2012年 08月 13日
サル・バランゲル市の女性市長
ノルウェーのサル・バランゲル市(スール・バランゲル市ともいう)の市長セシリア・ハンセン(41歳)は、こう言った。ここは、日本の観光客にも知られるキルケネスがある極北の町だ。
昨秋の選挙で初当選した市長セシリア・ハンセンは、それまで酪農業の傍ら、市議会議員をしていた。
昨年3月、中央党の強い推薦で、市議会候補リストのトップに登載された。9月、地方選挙で、他の党の支持者からも票をかっさらって市長となった。
彼女はサーメ人(アイヌと同じ少数民族)。離婚して10代の娘を育てるシングルマザー。昨年まで1人でしていた酪農業を、市長就任後は、雇用者2人に代行してもらっている。うち1人は移民で住む家がないといわれ、近くに家まで買った。
昨年2月の厳寒期に、私はここを初めて訪問した。最北の厳寒の地で、女性が生き生きと働くことができ、私生活も豊かに送っているのなら、ノルウェーの平等は本物だ、と思ったからだ。
原稿を「週刊金曜日ルポルタージュ大賞」に送ったところ、末席に入賞した。そのルポのハイライトが彼女だった。彼女は朝6時に起きて、夜10時過ぎまで、ほぼ毎日、酪農をしながら市議をしていた。
余りに仕事がきつく、今回は市議選に出馬しないと党に表明したと、私に言った。
「党内で私を候補リストの1番にという声が大きい。これは勝ったら市長になると表明して闘うことを意味します。市議はパートタイムの仕事ですが、市長はそうはいきません。フルタイムなのです。今の自分にはとてもとてもできません」
私は、取材しながら、日本の女性政治家の少なさ、ノルウェーでも市長はまだ男性が多く、女性は半分になっていない。あなたのような女性が市長になることはまだまだ必要だ、などと話した。議員は無報酬(注1)だが、市長になったら歳費がはいるし、それで農業を続けてくれる人を雇えるではないか・・・とも。
私が帰った後、彼女は「出馬しない」という前言を翻したのだと言う。すでに党内で男性候補が1番に(つまり市長になるという意志を決めて)ほぼ決まっていた。彼への挑戦となった。党内ですったもんだのあげく、党内会議で、投票でリスとの1番を決めることに。
投票結果は? ほぼ全員が彼女を支持。リスト1番に彼女が登載された党の候補リストで、闘いの火ぶたがきられた。本番の選挙では、党外からの彼女への追加票も得て、中央党は大量当選。彼女は市長に!
彼女は、笑いながらこう当時を語った。
「あのとき、日本からのジャーナリストだなんて、本当は私をくどくために来た中央党の回し者かもしれないと思いました。マリ子の話を聞いて、決意を固めたんです。絶妙のタイミングだったし・・・。マリ子が来なかったら、今の私はありません」
別れ際、「昨日は、野生の熊が人家を荒らす事件があって、取材陣に追われて忙しかった。今日は、これから隣町で開かれる石油・天然ガス大会に出席するため、3時間のドライブです」と言った。
驚いた私は、「市長として出席するのに、自分で片道3時間も運転して行くんですか」と聞いた。すると・・・。
「ノルウェーでは、市長でも自分で車を運転します。当たり前です。運転手つきの車で送り迎えしてもらえる人は、大臣であっても、数えるほどしかいないと思いますよ」(注2)
■http://www.thelocal.no/page/view/bears-break-in-to-norway-cabin-drink-beer
■地方選挙と女性農業主の悩み
http://frihet.exblog.jp/15987451/
【写真上:市長の仕事にでかける朝、自宅玄関先で。写真中:仕事から帰宅後午後10時過ぎ、農業主に戻ってトラクターの修繕をする。写真下:キルケネスにある第2次大戦中の防空壕前サインには、ベルリン、ウィーン、ミュンヘンまでの距離が】
【注1】ノルウェーの地方議員は、ほとんどが無報酬。みな、保育士、教員、農業などを日中にしながら、ボランティアで議員をこなす。議会は夕食後の6時くらいから始まることが多い。詳しくは『ノルウェーを変えた髭のノラ』(明石書店)。
【注2】要職にある政治家と専用車について、私の知っていることを報告する。私は、かつて現職の家族子ども大臣の自宅に行ったことがある。その時、彼女が電車で国会に通っていた。また、現職の国会議長もナップサックを背負い電車で国会に通っていると、数年後、知った。さらに昨年、オスロ郊外のウトヤ島でのテロ事件が起きた。その前日、そこに講演にきた外務大臣は、荷物持ちも連れずたった1人で車を運転してきたと報道されていた。