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ノルウェー地方選レポート4:北部ノルウェーを支えるサーメ女性たち

ノルウェー地方選レポート4:北部ノルウェーを支えるサーメ女性たち_c0166264_15265376.jpgカラショーク(Karasjok)市の市長に初当選したばかりのアンネ・トーリル・エーリクセン・バルト(Anne Torill Eriksen Balto)は、ピンクのバラを生けた花瓶に目をやりながら、こう話した。

「昨日、ケアサービス職員が涙を浮かべて『この日をどれだけ待っていたか。あなたが変えてくれるんですね』と、このバラの花をプレゼントしてくれたんですよ」

2011年9月の統一地方選後、女性の市長は96人に増え、全市長の22%を占めた。その1人がアンネだった。まだ30代だ。24年間市長職にあった労働党の男性を破り、市長といえば男性と決まっていたカラショーク市政164年の歴史を変えたのだ。

カラショークはサーメ人の町。ノルウェー北部フィンマルク県の内陸部に位置する。冬は零下50度まで下がった記録をもつ最厳寒の地だ。オスロから、トロムソ、アルタと飛行機を乗り継いで、ラクセルブ空港に降り、そこからバスで1時間余りのところにある。

市長となったアンネは、それまで、銀行員の傍らカラショーク市議会議員を2期務めた。初当選した時は大学生で、公認会計士の資格を取得しようと猛勉強中だった。2期目の最後の1年間は副市長にもなった。

夫はトナカイの遊牧業に従事している。「トナカイの遊牧をする人は減ってゆくばかり。環境の変化で牧草は減るし、政府も理解がないし」と嘆いた。「僕らは2人とも、前の相手との子連れで新生活を始めたモダン・ファミリーだ」と言いながら、家族5人の映像を私に見せた。それは、おびただしい数のトナカイの群れを移動させているDVDだった。

トナカイの飼育は家族全員で、というサーメの伝統そのままだ。アンネは、昼は銀行勤め、夜は議員という2つの重責を背負ったうえに、トナカイの季節移動期間には、一家総出の大仕事が待っている。銀行からは有給休暇をもらう。なんという働き者!

今回の地方選は、第3回に書いたように全国的には保守党と労働党で勝利を分けた。しかし、カラショークのようにサーメ人の多い自治体は少し違う。地方紙「サガ」の記者は、こう分析した。

「カラショークは、あまりに労働党与党が長くて飽きられてしまった。市の財政が赤字になったことも敗因ですね。それに、労働党は、このあたりの金鉱採掘権の売り渡しに賛成して、環境保護派やトナカイ飼育に携わる市民の反感を買いました」

もうひとつのサーメ自治体、カウトケイノ(Kautokeino)にも行ってみた。女性が3議席から9議席に増え、19議席の議会はほぼ男女が半々になった。主要政党は、サーメ市民党、飛ぶトナカイ党、カウトケイノ住民党。いわゆる地域政党だ。労働党など中央の政党はどれもふるわない。当選したばかりの女性たちは、みな、アンネに負けず劣らずの働き者で、市を率いるリーダーだった。

アイリ・ケスキターロ(Aili Keskitalo)は、ノルウェーサーメ協会会長というサーメ社会を率いる団体のトップ。カウトケイノ市で最多数を当選させたサーメ市民党に所属する。サーメ語教育、サーメ文化、トナカイ飼育の発展を政策の中心に置く。サーメ議会議員でもあり、議長も務めた。サーメ議会が開会される前日の夜9時過ぎ、私の突然の面会申し出に応えてホテルに来てくれた。3人の子どもがあり、サーメ議会議長時代に出産した末娘はまだ3歳だ。甲状腺をわずらい、声がかすれていた。

小売業を営むインゲル・マーリット・ボンゴ(Inger Marit Bongo) は労働党に所属。「店の経営は忙しいし、まだ小さな子どももいるため、リスト8位に置いてもらった」。8番目は落選確実視されていたのだが、個人票をさらってトップに踊り出た。

アントン・ダール(Anton Dahl)は保守党に所属し、市長や副大臣もつとめたベテランだ。「リストの1番目に」という党の強い要請を断わった。中学校の校長になったばかりで多忙なため議会の仕事を休みたかったのだ。しかし彼女も個人票を集めて当選した。スキージャンプ選手で、国際試合の審判としても活躍する。

この女性進出の背景は何か? ノルウェー地方選レポート4:北部ノルウェーを支えるサーメ女性たち_c0166264_1535493.jpg

2011年度フィンマルク県「男女平等・多様性賞」を受賞したグドルン・エリーサ・エーリクセン・リンディ(Gudrun Eliissa Eriksen Lindi)に聞いた。

彼女は言う――「サーメ社会の自立と発展には女性の声が必要なのだと皆が思ったからです」

グドルンは、1996年、サーメの女性誌『ガバ Gaba』を創刊。年3回の編集発行をほぼ1人でこなす。ガバは自立した女性を意味する北部サーメ語。女性の声でサーメ社会を描写する小説、詩、論文、写真を掲載する。サーメ人が住むフィンランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデンの4カ国のサーメ社会の男女平等のための組織「サーメ女性フォーラム」の運営もする。

話は30年ほど前にさかのぼる。70年代末、カウトケイノ近くのアルタ・カウトケイノ川にダム建設計画が浮上した。「生活が破壊される」とサーメ人は猛反対。環境運動家も加わり、国をあげての大抵抗運動に発展した。女性たちは国会前でハンストし、首相に直談判、さらに国連やローマ法王にまで直訴した。結局、ダムは造られたが、1987年に国会はサーメ法を通し、サーメ人の独立と発展を約束した。2年後の1989年、第1回サーメ議会議員選挙が行われた。

初選挙にあたって、フェミニズム団体「サラカ(女神の意)」を拠点にしてサーメ社会の生き難さを共有してきた女性たちは、「サーメ女性党」を立ち上げた。グドルンをリストの1番目に立てて初選挙に臨んだ。39議席のサーメ議会は全国13選挙区から比例制選挙で選ばれる。カラショークからは、サーメ協会(地域政党)2人、労働党1人の計3人。女性党は及ばなかった。とはいえ、できたばかりの女性党がノルウェー最大の政党・労働党に拮抗する票を集め、女性たちは大いに自信をつけた。

サーメ社会の女性進出の影にはグドルンのような女性運動家がいる。地方紙サガの記者は言う。

「ここまでの道のりには、女性たちの闘いがあるのです。国の政策からないがしろにされてきたサーメの権利拡大と独立には、フェミニズムの視点が必要です。彼女たちは、常にそう主張してきました。その代表がグドルンです。僕は尊敬しています」

(出典:ノルウェー王国大使館 三井マリ子連載・ノルウェー地方選挙レポート2011 【4】 20/03/2012 )


[写真上:カラショークのカフェ―の壁にあったサーメデザイン。下:カラショーク・サーメ博物館の展示品]
by bekokuma321 | 2012-05-14 11:39 | ノルウェー