憲法記念日に思う、足元にある戦場

■憲法9条と24条

今、戦争といえばシリアや北朝鮮を思い浮かべるが、戦場は、私たちの足元にもある。

宣戦布告のない戦争――女性に対する戦争――について考えてみたい。つまり、憲法9条を、憲法24条の光をあてて見てみたい。

戦争には、侵略、殺戮、暴行、強盗、強姦、強制がつきものだ。これらは、他を圧倒的に支配している状況の中で起こる。だから、支配する関係ではなく共存関係、主従関係ではなく対等な関係をつくりあげない限り、戦争への道を免れることは不可能だ。

男性と女性の関係を考えてみる。女性を抑圧し、強制し、暴行し、強姦する男性はあとを絶たない。ここには、一般的に考えている戦争と同じ支配と服従の構造、対立構造がある。「相手をねじふせて、従わせてやろう」という構造だ。

そう考えると、日本の多くの男性と女性は戦争状態なのだ。しかし、支配されていると思わない人、強制されていると感じない人には、戦争状態ではなく平和だと映る。だから、支配する側の人々にとっての平和ということならば、支配されても支配されていると感じない人、戦争状態だと感じない人をできるだけ多く作ればいい。

戦後の男女平等の憲法、教育基本法のおかげで、他人に指図されずに自分で自分の人生を決めたいと考える女性が増えてきた。「夫がなんといおうと私は私」という女性が多くなった。見よ、原発反対、改憲反対の女性の多さを。

私の両親の時代とは大きく異なって、女性も経済的に自立できる世の中になってきたからだ。(続きは左下Moreをクリック)

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■バックラッシュ勢力

しかし、それが、気に入らない勢力がある。

政府は、その重い腰をあげ、雇用機会均等法をつくり、男女共同参画社会基本法をつくり、地方自治体が男女共同参画条例をつくった。世界潮流に押され、日本の行政も、女性が男性と対等に生きられるしくみを手がけようとしている矢先、その勢力は、議会を中心にその牙をむき出しにしてきた。

私は、大阪府豊中市が作った男女平等を進めるセンターの館長をしていた。豊中市は人口40万人の大阪の典型的ベッドタウンで、市民運動が盛んなところだ。長年、女性運動に携わっている人も多い。その男女共同参画推進センターの館長に、2000年、私は、全国公募で60人以上の候補者から選ばれた。しかし2004年3月、首になった。

この私の首切りの背後に、男女平等を忌み嫌う「右翼勢力」の存在があった。伝統的な性別役割を固持し、社会的文化的につくり出された男女の特性を強調し、女性の地位向上、男女平等の推進を始末しようとする動きである。

衆参両院から地方議会まで、男女平等つぶしに執念を燃やす右派議員からの継続的な攻撃。これはほんとにすごい。この動きは日本だけでなく、世界でバックラッシュ(backlash 反動)と呼ばれている。

多くの議会を男女平等攻撃勢力が支配するには、広範囲なオルグ活動、継続的なキャンペーン活動がなければ不可能である。活動には、全国にはりめぐらされた組織力とそれを支える資金がいる。それに呼応する自治体の首長や行政幹部もいなければならない。多くの議員に動いてもらうためには、その自治体の住人の中に賛同する人が相当程度いなくてはならない。

■日本会議から在特会まで

その背後には、司令塔がいる。このバックラッシュの司令塔は、改憲を最終目的とする日本最大の右派集団と称される「日本会議」だと考えられる。ここに連なる「日本会議国会議員懇談会」には、麻生太郎、山谷えり子、稲田朋美、高市早苗などがいる。選択的夫婦別姓は家族崩壊だなどというデマ・キャンペーンに非常に熱心な政治家たちだ。

「日本会議」に関わっている人には、従軍慰安婦などが記述されている教科書は〝偏向〝だと攻撃する「新しい歴史教科書をつくる会」、そして今もっとも際立った動きをしている「在特会」にも関わっている人が多い。改憲を最大の目標にする安部晋三首相も、これらのお仲間だ。2001年、内閣官房副長官だった安倍は、″従軍慰安婦″についてのNHK番組に圧力をかけて改ざんさせたとされる。

