ノラの国の130年後: 書評『ノルウェーを変えた髭のノラ』

c0166264_2228698.jpg 榊原裕美さんの書評「ノラの国の130年後」を紹介する。

榊原さんはスウェーデン研究者。スウェーデンの労働組合と女性雇用を長年研究し、文書や講演で発表しつづける。社会的弱者の視点をはずさない姿勢と、誰にもわかりやすい表現にファンが多い。

この書評は、『ノルウェーを変えた髭のノラ』(明石書店)について書かれたもので、『女性労働問題研究』誌に掲載された。

◆◆◆◆◆ ノラの国の130年後 ◆◆◆◆◆

奇妙なタイトルと、女性の顔の鼻の下に一本線を引いた写真の表紙の本である。ノラは、日本でも有名な戯曲、ノルウェー人イプセンの戯曲「人形の家」の主人公で、たいていの読者はご存知だろう。

弁護士の夫にかわいがられた妻ノラは、自分で判断して夫の窮状を救おうとするが、それを知った夫にののしられる。自分は愛されてはいたが一人の人間として尊重されていたわけではなかったと知り、夫と子どもを捨てて家を出て行くというストーリーの一八七九年の作品だ。日本では、その三二年後の一九一一年、松井須磨子が演じ、日本の演劇史に残る作品としてよく知られている。

同じ年、平塚らいてうが中心になって「青鞜」が発刊される。この後、いわゆる堕胎論争、母性保護論争などへと連なるが、日本のフェミニズムの収穫として、単に参政権など政治的な平等を求めたとされる第一波フェミニズムの枠に収まりきれない現在にも通じる豊かな内容を展開した。らいてうはスウェーデンの女性思想家エレン・ケイに大きな影響を受けており、この時期、日本のフェミニズムは意外にも北欧との関連があったようだ。

家出から一三〇年がたったノラの国ノルウェーで、二〇〇九年の夏、町のあちこちに張られていたのがその写真のポスターだ。その下にはこんな言葉が入っている。「一筆で賃金格差を減らせますよ」つまり髭をつけて男になれば、というわけだ。女であるだけで、格差があることへの皮肉である。

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本書の著者は、「桃色の権力――世界の女たちは政治を変える」(三省堂 一九九二年)「ママは大臣 パパ育児――ヨーロッパをゆさぶる男女平等の政治」(明石書店 一九九五年)、「男を消せ!――ノルウェーを変えた女のクーデター」(毎日新聞社 一九九九年)など、一貫して政治の女性参加の問題を訴え、海外通でもある。

この奇妙な題に惹かれて初めて彼女の本を読む人も、これまで読んできた人も、気軽に読め、爽快感を味わえる最新作だ。

一九八六年、新閣僚の一八人のうち女性が八人という記事に釘付けになったことから始まる三井氏のノルウェーとのかかわりから第一章が開幕する。議員や内閣が、女性比率が四〇%を超え、政治の世界での女性の進出は世界有数。

八〇年代に既にノルウェーでは女性初の首相グロ・ハーレム・ブルントラントを生み出していた。彼女は育ち盛りの4人の子どもの母親で、小児科医だった。労働党の副党首になったのは一九七〇年代、一九八一年には党首になった。ここにいたるノルウェーの社会の男女平等への格闘の過程や、一人ひとりの個性的な男女の登場人物に圧倒される。

スウェーデン研究をしている立場からは、社会民主主義レジームとして語られ共通部分が多い北欧でも、政治状況や政党を詳しくみると、ノルウェーとスウェーデンでは異なる部分も意外に多いに気づかされ、興味深い。

選挙の前に街中に建つのはノルウェーでは「選挙テント」というらしいが、スウェーデンは「選挙小屋」という。しかし、その小さなブースで各政党がチラシや粗品を配り、議論する風景は同じである。中央党の存在感や極性糖野拡大の度合いなど、細かいことは違うものの、社会民主主義政党が第一党であり、多数の政党があり、連立をしながら政権を運営、また投票率が高く、若い人に選挙教育がとても行き届いており、極右政党を除き、女性の割合が約半分という共通点では、他の地域とは明らかな違いがある。そしてまた、政権が社会民主主義政党中心でなくなったとしても、内閣の女性比率は下がらないのも共通している。

女が南極まで歩く国

政治の世界の当事者からの話でつづられた第三章を過ぎ「感心」が一気に感動に変わるのは、意外にも第四章、南極点無支援単独踏破をしたリヴ・アーネセンの章からだった。

既婚で教員の四一歳の女性が、一二〇〇キロ、東京から北海道までの距離を犬の力も借りず、クロススキーの技術を駆使しながら、単独で南極点までたどり着く。完全な孤独と、魂の震える静寂のなかでの淡々とした約五〇日の行程を読み進んで、一二歳の頃からの夢をかなえた彼女の姿への共感と感動、なんともいえない晴れがましさに不思議な感情を呼びおこされる。到達した時あまりにも彼女が普通に入ってきたので南極基地の人たちは、飛行機でやってきた女性客だと思い「ハーイ」と挨拶しただけだったという。

政治の場面での女性たちの男性と同数に迫る参加には驚かされる。しかしそれは一人で毎日歩き続け南極点まで自分の足で到達するような地道な小さな一つひとつの女性たちの営みが絡みあってなしえることなのだ。そしてまたその営みの力となる、通奏低音のようにある静かなこの「女性たちの連帯」。それは網の目のように社会に広がって、決してつねに声高ではないけれど、しかし時としてしっかりと声も上げながら、営々と実践を続けている。そんな女性たちが愛おしく、同性であることが誇らしくも思われてくる。

