生きること、それは愛すること(Å leva, det er å elska)

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友人 ハンネ=マッテ・ナールッドHanne Marthe Narudの葬儀は、7月27日オスロ市内の西ア―ケル教会で行われた。

教会の中央の壇上から入口に向かって敷かれた赤いカーペットは、花輪、花輪、花輪。友人や同僚からだ。白いリボンには、En siste hilsen og takk(最後の挨拶を感謝をこめて)と書かれている。

牧師とハンネ=マッテの家族オーレ・G・ナ―ルッドの2人は、一人ひとりの名前をゆっくりと読み上げていった。女性の名が多い。

ハンネ=マッテ・ナールッドは、癌で亡くなった。享年54歳。働き盛りだった。さぞ無念だったろう。彼女は、数少ないオスロ大学の政治学の女性教授。「オスロ大学の政治学教授は30人いるが、うち女性はわずか3人、10%にすぎない。今日から2人に減ってしまった」(クラスカンペン紙)。

女性の政治学専門家としてノルウェー学術会議会員第1号となった。選挙分析のエキスパートであり、テレビや新聞のコメンテーターとしてマスコミに頻繁に登場した。

故人の遺志を継いで、西ア―ケル教会の葬儀をとりしきったのは、その教会の牧師ではなく、女性の牧師シ―ヌブ・サクラ・ヘッゲム Synnøve Sakura Heggemだった。私は、これまで、仏教・キリスト教・無宗教いろいろな葬儀に参列したが、指揮した牧師や住職はいずれも男性だった。女性が取り仕切った葬儀は、生まれて初めてである。

教会には牧師や専属の奏者がいる。葬儀を行う場合、いわゆるお寺の住職にあたる、その教会の牧師が執り行うのが通常だ。西ア―ケル教会の牧師は世界的にも著名な人(男性)である。

しかし、故人の意向で、その教会専属牧師ではなく、レ―ナ教会の前牧師(女性)が取り仕切りることになった。珍しいが、法的にはこういうケースも許可されるのだという。

シ―ヌブ・サクラ・ヘッゲムは、女性牧師の先駆者の一人だ。北欧でもまだ女性の牧師は少ない。彼女は、ハンネ=マッテ・ナールッドの故郷であるオーモット市のレーナ教会で、牧師を長年務めた。離婚後、2人の子どもを育てながらキャリアを続けた(ノルウェーの牧師は、国家公務員)。

現在はデンマークのオーフス大学で研究員をしながら牧師をしている。この日のために、デンマークから車を運転してやってきた。

彼女は、日本の宗教界における“女人禁制”の歴史にも強い関心を抱いている。彼女の説教は追って紹介する。

音楽を奏でたのも、その教会の専属奏者ではなく、レーナに住むトランペット奏者のエステン・スルフ―ス。曲は「命の光 Vitae lux」。

讃美歌もまた、故人の遺志で、宗教色を感じさせない、人間臭い詩だった。

c0166264_5221119.jpg生きること それは愛すること
今、あなたの魂が最良のものに触れること

生きること、それは働くこと
さらなる豊かな目標に向かうこと

生きること、それは暮らしのなかで
最良の価値を探しもとめること

生きること、それは勝つこと
あらゆる路に宿る真理を見つけるために

生きること、それは埋葬すること
不正や過ちを

生きること、それは海に似ている  
空には神が宿るように

(クリックすると大きくなる。彼女の死を悼む記事。題名「偉大なひとり」)

こうした葬儀を私が経験できたのは、ハンネ=マッテ・ナールッドが貫いた強い意思、それを実現させた遺族のおかげだ。心から感謝する。

◆参考◆
ハンネ=マッテ・ナールッドの評論は、『ノルウェーを変えた髭のノラ』(明石書店) に紹介されている。
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by bekokuma321 | 2012-07-29 04:51 | ノルウェー