■豊中市におけるバックラッシュ

さて豊中市は、2002年、懸案の男女共同参画推進条例制定にとりかかった。この審議の過程で、自民党や民主系の新政とよなかの一部男性議員からいわゆるバックラッシュ発言が相次いだ。

その一人、北川悟司議員は、宇部市で制定された条例をモデルに引き、旧来の男らしさ・女らしさにこだわり、専業主婦の役割をことさら高く評価するよう主張した。2002年8月2日の市議会で、北川議員は、長い質問の後、こう締めた。

「最後に東京女子大学の林道義教授の示唆に満ちた論文の一部を紹介し質問を終りたいと思います」

そして、『男女平等に隠された革命戦略  家族・道徳解体思想の背後に蠢くもの』なる林道義の論文を読み上げた。

「ジェンダーフリー運動は、・・・日本中が文化大革命の様相を呈しているのである。家族を破壊し、日本を腐食させる彼らの隠された革命戦略を暴き警告を発したい」
 といったとんでもない妄言である。

また、北川議員は「すてっぷ」の愛称で親しまれていた男女共同参画推進センターについてもたびたび質問した。具体的には、受付窓口対応、情報ライブラリーの蔵書内容・選定者などを槍玉にあげた。

2002年12月の議会では、こう述べている。
「すてっぷライブラリーの蔵書の中にある多数のジェンダーフリー関連の図書は、市民に誤解を生む原因になります。一方的な思想を植えつけるような図書は、すてっぷをはじめ学校図書館などから即刻廃棄すべきである」

一方、すてっぷには、利用者のような風情の人物が何回も来て、「ここの主は誰だ」「館長はなんでいないのか」(私は週22.5時間の非常勤)などとすごみ、ロビーに居座り、業務を妨害した。

頻繁に圧力をかけてきた一人は、北川議員が理事長を務める「教育再生地方議員百人と市民の会」の事務局をしている男性で、「在特会」関西支部長だった。

この「教育再生地方議員百人と市民の会」は、「日本会議」「新しい歴史教科書をつくる会」と密接なつながりを持つ組織である。教育基本法の改正が目標だ。吹田市に事務局を置き、西村真悟、塚本三郎、亀井郁夫などの現・元国会議員、宇部市議や東京都議に加え、藤岡信勝、高橋史朗、などが参加する。

この団体のリーダー(当時)の北川議員は、男女共同参画以前は、教科書採択問題や国旗国歌斉唱について議会で執拗に質問をし、節目節目で「産経新聞」が彼の発言を持ち上げてきた。

北川議員は与党に属し、市長に非常に近い存在だ。市長自身も、雑誌『軍事民論』(五味川純平編集)には、大阪府議時代、勝共連合豊中支部長だったと書かれている。豊中市は進歩的な自治体というイメージがあったが、それは2代前までの市長の時までだったといわれている。

■デマ「ジェンダーフリーはフリーセックス」

すてっぷでの具体的攻撃はほかにもあった。講演会での妨害である。私の講演終了後の質問時間に、「一市民」と称する女性2人が、「あなたは結婚しているか」「子どもを育てたことがあるか」「子育てと介護は私には人生の喜びだ。どう思うか」「宇部市条例に賛成か」「自衛隊への女性進出をどう思うか」などと発言してきた。私はすべてに回答したが、会終了後も事務室までついてきて「もっと質問がある」などと繰り返した。別の来客があった私は、それを伝えて彼女に帰ってもらった。

ところが、この日のことが、チラシに次のように捻じ曲げられて書かれ、市役所前で撒かれた。

「すてっぷの三井マリ子さんは、男女共同参画社会についての市民からの質問に答えない! 逃げている!」

そのチラシには、ジェンダーフリーの実態は男性と女性の区別がつかなくなった社会だとか、フリーセックスを奨励して性秩序を破壊するものだ、といった嘘が書かれていた。チラシの作成者は、「男女共同参画社会を考える豊中市民の会」。連絡先は、さきほどの「教育再生地方議員百人と市民の会」と同じだった。

豊中市は、すさまじいバックラッシュ攻撃をかわそうと、2003年3月に制定を予定していた懸案の男女共同参画推進条例案を上程することを、いったん取り下げた。

そのころ、すてっぷ受付には、「館長に会いたい」「いつも館長は不在か」などという男性がやってきたり、トイレの色が男女で同じだ、とか、前々からすてっぷに不満だった、などと職員にからんだり、「三井の過去を知ってるか」というような電話もあった。