第五章は、この本の真骨頂ともいうべき、著者の面目躍如、直近の二〇〇九年選挙をめぐる痛快な章だった。そしてこの章が、この本のタイトルにもなった「髭のノラ」のゆえんである。

選挙では、男女差別賃金が争点となった。キャンペーンを盛り上げたノルウェー看護協会の取材で、担当のトールゲイル氏は、ノルウェーの現在の状況を以下のようにいう。「看護職の賃金は全職業を一〇〇とすると七九です。看護職内では男女はまったく同一賃金です。看護職そのものの賃金が低いのは、看護職に女性が圧倒的に多いからです。人の命を預かる仕事が、機械をいじったり、土木工事をしたり、お金を動かしたりする仕事より価値が低く見られている。ここが大問題なのです」(一九一頁)

ノルウェーでは、同一労働同一賃金だが性別職務分離により、女性の賃金が低く労働時間や勤続を調整して女性は男性の賃金の八五%である。ノルウェー政府は、リーケルン(平等賃金)委員会をつくり、二〇〇八年、平等賃金実現のための提言をまとめた。二〇〇九年総選挙から四年以内にこの問題を解決させる目標の看護協会が、「髭のノラ」ポスターをキャンペーンに活用した。

本書には一九九二年に行なわれた男女平等オンブッドへのインタビューが収録されるが、当時すでに職務評価へのノルウェーへの適応はできないとはっきり答えている。投票の結果、「男女平等賃金特別枠の予算を出す」と公約した労働党を中心とする赤緑連合が政権をとった。

ノルウェー式ペイエクイティ

私は本に刺激され、多分読者も関心があるだろうと思い、リーケルン委員会提言のダイジェストをネットで探し読んでみた(注) 。

委員会の提言は七つある。順不同だが、①既存法を強化する。②国庫から三〇億クローネを公共部門の女性の多い部門の労働者全体の賃金引上げに使う。③地方でのドリフトにおいても女性職を優先する。④民間部門では賃金交渉に女性ポットを設け(スウェーデンでも女性の多い職場の賃金引上げに活用されている)、男性の多い職種と女性の多い職種の間の中央での賃上げの優先順位を再編する。⑤家庭責任の軽重が男女の賃金格差に反映するとして、両親休暇(雇用主ではなく保険から所得補償がされる育児休暇)を父も母も平等な長さの期間にする。⑥両親休暇から戻った勤労者の平均賃金が増える権利を与え、それは未組織の職場まで含める。そして、⑦経営の場に女性をもっと入れる、である。第四章に取締役の女性比率四〇%を義務付ける法律が詳述されるが、保守党の男性大臣の提案によるものだという。

ノルウェーでも、女性の七〇%が公的セクター、男性の六七%は民間セクターで働くという、スウェーデン同様の顕著な特徴がある。福祉国家を拡大させ、女性の労働の場への進出を進め、政府による公的ケアの確立が進んで女性の仕事が増えたことが、皮肉にも女性と男性の賃金格差を引き起こしている。

八〇%のスウェーデンには及ばぬものの、五三%、で相対的には高いので、労使の賃金交渉が社会的に大きな役割を果たす。労使では、一九六一年に労使の中央組織間で平等な賃金の遂行についての協定が結ばれて以来、低賃金グループへの配慮がずっと払われてきたという。医療・介護部門はこれまで公務員が担ってきた社会だから、公務員の「女性職」の賃金を増やすという政策が男女格差の解消につながるのだ。

選挙はキャンペーンが奏功して、そのための三〇億クローネの国庫が引き出されることになったという。一票で行使できる力の大きさ、政府、審議会、そして現場の組織も一緒に問題解決を図ろうとする社会の姿勢に羨望を禁じえない。労使自治とうそぶき、平等を進める努力はしないが格差が拡大する言い訳に躍起となるどこかの政府とは大違いと、本書に習い日本を引き合いにしたくなる。

第五章での「男性の半数は男女賃金格差是正のためなら男性の賃金が下がることもやむをえない、と一〇人中八人回答」するノルウェーの世論や著者のジャーナリストとしての大活躍を読んだあと、最後の六章で、著者の日本での男女平等の実践が語られる。

都議時代のセクシュアル・ハラスメントだけでないさまざまな男性議員からの嫌がらせをはじめとする日本での体験のすさまじさに、涙が出そうになる。著者が原告である大阪・豊中市女性センター館長解雇事件(二〇一一年、最高裁勝訴確定)(旬報社『バックラッシュの生贄』参照)から伺える日本のバックラッシュ状況も思い出され、ため息が出る。

しかし、萎える気持ちを押しとどめたい。問題は理解のない男性ではなく、私たち自身だ。さまざまな違い、立場や政治信条を超えて、女性をエンパワメントすることは可能だとノルウェーでの女性たちは教えてくれている。一枚岩への懐疑はフェミニズムの理論を精緻にはしたが、賃金が低いのも解雇も自分のせいだとしてしまう自己責任の回路からはノルウェーのような歩みも提言も政治も生まれない。

イプセンがノラを家出させて一三〇年、松井須磨子のノラが家を出て一〇〇年。圧倒的な三〇年の差を縮めていくことを、青鞜発刊から一〇〇年目の二〇一一年を迎え、改めて考えさせてくれる一冊である。


(注)http://www.regjeringen.no/upload/BLD/Rapporter/2008/BLD_likestillingsrapport_eng_.pdf

(三井マリ子著、明石書店 2010年 本体価格1600円)     (さかきばらひろみ)
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by bekokuma321 | 2012-07-17 14:40 | ノルウェー