エボラから考えた水の平等&性の平等

c0166264_1491527.jpg遠いアフリカの国のことだと思っていたエボラ出血熱。ヨーロッパ、アメリカで患者が出て、日本でも対策を取り始めた。

エボラ出血熱で大勢の人が亡くなったのは、リベリア、シエラレオーネなど西アフリカの国々だ。

これらの国々は、実はエボラよりも、下痢やマラリア、エイズによる死者のほうが多い。その結果、エボラへの対策が後手後手になった。こう言っている説になるほどと思った。

エボラ出血熱の死者を上回る、平均4100人もの子どもが、毎年下痢で死亡している。その9割は開発途上国の5歳以下の子どもだという。下痢で死亡する子どもは、マラリア、エイズ、麻疹を合わせたよりもさらに多い。

これらの国々に共通しているのは、極端な貧しさと、感染を食い止める基本のキである水が不足しているという点だ。これでは保健衛生に気を配ることなど、はなから不可能だ。

私たちの国は、ちょっと台所に行き、水道の蛇口をひねるとすぐ水が出る。ものの1分もかからない。そして安い。

しかし、国連の調査によると、アフリカには、家から水を汲めるところまで水を入れるカメを持って10キロもひたすら歩き、そこから水を汲み、カメに入れて家まで運んでこなくてはならない国がたくさんある。

朝早く起きて、カメを持って、水を汲み、また同じ道を重い水のはいったカメを持って家に帰ってくる、気の遠くなるほどの重労働だ。しかも、毎日、毎日・・・。

最近では、カメではなくポリ容器に変わっている写真が多いが、運んでいる人は変わらない。そう、ほとんどが女性や女の子だ。国連の調査では、サハラ以南のアフリカでは、その水汲み労働の71%が女性と女の子の肩にかかっているそうだ。

こうして、水汲みに象徴される台所仕事は女の仕事とされ、重労働にも関わらず無償だ。そして、毎日、水汲みの仕事に多くの時間をとられる女の子たちは、学校になど行けない。賃労働につくこともできない。ましてや国・地方の政策に改善の声を届けることなどできない。

それどころか、根強い家父長制からだろう、水運びに時間がかかったりすると娘を殴ったりする父親や兄が多いとも聞いた。女性や女の子は、体ぐあいが悪くても休めなかったり、医者にかかれなかったりもする。がまんするのだ。こうして女親の病気は、子どもに移ってゆく。

アフリカでのできごとは、今や全世界に伝播する。アフリカの危機は、わたしたちの危機だ。

エボラ出血熱ニュースは、人類の命は水の配分の平等、そして性の平等とわかちがたく結びついていることを思い起こさせた。

今日のNRK(ノルウェー国営放送)「水は感染を防ぐVann kan forhindre epidemiene」を読みながら、考えた。

Vann kan forhindre epidemiene
TV-aksjonen 2014
Beyond scarcity: Power, poverty and the global water crisis
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by bekokuma321 | 2014-10-19 02:21 | ノルウェー