2003年秋、いよいよ条例制定が間近になった。私への個人攻撃はさらに激しくなった。とくに悪質だったのは、「すてっぷの館長は、講演会で『専業主婦は知能指数が低い人がすることで、専業主婦しかやる能力がないからだ』と言っている」という根も葉もない噂が広まったことだ。

北川議員主催の会で、みんなの前で言ったということだった。市議会の副議長が、その噂を市の幹部に流しており、市の幹部が何人もそのうわさを聞いていた。さらにひどいことに、私への根も葉もない悪質な誹謗中傷を、市の側はなんら対処せず放置していたことがわかった。利用していたのではというふしさえある。それは、すでに市が、バックラッシュの標的だった私の首斬りを画策していたからだ。

そして、このようなバックラッシュに関わる数々の事件と前後して、市からすてっぷの組織強化案が出された。その中身は、「非常勤の館長を廃止し、常勤館長とする」ものだった。臨時に、理事会を開くことを決め、その議案を出し、通してしまった。その新館長は公募はしないことまで決めた。しかし、三井降ろしへの抗議が市民に大きく広がってゆき、公正を装う必要があった市は、採用試験をせざるをえなくなった。私は、新しい常勤館長の採用選考試験を受けたいと申し入れ、試験に臨んだ。しかし、不合格だった。

実は、市は2003年秋頃から極秘に後任館長の人選を進め、候補者リストを作成し、一人ひとり打診をしては断られていた。そして、私が受けた採用試験らしきものの2ヶ月前には、すでに次期館長を決めていた。採用試験は茶番劇だったのだ。それをはっきり知ったのは、採用試験が終わってからだった。

こうして、市は、形としては採用試験で私を不合格にして、私の採用を拒否した。

私は、首斬りをされた後、10ヶ月経て、2004年暮、豊中市相手に損害賠償請求の訴訟を起こした。合理的理由なく採用を拒否したことの違法性を追及し、非常勤の使い捨てをするな、という判例を勝ち取ろうという裁判だ。日本では非正規雇用は使い捨てし放題だが、EUなど先進国ではもう許されないことになっている。労働問題専門の女性弁護士が強力な弁護団を結成してくれた。800人以上の友人たちが物心両面で支えてくれた。

そして2011年、最高裁で勝利が決まった。バックラッシュ勢力に一矢報いることができた。

■手遅れになる前に

バックラッシュの陰湿な攻撃の実態と、多くの女性が不安定で不平等な労働環境に置かれている実情を紹介した。

自分のごく身近にある平和を乱す勢力に対して闘わない限り、本当の平和を作りあげることはできない。憲法24条というかけがえのない法を守るために、私はがんばる。


【上の論文は、『ピースウィーク in くにたち』での講演を書き改めたもの。当該講演は、2005年4月17日(日)国立公民館。主宰は平和を願う市民の会。写真は、2013年3月30日のベアテ・ゴードンさんを偲ぶ会(コーディネイトは黒岩秩子。写真撮影は佐藤ももよ)。ベアテ・ゴードンは男女平等憲法の産みの親。筆者も段上の末席に(右端)】

◆最高裁、豊中市らの上告棄却!(館長雇止め・バックラッシュ裁判を支援する会:代表上田美江、副代表木村民子)
http://fightback.fem.jp/1101jokokukiyaku.html
◆ジェンダーに関心を持つ人は必読(正路 怜子)
http://frihet.exblog.jp/17935695/ 
◆今も続く右翼的攻撃の楯となる本:『バックラッシュの生贄』を読んで(岡田ふさ子)
http://frihet.exblog.jp/17984450/
◆女性史に輝く裁判闘争記:『バックラッシュの生贄』を読んで(勝又みずえ)
http://frihet.exblog.jp/18157523/
◆標的は憲法9,24条:『バックラッシュの生贄』を読んで(高開千代子)
http://frihet.exblog.jp/18327127/
◆大阪二コン、「慰安婦」写真展を中止
http://frihet.exblog.jp/18480545/


朝日新聞世論調査
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by bekokuma321 | 2013-05-03 10:56 | その他