月給泥棒」などとみんなの目前で怒鳴られました。どれだけ恥ずかしい思いをしたことか。さらに、私に雑用を増やすようになりました。会社を辞めざるをえないように仕向けたのです。

「どうしてこんなに侮辱されるのか」と自分自身が惨めになりました。帰宅するなり、悔し涙があふれ出す日が続きました。

それでも私は我慢しました。上司の言動ですから、忍耐しかなかったのです。本当に辛く、屈辱でいっぱいでした。みんなの前で上司の横面を思いっきり往復ビンタしたらどれだけスカッとしたことでしょう。でも、できませんでした。

私は、自宅の部屋の壁に、大きな字で「今度は絶対に男に生まれて来る!」と赤マジックで書いた大きな紙を貼りました。私はそれを、毎日、声を出して読みあげたのです。

私の体重は5キロ減り、円形脱毛症、情緒不安定の症状が現れました。しばらくして私はその職場を辞めました。

新しい人生を歩み始めて40年ほどたちましたが、不思議なことに、今でもあの上司のハラスメントがありありとよみがえってきます。

もし私が男だったら、会社の上司は私にこんなハラスメントなどしなかったでしょう。

そして、もし秋田3区の代表が男だったら、松浦大悟さんや彼の部下たちは、代表に向かってこんなハラスメントをしなかったと思うのです。

亀田 純子(秋田市、さみどりの会 *)

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【写真上:長い裁判を終えて記者会見に臨む三井原告。写真下:秋田市内で、裁判の真相をわかってもらおうとチラシまきをする支援者たち。どちらも2015年6月24日】

(*)2012年の衆院選で落選した三井候補は、松浦大悟議員らに不明朗な会計処理をされ心身ともに損害を受けたと提訴した。さみどりの会は三井裁判を支援する会の愛称。「産むならば 世界を産めよ ものの芽の 燃え立つ森の さみどりのなか」という阿木津英の歌がある。女性は子どもだけでなく、世界を産み出すのだという意味だ。三井さんは、選挙演説に引用しては「私は新しい秋田を産み出したいのです」と結んでいた。「さみどりの会」の由来だ。c0166264_15134969.jpg
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by bekokuma321 | 2015-07-02 20:51 | 秋田