3月8日、鶴岡市で祝う女性デー

今年の3月8日の国際女性デーは、山形県鶴岡市に行く。田澤稲舟の生まれ故郷だ。その土地で女性デーを祝えるなんて、とてもラッキーだ。

田澤稲舟は、明治の作家だ。100年以上も前に、「決められた女の役割」に抵抗し、鶴岡の家を捨て、故郷を捨てた。自立を求めて文学者の道を進んだ。

ノルウェーの劇作家イプセンが『人形の家』 を世に出したのは1879年。田澤稲舟が生まれたのは1874年。『人形の家』より5年前である。しかし、樋口一葉と並び称されるほど評判だった彼女だが、21歳の若さで亡くなってしまう。

死後も、スキャンダラスな点のみ強調され、彼女の作品や生き方を高く評価する人は多くなかった。だから、山形のフェミニストである私の友人でさえ、ずっと知らなかったと私に告白した。

とはいえ、『人形の家』も、発売当時、反社会的と烙印を押され、ドイツでは改ざんされ、イプセンの生地ノルウェーでは上演が禁じられたと言われている。

主人公ノラが、夫と子どもを捨てて家を出たからだ。「私は妻、母である前にひとりの人間です」---こんなせりふを残して。

そのノラを地でいった反骨の女性、それが田澤稲舟だ。明治時代の東北の地では、受け入れられなかったのは、無理もない。

『人形の家』が世に出てから32年後の1911年、日本で松井須磨子がノラを演じ、当時の日本社会に強い衝撃を与えた。平塚らいてうや与謝野晶子も、演劇鑑賞後に感想を書き残している。ノラは、日本で「新しい女」の代名詞となった。

田澤稲舟は、日本のノラである。いや、ノラよりはるかに時代を超えていた。ノルウェー語でいう「シャリンガ・ムート・ストレムン(世の流れに抗する女)」そのものだ。

田澤稲舟を殺したのは病気ではない。時代と風土が、田澤稲舟を殺したのだと思う。もしも、彼女が夭折しなかったら、平塚らいてうとともに、『青鞜』でもっとも活躍した1人になったのではないか。

山形での国際女性デーの集い、詳しくはhttp://www.norway.or.jp/news_events/policy_soc/equality/38-/

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by bekokuma321 | 2013-03-04 20:49